若手を引き付ける医局づくりで血液内科医不足解消に注力

鳥取大学医学部で血液内科・臨床検査医学分野の第5代教授を務める河村浩二氏は、母校の臨床検査医学分野にいったん入局した後、外部の施設に9年にわたり国内留学して造血幹細胞移植の臨床と研究を学んできた。2020年に古巣に戻った際、鳥取大学医学部附属病院では移植医療がほとんど手掛けられなくなっていたが、本格的な再開にこぎ着けた。現在、懸命に取り組んでいるのは、鳥取県内の血液内科医不足問題だ。血液内科の魅力を医学部生にアピールするとともに、入局したくなる研修環境、医局の雰囲気づくりに力を注いでいる。

鳥取大学医学部 統合内科医学講座
血液内科・臨床検査医学分野

鳥取大学医学部 統合内科医学講座
血液内科・臨床検査医学分野
◎医局データ
教授:河村 浩二 氏
医局員:8人
専用病床/クリーンルーム:20床/18床
入院延べ患者数:7136人(2022年度実績)
外来延べ患者数:7836人(2022年度実績)
関連病院:国立病院機構米子医療センター、
松江赤十字病院など3病院

 鳥取大学医学部附属病院の血液内科は、長らく第二内科の1部門だったが、組織再編により2005年に独立した。医学部では臨床検査医学に統合されたため、医局の正式名称は長らく「統合内科学講座臨床検査医学分野」であったが、2024年1月より「統合内科学講座血液内科・臨床検査医学分野」に改称した。 

 2023年4月に第5代教授に就任した河村氏が、現在、最も力を入れているのは後進の育成だ。「地方の血液内科診療はとても厳しい状況です。一番の課題は血液内科医の不足で、既存の血液内科医の高齢化も進んでいます。鳥取県でも医療崩壊の一歩手前だったのですが、ようやく最近、若い血液内科医が育ち始めました。その道筋を確かなものとし、鳥取県の血液内科診療を再構築することが、私の使命だと考えています」と河村氏は話す。 

移植医療を学びたいからと医局から国内留学 

 河村氏は2007年に鳥取大学医学部を卒業。初期研修を京都第二赤十字病院で受けた後、血液内科医を目指して母校の臨床検査医学分野に入局した。当時から既に鳥取大学病院では、血液内科医不足が顕在化していた。血液内科の所属医師は河村氏を含めて3人のみで、移植医療はほとんど手掛けられていなかったという。 

 移植医療を志向し、自身のキャリア構築に思い悩んでいた河村氏の背中を押したのは、元臨床検査医学分野講師で当時は米子医療センター・幹細胞移植センター長を務めていた但馬史人氏(現・島根県赤十字血液センター所長)と、医局の先輩医師である谷本哲也氏(現・鉄医会理事長、ナビタスクリニック川崎院長)だった。「『移植を本格的にやりたいなら、いったん外の施設に出てしっかり勉強して戻ってくればいい』と但馬先生が言葉を掛けてくれて、国内留学する決心がつきました。谷本先生は、ご自身の幅広いネットワークの中から留学先としていくつかの施設を紹介してくれました」(河村氏)。 

 河村氏が国内留学先に選んだのは、当時から移植医療で有名だった自治医科大学附属さいたま医療センターだ。「他にも移植件数が多い施設はあったのですが、同センター血液科では臨床助教のポジションがタイミング良く空いており、給与・待遇なども含めて総合的に判断し、2011年から勤務することを決めました」と振り返る。 

母校にノウハウを持ち帰るため臨床と研究に没頭 

 さいたま医療センター・血液科の教授は神田善伸氏(現在は自治医科大学内科学講座血液学部門教授を兼務)で、当時から造血幹細胞移植の分野で指折りの医師だった。河村氏は「私はいずれ鳥取大学に戻るつもりで、神田先生の移植医療のノウハウを持ち帰ろうと一生懸命、臨床に取り組みました。神田先生による若手医師の教育は、一から十まで懇切丁寧に教えてくれるスタイルではありませんでしたが、質問したことにはいつも迅速、的確に答えてくれました。自主性を尊重しつつ必要なときにサポートをしてくれる距離感が、私にはとても合っていた気がします」と言う。 

 移植医療に加えて、河村氏が神田氏に学び、財産としたのは臨床試験のノウハウだ。神田氏の方針で、さいたま医療センターでは若手医師一人ひとりに臨床研究のテーマが与えられ、臨床と並行して研究に取り組むことになっていた。「私も同センターに赴任した当初、研究テーマが与えられました。最初に取り組んだ臨床研究で良い成果が得られ、神田先生に『なかなかセンスあるね』と言ってもらったのです。それがうれしくて研究にも打ち込むようになり、次第に自ら研究テーマを考え、研究を計画・実施するようになりました」(河村氏)。 

