地域の中核病院として地域完結型の脆弱性骨折治療を実現

愛媛県四国中央市に位置するHITO病院。高齢化が著しい地域にあって、高齢者の脆弱性骨折の対策は大きな課題であったが、医師偏在に伴うマンパワーの問題があり治療できる施設が限られ、隣接する圏域外の病院で治療を受けることが常態化していた。こうした状況を改善するため、HITO病院は愛媛大学医学部地域医療再生学講座と連携し、地元で迅速な骨折治療と、きめ細かい骨粗鬆症治療連携を行える体制を構築した。

社会医療法人石川記念会HITO病院
(愛媛県四国中央市)

愛媛県四国中央市に位置するHITO病院。

「よし、皆を呼ぼう!」──。 

 記者が取材に訪れた日、HITO病院整形外科部長(愛媛大学大学院医学系研究科地域医療再生学講座教授)の間島直彦氏の一声で、脆弱性骨折や骨粗鬆症診療に携わるチームメンバーの9人が会議室に集まってきた。医師は間島氏の他、医長の石丸泰光氏、中須賀允紀氏、回復期リハビリテーション病棟医長の岩瀨美保氏の4人。チームの中核となる看護師は、副看護師長の鈴木直美氏と篠原紀子氏の2人。それに薬剤師の田中成枝氏、理学療法士の宮内紳吾氏、医療クラークの森実千晴氏という陣容だ。 

 骨折の手術から骨粗鬆症治療の導入と継続、そして回復に向けたリハビリテーションと、脆弱性骨折に関わるクリニカルパスを担う全スタッフが勢ぞろいした。間島氏がこう語る。「四国中央市では毎年、高齢者が400〜500人ずつ増えていますが、以前は高齢の骨折患者さんを迅速に受け入れ治療できる施設や体制が十分に整っておらず、一部の患者は圏域外の病院で治療を受けざるを得ませんでした。そうした状況を変えて、全ての患者が生まれ育ち慣れ親しんだ四国中央市で、迅速な治療を受けしっかりと治療を完結できるようにしたいと考え、このような体制を整えることになりました」。

 HITO病院は、急性期病棟、回復期リハビリテーション病棟、地域包括ケア病棟、緩和ケア病棟を有するケア・ミックス型病院である。骨折で動けなくなった患者を迅速に受け入れて手術治療を行い、回復期を入院リハビリテーションで支え、元気になった患者は自宅での生活に戻っていただく──。こうした一連の流れを院内で完結できることが、HITO病院における脆弱性骨折治療の大きな特徴になっている。患者が地元に戻った後も、看護師やリハビリスタッフがフォローを続け、再度の骨折を予防することに尽力する。

                    「多職種の連携により再骨折率を低下させたい」と語る整形外科部長の間島直彦氏。

 愛媛大学地域医療再生学講座「地域サテライトセンター」の設置 

 四国中央市では2007年から「大腿骨頸部骨折地域連携パス」の運用を開始している。だが、HITO病院が高齢者の骨折治療体制を本格的に整備する転機となったのは、愛媛大学地域医療再生学講座が、HITO病院内に設置した「地域サテライトセンター」に整形外科医師を派遣するようになったことである。大学から整形外科医師の派遣を受けたHITO病院では、2014年から「四国中央市における高度先進医療の実践」と「四国中央市における脆弱性骨折の予防」の2つを研究テーマに掲げて取り組んできた。 

 2016年にはHITO病院内に人工関節センターを設置し、同センターで実施する人工膝関節置換術と人工股関節置換術の低侵襲化を進めるとともに、愛媛大学医学部人工関節センターと連携し人工関節手術の標準化や高度な再置換手術医療にも取り組んだ。 

四国中央市における脆弱性骨折の予防 

「四国中央市では毎年200名近い高齢者が大腿骨近位部骨折を生じています。たくさんの患者に対応するには、整形外科医師だけでは困難で、一緒になって患者を治療するチーム形成が必要です。そのためHITO病院では、2015年から骨粗鬆症リエゾンサービスを開始しています」と間島氏が述べる。 

大腿骨近位部骨折を生じた高齢患者に、医師、看護師、薬剤師、リハビリスタッフ等の多職種が治療チームを作り対応し、入院から退院までを切れ目なく連携(リエゾン)する体制構築が、骨粗鬆症リエゾンサービスである。リエゾンネットワークが機能していることは、整形外科部長の一声で、すぐにチームメンバーが集まったという事実が証明している。 

