三次救急病院で脆弱性骨折の再発予防にチームで取り組む

三次救急指定病院である済生会横浜市東部病院では、多職種からなる「骨粗鬆症リエゾンサービス(OLS)運動器ケアチーム」を結成し、脆弱性骨折の再発予防を目的とした入院患者への骨粗鬆症治療薬の介入と、治療継続のための地域連携、医療者や市民を対象とした骨粗鬆症の啓蒙活動に力を入れる。同院のOLSは、2021年6月に国際骨粗鬆症財団(IOF)よりGoldメダルを授与された。整形外科医長の武田勇樹氏と看護部の林綾野氏に、OLS運動器ケアチームの狙いや取り組みの実際、将来展望について聞いた。

済生会横浜市東部病院(神奈川県横浜市)

済生会横浜市東部病院(神奈川県横浜市)

  済生会横浜市東部病院は、年間に6000台以上の救急車を受け入れる最前線の三次救急指定病院。重症外傷診療などに重点を置き、横浜市東部地域の救急医療の中核を担う。整形外科の年間手術件数は1600件以上で、慢性疾患に加え、交通事故などによる救急外傷治療や転倒による大腿骨近位部骨折などの患者が多い。

  一般に三次救急病院は患者の入院期間が短く、整形外科医は手術対応に追われて、骨粗鬆症の治療には十分に介入できないことが多い。「手術だけでなく骨粗鬆症治療による二次骨折の予防も必要」という前整形外科部長である野本聡氏の声のもと、2016年に多職種からなるOLS(osteoporosis liaison service)運動器ケアチーム(以下、チーム)が立ち上げられた。整形外科に骨折で入院した骨粗鬆症治療が必要な患者に積極的に介入を行い、2014年に17%だった大腿骨近位部骨折患者に対する骨粗鬆症薬物治療介入率は、2017年に89%、2018年には93%と大幅に向上。極めて高い介入率を実現している。

  同院整形外科の医長で、2020年4月からチームのリーダーを務める武田勇樹氏は「骨折で入院した患者さんの中には高い確率で骨粗鬆症の方がいますが、入院したタイミングで治療を開始しなければ、治療の機会を失ってしまう恐れがあります。ハイリスクの患者さんが集まる三次救急の場でこそ、骨粗鬆症への介入が必要なのです」と強調する。

手術対応で忙しい医師をチームでサポート

 済生会横浜市東部病院では、日本骨粗鬆症学会が認定する「骨粗鬆症マネージャー」の資格を持った9人のメンバーを中心に、医師6人、看護師6人、薬剤師2人、理学療法士2人、管理栄養士2人、診療放射線技師1人、メディカルアシスタント1人の総勢20人が、チームとして活躍している。

 チームでサブリーダーを務めるのは看護部の林綾野氏。林氏は同院で最初に骨粗鬆症マネージャーの資格を取得し、2016年のチーム結成前から骨粗鬆症対策で中心的な役割を果たしてきた。「整形外科は手術が一番大きな仕事なので、資格を取った当時は、周囲のスタッフの骨粗鬆症治療への関心はそれほど高くありませんでした。しかし、その後、既存骨折がある骨粗鬆症患者の再骨折の多さが明らかになり、また骨折再発予防に効果のある骨粗鬆治療薬が複数登場して治療の選択が増えたことで、医療者の意識も徐々に変わってきました」と林氏は振り返る。

 現在の骨粗鬆症の治療ガイドラインでは、骨密度とともに、既存の脆弱性骨折の有無による骨折リスクが重視され、脆弱性骨折の既往がある場合には骨密度によらず積極的な薬物治療が推奨されている。こうした中、チームは、医師が骨粗鬆症治療を行いやすい体制を整えてきた。

 済生会横浜市東部病院で骨代謝センターの立ち上げに関わるメンバー。左から糖尿病・内分泌センター長(糖尿病・内分泌内科部長)の一城貴政氏、武田勇樹氏、院長補佐兼運動器センターセンター長(整形外科部長)の福田健太郎氏、林綾野氏

 メディカルアシスタントがデータベースを作成

  現在の骨粗鬆症患者への高い治療介入率を支えているのが、メディカルアシスタントによる骨粗鬆症データベースの作成と、看護師や薬剤師、理学療法士、管理栄養士、診療放射線技師らによる医師へのサポートだ。

