「地域救急医療の構築」掲げ総合診療ができる救急医を育成

2023年に旭川医科大学救急医学講座教授に就任した岡田基氏は、大学病院の救急では珍しい内科系出身だ。近年の救急患者の変化に応じて「総合診療ができる救急医」の育成を目指している。独自カラーの新たな取り組みとして「研究マインドを持った医師の育成」や「地域救急医療の構築」なども挙げている。現在、研修中の医師が医局に多く在籍しており、2〜3年後には人員の充実が予想されることから、岡田氏は関連病院に「総合診療救急」を設置するなど新たな構想も練っている。

旭川医科大学救急医学講座

旭川医科大学・救急医学講座
医局データ
教授:岡田 基 氏
医局員:37人(スタッフ医師14人〔専任3、併任11〕、救急専攻医16、研修医7)
救急患者数:年間約5500件、うち救急車受け入れ2500件
関連病院:名寄市立総合病院救命救急センターなど

2023年1月、旭川医科大学救急医学講座の3代目教授に岡田基氏が就任した。岡田氏は同講座准教授からの内部昇格だが、元々の専門は循環器内科だ。外科医や麻酔科医がトップを務めることが多い大学の救急医学講座で、内科系出身の教授は珍しい。 

 岡田氏は自治医科大学医学部を1992年に卒業後、旭川医科大学旧第一内科(内科学講座循環・呼吸・神経病態内科学分野)に入局。しかし2006年に同医局から救急医学講座に派遣されて以後は、ひたすら救急医療の道を歩んできた。その経緯について次のように話す。 

 「義務年限を終えて4年ほどたった頃、旧第一内科から循環器医を1人併任で救急医学講座に派遣することになり、私が選ばれました。救急科ではいろいろな患者を診なければいけないので、へき地医療を経験してきた私が適任だと考えられたようです。最初は『医局の人事だから仕方がない』という気持ちでしたが、初代教授の郷一知先生がとても魅力的な方だったこともあり、次第に救急医療にのめり込んでいきました」(岡田氏)。

 現在の旭川医科大学病院・救急科の救急患者受け入れ件数は年間約5500件で、うち救急搬送が約2500件、受け持ち病床数は16床(病院全体は607床)。研修医、専攻医を除くと救急医学講座所属の医師は14人で、そのうち他の医局との併任が11人となっている。

旭川医科大学救急医学講座のスタッフたち。

育成目指す専門医像は「総合診療ができる救急医」

  同講座は設立から現在に至るまで、岡田氏のように関連医局から派遣された医師によって支えられてきた。初代教授の郷氏も、最初は外科医局からの派遣だった。しかし今年、同講座で専攻医研修を終えた救急専門医が初めて誕生し、専攻医1〜3年目の研修も順調に進んでいる。今後は生え抜きの救急専門医も増えていく見込みだ。

 旭川医科大学救急医学講座で育成を目指す専門医像は、「総合診療ができる救急医」だと岡田氏は言う。その背景には救急医療を取り巻く環境の変化がある。以前は外傷患者でも、例えば他に疾患がない骨折であれば、救急医は骨折のみに対応すればよかった。しかし近年は、85歳以上の超高齢で、心不全を抱えていたり膠原病でステロイドを飲んでいるなど複数の病態を抱える救急患者が急激に増えてきている。 

 「旭川医療圏の救急患者に占める高齢者の割合は7割を超えています。そのうちの8割が内因性疾患で、半分は心不全、脳卒中、肺炎のいずれかです。また『転んで動けなくなった』患者さんであっても、基礎疾患として心疾患や腎疾患、感染症があることが多いのです。現代の救急医には、そういった患者さんの状態を的確に見極め、全身管理をしながら迅速に処置を施す能力が求められます」(岡田氏)。

 そんな中で岡田氏が、研修医や専攻医にぜひ身に着けてもらいたいと考えているのが、エコー検査の活用技能だ。「エコーがうまく使えれば診断や治療のアプローチが一段早くなります。救急外来ではもちろん、ドクターカーやドクターヘリの機内でも、短時間のポイントを絞ったエコー検査「POCUS(Point of care ultrasound)」により高い精度の診断が可能です」と岡田氏は言う。 

エコー検査「POCUS」を救急で活用、研修医への教育も

 例えば救急外来で、心停止した患者が心タンポナーデか大動脈解離か不明の場合、どちらか判断できなければ、とりあえず体外式膜型人工肺(ECMO)を導入することになる。だが、大動脈解離であればその処置は無意味だ。エコーを活用すれば、その無駄は避けられる。「1分ほどのエコー検査をすることで、限られた医療リソースをより有効に振り向けられるようになります」と岡田氏は言う。他にも、緊張性気胸の患者に院外で対応しなければならない場合などに、エコー検査を活用すれば肺と気胸の位置を確認して安全に穿刺することができるという。 

