外科医と内科医の最強タッグで膵臓・胆道疾患の先端治療に挑む

富山大学医学部の消化器・腫瘍・総合外科教授の藤井努氏と、第三内科(消化器内科)教授の安田一朗氏の専門は、ともに膵臓・胆道診療。大学医学部の消化器外科と消化器内科のトップの専門が膵臓・胆道でそろうことは非常にまれだ。その特徴を生かして2018年に富山大学附属病院に設立された膵臓・胆道センターでは、診療科横断的に膵臓がん、胆道がんなどの診療に取り組んでいる。センター設立によって膵臓がんの検査〜診断〜手術の対応がスピーディーになるなど、様々なメリットがもたらされたという。

富山大学附属病院 膵臓・胆道センター
(富山県富山市)

富山大学附属病院は35診療科、612床を擁する。2018年9月に膵臓・胆道センターが設置された。

 富山大学附属病院に膵臓・胆道センターが設置されたのは2018年9月のことだ。消化器・腫瘍・総合外科教授で膵臓・胆道が専門の藤井努氏が着想し、第三内科(消化器内科)教授で同じく膵臓・胆道が専門の安田一朗氏とともに細部を練り込んで立ち上げた。診療科間の垣根をなくし医師が連携しやすくすることで、膵臓がん、胆道がんなどの診療のレベルアップを図るとともに、この分野では特に重要とされるスピーディーな対応を実現する狙いがあった。

 センターは消化器外科、消化器内科、放射線診断、放射線治療、化学療法、病理の6部門で構成され、それぞれの診療科から膵臓・胆道を専門とする医師20人ほどが、併任でセンターのスタッフとなっている。初代センター長に就いたのは藤井氏、副センター長は安田氏だ。 

 日本では、肝臓がんや胃がんの患者数が多く、肝臓や消化管が専門の医師が大学医局の教授に就くケースが多かった。そのため大学医局から育つ人材も肝臓や消化管が専門である場合が多く、膵臓・胆道を専門とする医師はそもそも人数が少ない。規模の大きな病院でも、膵臓・胆道を専門とする外科医はいるが内科医はいない、あるいはその逆といったことがあるという。同じ大学病院の消化器内科教授、消化器外科教授の専門がともに膵臓・胆道であるケースは非常にまれだ。 

 そんな中で、膵臓・胆道専門の外科医として著名な藤井氏、同じく内科医として著名な安田氏がタッグを組んで診療に当たる膵臓・胆道センターは、設立以来大きな注目を集めている。現在、年間の膵がん検査実施件数は1300件、膵臓がん手術は年間100〜120件に上る。2018年のセンター設立以来、全国の病院から紹介を受けた患者数は1500人以上だ。 

 センター長の藤井氏は「外科医だけ、内科医だけで頑張っても、これだけ多くの患者さんを紹介してもらうことはできないでしょう。富山大学の膵臓・胆道センターには専門の外科医と内科医がそろっていて、連携してしっかり対応してくれると信頼してもらえているからこそ、大切な患者さんを送ってもらえるのだと思います」と話す。

膵臓・胆道センター副センター長の安田一朗氏。                 膵臓・胆道センターのセンター長を務める藤井努氏。

連携する内科医、外科医を互いに求めていた

 藤井氏は名古屋大学医学部を1993年に卒業、同大学の消化器外科学准教授を経て2017年に富山大に赴任した。名古屋大学時代には、膵頭十二指腸切除における新しい縫合方法を開発するなどの業績も残しており、膵臓・胆道外科の分野では知らない人はいない有名人だ。 

 しかし富山大学に着任した当初は、新しい診療環境に頭を抱えたという。連携して診療に当たる内科医がおらず、自身の技術を発揮しきれなかったためだ。「よく肝・胆・膵とひとくくりにされますが、肝臓と膵臓・胆道とは、臓器としても診療についても全く別物です。北陸地域全体を見渡しても、診断から手術への流れで連携できる膵臓・胆道が専門の内科医が見当たらなかったのです」と藤井氏は当時を振り返る。 

