大学病院として最後発の呼吸器内科を存在感ある講座に

 山口大学の呼吸器・感染症内科学講座は、大学の呼吸器内科としては全国でも最後発の存在だ。にもかかわらず2015年の開設以来、順調に拡大を続け、今や30人以上の医局員を擁するまでに発展を遂げている。着任から現在まで、初代教授として医局を率いてきた松永和人氏を支えるのは、「診療があってこその研究と教育」という信念だ。

山口大学大学院医学系研究科
呼吸器・感染症内科学講座

山口大学大学院医学系研究科 呼吸器・感染症内科学講座
◎医局データ
教授:松永 和人 氏
医局員:19人(本院在籍者数)
外来:1万2546人/年(2022年度実績)
病床数:28床
関連病院数:25施設

 山口大学に呼吸器・感染症内科学講座が開設されたのは2015年のこと。当時、呼吸器内科を持たない大学病院があるのは、全国でも山口県だけという状況だった。その初代教授として和歌山県立医科大学から着任したのが松永和人氏だ。 

当初は教授含めわずか4人で講座を立ち上げ 

 松永氏は講座開設の経緯をこう語る。「呼吸器内科は、高齢化が進む中で健康寿命を支える重要な分野の1つです。団塊の世代が後期高齢者となる『2025年問題』が話題になる中で、呼吸機能が低下した高齢患者の受け皿となったり専門の医師を養成したりする部門のニーズが高まっていました。そういう時代背景の中で、山口大学にも呼吸器・感染症内科が設けられたのです」。 

 講座を立ち上げたときのメンバーは、わずか4人であった。「当初は教授1人、准教授1人、助教2人で、診療から教育、研究まで全てをカバーしていました。私も含めた全員が月7〜8回の当直をこなしながら、病棟支援や外来支援を行い、学生を指導し、研究の土台作りを進めていくというハードな日々でした。医師の働き方改革が叫ばれる昨今なら『何をしているんだ』と批判されてしまうでしょうが……」と松永氏は振り返る。 

 こうした奮闘の甲斐もあって、呼吸器・感染症内科学講座の門をたたく医師が増え、講座は成長軌道に乗っていった。その要因として松永氏が挙げるのが、新設医局であるが故のしがらみのなさだ。「先代教授がおらず同門会もないため、伝統に縛られず新しい試みを自由に進められたことが大きかったと思います。山口大学では最後にできた講座ということもあり、教室の気風には新しい点が多いのが特徴です」と言う。 

 例えば、他大学では呼吸器内科に「喘息」や「COPD」、「感染症」、「がん」などのグループを設けている例が多いが、山口大学にはそれがない。その理由を松永氏はこう語る。「うちの講座は、きちっと診療をできることが「基本のキ」です。患者さんに寄り添う診療ができなければ、どんなに立派な研究をして論文を書いても大した意味はありません。研究に関して専門性を追求することはあっもていいですが、少なくとも診療では『これしかできない』という状況を作ってはいけないと考えています」。

呼吸器・感染症内科学講座のメンバーたち。(松永氏提供)

 個別アドバイスで医局員に理念を浸透させる 

 とはいえ大学病院である以上、医局員に診療能力だけを求めているわけではない。診療の現場にこそ真実があり、それを最も重視すべきだが、診療で生じた課題に向き合うことで研究に対するモチベーションが生まれ、研究によって学術的な情報を深掘りする力も育まれる。その成果を論文などの形で世に出すことによって、人に伝える力が磨かれ、ひいては教育者としての資質育成につながっていく──というのが松永氏の考えだ。「診療があってこその研究と教育」なのである。 

 では、松永氏は医局員に対し、このような考えをどうやって浸透させているのか。カンファレンスの場など医局員が集まる場で繰り返し語っているのかと思うところだが、実はそうではない。医局員が課題に直面して悩んでいる時などを見計らい、タイミング良く声をかけて個別にアドバイスを行うのが松永流だ。 

 この点について、呼吸器・感染症内科学講座の講師を務める浅見麻紀氏は「こちらからは何も言わなくても、本当にベストなタイミングで適切な助言をいただけるのが不思議なくらいです。今まで何人もの指導者に付いてきましたが、自分が悩んでいる時に、その解決につながるヒントをここまでバシッと言っていただける方は、松永先生の他にいません」と話す。 

 松永氏によれば「医局員たち一人ひとりの顔を見たり一声聞いたりするだけで、声をかけるべきタイミングや話した方がいい内容が分かるんですよ」とのことだが、日頃から医局員たちに細かく目を配っているからこその言葉に違いない。ちなみに、松永氏は2023年から山口大学医学部附属病院の院長職を兼務しており、医局のカンファレンスなどに顔を出せる機会は減りつつあるが、医局員とのコミュニケーションのあり方に変わりはないという。