 骨粗鬆症データベースは、医療支援室に所属する骨粗鬆症マネージャーのメディカルアシスタントが作成する。メディカルアシスタントは、骨脆弱性の大腿骨近位部骨折、脊椎骨折、上肢の骨折で整形外科に入院した患者データの抽出を電子カルテ担当部署に依頼。このデータから患者の基本情報、担当医、骨折部位、既往症、チームへの依頼の有無、認知症の有無、ステロイドや骨粗鬆症薬物治療の使用状況、骨密度(腰椎・大腿骨)、腎機能などの情報を抽出して、専用のエクセルシートにまとめる。整形外科の医師は、このシートを見て自分の担当患者の情報を確認し、検査や薬物治療がまだ行われていない患者に対応する。

「シートは院内の電子カルテ上で共有されており、医師やチームのメンバーが個々の患者の情報を閲覧して、入院後の骨粗鬆症対策の進捗状況を確認します。検査が実施されていなかったり、骨粗鬆症治療薬が処方されていない患者さんについては、対応を検討するよう担当医に適宜声がけをします」と林氏。

 武田氏は「この仕組みを導入したことで、検査や治療が必要な患者さんを、医師が漏らさず把握し介入できるようになりました。メディカルアシスタントがデータの管理を行ってくれることで、OLS運動器ケアチームの医師や薬剤師への負担が大幅に軽減し、本来の業務に集中できるようになりました」と話す。

病棟で多職種が骨粗鬆症治療に介入

  一方、病棟においては、チームの看護師と薬剤師、理学療法士、管理栄養士、診療放射線技師が、医師の求めに応じて、それぞれの職能を生かしたサポートを行っている。

 骨粗鬆症の治療薬には様々な禁忌事項や慎重投与事項があり、使用する薬剤に応じて、血清カルシウム値の異常はないか、上部消化管障害や肝機能障害、腎機能障害はないかといったことを事前に確認しておく必要がある。チームの看護師と薬剤師は、担当医から相談があった場合、生活状況や認知機能、病態を踏まえ、個々の患者に適した薬剤を提案している。さらに、注射薬については薬剤ごとに投与手順書を作成。医師や看護師が、薬剤を投与する前に禁忌の有無などを確認し、電子カルテに記載しないと薬剤の払い出しが行われない仕組みも取り入れている。

 骨粗鬆症治療に用いる注射薬には、半年に1回や1年に1回といった投与間隔が長い薬がある。こういった薬剤への対応として、林氏は「入院中に注射薬を開始した場合、地域に戻った後に骨粗鬆症治療薬が重複投与される危険性があるため、薬剤師の提案で骨粗鬆症治療中であることを示すシールを作成し、薬剤名とともに患者さんのお薬手帳の表と中に貼っています」と話す。一方、管理栄養士や理学療法士は、個人栄養指導や運動指導を行っているほか、診療放射線技師は単純X線やCT検査、骨密度検査を行い、脆弱性骨折のデータを収集している。

 これらの取り組みに加えて、チームでは、結成当初から骨粗鬆症の啓発活動にも力を入れている。2020年以降は新型コロナウイルス感染症の影響で活動ができていないが、これまで院内外の医療者向けや市民向けの勉強会や講演会を多岐にわたり開催し、骨粗鬆症マネージャーの資格を持つチームのメンバーが、それぞれの職種の専門性を生かした内容で講演を行ってきた。さらに、各職種が協力して骨粗鬆症のパンフレットも作成している。

 市民公開講座では、管理栄養士による「骨粗鬆症と食事~不足しがちな栄養素~」、理学療法士による「毎日続けようコツコツ体操」といったテーマも人気だ。講座の後に、希望者に対して無料で骨密度検査を行い、骨粗鬆症が疑われた人に対しては、骨粗鬆症外来への受診を勧めている。

    

済生会横浜市東部病院の市民公開講座の様子。左は理学療法士による「コツコツ体操」の講演会。会場では骨密度検査も行われた。(同病院提供) 

 