 一方の安田氏は、岐阜大学医学部を1990年に卒業。岐阜大学医学部附属病院第一内科講師、帝京大学医学部附属溝口病院消化器内科教授などを経て2018年に富山大に赴任してきた。ドイツに留学し、世界的権威の教授の下で消化器内視鏡の手技を学んだ経歴も持ち、特に膵臓がんの早期診断で必須となっている超音波内視鏡検査では日本の第一人者とされる。 

 その安田氏も「富山大学に赴任する前は、残念な気持ちを感じることがありました」と打ち明ける。最高の技術を駆使して膵臓がんや胆道がんを診断しても、それらの手術で有名なハイボリュームセンターで手術を受けたいと、患者が転院していくことが度々あったためだ。「一生懸命診断した患者さんの転帰を、自分の病院で見届けたい気持ちがありました」。 

 安田氏が富山大医学部第三内科(消化器内科)教授の公募に興味を持ったのは、同大の消化器・腫瘍・総合外科に藤井氏がいたためだ。藤井氏と直接の面識はなかったが、膵臓・胆道が専門の一流の外科医として名前は知っていた。安田氏は公募に挑戦することを決意。教授選挙を経て、2018年6月に第三内科の第四代教授に就任した。こうして北陸で、ともに膵臓・胆道診療を専門とする外科・内科のスペシャリストがタッグを組むことになったのだ。

スムーズな連携で検査〜診断〜手術をスピードアップ

 富山大学附属病院の膵臓・胆道センターの第1の特徴は、外科・内科の連携が極めてスムーズな点だ。「膵臓・胆道診療の分野では、外科・内科の連携がうまくいかないと、良い診療は絶対にできません。内科医と外科医が対等な立場で議論できる環境を作るのは難しいことですが、当センターではそれがしっかりできています」と満足そうに藤井氏は話す。 

 同センターの内科医と外科医は互いのスキルを認め合っている上に、両診療科トップの藤井氏と安田氏の年齢が近いことも相まって、風通しの良い雰囲気ができている。安田氏も「膵臓・胆道センターの設立は富山大学が全国初だったと思いますが、最近はだいぶ増えてきました。それでも内科と外科の連携の良さは、今でも当センターが一番だと思いますよ」と話す。 

 進行が速い膵がんや胆道がんについては、検査~診断~手術の対応の早さが非常に重要だ。外科・内科の連携の良さが最も生きるのは、この点においてだろう。膵臓・胆道センター設立後、膵臓がん・胆道がんの疑いで富山大学附属病院を受診する患者は、全て「膵臓・胆道センターの患者」として対応する仕組みになった。初診患者を外科が診ても、内科が診ても、水曜日夕方に毎週開催される膵臓・胆道センターの外科・内科・放射線科部門の医師が参加するカンファレンス「キャンサーボード」で情報を共有している。 

 センター設立以前は、内科を受診した患者の情報は内科の検査が全て終わった後に、手術が必要であれば内科から外科に情報が知らされていた。検査が混んでいて時間がかかり、外科に情報が回ってくるのは初診から1.5〜2カ月後ということが多かったという。 

 対して膵臓・胆道センターでは、受診当日か翌日には内科主導で精密検査を始め、長くても2週間で終えている。検査の途中経過もキャンサーボードで報告するので、実際には1週間以内に何らかの情報共有がスタートしているとのことだ。報告の内容に応じて、外科から内科に追加の検査をオーダーしたり、診断が確定する前に内科から外科に手術の準備を依頼したりといったこともある。

取材当日に開かれた消化器・腫瘍・総合外科のカンファレンスの様子。この日は第三内科教授の安田氏も、情報共有のためオブザーバー参加していた。

化学療法のレジメンを共通化、合併症対応などにもメリット 

 センター設立に伴う変化としては、レジメンの共通化も挙げられる。化学療法は内科主導の場合と外科主導の場合があるが、膵臓・胆道センターでは基本的な化学療法の方針を決めて共通で運用している。たとえばコンバージョン手術のための化学療法は基本的に外科主導で行うが、レジメンはセンター共通だ。結果についてはキャンサーボードで逐次報告し、要所要所で内科からのアドバイスももらっているという。 

