県全体の救急・集中治療のレベルアップを目指す

2003年に、大阪大学から教授を迎え入れて総勢6人で麻酔科から独立し開設された徳島大学大学院医歯薬学研究部救急集中治療医学分野。現在、この講座と救急集中治療部の医局を率いるのが同大学出身の2代目教授、大藤純氏だ。救急集中治療医学分野では、高度で全人的な治療技術を磨くだけでなく、研究にも積極的に取り組むことを医局員に課してきた。そして今、大藤氏の目標である「徳島県全域の救急・集中治療のレベルアップ」を図るため、スタッフの増員とともに、専門医やチーム医療に参加する特定看護師らの育成に努めている。

徳島大学大学院医歯薬学研究部 救急集中治療医学分野

徳島大学大学院医歯薬学研究部 救急集中治療医学分野
医局データ
教授:大藤 純 氏
医局員:17人
病床数:ICU 11床、SCU 9床、HCU 11床
救命救急患者数:715人(2020年)
関連病院:5病院

 徳島大学大学院医歯薬研究部救急集中治療医学分野が活動を開始したのは2003年。初代教授には、大阪大学から招いた西村匡司氏が就任した。その翌年、徳島大学病院にも救急集中治療部が開設され、西村氏が初代部長を兼務することになった。その大学医学部と病院の双方で西村氏の跡を継ぎ、2代目教授・部長を務めるのが大藤純氏である。

 大藤氏は徳島大学医学部を卒業した生え抜きの医師で、当初は麻酔科医を志し、徳島大学麻酔科学教室に入局した。卒後3年目に同医局の関連病院である聖隷浜松病院(静岡県浜松市)の麻酔科で勤務した。聖隷浜松病院での仕事が2年を過ぎたとき、麻酔科部長の小久保荘太郎氏に「救急、ERを担当してみろ」と声をかけられたことが、その後のキャリアを大きく変えることになった。


徳島大学病院は、隣接する県立中央病院と連携し、徳島県の高度医療提供の核となっている

 

上司のアドバイスで麻酔科医から集中治療医へ

 大藤氏は、大学卒業後に隣県の高松赤十字病院(香川県高松市)の麻酔科で2年を過ごし、その後に派遣された聖隷浜松病院でも麻酔科に配属された。最初の2年間は手術室で麻酔管理を担当していたが、先に紹介したように小久保氏から「手術の麻酔だけを見ていると世界が狭くなる。手術に入る前や手術後の対応も経験した方が良い」とアドバイスされ、半年間、救急部長の田中茂氏の下で救急と集中治療の研鑽を積むことになった。

「私がいた2000年ごろの聖隷浜松病院は、月に約400台の救急車を受け入れていました。運ばれてくる患者は様々でしたが、今のように初期研修で色々な診療科を回っていたわけではないので、麻酔しか知らない私は、一般の救急患者にどう対応したらよいか分からない状態でした。それでも、他の医師が緊張するような心肺停止の患者が運び込まれてくると、『自分の出番だ!』とばかりに張り切って蘇生術を施していました」と大藤氏は笑う。

 2002年に徳島大学に戻った大藤氏は、麻酔科で手術室を担当することになると思っていたそうだが、当時の麻酔科教授は浜松での経験を考慮して、大藤氏を麻酔科が管轄する集中治療部に配属した。「その頃の集中治療部は、1年もいると『もう無理です。』と言って、派遣された麻酔科医が辞めてしまうような人気のない職場でした。そこに配属されたのは、教授の『手術室だけにとどまらない、急性期医療全般のエキスパートを育てたい』という考えからでした」と大藤氏。

 それから2年後には、大阪大学から西村氏が教授として招かれ、病態情報医学講座・救急集中治療医学分野が開設された。これを期に麻酔科に戻るのかと思った大藤氏だったが、麻酔科の教授からは「救急と集中治療医の専門医、医学博士号を取得するまでは、あなたはしばらく残って、しっかり学んできなさい」と言われ、引き続き集中治療を担当することになった。

 高度な集中治療を行うべくクローズドICUポリシーを採用

  当時の集中治療室はオープンICUで、各診療科の主治医がそれぞれの患者の治療方針を決定し、救急集中治療部の医師はその隙間を埋める脇役のような存在だった。ところが、各診療科の専門医は、自らの専門領域以外の臓器障害を含む全身管理や人工呼吸管理などの高度医療には対応できない。人工呼吸や血液浄化、体外循環、重症感染症管理などの高度医療に長け、臓器別の知識に留まらない横断的かつ全人的な医療を実践でき、そして何よりもICUのベッドサイドで最もよく患者を診る集中治療医こそが、重症患者の治療方針を決定し、診療に責任を持つ必要がある。「集中治療室に入った患者の管理や治療方針の決定は、全て救急集中治療部の医師が責任をもってやりなさい。問題があれば、何でも相談しなさい」と、西村氏は医局員に伝えた。クローズドICUへの転換である。

 そこから大藤氏らは、本来得意であった全身管理に磨きをかける一方で、各診療科の医師と対等に意見交換できるように、それぞれの領域の勉強にも勤しんだ。「当時、感じていた責任の重さは並大抵のもではありませんでした。それこそ24時間患者さんを診て、急変を未然に防ぐことに必死でした。その代わり、患者さんの病状が回復して一般病棟に戻り、そして退院できたとき、『私がこの患者さんを救ったんだ』という達成感が、それまで以上に大きいものになりました」。

