伝統を受け継ぎながら最先端の呼吸器医療を追求

京都大学医学部附属病院は、1899年に設置された京都帝国大学医科大学附属医院を源流とする。そして呼吸器内科の誕生は、1941年に開設された京都大学結核研究所にさかのぼる。京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学は、この長きにわたる伝統を受け継ぎながら、教授の平井豊博氏のリーダーシップの下、AI(人工知能)やiPS細胞由来のオルガノイド形成技術などを駆使して呼吸器内科学の新体系構築を目指している。

京都大学大学院医学研究科
呼吸器内科学

京都大学大学院医学研究科 呼吸器内科学
医局データ
教授:平井 豊博 氏
医局員:43人
病床数:51床
入院患者数:1万4865人(2022年度実績)
外来患者数:3万9048人(2022年度実績)
関連病院:43病院

 2017年に京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学の教授に就任した際、平井豊博氏は医局員に向かって、医局運営の方針として次の3点を示した。1つは「独自性・独創性」で、2つ目が「多様性」、そして3つ目が「協調性」だ。

 「『独自性・独創性』というのは文字通り、オリジナリティを重視した研究を進め、その成果を世界に向かって発信することです」と平井氏。呼吸器は複雑な構造と機能を持つ臓器であり、他の臓器との相互連関も強い。当然、そこに発生する疾患の病態も複雑なものとなり、日常診療でありふれた疾患であっても根本原因が明らかでない場合も多い。間質性肺炎などはその筆頭であり、ヒトの病態を忠実に反映したモデル動物すら確立されていない。独自の視点で研究を進めることによって、こうした未知の領域を積極的に開拓せよというのが平井氏のメッセージだ。 

 2つ目の「多様性」には、組織としての多様性と個人としての多様性の2つの意味が込められている。「様々なバックグラウンドを持つ医師が集まった医局という組織として、多様な視点から研究や診療を進めること。それと同時に、1人ひとりが様々な疾患に対応しながらも、異分野に進んで関わりを持ち裾野を広げること。その両方が重要なのです」と平井氏は強調する。呼吸器分野には、従来の医学教育から得られる知識だけでは解決できない課題も多い。今後は理学や工学など、医学以外の研究領域の知識を獲得、利用することが欠かせないと平井氏は説く。 

 3つ目の「協調性」は、上に挙げた独自性・独創性や多様性と密接な関係にある。「独自性・独創性を発揮し多様な知識を活用しても、医師1人で成し遂げられることには限界があります。より大きな成果を上げるには、知識や研究力はもちろんのこと、多様な人材や施設・研究室と協調して問題解決に臨む能力が不可欠です」と平井氏は言う。 

 世界に発信できるような独創的な研究を、多様な人材と協力することによって進めていく──。これを医局運営の基本方針として掲げた背景には、肺が多彩な機能を持つ臓器であるが故に、高齢化に伴い様々な呼吸器疾患が増加しているにもかかわらず、未解明な領域があまりにも多く残されているという平井氏の危機感がある。 

結核から肺がん、COPD、間質性肺疾患へ 

 今の呼吸器内科につながる結核研究所が京都大学に開設された当時、結核は国民の命を最も多く奪う難病であり、その対策が急務であった。その後、他の呼吸器疾患の増加や診療の進歩に伴う結核患者数の減少などの情勢変化を受けて、結核研究所は1967年に結核胸部疾患研究所に、1988年には胸部疾患研究所へと改称された。そして1998年、同じ研究所内にあった第一内科、第二内科、臨床生理学の3部門を改組する形で京都大学医学部附属病院と統合し、現在の呼吸器内科学講座となった。 

 平井氏は呼吸器内科を巡る現状をこう語る。「呼吸器内科の特徴は、疾患が多岐にわたること、しかもそれが単一の疾患とは限らず合併し得ること、さらに呼吸器以外の他臓器疾患とも関係が見られることにあります。既に肺がんや肺炎、COPD(慢性閉塞性肺疾患)が死亡原因の上位を占めていますが、高齢化に伴い今後さらなる増加が予想されます。にもかかわらず呼吸器内科の専門医数は、患者数がほぼ同じである循環器内科や消化器内科に比べて50%未満と少ないのが実情です」。 

 京都大学の呼吸器内科では、疾患別研究領域として「呼吸不全・睡眠呼吸障害」「間質性肺疾患」「気道疾患(COPD、喘息・慢性咳嗽)」「呼吸器感染症」「肺がん」の5つを設けている。外来診療は、疾患ごとの専門外来を設置し、専門性の高い診療を提供するとともに疾患ごとの臨床研究を進めている。一方、呼吸器疾患は単一の疾患だけでなく複数の疾患の合併も多いことから、疾患横断的な研究も推進している。このために、細胞や動物モデルを用いた基礎研究、形態・機能研究、iPS細胞研究など疾患横断的な研究領域も設けており、基礎研究から実際の介入研究などの臨床研究までを一気通貫で進める体制を構築している。 