 「内科と外科がしっかり相談して、一番、有効で安全な抗がん剤の使い方を決めています。それが患者さんのメリットにつながるからです」と藤井氏。安田氏も「外科主導でも内科主導でも、レジメンを共通にしたことで、データ解析をして次の症例に生かしやすくなりました。その点でも良いことだと思います」と話す。 

 センター設立で連携がスムーズになったことは、合併症への対応などでもメリットをもたらしているという。膵がんでは胆管閉塞が起こりやすく、手術前に黄疸を下げるために、内視鏡的に胆管の出口からチューブを入れて胆汁をドレナージすることがある。「このような内視鏡治療では、出血・穿孔といった合併症が起こり得ます。その際にも、外科がすぐに対応してくれる安心感はすごく大きいのです」と安田氏。 

 藤井氏も「安心感が大きいのは私たち外科医も同じです。手術後に何らかのトラブルや合併症が起こり、内科に助けてもらわなければならないこともあります。互いのテクニックを信頼し、いざというときもリカバリーしてもらえる安心感があるからこそ、思い切ってより効果的な治療が実施できるのです」と話す。

手術中の藤井氏。(同氏提供)

全国から集まる難しい症例、その対応に「燃えますね」

 「最近、難しい症例が増えてきました」と藤井氏は言う。名古屋大学時代にも、現在ほど難しい手術を手掛けることは多くなかったとのことだ。「富山大の膵臓・胆道センターなら何とかしてくれるだろう」と、全国の施設から紹介される難しい膵臓がん、胆道がんの患者が年々増えているのだという。

  藤井氏の手術テクニックについて、安田氏が解説する。「今はもう慣れましたが、着任当初はびっくりすることの連続でした。例えば大切な血管にがんが浸潤していて、内科医の視点では『この患者さんに手術ができるの?』と思うような症例でも、藤井先生は血管を合併切除し、他の部位から血管を取ってきて、こともなく再建してしまいます。そのために他施設で『手術はできません』と言われた患者さんが、たくさん紹介されてくるのです」。 

 この安田氏のコメントを受けて「確かにそうですね。北海道から沖縄まで、全国から患者さんを紹介してもらっています」と語る藤井氏は、「でも、それは安田先生も同じですよ」と続ける。「他の施設では検査ができない、分からない、診断がつかないと、安田先生を頼って紹介されてくる患者さんも多くいます」。この藤井氏の言葉に、「まあ、そういう症例は燃えますね」と安田氏が返すと、「ええ、分かります」と藤井氏。こうしたやり取りからも、両氏のタッグが息の合ったものであることがうかがえる。 

「サテライトセンター」でも内科・外科の連携で膵臓がん拾い上げ 

 富山大学附属病院では、膵臓・胆道センターで醸成した内科・外科の連携を、関連病院で膵臓がん、胆道がんを早期発見するためにも活用している。関連病院である糸魚川総合病院(新潟県糸魚川市、山岸文範院長)、富山県済生会富山病院(富山市、堀江幸男院長)を「サテライトセンター」と位置付け、大学病院から出向している外科医と内科医をサテライトセンター長と副センター長に任命した。 

 サテライトセンターでは定期的に膵臓がんの検査を行っている。検査結果は、サテライトセンターの医師もオンラインで参加するキャンサーボードで報告され、検討される。膵臓がんが見つかった場合、関連病院での対応が難しければ、大学病院に送って精密検査や手術を行う。手術などの後は元の病院に戻って、主治医のもとで療養してもらうといった流れだ。 

