基礎と臨床の2つの視点で取り組む免疫内科学講座を目指して

2021年4月、岩手医科大学の新たな内科学講座として「膠原病・アレルギー内科分野」が発足した。初代教授に就任したのが、長きにわたり免疫難病の病態解明や新たな診断薬・治療薬の開発に取り組んできた仲哲治氏である。膠原病・アレルギー内科分野では、関節リウマチや膠原病専門医を県立病院などの基幹病院に医師を派遣することにより、岩手県内の免疫難病治療の均てん化を図っている。また仲氏は、臨床から得られる臨床情報や臨床検体をmedical need、 medical questionを基に基礎研究に落とし込み、疾患関連分子などを同定して新たな診断法や治療薬を開発し、再度臨床に戻してヒトでの作用を確認するという臨床と基礎の双方向性研究を通して、医学と医療の進歩・発展に寄与することができる臨床講座を目指している。

岩手医科大学医学部 内科学講座 膠原病・アレルギー内科分野

岩手医科大学医学部 内科学講座 膠原病・アレルギー内科分野
医局データ
教授:仲 哲治 氏
医局員:5人
月間外来患者数:約400人
関連病院数:県内各地の県立病院など7病院

 岩手医科大学は、関節リウマチや膠原病の診療・研究を目的とする膠原病・アレルギー内科分野を2021年4月に開設した。初代教授に着任した仲哲治氏は、「最新の医学に基づいた病気の成り立ち(病因・病態)を考えた医療を患者に提供できる新しい形の臨床講座を立ち上げるために岩手医科大学に着任しました」と語る。ここで言う「新しい形」とは、臨床(医療)から得られるmedical need、medical question を解明すべく基礎研究(医学)に落とし込み、この基礎研究で得られた最新の知見を臨床に応用し、さらにその臨床結果を研究に再度フィードバックする臨床と基礎の双方向性研究体制である。

 「私が研修医だった約30年前は、関節リウマチや全身性エリテマトーデス(SLE)などの免疫疾患は有効な診断法や治療法のない、まさしく難病中の難病と言える疾患でした。しかし近年、炎症性サイトカインに対する阻害抗体などの生物学的製剤や分子標的薬の出現により、免疫疾患の病態も明らかになりつつあり、根治も可能になってきています」。こう語る仲氏は今後、免疫難病の診断・治療に必要なことは、臨床現場で患者から得られる臨床データを基にした病因・病態の解明を目的とする基礎研究と、その結果から得られる新たな診断・治療法の開発であると考え、自らその両輪を回す体制を整備してきた。

「リバース・トランスレーショナル・リサーチ」を知った阪大時代

 仲氏は1987年に富山大学医学部を卒業した後、同大学附属病院などで研修医生活を送った。その後、免疫性難病の専門医を志して1992年、岸本忠三氏が教授を務めていた大阪大学医学部第三内科の門をたたいた。そこで生物学的製剤の基礎研究から臨床応用までを一貫して実践する体制を目の当たりにしました。

 「臨床で得た検体を用いて創薬し、開発した薬剤の有効性をヒトで確認する。そして、その臨床試験の結果を基礎研究にフィードバックして病態の機序を解明するという『リバース・トランスレーショナル・リサーチ』の重要性を、阪大での経験から認識しました。基礎研究と臨床応用の連携を繰り返していくことで、ヒト疾患の病態を分子レベルで解明できるようになるのです」と仲氏は言う。

 このとき以来、仲氏は基礎研究と臨床応用を並行させるスタイルを実践し、それに適した環境を探し求めてきた。2006年に独立行政法人医薬基盤研究所に移った後も、阪大医学部附属病院での診療を続けたのは、そうした理由からだ。

 その後、2016年に仲氏は高知大学医学部教授に就任。翌2017年には同大学附属病院内に「免疫難病センター」を立ち上げ、基礎研究と臨床応用を両立する診療科のモデルケース作りに着手した。同センターでは臓器別診療科の垣根を越えて、炎症性疾患や癌の検体を集めて解析することにも取り組んだ。それは、IL-6やTNF(腫瘍壊死因子)αなど、種々のヒト疾患の病態に関与する分子を解明するためだ。この時の経験が、岩手医科大学で膠原病・アレルギー内科分野を立ち上げる際に活かされることになった。