 河村氏は鳥取大学に戻って教授に就任後、医局所属の医師がみな同じプロトコールで診療することを決め事として導入したが、これはさいたま医療センターの方針を参考にしたのだと言う。「最初はやや窮屈に感じる医師もいるかもしれませんが、クリニカルクエスチョンが出てきたときに、施設内で症例を集めて後方視的研究に落とし込みやすいメリットがあります」と、その狙いを説明する。 

古巣に帰還、造血幹細胞移植を本格的に再開 

 さいたま医療センターで臨床と研究に打ち込むうちに9年の月日がたっていた。鳥取大学に戻るきっかけは、当時の附属病院血液内科特任教授の福田哲也氏(現・昭和大学藤が丘病院内科〔血液〕教授)からの呼び掛けだった。 

 河村氏が医局を離れた後も鳥取大学病院の血液内科医は増えず、ついには移植施設の認定も維持できなくなっていたという。国立大学病院でありながら骨髄バンク・臍帯血バンクからの移植ができない施設は、当時、全国でも片手で数えられるほどだった。 

 近年、移植医療は難治性血液疾患の標準療法となった。それさえも研修で学べないことが、鳥取大学医学部を卒業した若い医師が、血液内科医を志望しない理由の1つになっていた。それでも血液内科医になりたいという若い医師も中にはいたが、かつて河村氏がそうだったように、思い入れが強いほどしっかり研修ができる外部の施設で学びたいと考えるのは当然だ。福田氏はそんな状況をどうにか打開したいと、河村氏に「戻ってきませんか」と声を掛けたのだ。 

 「留学期間はいつの間にか長くなっていましたが、いつかは戻って鳥取大学、鳥取県に貢献したいという気持ちを常に持っていました。福田先生からのお声掛けがちょうど良い機会となり、古巣に戻ることを決意しました」(河村氏)。 

 臨床検査医学分野に講師として戻った河村氏がまず取り組んだのは、鳥取大学病院で、再び造血幹細胞移植が実施できるようにすることだ。まず血縁者間の移植を積極的に手掛け、その実績を基に、2021年8月に骨髄バンク・臍帯血バンクの移植施設認定(カテゴリー3)を取り直すことができ、2023年4月よりカテゴリー1(※日本造血細胞移植学会の定める移植施設認定基準の全ての項目を満たす診療科)の認定を受けた。年々、鳥取大学病院での移植件数は増えており2023年は12件、そのうち非血縁者間の移植は8件となっている。 

 移植件数の増加とともに施設も充実してきた。河村氏が母校に戻った2020年当時、クリーンルームの移植用個室は2床のみだったが、現在は移植用個室6床に増えている。「鳥取大学でも移植医療の最先端がしっかり学べるようになりましたと、今では若い医師に自信を持って伝えられます」と河村氏は胸を張る。

                             鳥取大学医学部附属病院で移植医療の再開に取り組んできた河村浩二氏。

講義や実習で医学部生に血液内科の魅力をアピール 

 血液内科を目指す医師が入局してきても、がっかりさせない研修環境は整った。しかし、より根本的な問題は、血液内科に興味を持ち、専門医を目指そうかと検討する医学部の学生がそもそも少ないことだ。 

 血液内科では、手を尽くしても亡くなる患者を多く経験する。覚えるべき知識がたくさんあり、専門医になるまでも、なってからも勉強が大変だ。加えて、造血幹細胞移植を手掛けることになれば昼夜を問わない長時間勤務となることもある。「難しそう」「やりがいはあっても大変そう、キツそう」といったイメージから、血液内科を敬遠する学生が少なくない。 

 そんな負のイメージを払しょくしようと、河村氏は医学部での講義や実習を通じて、血液内科の魅力を医学部生に伝えるよう努めてきた。「血液内科の分野では新しい治療法や治療薬が次々と生まれ、最近まで治すことができなかった患者さんがどんどん治るようになってきています。医師が新しい治療法や治療薬をどう使うかによっても、効果は大きく変わってきます。現在、進展がこれほど著しい診療分野は他にあまりないことを説明し、とてもやりがいがあることをアピールしています」(河村氏)。 

 医学部生が診療科に回って来るクリニカルクラークシップ(クリクラ)は、アピールの大きなチャンスだ。血液内科では、クリクラの医学部生一人ひとりに若い医局員をメンターとして付けている。実習中、マンツーマンで指導し、小さな疑問にも丁寧に答えることを心掛けているとのことだ。 

 実習内容としては、実際に鳥取大学病院で治療を受けている患者の症例に基づいて、診断や治療を学ぶ。クリクラの最後の週には、実習で経験した症例のサマリーを河村氏の前で発表してもらっている。そのプレゼンには、治療法の最新の研究動向も、論文検索をして盛り込んでもらう。この方法は前任の福田氏のやり方を踏襲しているが、治療法が急速に進展し、助けられる患者が日々増えている分野であることを知ってほしいとの河村氏の思いがこもった実習方針だ。 