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  こうした工夫を重ねたことで、脆弱性骨折の再発予防を目的とした入院患者への骨粗鬆症治療薬の介入率は9割を超えるまでになった。しかし、せっかく病院で骨粗鬆症治療薬を導入しても、地域に戻った後に治療が中断される例は少なくない。武田氏は次の課題として治療継続率の向上を挙げる。

治療が中断される理由として、患者や家族が治療の重要性を十分理解していない、認知症やポリファーマシーにより薬剤管理が難しい、戻った地域の医療機関で薬が採用されていない、歯科治療のタイミングで中止されてしまう──ことなどが考えられる。武田氏は「治療の継続率を上げるためには、かかりつけ医や歯科ら、地域の医療関係者とも連携して一緒に骨粗鬆症治療を行っていくことが不可欠です」と話す。

 地域連携の試みの1つとして、同院では骨吸収抑制薬による治療を開始する際に、患者かかりつけの歯科に治療開始を報告する書面を送り、歯科治療が必要になった際は済生会横浜市東部病院の歯科・口腔外科で対応することを伝えている。さらに、歯科・口腔外科と合同で、地域の医師や歯科医師を招いて勉強会を開催し、歯科治療のために必ずしも休薬が必要でないことなどを知ってもらう取り組みも行っている。

 また、病院と地域の医療機関とで採用薬が異なるために、地域に戻った後の治療継続に困ることもある。そこで武田氏は、2021年5月に整形外科部長の福田健太郎氏と連名で、病診連携をしている地域の整形外科診療所の医師にアンケート調査を行い、使用している骨密度検査機器や骨粗鬆治療薬、骨粗鬆症患者の受け入れの可否や紹介後に病院での定期的なフォローを希望するかなどについて尋ねた。武田氏は「かかりつけ医が行いやすい治療を入院中に開始し、地域に戻ってからも治療を継続しやすくするシステムを構築していきたい」と言う。

 同院が位置する横浜市鶴見区を中心とした地域には、医療機関や介護施設同士が患者の診療情報を共有できる地域連携システム「サルビアねっと」が整備されている。今後はこうした情報システムも活用しながら、地域でよりスムーズで質の高い骨粗鬆症治療が提供できる連携の仕組みを模索していく考えだ。

 診療科横断的な「骨代謝センター」の立ち上げ

 さらに済生会横浜市東部病院では、診療科横断的に骨粗鬆症対策に取り組むために、整形外科部長の福田氏の発案により「骨代謝センター」を立ち上げることを計画している。センターでは、整形外科を中心とし、糖尿病・内分泌センター長の一城貴政氏らの協力を得ながら、近年骨粗鬆症との関連が注目されている糖尿病を診察している内分泌内科のほか、治療で副腎皮質ステロイドを使用することが多い腎臓内科や消化器内科、呼吸器内科が連携して、骨粗鬆症患者の拾い上げや治療介入を進めていく考えだ。

 我が国では要介護・要支援者の増加が社会保障上の大きな問題となっている。2016年の厚生労働省の国民生活基礎調査によると、要介護・要支援が必要となった原因の4分の1を骨折・転倒などの運動器関連の障害が占めており、骨粗鬆症対策は喫緊の課題だ。林氏は「チームの取り組みや継続は、チーム活動に理解を示してくれている病院、立ち上げから携わってくれている野本前部長や、福田部長、院内スタッフ皆様の協力のおかげです」と言う。済生会横浜市東部病院のOLS運動器ケアチームが始めた取り組みにより、横浜市東部の骨粗鬆症対策は着実に充実してきた。済生会横浜市東部病院は今後も、この地域における骨粗鬆症対策の中心としてさらに発展していくことだろう。

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武田 勇樹氏

済生会横浜市東部病院医長。2004年福島県立医科大学医学部卒業、2006年慶應義塾大学整形外科学教室入局、国立病院機構東京医療センター、済生会中央病院などを経て2020年より現職。日本整形外科学会専門医、日本整形外科学会認定リウマチ医、日本人工関節学会認定医。



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 林 綾野氏

済生会横浜市東部病院看護師。2002年横浜市医師会保土谷看護専門学校卒業、2009年より済生会横浜市東部病院看護部に所属。2019年 関東学院大学大学院 看護学研究科入学。日本リウマチ財団リウマチケア看護師、日本骨粗鬆症学会骨粗鬆症マネージャー、日本リウマチ学会登録ソノグラファー。


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