大腿骨転子部骨折の整復固定術を48時間以内に 

 HITO病院の骨粗鬆症リエゾンチームが追求していることの1つが、大腿骨近位部骨折の手術を入院後48時間以内に行うことだ。患者が骨折後の痛みに苦しむ時間を短縮することはもちろん、様々な術後合併症を防ぎ良好な機能回復を図る上でも、受傷後早期の手術が求められている。こうした流れを受けて令和4年度の診療報酬改定では、75歳以上の大腿骨近位部骨折患者に対し、骨折後48時間以内に整復固定を行った場合に「緊急整復固定加算」(4000点)が算定できるようになった。 

 だが、同院では加算の有無にかかわらず、以前から早期手術に取り組んできた。医療上の必要性が高いと考えてのことだ。2021年には、大腿骨転子部骨折60例のうち52例(87%)の骨接合手術を、入院後48時間以内に行ったという。 

「再骨折予防手帳」を活用した多職種による連携 

 脆弱性骨折患者への対応では、メディカルスタッフが果たす役割も大きい。「手術を終えた患者さんは、病棟に移って骨粗鬆症治療を導入されたり、リハビリを受けたりすることになります。これがスムーズにできるのは、看護師をはじめとする医療スタッフたちの連携の功績です」と石丸氏は言い切る。 

 副看護師長の鈴木氏が重視するのは、「再骨折予防手帳」を活用した多職種による骨粗鬆症リエゾンサービスだ。骨折患者一人ひとりに専用のノートを手渡し、多職種のスタッフ(医師、看護師、理学療法士、薬剤師、歯科衛生士)が骨粗鬆症治療の必要性に対する認識を促しつつ、入院中の治療やリハビリの受療状況をチェックしている。 

 入院患者に対する薬剤の内服や自己注射に関する指導も、看護師や薬剤師の重要な役目だ。骨形成を促す自己注射薬について、鈴木氏は「最初はためらう患者さんも多いのですが、やってみると意外と簡単だと分かってもらえることが多いようです」と話す。 

リハビリスタッフが患者宅に出向いて生活環境を確認 

 HITO病院の回復期リハビリテーション病棟では、理学療法士をはじめとする多職種が連携しながら365日体制で個別のリハビリを実施している。目標は「転倒しにくいバランスの取れた身体作り」だ。骨折治療を終えた患者は自宅に帰ることになるが、間を置かずして再び転倒し、再骨折で同院へやって来るケースも少なくない。それを防ぐため、リハビリスタッフが患者の自宅に出向き、生活環境をチェックする家屋調査を積極的に実施している。 

 回復期リハビリテーション病棟の医長を務める整形外科医の岩瀨氏は、「せっかく自宅に戻っても、例えばトイレの手すりの位置が患者さんに合っていなければ、それが転倒の危険因子になりかねません。実際に生活する環境で患者さんの動作を確認しながら、リハビリの専門家の視点で改めて転倒リスクを確認しています」と語る。この点について、理学療法士の宮内氏は次のように話す。「患者さんの自宅を確認して、再転倒予防のために段差の解消や手すり位置の改修を提案することも少なくありません。必要な福祉用具についてもアドバイスしています」。自宅の環境を専門的な視点で確認した上で、その患者に必要なリハビリプログラムを個別に組むこともあるという。 

退院後も続く骨粗鬆症リエゾンサービス 

 また、入院中は骨粗鬆症治療薬を服薬していても、退院すると中断してしまう症例も多くあり問題となっている。HITO病院では、骨粗鬆症リエゾンサービスのスタッフが、骨折術後3年間、同意を得た患者の自宅に年1回の頻度で電話して、長期的な服薬状況を確認している。「これまでのところ、連絡が取れる患者の7割で服薬が継続していますが、中には連絡が取れなくなってしまうケースもあります。そうした患者さんに治療を続けてもらうためにも、地域の医療機関との連携が今後ますます重要になると考えています」と間島氏は言う。 

