和歌山県の感染症医療の拠点として病院内外に貢献

和歌山県立医科大学に2022年夏、臨床感染学と感染制御学の臨床・研究・教育の拠点となる講座が新たに開設された。初代教授は、感染症の領域で存在感を急速に増している愛知医科大学から着任した小泉祐介氏だ。独自のリーダーシップで院内の意識改革を進めて抗菌薬の適正使用を強力に進める一方、地域の関係者や医療機関と連携してアウトブレイク(感染爆発)の収束を図るなど、着実に成果を上げている。

和歌山県立医科大学附属病院
臨床感染制御学講座/感染制御部
(和歌山県和歌山市)

800の病床と27診療科を擁する和歌山県立医科大学附属病院。

 2022年7月、和歌山県立医科大学に臨床感染制御学講座が開設され、小泉祐介氏が初代教授に就任した。小泉氏は三鴨廣繁氏が教授を務める愛知医科大学の臨床感染症学講座に所属していたが、和歌山県医科大学附属病院における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含めた感染症対応の様々なニーズに応えるため、2020年に和歌山県立医科大学附属病院に移り感染制御部病院教授を務めてきた。 

 それ以前の和歌山県では、主に日本赤十字社和歌山医療センターが、感染症に対する基幹病院(第一種感染症指定病院)として機能していた。また、地域の医療機関にいる感染症に強い医師が連携して、県内の感染症拡大を抑えるといった状況が続いてきた。いわば草の根的に分散した感染症対策が行われてきたわけだが、感染症治療や院内感染制御の臨床・研究・教育の拠点となる新講座が大学内に立ち上げられたことで、和歌山県における感染症対策は新たなフェーズに移行することになった。 

感染症への対応を強化するため地域の病院と連携

 和歌山県の各医療圏には、救急医療を担う中核病院として国公立病院が点在する。だが、山間へき地を多く抱え、医療機関の50%、医師の60%が和歌山市内に集中するという状況である。「和歌山市内の医療機関へは、県内の患者以外にも大阪府南部の患者も来院します。また、急性期病院から回復期リハビリテーション病院などへ転院する際に、府県境を超えることも珍しくありません」と小泉氏は語る。バンコマイシン耐性腸球菌感染症(VRE)などの感染症は、こうした患者の動きによって北側から和歌山県内に流入してきたと考えられている。鉄道や幹線道路で大阪府と結ばれている和歌山・橋本医療圏は、特にこの傾向が強い。 

 「大阪府とのつながりが強い和歌山市や橋本市を除けば、薬剤耐性菌検出件数は少ないようです。現時点では、市中感染のリスクは考えにくいですが、基礎疾患があり入退院を繰り返す患者、長期入院・施設入所患者への院内感染に対する適切な対応が望まれます」と小泉氏は指摘する。そこで和歌山県立医科大学附属病院は、県内の医療機関の感染症対応力を高めるため、診療報酬の「感染症対策向上加算2」の施設基準を満たす5施設(北出病院、和歌浦中央病院、和歌山県立医科大学附属病院紀北分院、誠佑記念病院、福外科病院)、加算3の2施設(角谷整形外科病院、角谷リハビリテーション病院)等と連携し、年4回のカンファレンスや実践報告、抗菌薬使用量やMRSAのサーベイランスなどを実施。COVID-19やVRE、結核など、地域で問題となる重要な感染症に関する最新情報の提供、感染症や抗菌薬使用に関するコンサルテーションやアウトブレイク発生時の支援なども行っている。 

 さらに和歌山県立医科大学附属病院では、済生会和歌山病院、日本赤十字社和歌山医療センター、和歌山ろうさい病院など高度な感染症対策を行い「加算1」を算定している施設と保健所を加えて年1回、感染症に関する活動報告や意見交換を行う合同カンファレンスを開催している。2022年12月から定期的に、和歌山市内の「加算1」算定施設と連携施設、和歌山市保健所、医師会を対象に「一類感染疑似症患者発生対応訓練」を行い、医療機関・保健所・感染症指定医療機関の役割と対応、報告連絡体制、患者搬送などの実施手順、施設内のゾーニング、個人防護具(PPE)装着手順などを確認した。 