 一般にエコー検査は内科医が得意とする手技の1つだが、内科と救急では、目的も手法も異なる点があるとのことだ。たとえば内科で心エコーをする場合には、通常、患者に側臥位になってもらい、少しの間息を止めてもらって肋骨の間からプローブを当てる。しかし意識がない患者に体位の指示はできないので、救急医は蘇生をしながら患者の状態や体位に応じて「エコーウインドウ」を探すことになる。「仰臥位で蘇生中の患者に心エコーをする場合には、心窩部からプローブを当て心臓側に向けます。そうすると静脈の血管の大きさや心臓の動きなどがある程度分かります。制約がある中で最大限の情報を引き出し、それを解釈して次の対応につなげていくことも、救急のエコー検査では大切です」(岡田氏)。 

 近年は、集中治療学会や救急学会の専攻医カリキュラムにもエコー実習が入ってきている。今後、救急医のエコー活用は全国で進んでいくだろう。それでも、「私たちは救急でのエコーの活用を昔からずっとやってきており、一日の長があると自負しています。当医局で研修を受けた医師には、どこでも、救急患者がどんな状態でもエコーが活用できる技術を身に着けてもらえるよう、しっかり指導しています」と岡田氏は話す。 

様々な診療科からの専門医派遣が教育面での魅力に 

 旭川医科大学病院の救急外来、集中治療室、救命病棟は全て救急医学講座の管轄だ。それぞれの部門に専任は置いておらず、同医局の医師がローテーションで担当している。規模的にそうせざるを得ない事情もあるが、教育面でのメリットは大きく、救急医学講座の優れた特徴になっている。搬送されてきた救急患者がどのように診断され、治療方針が決まり、どんな治療を経て退院してくのかといった救急全体の流れが、同医局に入局すると全て経験できるからだ。 

 教育面における救急医学講座のもう1つの大きな特徴は、先述のように外科、麻酔科、整形外科、内科、循環器内科、膠原病内科など様々な関連診療科から専門医が派遣され働いていることだ。そのため、ベテラン救急医も知らないような薬の使い方を麻酔科医が教えてくれたり、膠原病内科医がステロイドの使い分けについて解説してくれたりといったことが、臨床現場で日常的にある。 

 「1人の患者の救命のために様々な診療科の専門医と現場でディスカッションすることは、長年、救急医をやってきた私たちにとっても刺激的です。研修医や専攻医にはそういった環境で、貴重な経験をたくさん積んでもらいます」と岡田氏。旭川医科大学救急医学講座の優れた教育環境が知られるにつれて、入局を希望する医師が年々増えている。同医局で専攻医研修を終えた専門医はまだ3人だが、2023年4月現在、医局所属の研修医と専攻医は計23人に達している。

前日に搬送されてきた救急患者についてのカンファレンスの様子。

基礎研究では「敗血症性心筋症」に注力 

 「研究マインドを持った医師の養成」は、岡田氏が掲げる救急医学講座の看板の1つ。大学院生を中心に、特に力を入れて実施しているのは「敗血症性心筋症」に関する基礎研究だ。元々は循環器医として心不全の研究をしていた岡田氏が、心不全と救急のつながりを模索してスタートさせた研究テーマだったという。 

 敗血症の患者は一過性の心不全を起こすことがある。最初は脈が上がるが3日ほどすると心機能が急激に低下し、拡張型心筋症のような症状になる。この状態から回復できた患者は1週間ほどで正常に戻るが、心不全から多臓器不全を起こして亡くなる患者もいるという。 

 救急医学講座の研究グループは科研費助成研究などを通じて、心不全になると発現してくる「β3受容体」が、この現象に関与していることを突き止めた。β3はβ1・β2受容体とは作用が逆で、アドレナリン刺激を受けると心臓の収縮を抑制する方向に働く。いわば「天然のβブロッカー」のような働きをしていた。 

 研究グループはエンドトキシン(LPS)で心不全を起こすモデルマウスを作成して、心筋でβ3受容体の発現が亢進していること、β3受容体のアンタゴニストを投与すると心機能と生命予後が改善することなどを解明。また、敗血症性心筋症が起こるメカニズムについても、従来はミトコンドリア障害によるものだと言われていたが、そうではなく、脂肪酸などのエネルギー源を輸送する経路が一時的に止まっていることが原因であることが分かった。その経路を回復させると、心機能が復活することも既に確認している。 

 「今後、β3受容体の働きによって心筋の代謝がどのように変わるのかをさらに調べていきます。β3受容体アゴニストが敗血症性心筋症の治療薬になる可能性があると考えています。既存薬の中にも、敗血症性心不全のフェーズに合わせてうまく使えば、効果が期待できるものがあるのではないかと期待しています」(岡田氏)。 

持続的な地域救急医療体制の構築」へ取り組みを開始 

 心臓手術のスペシャリストだった初代教授の郷氏は、救急医学講座を立ち上げ軌道に載せた。2代目教授を務めた藤田智氏(旭川医科大学名誉教授)は救急救命センターを開設するとともに、救急のシミュレーション教育に力を入れ、臨床シミュレーションセンターのセンター長も務めていた。3代目の岡田氏は自身の根幹は「地域医療」だと自認し、独自色として「持続的な地域救急医療体制の構築」に取り組み始めている。 

