横浜市立市民病院血液内科は、自施設の患者に必要な医療をすべて提供できるようにしたいとの思いで、2009年に非血縁者間骨髄移植施設の認定を取得した。市民病院として地域医療に取り組みつつ先端医療も手掛ける特徴から、研修医や専攻医に人気の研修施設となっている。高齢者医療に対しても積極的だ。診療科長を務める仲里朝周氏を中心に、高齢患者の機能評価を診療に取り入れ、最適な医療の提供を模索している。
横浜市立市民病院(横浜市神奈川区)血液内科
横浜市立市民病院は1960年に保土ヶ谷区で開院。2020年に神奈川区の三ツ沢公園隣接地に新築移転した。病床数は650床、34診療科、職員数1600人。(横浜市立市民病院提供)
横浜市立市民病院は、老朽化のため三ツ沢公園隣接地に新築移転して、2020年5月に新規開院した。病床数は旧病院時代から変わらず650床だが、床面積は約1.7倍になった。患者にとって療養しやすく、職員にとって働きやすい、スペースにゆとりのある現代的な病院に生まれ変わっている。
同病院の血液内科は専用病床40床で、移植のためのクリーンルームを20床持つ。診療科のスタッフは血液内科専門医6人と専攻医3人で、専門医6人の内訳は3人が慶應義塾大学からの派遣、3人が独自採用の医師だ。診療科長を務めるのは、副院長も兼任する仲里朝周氏。仲里氏は2006年に慶應義塾大学医学部血液内科学教室より派遣され、2009年から科長を担っている。
「当院の血液内科は神奈川県内の市中病院としては最大規模です。私が赴任して来た後に移植施設の認定を取り、非血縁者間の移植医療も実施できるようになりました。市中病院でありながら、血液疾患に対しフルラインの治療が提供できる点が当診療科の大きな特徴です。市立病院の役割として地域の高齢者医療にも力を入れています」と仲里氏は話す。
自施設の患者に必要な治療を最後まで提供したいと移植施設の認定を取得
仲里氏は、大学病院で造血幹細胞移植を多数手掛けてきた。しかし赴任して来た当時、市民病院は移植施設としての認定をまだ得ておらず、非血縁者間の移植が必要な場合には近隣の施設に患者を送っていたという。「タイミングが合わずベッドに空きがないと、その間に患者さんが亡くなってしまうこともありました。それがとても残念で、自施設ですべての治療を提供できるようにしたいと考え施設認定の取得を決断したのです」(仲里氏)。
まずは血縁者間の移植を積極的に手掛け、その実績を基に2009年に日本骨髄バンクに申請し、施設認定を受けた。専門医2人体制で移植医療をスタートしたため、患者の急変への対応で自宅と病院を1日3往復することもあったりと、立ち上げ期には多忙を極めたという。
現在、横浜市立市民病院血液内科は3種の同種移植(骨髄移植、臍帯血移植、末梢血幹細胞移植)と自家移植のいずれにも対応できる体制を整えている。年間の症例数は同種移植10例、自家移植10例ほどだ。診療科の専門医も増えてきて、移植開始当時に比べると1人の医師にかかる負担は軽くなっているとのことだ。
「自施設の患者さんが移植の適応となった場合には、ハイボリュームセンターで移植を受けるメリットもお知らせした上で『どちらを選んでも構いませんよ』と話し、患者さんに最良の選択をしてもらうことを一番に心掛けています。実際には「近くに息子が住んでいるのでここで治療を受けたい」と当院を選んでくださる方が多いです。自施設の患者さんに必要な治療を最後まで提供できるようにすることが目標だったので、それがかなって良かったと思います。もちろん、やるからには大学病院に負けないクオリティの治療を提供する覚悟です」(仲里氏)。
教育研修が好評、研修医や専攻医にも移植医療を経験してもらう
横浜市立市民病院は、人気ランキング常連の臨床研修病院として有名だ。2021年は全国4位、2022年は同3位(市中病院としては2位)だった。人気の理由について、同院で臨床研修委員長も務める仲里氏は「市中病院でありながら、ほとんどの診療科を網羅し様々な経験が積めること、すべての診療科の教育体制がしっかりしていることが、まず挙げられます。加えて、職種間の連携がうまくできていることや、2年目の研修医が1年目の研修医を『屋根瓦方式』でサポートする伝統も評価されているのではないかと思います」と語る。
同院では院内でスタッフがすれ違う時、他職種同士でも笑顔で挨拶をし合う。そういった風景は、病院を見学に来た医学部生にとって意外にインパクトが大きいようだ。
血液内科の教育研修も好評で、専攻医は常に2〜3人いるという。市中病院でありながら血液幹細胞移植などの先端医療も経験できることが、研修志望の動機としては大きいようだ。大学医局には所属していなくても、先端医療は経験したいと考える若い医師は少なくない。横浜市立市民病院はそういった医師の受け皿にもなっている。
仲里氏は、専攻医にだけでなく、タイミングが合えばローテーションで回ってきた研修医にも、ドナーからの骨髄採取や患者への幹細胞の輸注などを積極的に経験させている。「実は、私はもともと血液内科医志望ではなかったのですが、たまたま臨床研修で造血幹細胞移植を経験させてもらい興味を持ちました。同じように血液内科に興味を持ち、血液内科医を志す医師が1人でも多く出てきてほしいと願っています」(仲里氏)。