 取り組みの成果は順調に出てきているようだ。鳥取大学医学部で実施されたクリクラ後のアンケート調査で、血液内科は最も評価が高い診療科の1つに選ばれた。毎年1〜2人が継続して入局するようになり、医局員も増えてきている。現在の医局員は8人で、そのうち6人は河村氏が戻ってきた2020年以降の入局だ。「福田先生に色々と体制を構築していただいたおかげで、ようやく負の循環を抜け出すことができつつあります。この流れをしっかり継続していきます」と河村氏は話す。 

入局してきた医師の教育方針は一人ひとりに応じて 

 入局してきた若い医師の教育方針は、一人ひとりに応じてアレンジしている。河村氏自身は、さいたま医療センターで経験した自主性を重んじる教育が合っていたそうだが、一律にそれを当てはめることはしていないという。「私のようにある程度放任された方がやる気が出る人もいますが、丁寧に教えた方が伸びる人もいます。入局してくれた医師それぞれとの最適な距離感をつかむよう心掛けています」(河村氏)。 

 河村氏が特に重視しているのは、若い医師が分からないことがあったときに気軽に質問できる、医局の雰囲気づくりだという。もちろん指導する側の医師が、質問に的確に答えることも大事だ。疑問を翌日に持ち越さないために、症例カンファレンスは30分と短い時間ながらも集中して、毎日夕方に実施している。 

 研究への取り組みは、「推奨はするが強要はしない」方針だ。血液内科分野には、解決されていないクリニカルクエスチョンがまだ多く存在する。例えば「リンパ腫の標準療法は何か」との問いに対する答えは既に定まっているが、高齢者に対する薬の用量をどれくらい減らすべきかについてはまだ明確な答えが出ていない。 

 全国的に見ても鳥取県は高齢化率が高いため、河村氏は医局員とともに、高齢者医療に絡む臨床試験を積極的に実施していきたい考えだ。「ただし、医師それぞれに仕事のやりがいは違うので、みなが研究をする必要はありません。臨床研究が好きな人、基礎研究が好きな人、とにかく臨床に力を入れたい人、中には教育に取り組んでみたい人もいて、人それぞれでよいのです。まだ自分に何が合っているかわからない人には、何が合っているのかを見つける手助けもしていきます。できたら一度は研究もやった上で、将来の方向性を決めてほしいと思います」(河村氏)。

医局で開催している移植カンファレンスの様子。(河村氏提供)

目標は5年後の医局員倍増、どんなタイプの医師も幸せになれる医局へ 

 今後の抱負について河村氏は、「引き続き若い医師の教育に力を入れ、鳥取県の血液内科医を増やすことに取り組んでいきます」と話す。まずは5年後をめどに、医局員を倍の16人まで増やすのが目標だ。人員に余裕がでてきたら関連施設に常勤医を派遣して、大学病院に次ぐ血液内科医療の拠点を作りたいという。 

 「地方では、都市部のように公共交通が発達しておらず高齢化率も高いので、なるべく患者さんや家族の住居近くで治療が受けられることが望ましいのです。それを実現するためにも、入局してくれる医師が増えるよう、学生や研修医に向けて血液内科の魅力のアピールを続けていきます。入局してくれた若い医師がしっかり学べる研修環境づくり、医局の雰囲気づくりもさらに進めていきます」(河村氏)。骨髄バンク・臍帯血バンクのドナーからの移植は基本的に大学病院で実施するが、退院後は、居住地近くの病院に通院してもらう仕組みを河村氏は構想している。 

 医局の医師のキャリアに関しては、それぞれが専門性を持つことを手助けしていきたい考えだ。河村氏は「基礎研究に本格的に取り組む医師にも出てきてほしいですし、臨床が好きな人は中核病院でしっかり頑張ってほしいと思います。私自身、これまで自由に生きてきましたから(笑)、外の施設で勉強してきたい医師がいれば引き留めることはせず、しっかりサポートするつもりです。医局員が常に国内外に何人か留学していて、留学で出ていく人と帰ってくる人の好循環が生まれれば理想的ですね」と話す。 

 その上で河村氏は、次のように抱負を語る。「どんなタイプの医師が入局して来ても、それぞれがやりがいを見つけて幸せになれる、そんな医局にしたいなと思っています。私はまだ年齢的に若く、体力も気力も十分です。若い医師たちと一緒に成長していきたいと張り切っています」。

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河村 浩二(かわむら・こうじ)氏

2007年鳥取大学医学部卒業、京都第二赤十字病院勤務。2009年鳥取大学医学部病態解析医学講座臨床検査医学分野助教。2011年自治医科大学附属さいたま医療センター血液科臨床助教。2018年同大学大学院医学研究科博士課程修了。2019年同大学医学部総合医学第1講座・血液科助教。2020年鳥取大学医学部統合内科医学講座臨床検査医学分野講師。2023年同教授。鳥取大学医学部附属病院血液内科科長を兼務。

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