 旭川医科大学病院の救急は旭川診療圏全体の救急医療の要と位置付けられるが、教授就任前から岡田氏は、いずれ回らなくなると危機感を募らせていた。「喫緊の問題は、救急患者の出口の道筋が確立できていないことでした。1日に5人、10人と救急搬送を受けていて、患者を順次退院させられなければ、新規の患者が受けられなくなってしまいます」。 

 大学病院を退院する患者の受け入れを地域の中核病院に要請しても、患者が酸素吸入している場合などは「当院では対応できない」と断られることが多かった。いったん受け入れてもらっても、症状が少し悪化すると送り返されてくることが度々だった。大学病院側は「これくらいの症状の患者なら地域の中核病院でも十分に対応できるはず」と考えがちだが、受け入れる立場の病院側は患者が急変した際の対応に不安を持っていたようだ。 

 「そこで当医局の救急医の定期非常勤勤務(アルバイト)先を、退院患者を受け入れてくれる病院に優先する試みを始めました」。こう語る岡田氏自身も、大学病院から道路1本挟んですぐの旭川リハビリテーション病院(旭川市、丸山純一院長)で非常勤勤務をすることにした。この取り組みによって大学病院と中小病院の間に顔の見える関係が築かれ、「患者の状態が本当に悪くなったら、大学病院が必ず引き受けてくれる」と信頼してもらえるようになったという。 

 また、救急医学講座の医師が非常勤勤務先でスタッフ教育にも関わるようになり、救急医療への意識改革も進んできたという。「これまでの取り組みの結果、救急患者の退院後の受け入れ先が、以前に比べスムーズに決まるようになってきました」(岡田氏)。 

 患者を退院させる際の大学病院側の対応も見直している。従来、救急科は患者の初療、振り分けに全力を傾けてきたが、それだけでは「救急リピーター」になる患者が出てきてしまうためだ。現在は、それぞれの患者の状態、生活の背景などを考慮して、退院後に福祉サービスに誘導したり、リハビリテーション施設を経て帰宅させたりといった対応も救急科で行っている。「手間も根気も要る作業ですが、地域の救急医療を守るために私たちがやっていかなければいけないことだと考えています」と岡田氏は話す。 

専門医を取得した医師は国内留学中、数年後に人員充実へ 

 「実は今はちょっと苦しい時期で、我慢のしどころです」と岡田氏は打ち明ける。ようやく今年、医局生え抜きの専門医が誕生したものの、現場の人員充実にはもうしばらく時間がかかるためだ。 

 旭川医科大学救急医学講座の救急医研修プログラム(専攻医)は3年が基本。1年目は基幹病院(旭川医科大学病院)、2年目は地域の関連施設(主に名寄市立総合病院)で研修を受け、3年目は専攻医の希望に応じて、北海道内の提携病院の中から研修先を選ぶことができる。 

 さらに救急専門医を取ってからも数年間は、サブスペシャルティ領域の専門医取得などの目的で、医局外の医療機関に「国内留学」することを認めている。実際にこの医局制度にのっとって、2023年に救急専門医を取った3人の医師は、飯塚病院(福岡県飯塚市、増本陽秀院長)や八戸市立市民病院(青森県八戸市、水野豊院長)などで研鑽を積んでいるところだ。 

 「若い医師はそれぞれ、外傷の救急診療をもっと磨きたい、集中治療をもっと経験したい、総合診療を極めたいといった希望を持っています。救急専門医を取ることは『入口』にすぎません。すぐにでも人手が欲しいところではありますが、彼らがやりたいことがかなう組織にしていきたいのです」(岡田氏)。 

 一方で岡田氏は「大学病院の人員に余裕が出てきたら、5人ほどを1ユニットとして関連施設に常勤で派遣したい」と将来の構想を語る。道内にはたくさんの中核病院と呼ばれる施設があるが、多くの施設の救急科は人手不足で困っている。救急に人を駆り出され、他の診療科の疲弊も進んできている。「当医局で研修を受けた救急医なら、救急の初療も内科疾患の診断・振り分けもできます。派遣先で総合診療救急の機能を担えれば、救急だけでなく他の診療科も立て直せるはずです」と岡田氏は自信を見せる。 

 国内留学中の医師が、医局に次々と戻り始めるのは2〜3年後と見込まれる。その頃から、岡田氏が描く「持続可能な地域救急医療」が、次のステップに向けて大きく動き出すことになるだろう。

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岡田 基(おかだ・もとい)氏

1992年自治医科大学医学部卒、旭川医科大学第一内科入局。2002年旭川刑務所医務課長。2004年道北病院循環器医長。2006年旭川医科大学病院集中治療部助手。2008年旭川医科大学病院集中治療部講師。2011 〜2013年米国シンシナティ大学 Research Scientist。2013年旭川リハビリテーション病院内科、2014年旭川医科大学救急医学講座准教授、旭川医科大学救命救急センター副センター長(併任)。2022年同センター長。2023年1月より現職。


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