 一方、外来患者への薬剤導入は、薬剤師の田中氏が医師や看護師と連携しつつ、服薬指導を行っている。特に、骨折の危険性が高いと判断された患者の骨形成を促進する副甲状腺ホルモン製剤の自己注射は、多くが外来での導入となるだけに、薬剤師が果たす役割は大きい。「自己注射の導入時には、患者さん向けの指導ビデオを活用するなどして、分からない点がないかを確認しながら指導を進めています」と田中氏は話す。また、血中カルシウム濃度が上昇すると高カルシウム血症や高カルシウム尿症が問題となる場合もあるが、こうした症状が出た場合の対処法を事前に患者に説明するなど、きめ細かい指導を心がけているという。HITO病院で脆弱性骨折や骨粗鬆症の診療に携わるメンバーたち。前列左から整形外科の中須賀允紀氏、同医長の石丸泰光氏、同部長の間島直彦氏、同医長の岩瀨美保氏(回復期リハビリテーション病棟医長を兼務)。後列左から薬剤師の田中成枝氏、病棟クラークの森実千晴氏、看護師の篠原紀子氏、副看護師長の鈴木直美氏、理学療法士の宮内伸吾氏。

 病院内でのICT利用の推進 

 このように、各職種がそれぞれの立場で脆弱性骨折の患者に関わっているのがHITO病院の大きな特徴だが、さらに注目すべきは、ICT(情報通信技術)の積極活用で多職種協働をより充実させている点だ。同病院では、2018年にPHSからiPhoneへの切り替えを開始、2019年には日勤帯の医療スタッフほぼ全員がiPhoneを業務に活用できる体制を整えた。これにより、スタッフ間のコミュニケーションの在り方が大きく変化したという。 

 例えば、チャット機能の利用によって、医療現場における情報共有のスピードが上がり、正確さも担保されるようになった。「手術が終わったら、担当の医師はすぐに病棟スタッフに連絡を取り、細かい指示を同時に広範に伝えられるようになりました」と中須賀氏。一刻も早く連絡を取ろうと、看護師が医師に繰り返し電話をかけたり、病棟を駆け回るようなケースもなくなったという。また、iPhone内にカルテ機能を導入することによって、デスクトップ型パソコンではできなかった「場所に縛られない、隙間時間を活用した業務の効率化」も進んでいる。 

 コロナ禍により、多くの病院でスタッフ同士の接触が制限されるようになっているが、HITO病院ではそれ以前から上記の取り組みを進めていたため、スタッフ間のコミュニケーションは質・量ともに変わっていないという。こうした良好なコミュニケーションが、手術を担当する常勤医が2人しかいないにもかかわらず、入院後48時間以内の手術を数多く手がけられる体制を支えている。石丸氏は「iPhoneのようなICTツールは、院内の全職種が活用してこそ真価を発揮します。全員が使いこなすことによって、多職種協働のチーム医療がより充実することになります」と話す。 

地域全体の再骨折率を低下させるために 

 愛媛県では2016年4月から、愛媛大学、愛媛県医師会、愛媛県整形外科会と愛媛県臨床整形外科医会が共同して骨粗鬆症患者の再骨折予防事業を行っている。大腿骨近位部骨折に対し観血的手術を施行した患者を追跡調査し、反対側の大腿骨近位部骨折再骨折が3年間で5%の患者で発生すること、80歳以上の超高齢者や1年以内に発生しやすいことなどを報告した。「大腿骨近位部骨折の再骨折予防は、全ての整形外科医師にとって喫緊の課題です」と間島氏は話す。 

再骨折を減らすためにHITO病院では、整形外科医師による早期手術、手帳を使用した多職種による骨粗鬆症リエゾンサービス、そして自宅退院後の生活も見据えた回復期リハビリテーション病棟でのリハビリや退院後も続くリエゾン連携など、多職種のスタッフがそれぞれの専門性を有機的に連携させる活動を重視している。ただし、一病院だけの取り組みで地域における再骨折を減少させることは困難だ。このため、間島氏は「市内の病院や開業医の先生方と定期的な会合を持つなどして連携を図り、四国中央市全体の再骨折率を着実に低下させていきたい」と話している。

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間島 直彦(ましま なおひこ)氏

1987年愛媛大学医学部卒、同附属病院整形外科研修医。里仁会興生総合病院、国立療養所愛媛病院、医療法人繋愛会石川病院などを経て、1995年愛媛大学医学部助手。2005年同特任講師、2011年同附属病院講師、2013年同附属病院准教授。2014年に愛媛大学大学院医学系研究科・地域医療再生学講座准教授として社会医療法人石川記念会HITO病院整形外科部長に就任。2015年より大学での役職は教授に。



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