VREに対処する地域連携を提案して実現へ 

 小泉氏が和歌山県立医科大学附属病院に着任して早々、和歌山県でVREが多発した。「発生数自体は大阪府、東京都などに比べると少なかったのですが、人口当たりに換算すると大分県に次ぐ全国2位で、大阪府を大きく上回っていました(2021年)。当初は病院単位の問題と考えていましたが、和歌山市内の施設に患者の大多数がいることが分かり、VREの蔓延を防ぐためには地域全体の取り組みが必要であると考え直しました」。こう語る小泉氏は、2021年の春ごろからVREをテーマにした話し合いを医療機関や保健所に提案し始めた。 

 コロナ禍の影響もあり各施設の足並みをそろえるのに苦労したが、その年の11月に市内の4病院と保健所が参加する緊急会合が行われ、これを機に連携が加速した。小泉氏によれば、会では「VRE感染患者数などの情報共有、地域の病院への情報提供、全病院を対象にしたスクリーニング実施の是非、患者や各病院向けの説明文書の共通化」などが話し合われたという。以後は、大学病院の小泉氏のほか、和歌山市保健所、和歌山市内の加算1施設の担当者が参加するVRE対策会議が開催されるようになり、和歌山市内のVRE発生動向、各医療機関の近況報告、意見交換が行われるようになった。 

 また、地域の感染対策ネットワーク(WaICCS、詳しくは後述)では、説明文書の共通化の一環として「医療・介護における薬剤耐性菌対応指針」を策定。介護施設を含めて統一した感染対策を行えるようにするためのマニュアルも作成して配布した。さらに、国立感染症研究所.薬剤耐性研究センターと和歌山市保健所によるVREに関する医療機関の訪問調査と指導が2021年12月に3日間実施され、最終日には対策会議も開催された。これらの対策が奏功して、病院単位のアウトブレイクが何度か発生したものの、VREは収束に向かいつつあるという。 

 こうした対外活動の一方で小泉氏は、和歌山県立医科大学附属病院の院内では、定例の病棟ラウンドに加えVRE対策の抜き打ちチェックを行うことにした。特に時刻を決めずに教授自ら病棟に出向き、手指衛生ができていない場面を確認すると、その場で注意することにした。教授自らやることか?と思うこともありましたが、手指衛生が非常に重要であることを認識してもらうため、あえて憎まれ役を買って出たわけです。他の感染制御部メンバーの頑張りもあり、スタッフには手指衛生の徹底が浸透しつつあり、患者さんの手指衛生回数も介入前に比べて倍増しました。ただ倍増したといっても、他院より低いのでまだまだ向上が必要です」(小泉氏)。

病棟ラウンドの風景。左から2人目が小泉氏。(小泉氏提供)

3つの重点項目掲げ抗菌薬の適正使用を推進

 和歌山県立医科大学において小泉氏は、1週間を次のようなスケジュールで過ごすことが多い。

 月曜日:各種会議、抗菌薬適正使用支援チーム(AST)ラウンド

 火曜日:経営戦略会議、病棟ラウンド(感染対策の視点で院内の環境を確認)、ASTラウンド

 水曜日:本部会議(コロナ対策など)、ASTラウンド

 木曜日:地域の医療機関で診療、会議

 金曜日:外来診療、病棟ラウンド(手指衛生などを確認)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)患者のカンファレンス、ASTラウンド 

 在院日には毎日必ず、ASTラウンドとして抗菌薬の適正使用を推進したり、各診療科の主治医からの問い合わせに対してコンサルテーションを行ったりしている。「土曜日は研究会や講演に出席する他、その週にやり残した仕事があればそれを片付けます。日曜日はできるだけ休むようにしていますが、COVID-19院内クラスターなどの緊急事態が発生すれば、休日返上となるのは仕方ありません」。こう話す小泉氏のスケジュールは、院内外の活動予定で埋め尽くされている。 