集中治療医としての運命を決定した留学

  2010年には、徳島大学病院に徳島県からの寄付講座であるER・災害医療診療部が開設され、初代特任教授に今中秀光氏が就任した。2016年に大藤氏がその跡を継ぎ、2代目特任教授に就くことになった。

 「西村先生、今中先生は共に集中治療の第一人者でした。ただでさえ大変な集中治療室での診療と共に、研究にも力を入れておられました。私は卒業以来、臨床一辺倒で、論文など書いたこともなく、学会での発表は症例報告が関の山でした。そんな私が英文雑誌に自分の論文を発表できるようになったのは、お二人の指導のおかげです」。こう語る大藤氏は、高いレベルの臨床と研究の両立を実践していくことを決めた。

 ある時、研究に興味を持ち始めた大藤氏は、同級生から「私の留学先に君も留学しないか?」という誘いを受けた。「この話を西村先生、今中先生にしたところ、ハーバード大学系列のマサチューセッツ総合病院(ボストン市)を紹介してくださいました。魅力的な話なのでお話を受けましたが、その時に『もう集中治療に骨を埋めることになるのかな』と腹をくくりました」と大藤氏は語る。留学先では、主に人工呼吸管理や気道管理の研究を行い、成果を上げた。また2011〜2014年の大藤氏の留学に続き、現在、徳島大学病院ER・災害医療診療部の3代目特任教授である板垣大雅氏も、2014〜2016年にマサチューセッツ総合病院に研究留学し、成果を上げている。

 集中治療部を「働きやすい職場」へと変革

  かつては「1年で辞めたくなる」職場だった救急集中治療部だが、現在は様子が随分と異なる。一時期は5〜6人からなかなか増えなかった医局員も、今では関連病院に勤務する医師を含めて17人の大所帯になっている。「以前に比べれば、集中治療部は働きやすくなっていると思います。当院では1週間交代で、ICUの責任者を固定し、責任者が全ての患者の治療方針を決定します。他のスタッフは昼夜2交代制で、責任者の指示に従って治療に当たります。だから勤務時間はきちんと管理されており、夜勤の前後はプライベートな時間をとることも可能です」と大藤氏は話す。

 一見すると1人の責任者に負荷が集中するようにも思えるが、ICU責任者は日勤のみで夜勤に入ることはなく、治療方針を決定しても、実際の指示出しや検査、処置といった作業は他のスタッフに任せる仕組みなので、責任者の負担は少ない。また、治療方針の決定に迷う、あるいは対応が難しい場合は、大藤氏を含めた上級医に相談できる仕組みを整えている。

 この方針について、大藤氏は「責任者を固定した方が、継続して患者を診られますので、治療方針がぶれないというメリットがあります。日々担当医が代わると、担当医の好みで診療が行われるので、治療方針に一貫性が無くなってしまいがちです。一方で、責任者に当たらない週では、他のスタッフが責任者として診療しているところを客観的に見て学べることも多いと思いますし、研究などの自己研鑽に時間を割くこともできます。最近では、指示に従って処置を担当するスタッフも人数に少し余裕があり、主治医制ではなくチーム診療を基本としていることから、誰かが休暇を取ることや急な用事で勤務を外れることがあっても十分に対応できています」と語る。子育てしながら勤務する医師も多く、働きやすい職場環境を整えている。

徳島大学大学院医歯薬学研究部救急集中治療医学分野のメンバーたち。前列中央が大藤純氏。若手医師も多く、働きやすい職場環境だ。(大藤氏提供)

育成した人材を県内の救急医療の拠点に配置

  大藤氏は医局員の増加を背景に、積極的に関連病院を増やしていく方針をとる。現在、徳島大学病院に隣接する徳島県立中央病院(徳島市)、徳島県立三好病院(徳島県三好市)、医療法人倚山会田岡病院(徳島市)JA徳島厚生連吉野川医療センター(徳島県吉野川市)、高松市立みんなの病院(香川県高松市)に医師を派遣している。

 「まずは、高度な三次救急や集中治療の包括的・効率的運用ができる救急・集中治療のエキスパートを数多く育成していきたいと考えています」と大藤氏。そのエキスパートは医師に限らず、特定行為研修を受けた特定看護師や、臨床工学技士、救急救命士なども含んでいる。県内の主要な救急指定病院や救命救急センターに、徳島大学で育成したスタッフを派遣し、県内全域の救急医療を充実させ、病院間連携を強化することが目標だ。さらには災害派遣医療チームであるDMAT隊員の育成にも取り組みたいと考えている。

 救急・集中治療医には、気道・呼吸・循環・中枢神経管理を含めた全人的かつ横断的な医療と同時に、原疾患への適切なアプローチが求められる。総合的な診療能力が必須だが、それに加えて大藤氏には、さらに若手医師に伝えたいことがある。「真摯に取り組むこと、諦めないこと、反省できること、新しいことを取り入れられること──。これらができるようになって初めて、救急・集中治療医として成長し、患者さんの命を預かる責任を果たせるようになるのです」。こう語る大藤氏は、若い医師たちに「患者さんを救ったときの例えようのない達成感を得られるように頑張っていきましょう」と話している。


若手医師を対象とした呼吸管理研修の様子。救急・集中治療医学分野の人材育成は医師だけでなく、看護師など多職種に及ぶ。(大藤氏提供)

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大藤 純 氏

1997年徳島大学医学部卒業。高松赤十字病院麻酔科、聖隷浜松病院麻酔科を経て、2002年徳島大学病院救急集中治療部。2016年同病院ER・災害医療診療部特任教授、2018年同病院救急集中治療部部長、2020年より現職。



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