産学連携コンソーシアムで免疫難病治療に一石

 さらに仲氏は2018年、高知大学医学部附属病院免疫難病センターと、慶應義塾大学医学部のリウマチ・膠原病内科と消化器内科、医薬基盤研究所トキシコゲノミクス・インフォマティクスプロジェクト、そして製薬企業3社で構成する「免疫炎症性難病創薬コンソーシアム」を設立した。これは、免疫難病などアンメット・メディカル・ニーズに対応する創薬を進めるための我が国初の産学連携組織である。

 「癌や感染症、循環器疾患、精神・神経疾患、小児や高齢者疾患などを扱うナショナルセンターは存在しますが、免疫炎症性疾患を扱うナショナルセンターはありませんでした。そこで私は、共通の認識をお持ちであった慶應義塾大学医学部リウマチ内科の竹内勤教授(当時)と一緒に、免疫難病の創薬を目指した新たな産官学連携コンソーシアムを設立することにしたのです」。こう語る仲氏は「研究成果をスムーズに創薬に結び付けるため、そして有限な患者検体を効率よく創薬研究に用いるためには、アカデミアだけでなく、設立時から複数の企業に参加してもらうことが重要だと考え、様々な国内製薬企業に参加を呼びかけました。企業間の知的財産の扱いなど共通の取り決めをするのは大変でしたが、無事に契約を締結することができました」とも付け加える。

 同コンソーシアムの対象疾患は、関節リウマチ、脊椎関節炎、SLE、シェーグレン症候群などの炎症性免疫難病である。それぞれの大学附属病院から治療介入前後の検体と診療情報の収集を行い、創薬に向けた研究を実施する。解析拠点である医薬基盤研究所では、血液や組織検体からゲノム、トランススクリプトーム、プロテオーム、メタボロームを調べる「マルチオミクス解析」と、治療前後で変化する遺伝子や蛋白質データベースの作成を担当する。そして企業は、そのデータベースを用いて創薬研究を担うという役割分担である。

 ここで仲氏が重視したのは、決められたプロトコルに従って、背景のそろった症例だけを対象にし、質の高い検体と臨床情報を収集することだった。重層的にマルチオミクス解析を行うためには必須の条件で、高品質のデータベースを構築することにもつながる。症例数は疾患ごとに数十例程度に限られてしまうが、背景のそろった「非常にきれいな症例」だけを集めるようにした。解析費用の面からも「限られた症例について徹底的に解析するというアプローチが最も効率が良い」と考え、量より質を重んじる研究を追求した。

 仲氏は、自身が受け持っていた阪大免疫内科外来のリウマチ患者血清から新規の炎症性マーカーであるロイシンリッチα2グリコプロテイン(LRG)を同定し、その実用化に結び付けるという成功体験を持っている。「LRG実用化の経験から私は、質の高い臨床検体から創薬シーズを探索する産官学連携コンソーシアムの成功を確信しています」と話す。

 LRGの同定の研究背景であるが、関節リウマチなどの炎症性疾患では、治療中にIL-6に誘導されるCRP(C-反応性蛋白)やSAA(血清アミロイドA蛋白)といった既存の炎症性マーカーの値が上がり難くなることが知られていた。そのため仲氏らは、IL-6とは別の経路で動く新たな炎症性マーカー探索の必要性を感じ、自身の阪大免疫内科外来での患者検体を用いて、臨床背景のそろった10症例のリウマチ患者血清から活動期に上昇する炎症性マーカーとしてLRGを見い出すことに成功した。IL-6により肝臓から発現するCRPと違い、IL-6以外の炎症性サイトカインにより炎症部位でも発現して血中に流れ出てくるLRGは、炎症の状態を直接反映したマーカーと言える。IL-6阻害時のリウマチの活動性マーカーになり得るが、まずはそれまで有効な血清バイオマーカーがなかった炎症性腸疾患の活動性マーカーとしてLRGの実用化を図り、2020年6月に炎症性腸疾患の活動性マーカーとしての保険収載に結び付けた。