 例えば間質性肺疾患領域では、多種多様な間質性肺炎について、原因遺伝子の探索から病期に応じたバイオマーカーの探索、画像解析、患者のQOLの評価まで幅広く研究している。これに対し肺がん領域では、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的治療薬の臨床効果を探る一方、薬剤耐性機序の解明や新しい治療薬の標的となり得る分子の探索を続けている。 

 一方、感染症領域では、臓器移植や免疫不全患者に起こる呼吸器感染症の臨床研究をはじめ、肺炎球菌に関する多施設共同研究や、現在世界中の課題となっている新型コロナウイルス感染症の病態解析や新規治療薬の治験などの実績を上げてきた。

呼吸器内科学の医局スタッフたち。(平井氏提供)

 AI技術や数理解析の導入で呼吸器疾患研究の新たな展開へ

  独創・多様・協調の3本柱を掲げた京都大学呼吸器内科の最近のトピックスは、人工知能(AI)などデジタル技術を活用した診断技術の確立と、同大学のお家芸ともいえるiPS細胞を使った病態モデルの構築だ。いずれも患者が急増していながら対応が難しい間質性肺炎で成果を上げつつある。 

 呼吸器内科では、胸部CT画像を解析し、COPDや間質性肺炎、肺がんの画像から異常を定量的に捉える研究に力を入れてきた。特に、多彩な陰影が生じる間質性肺炎の胸部画像を正確に診断するAI技術の構築に成功している。 

 間質性肺炎は診断が難しい例が多く、ベテラン医師同士の間でも読影の見解が異なることが少なくない。平井氏は「AI読影の導入によって、医師間の診断の相違が減少し、若い医師でもベテラン並みの診断を下すことが可能になると期待されます。それと同時に病態を定量的に捉えることで、病期の進行や治療効果の有無を客観的に把握できるようにもなります」と説明する。 

 AI読影の普及は、呼吸器専門医の不足を緩和することにもつながると平井氏は期待する。「読影に際しては専門医2人でダブルチェックすることにしていますが、その専門医の1人をAIで肩代わりできれば、専門医が不足している地域でも正確な診断ができるようになります」。 

 とはいえ、胸部画像を解析するAIの開発は一朝一夕にできるものではない。豊富な症例データとそれらを正確に読み取ることができる医局全体の正診力がなければ、AI開発に不可欠な学習データを提供することができないからだ。 

 一方で、現在のAI技術には、なぜその結論になったかの説明ができない「ブラックボックス問題」がある。この課題に対し、京都大学呼吸器内科では、理学部との共同で新たな数理解析法を胸部CT画像解析に導入し、肺気腫や間質性肺炎に応用している。AI技術の次を目指した研究開発も行っていることは、京都大学呼吸器内科が高いポテンシャルを有する事実を示していることは間違いない。 

モデル動物を超える間質性肺炎モデル

 もう1つのトピックが、患者の末梢血細胞からiPS細胞を介して肺炎組織オルガノイド(試験管の中の3次元組織)の誘導に成功したことだ。これまでも間質性肺炎にはモデル動物が作られていたが、マウスに抗がん剤のブレオマイシンを投与して作ったものなどに限られ、ヒトの病態を正確に反映したものとは言い難かった。しかしiPS細胞技術を利用することによって、患者の間質性肺炎をよりヒトに近い形で再現する可能性が見えてきた。 

 ヒトの病態を反映したモデルができれば、その成因や増悪因子、さらには治療の有望な標的分子を探索することもできるようになる。現在、ブタなどよりヒトに近い動物に患者由来iPS細胞から誘導した細胞を移植し、完成度が高い間質性肺炎モデルを構築する研究を進めているという。 

 精力的な研究を進める平井氏が目指すゴールは「健康寿命の延伸」だという。呼吸器の機能が低下してしまえば、自由に活動することができず、寝たきりになるケースも減らない。健康寿命延伸のためには生活習慣の改善や予防も重要になる。京都大学の呼吸器内科では、同大学の工学部などと協力してIoT(モノのインターネット)の活用などにも取り組み、高齢者の運動習慣を触発することによって健康寿命を長期わたって維持できる手法の確立にも着手している。

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平井 豊博(ひらい・とよひろ)氏

1988年3月京都大学医学部卒業、同大学胸部疾患研究所附属病院(当時)研修医。1995年同大学大学院医学研究科修了。1997年カナダMcGill大学Meakins-Christie Laboratories研究員。滋賀県立成人病センター勤務を経て、2002年京都大学医学部呼吸器内科助教、2012年准教授。2016年京都大学医学部附属病院呼吸器内科長、2017年より京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学教授。2018年からは京都大学医学部附属病院副病院長(医療安全・広報担当)を兼務。


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