 「大学病院に通いにくい地域の方も検査を受けやすくして、膵臓がんや胆道がんを早期に拾い上げることがこの取り組みの目標です。また、がんが疑われる所見の患者さんが、専門家がしっかり検査をすることにより、実は『がんではない』ことが判明する場合もあります。内科医と外科医が連携して正しい診断をすることにより、実施しなくてよい手術をしないことも、とても大事なことなのです」(安田氏)。

センターのスタッフと安田氏(左、後列中央)。右は海外からの視察グループに手技を披露した際のスナップ。(同氏提供)

臨床と人材育成に注力し5年相対生存率50%を目指す 

 2022年には、元東海大学医学部准教授の平林健一氏が、富山大学大学院医学薬学研究部病理診断学講座教授に就任し、膵臓・胆道センターのメンバーにも加わった。平林氏は膵臓・胆道を専門とする病理医だ。「病理部門が強化されて、センターの膵臓・胆道診療の体制はさらに万全になりました」(藤井氏)。 

 今後の抱負について安田氏は、「目標の1つは、膵臓がんの早期診断マーカーを開発することです」と話す。膵臓がんの予後が他のがんに比べて悪い理由の1つは、早期発見が難しいからだ。定期健診の血液検査などで膵臓がんの疑いが判定できるマーカーが実用化されればブレークスルーになるだろう。 

 もう1つの抱負は人を育てることだという。「センターでの診療が軌道に乗ってきたので今後は人材の層を厚くしていきたいです。全国的に見ると、膵臓・胆道を専門とする内科医は本当に少ないのです。私の定年まであと8年。それまでに当センターのみならず、全国の施設で活躍する『弟子』をたくさん育てていきます」(安田氏)。 

 膵臓・胆道疾患の症例が多い上に、難しい症例が集まる富山大の膵臓・胆道センターは、この分野の専門家を目指す医師にとって教育施設として魅力的だ。実際に2018年以降、第三内科には卒後10年目の医師が延べ6人、消化器・腫瘍・総合外科には10〜15年目の医師が延べ5人、1〜3年の国内留学で研修に来ていた。現在もそれぞれの診療科に、常に2~3人、国内留学中の専攻医がいるとのことだ。 

 藤井氏もやはり、今後は人材育成に力を入れていきたいと話す。「当施設に研修に来てくれる医師には、私が持つテクニックを全部教えてマスターしてもらうつもりです。それとともに、外科・内科の連携の仕方、重要さを膵臓・胆道センターで学んでもらいます。それによって膵臓・胆道診療の全体的な治療成績アップにつなげたいのです」。 

 現在、公表されている膵臓がんの5年相対生存率は8.5%(※)だが、「近い将来、当施設としては50%以上に、全国の施設平均としては20%以上に引き上げることを目標に、診療にも人材育成にも取り組んでいきます」と藤井氏は意気込んでいる。 

※国立がん研究センター がん対策情報センター; 「全国がん罹患モニタリング集計(Monitoring of Cancer Incidence in Japan – Survival)2009-2011 年 生存率報告」, 2020年3月.

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藤井 努(ふじい・つとむ)氏(右)
1993年名古屋大学医学部卒業、小牧市民病院研修医。2006年名古屋大学大学院修了、医学博士。2006〜2008年米国マサチューセッツ総合病院(ハーバード大学)にリサーチフェローとして留学。2009年名古屋大学第二外科(消化器外科学)助教、2013年同講師、2015年同准教授。2017年より現職。2018年9月より富山大学附属病院の膵臓・胆道センター長併任。 

安田 一朗(やすだ・いちろう)氏(左)
1990年岐阜大学医学部卒業、岐阜大学第一内科入局。1991年岐阜市民病院勤務(1992年から1年間藤田医科大学ばんたね病院国内留学)、1998年岐阜大学病院勤務。2002年医学博士取得、ドイツハンブルク大学エッペンドルフ病院内視鏡部留学。2011年岐阜大学第一内科講師。2012年同准教授。2014年帝京大学消化器内科学教授(溝口病院消化器内科科長)。2018年6月より現職。2018年9月より富山大学附属病院の膵臓・胆道センター副センター長併任。

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