 和歌山県立医科大学附属病院の感染制御チーム(ICT)のメンバーはASTと共通で、小泉氏を含めて医師が3人、感染制御看護師2人、臨床検査技師1人、薬剤師1人と事務職員2人、微生物学講座教授である西尾真智子氏(前部長)が参与として助言を行う、という構成だ。小泉氏は「チームに入ってから1年間は『郷に入っては郷に従え』の精神でチームの活動を観察していました。2年目はチームの活動効果を最大化するように、できるだけ介入するようにしました。そして3年目の今は、それが実践できているかを見守る形になっています」と語る。 

 1年目に小泉氏が感じたことは、カルバペネム系抗菌薬と抗MRSA薬の使用が多く投与期間も長いこと、手指衛生の実施率が低くそれが問題であることに職員自身が気付いていないこと、全職員が情報共有する場がないこと、病院の建物が古く感染対策を実施しにくい造りになっていること、コロナに対するPCR検査体制が確立していないこと──などだった。そこで小泉氏は、次の3つを重点項目に設定し改善に乗り出した。

  1. ICTの充実(手指衛生の向上、環境面の改善)
  2. ASTの充実(カルバペネム系抗菌薬の使用量半減、培養提出率の向上、コンサルテーション体制の充実)
  3. 地域連携(ICT、AST、COVID-19対策など多面的な支援) 

 まずICTの充実に関する具体的なアクションとしては、COVID-19や薬剤耐性菌を含めた感染症対策を進めるため、以前からあった質量分析器に加えて、遺伝子検査用の機器をそろえた。また他の大学病院にあって自院にない機器は、できるだけ導入することにした。チームの医師については、小泉氏以外は兼任だったので、専従スタッフがICT、AST両面で今以上に専門的な介入ができるように大学側と話し合って、2022年7月に臨床感染制御学講座を開設。2023年度には専従医師が2人増員となった。 

 全職員が情報共有できる場を整備することは難しかったため、小泉氏自身が直接現場に出て大切なことを直接伝えるという方法で、手指衛生の徹底などを訴えた。また病院内の設備は、水はねするような手動水洗や汚物槽を自動化し、ペーパータオルの追加設置、紫外線照射システムの導入や病棟のトイレの環境改善を行った。「ハード面で感染対策の標準装備が足りていない部分はできる限り標準に近づけたつもりです」(小泉氏)。

感染制御部のスタッフたち。前列中央が小泉氏

 多様な取り組みで院内の意識改革を推進

 ASTに関しては、カルテ記載の充実に取り組んだ。主治医の意向に寄り添うことを大事にしつつ、処方する抗菌薬やその用法について、1つではなく代案を含めた複数の提案を記載するようにしている。また、介入後しばらくの間に想定されるイベントをある程度予見した上で、その際の対応方法についても記載するよう努めた。 

 薬剤使用については、他の大学病院、高度医療機関で使用されている新規抗菌薬であっても、従来の抗菌薬の適正使用が浸透するまでは採用しないという方針を立てて、採用品目を絞り込んだ。重点項目として名指ししたカルバペネム系抗菌薬は、各診療科の特徴やポリシーを尊重しつつ、徐々に使用法を改善していくことにした。「カルバペネム系抗菌薬の使用量は、私の着任当時の半分程度にまで減りました。代わりにタゾバクタム/ピペラシリンが増えるかと懸念しましたが、現時点では大きな変化はなさそうです」。こう話す小泉氏は「感染症専門医の立場から使ってほしくないと考える抗菌薬の使用量はおおむね減り適正使用が浸透してきたので、2022年末から新しい抗菌薬をようやく採用し始めたとところです」と付け加える。 

 一方で小泉氏は、指定抗菌薬を投与する場合には、事前に血液培養検査の結果を提出することと、薬物血中濃度モニタリング(TDM)の実施をルール化した。和歌山県立医科大学附属病院における培養提出率やTDMの実施率は元々低くはなかったというが、他の医療機関に比べ遜色ない状態を維持している。また抗真菌薬に対しては、気軽に使われることが多いミカファンギンの減量を図った。抗真菌薬適正使用支援(AFS)やASTの一環として、院内の勉強会も週に1回の頻度で実施している。 