気心の知れたメンバーと医局を立ち上げ

 現在では、遺伝子工学の進歩に伴って高度な分析装置や解析システムが機能向上したため、臨床検体の分子レベルでの解析が可能となってきた。また、近年の様々な分子標的薬の登場によって、ヒトでの病態解明も可能となってきた。そうした状況で仲氏が岩手医科大学に活動拠点を移した理由の一つに、岩手県では他県よりも多くの症例・検体などの臨床データを集めやすい環境が整っていたことがある。

 「岩手医科大学は県内唯一の医学部を持ち、また120年以上の歴史を有する大学で、県内各地に医師を派遣しているため症例や検体の確保に協力を得やすいという特徴があります。県内に複数の大学医学部が存在していたり、近県に影響力の大きな大学があるところでは、岩手医科大のようにうまくはいきません」と仲氏。さらに、膠原病・アレルギー内科分野の開設を契機に、膠原病やリウマチの専門医がいない地域の病院に、まずは外勤という形であるが大学の医師を派遣するなど人的交流も始まっている。

 仲氏は、これまで臨床や基礎研究を共に行ってきた医師や研究スタッフと一緒に岩手医科大学に赴任した。現在、共に赴任した医師は、臨床や研究、教育に携わっている。


岩手医科大学附属病院膠原病内科のスタッフの面々。医師を含め主要スタッフは前任地からともに赴任した。

 

 臨床研究を担当するのは准教授の藤本穣氏。仲氏と藤本氏は、阪大時代から研究を共にしてきた。「臨床研究を担当するスタッフは、阪大から高知大、高知大から岩手医大に一緒に赴任したメンバーなので気心が知れています」と藤本氏。また、基礎研究を行う世良田聡准教授以下6名のスタッフが臨床検体の解析に取り組んでいる。「以前に比べて臨床情報・臨床検体を扱う研究時間が増えているので、マウスや細胞株を用いた基礎研究と臨床から落とし込んだ研究を、どのように両立していくかを模索しているところです」と世良田氏は語る。

 臨床をリードするのは講師の村田興則氏。免疫炎症性難病創薬コンソーシアムで共同研究を行っている慶應義塾大学に一時所属していたことから、仲氏とのつながりが生まれた。「リウマチ・膠原病の専門医が在籍する医療機関は盛岡市内に限られていたので、現在は医局から医師を派遣して、胆沢病院や中部病院、大船渡病院などの県立病院や八戸赤十字病院など県外の病院においても専門的な治療を提供しています。しかし将来を見据え、同じ思いを持つ後進の育成が重要だと感じています。基礎的な視点を持ち、世界標準の診断・治療を実践できる医師を育成していきたいですね」と意気込む。

 教育を担当するのは助教の大河原知治氏。仲氏とは15年以上の付き合いがある。「まだ学生向けの授業は行っていませんが、国家試験に合格するための医師として必要な知識の習得にとどまらず、基礎研究と臨床の連携の重要さや面白さを伝えられるような講義を検討しています」と語る。

 立ち上げからまだ数カ月しかたっていない岩手医科大学の膠原病・アレルギー内科分野だが、教授の仲氏をはじめとする医師やスタッフの士気は高い。「医師は皆、研究者、科学者でもあり、臨床においても常に病態を考察して、その病態に応じた治療法を検討する必要があります。これからの医療は、臓器別などの領域にこだわることなく、診療科横断的に患者さんの体の中で何がどのように起きているかを見極めて対応する医療が必要です。こうした考えに興味を持った方は、ぜひ一緒に取り組んでいきましょう」。

 こう呼びかける仲氏は、臨床と基礎研究の2つの視点を持ちながら臨床(医療)と研究(医学)の両輪を回していくことにより、医学・医療の発展に貢献したい思いを持つ医師にとって最適な環境を提供することを目指している。

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仲 哲治 氏

1983年富山大学医学部卒。富山大学医学部附属病院、大阪大学医学部附属病院、医薬基盤研究所(当時)、高知大学医学部附属病院免疫難病センターなどを経て、2021年より岩手医科大学内科学講座膠原病・アレルギー内科分野教授。


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