 呼吸器・感染症内科学講座講師で病棟医長も務める浅見麻紀氏。
北海道大学卒業後、市立堺病院、倉敷中央病院、沖縄県立中部病院などを経て、2017年に山口大学に着任した。

「間質性肺炎外来」で早期の拾い上げ狙う

  開設から8年を経た呼吸器・感染症内科学講座では、初年度に初期研修を終えて入局した医師も卒後10年を迎えるなどして、順調に人材が育ってきている。スタッフ数が増えたことで、既に3つの関連病院に医局員を派遣できるようになったほか、今後は県内の基幹病院にも派遣を広げていく計画だ。これ以外にも、人材育成の成果と言える動きが出てきている。その1つが、2021年11月の「間質性肺炎外来」のスタートだ。 

 この専門外来の目的は、一般への認知度が低い疾患概念の啓発により、早期発見・治療を実現すること。立ち上げに関わった助教の大石景士氏が、その経緯を語る。「これまで山口県内には間質性肺炎の専門外来がなかったため、専門医への紹介が遅れて状態の悪化を招くような例が少なくありませんでした。それを解消したいと考え、長くこの病気の治療に携わってこられた浅見先生に相談したところ、県内の医療の最後の砦である大学病院に専門外来を作ろうよという話になり、松永先生の後押しも得て実現に至りました」。 

 間質性肺炎外来は予約制で月4回。毎月第1・第3木曜日の午後を浅見氏が、第2・第4水曜日の午後を大石氏が担当する。地元紙に紹介されたこともあり、これまでに60人ほどの患者を受け入れてきたという。専門外来だけに、初診には30分以上をかける例も珍しくない。また、山口県は東西に広いため、交通の便が悪い地域から来院した患者向けの「短期入院プログラム」も設けている。 

 専門外来の手応えを、浅見氏は次のように話す。「従来よりも早く受診する患者さんが増えてきた印象を持っています。また、膠原病がある間質性肺炎の患者さんを紹介いただけるようになり、膠原病内科の先生方と一緒に患者さんを診ていける協力体制ができつつあります。とはいえ、間質性肺炎で困っている患者さんや地域の先生方は、まだかなりいらっしゃると思いますので、そういうケースを拾っていけたらと思っています」。 

 他にも呼吸器・感染症内科学講座では「専門外来」という看板こそ掲げていないものの、肺がんの外来化学療法や重症喘息などについて、他科と連携しながら大学病院ならではの強みを生かした医療の提供に取り組んでいる。人材の育成が進みスタッフの層が厚みを増したことで、山口大学の呼吸器・感染症内科の分野における診療は、間違いなく質の向上を遂げている。

 「間質性肺炎外来」の立ち上げに大きな役割を果たした助教で医局長も務める大石景士氏。山口大学卒の生え抜きの医師だ。

 大学病院の院長としてセンターや広報の充実も 

 このように呼吸器・感染症内科の専門性を深める一方で、松永氏は山口大学医学部附属病院の院長も務める立場から、診療科横断的な「センター」を充実させることにも積極的だ。「大学病院には各分野のスペシャリストがそろっています。いわば『縦の糸』ですが、これを疾患など『横の糸』で結び付けるのがセンター構想です。例えば当院の『アレルギーセンター』では、内科、小児科、耳鼻科、皮膚科、眼科など関連各科の医師がチームを構成して患者さんの診療に当たっています。こうした試みを、さらに広げていきたいと考えています」と松永氏は言う。 

 これに加えて松永氏は院長として、インターネットを通じた広報にも力を入れていく考えだ。既に山口大学医学部附属病院のホームページには、動画サイトのYouTubeに先端治療などを紹介した啓発動画を公開している。「でも、一部情報が古くなっているものがあるので、今後は当院ならではの治療などもアピールしていきたいですね。例えば、間質性肺炎の正確な診断に不可欠な『クライオバイオプシー』を行える施設は、中四国の大学病院では当院を含め2カ所しかないのですが、そういったことを積極的に発信していく計画です」と松永氏は意気込む。 

 山口大学の呼吸器・感染症内科教授として、そして山口大学医学部附属病院長として、松永氏の挑戦はこれからも続いていく。

呼吸器・感染症内科学講座のfacebookに載せられた写真。中央の人物が松永氏。楽しげな講座の雰囲気を伝える写真が時にバズる(ネット上で話題になる)ことも。ただし、医局員のリクルート効果はほぼないという。(同講座のfaceboookより)

 
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松永 和人(まつなが・かずと)氏

1991年和歌山県立医科大学卒。1999年米国南フロリダ大学免疫微生物学教室留学。2002年和歌山県立医科大学内科学第三講座助手、2004年同講師、2015年1月同准教授。同年7月に山口大学大学院医学系研究科の呼吸器・感染症内科学講座教授に就任、現在に至る。2016年山口大学医学部附属病院感染制御部部長兼務、2017年同病院副院長、2023年同病院院長。

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