 地域連携の面では、地域の医療機関に対する感染症対策の実務支援を行っている。訪問して病棟ラウンドに同行したり、感染対策のガイドラインやマニュアル策定に際してアドバイスを行ったりしている。また、和歌山感染危機管理支援ネットワーク(WaICCS)に参加して定期的な情報交換を行うなど、積極的に活動している。WaICCSは小泉氏の着任前から存在する組織で、感染症予防や感染拡大防止に携わる県内の関係者が連携し、必要な知識や技術の習得を図ったり、相互に情報交換を行ったりすることを目的とする。小泉氏は現在、WaICCS感染制御支援部会の部会長として活動している。 

患者と地域の課題に対応できる講座を目指す 

 和歌山県立医科大学に新設された臨床感染制御学講座は、臨床感染症学と感染制御学の2領域をカバーする講座だ。臨床感染症学は、一般的な内科学、外科学、微生物学などを元に感染症の診断と治療をカバーする。ASTもこの領域に含まれる。一方、感染制御学は院内感染制御に関わる学問として、感染対策の実践についての教育や指導を担うICTに関与する。大学によっては免疫学の講座や微生物学の講座が担当する領域でもあるが、和歌山県立医科大学では感染症をキーワードに、臨床感染症学と合わせ独立した講座とした。 

 臨床面ではHIV感染症の他に、ICUにおける感染症まで幅広く対応する。まだ専用病床を持っていないので、各診療科に対するコンサルテーション体制の充実を図っている状況だが、1カ月に250件ほど他科の診療に介入している。現在85人のHIV感染患者は、血液内科教授の園木孝志氏、看護師1人、薬剤師2人、カウンセラー2人からなる治療チームに小泉氏が加わって診療に当たっている。2週間に1度の頻度で県庁職員も参加する定期カンファレンスを開いて情報交換し、患者を取り巻く社会的問題も含めて対応している。 

 和歌山県にはHIV感染患者への差別意識が、いまだに垣間見えることがある。このため血液透析が必要になったり歯科治療が必要になったりした場合には、大学側でしっかりと対応できる受け入れ先を見つける必要がある。また、HIV感染患者の一部は、カウンセリングなど何らかの精神・神経科的ケアを必要とするとも言われるが、その点への対応も課題となっている。「社会への啓蒙も含めて、HIVの患者さんを多面的にサポートしていきたい」と語る小泉氏は、耐性菌もHIVも地域全体の問題と捉え解決していくことを自分の使命としている。 

 教育面では、和歌山県立医科大学附属病院が感染症学会の認定研修施設となったことを受け、専門医を育成するプログラム作りに着手したところだ。一方の研究面では、陣容が整うのを待って、病原体と免疫の反応性をテーマにした研究を進め、新しい治療法の開拓につなげたいと考えだ。さらに新しい試みとして、国立感染症研究センターの感染症データベース「J-SIPHE」に、和歌山県の病院の集合体として情報を共有しながら参加することや、大学が進めている遠隔医療の仕組みを利用して感染症診療を充実させていくことなども、小泉氏は構想している。 

 「HIV感染患者の診療にしてもICTやASTにしても、多職種のチームで対応していくことが基本になります。幸い、和歌山県立医科大学附属病院のICT/ASTチームメンバーの間には、自分の役割を超えて他のメンバーに手を差し伸べてサポートする関係が出来上がっています。この力を、患者さんそれぞれの診療にはもちろんのこと、地域医療の向上にも役立てていきます」と小泉氏は今後の展開に意欲を見せている。

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小泉 祐介(こいずみ・ゆうすけ)氏

1999年滋賀医科大学医学部卒業、恩賜財団大阪府済生会吹田病院消化器科、金沢大学ウイルス感染症制御学講座国内留学、滋賀医科大学附属病院救急・集中治療部、同消化器・血液内科、愛知医科大学病院感染症科准教授などを経て、2022年7月より現職。



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