英文論文執筆を奨励・支援、これまでに研修医4報、専攻医13報の実績
血液内科に回って来る研修医、血液内科所属の専攻医の教育のため、仲里氏が始めた特徴的な取り組みの1つが論文の執筆支援だ。これまでに研修医が発表した論文は4報、血液内科専攻医の論文は13報に上る。内容は臨床研究やケースレポートなど様々だが、掲載先はすべてインパクトファクター2点以上の英文医学雑誌だという。
ほとんどの研修医や専攻医は、英文論文を書くのは初めてだ。彼らが研修中に論文になりそうな研究テーマに出合ったとき、仲里氏はパワーポイントで作った「論文発表までのスキーム」を見せて、「論文を書いてみませんか」と提案している。まずは追加情報などを集め整理して学会で発表し、その内容をブラッシュアップして論文投稿する流れがスキームに示されている。先輩医師のアドバイスも受けながらプロセスを踏んでいけば、論文投稿にたどり着ける。最大の難関は投稿後のレビュアーからの修正指摘だが、仲里氏が全面的にリバイスをサポートしているという。
「大学病院でもできないようなアカデミックな経験をしてもらいたいと思い、始めた取り組みです。自身の臨床経験を論文として残すことが、医学への貢献につながることを若い医師に知ってほしいのです。また、彼らにとって、早い時期に自分が筆頭著者の論文を持つことは、将来の道を開く糧にもなります」。仲里氏はこの取り組みの意義をそう話す。
最適な高齢者医療の提供を目指し臨床研究立ち上げも
仲里氏が大学病院から市民病院に赴任して、一番「違うな」と感じたのは、高齢患者がとても多いことだったという。血液内科にも80歳代、90歳代の悪性リンパ腫の患者が次々と受診してくる。「超高齢社会を迎えた中、市立病院の役割として、血液内科も高齢者医療に積極的に取り組んでいます」と仲里氏は言う。
血液疾患の高齢者医療は、近年、大きく変わってきた。十数年前なら緩和ケアを提供するしかなかったようなケースでも、QOLを維持しつつ生存期間を延長することが十分に望めるようになってきている。「ただし、そのためには最適な治療法や治療薬、用量を選択することが必要です。高齢者1人ひとりを評価して、その人に合った治療を提供するには時間も手間もかかります。日々の忙しさに流されることなく、診療科の他の医師と共に高齢者医療に積極的に取り組めるように、高齢者の機能評価をテーマとする臨床研究を立ち上げました」と仲里氏は話す。
これまでに実施した臨床研究の1つは、多発性骨髄腫の高齢患者の機能評価をして、その結果に応じて抗がん剤の用量を調整するというものだ。13問の質問で患者の機能を評価して、「フレイル」と判定した患者には減量した用量で、「フィット」と判定した患者には若年者と同じ用量で抗がん剤を投与する。質問にかかる時間はおよそ3分ほどだ。
試験の結果、年齢だけで用量を決めるのではなく、1人ひとりの機能評価に基づいて用量調整をすることで、抗がん剤治療の安全性、有効性がより高められること、QOLも高まることなどが分かったという。
現在は、続いて開始した2本目の研究が終盤に差し掛かっているところだ。1本目の試験から一歩進めて、「フィット」か「フレイル」かをより客観的に評価するために、体組成計によるサルコペニア判定を取り入れた。この研究は血液内科の専攻医が主体になって進めており、すでに一部の結果を2019年の日本血液学会でポスター発表して「優秀ポスター賞」を受賞したという。近い将来の論文投稿も視野に入っている。
「高齢者1人ひとりの骨格筋量や認知機能の状態は大きく異なります。80歳代、90歳代でも、杖無し独歩で診察に通って来られる方もいます。同じ年齢でも、若い人と同じ用量で薬を投与しても問題なく、むしろその方が高い治療効果が期待できる患者さんもいるわけです。『長生きしたい』という気持ちに年齢は関係ありません。『もう歳だから』と一律の治療法を押し付けるのではなく、最適な治療を提案しなければいけないなと、私自身もこの研究を通じて改めて感じました」(仲里氏)。
他の診療科とも連携して取り組みをステップアップ
これまでの臨床研究で得た知見を基に、仲里氏は、さらに次の取り組みを構想中だ。高齢患者の筋肉量の減少を改善するために、多職種も巻き込んでリハビリテーションと栄養で介入することを考えているという。「この取り組みは、血液内科だけではなく、院内で高齢の患者さんを多く診ている他の診療科も巻き込んで実施したいと考えています。患者さんのQOLを引き上げて維持しつつ、生存期間を延長するという理想に向けて、臨床と研究、教育をうまくリンクさせながら取り組みをステップアップさせていくことが今後の抱負です」と仲里氏は話している。
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仲里 朝周(なかざと・とものり)氏
1995年慶應義塾大学医学部卒業、同大学医学部研修医(内科)。1997年東京都済生会中央病院内科医師。1998年日本鋼管病院内科医師。1999年慶應義塾大学医学部助手(血液内科学)。2006年横浜市立市民病院血液内科医長。2009年より横浜市立市民病院血液内科診療科長。2021年からは横浜市立市民病院副病院長を兼任。