GVHDのコントロールを追求しつつ専門医の育成にも注力

兵庫県立尼崎総合医療センター血液内科は、阪神地域において移植医療の中心的な施設であり、移植片対宿主病(GVHD)のコントロールや遺伝子検査を活用した診療方針の決定などに特徴がある。血液疾患の一般診療、救急、看取りに至るまで、市中病院に求められる様々な医療も担っている。診療科を率いるのは診療科長の渡邊光正氏だ。専門医教育にも力を入れており、患者や患者家族の希望をくみつつ、自身で考えて治療方針を決められる血液内科医の育成を目指している。

兵庫県立尼崎総合医療センター 
血液内科 
(兵庫県尼崎市)

兵庫県立尼崎総合医療センターは2つの県立病院の統合により2015年に新規開院した。
48の診療科と730の病床を擁する。

 兵庫県立尼崎総合医療センター(兵庫県尼崎市、平家俊男院長)が設立されたのは2015年。県立尼崎病院と県立塚口病院の統合により新病院がオープンして、2023年で9年目を迎える。旧病院の病床数は尼崎病院が500床、塚口病院が400床だったが、新病院は730床となり、ER型の救命救急センターも併設するなど大幅な機能充実を果たした。 

 同センターの血液内科はスタッフ医師9人(うち専門医4人)、専攻医3人で、常時30〜45人の入院患者と1日当たり80〜100人の外来患者に対応している。淀川以西から尼崎市までのエリアには、同センターのような規模の血液内科を持つ施設がない。そのため尼崎市のほか、伊丹市、宝塚市、三田市、川西市、さらに北部の豊岡市などからも患者が来院する。同センターは基本的に救急患者を断らない方針で、1日に受け入れる救急車の延べ台数は30台以上、ウォークインの救急患者は60人以上に上る。血液疾患の救急患者も少なくない。 

 新病院のオープン当初から血液内科のトップを務めるのは渡邊光正氏だ。渡邊氏は京都大学医学部血液・腫瘍内科学講座所属の医師だったが、県立尼崎病院の血液腫瘍内科・医長を経て2015年に新病院の初代診療科長に就任した。「当診療科では、一般的な血液疾患の診療から骨髄移植、高齢者医療、看取りに至るまで、市中病院の血液内科に求められる役割を全て担っています。様々な疾患の患者さんが集まる市中病院の特徴を生かして、専門医の教育にも力を入れています」と話す。 

移植医療ではGVHDのコントロールを追求 

 兵庫県立尼崎総合医療センター・血液内科が臍帯血移植・骨髄移植を本格的に開始したのは、オープン翌年の2016年だ。移植をより安全に実施するために、渡邊氏が特にこだわりを持っているのがGVHDのコントロールだという。骨髄移植や臍帯血移植の後には、ドナー由来のリンパ球がホストの臓器を攻撃するGVHDが問題になる。重症化すると生命に関わるため予防的に免疫抑制剤を投与するが、その使い方については、施設によって考え方の違いや独自のノウハウがあるようだ。 

 「一般的には、再発防止を優先して、GVHDの症状が少し出るくらいを目標に、免疫抑制剤の用量を決めることが多いようです。GVT(移植片対腫瘍効果)とGVHDは表裏一体なので、ある程度GVHDが出た方が、再発が少なくなるだろうという考え方は合理的です。ただ、GVHDの症状を『少し』で留めるのは至難の業なのです」。こう語る渡邊氏が続ける。「GVHDがいったん出てしまうと、ステロイドを投与したり免疫抑制剤を上乗せしたりしなければならず、感染症を発症しやすくなったり、ADL(日常生活動作)が落ちたりといった問題が出てきます。ですから当施設では再発のリスクを抑えつつ、GVHDをなるべく出さないよう適応の範囲内、ガイドラインの範囲内で免疫抑制剤の使い方を工夫しています。現在の方法で移植を実施するようになってから、当施設の治療成績は良好に推移しています」。 

治療方針の決定では遺伝子検査の結果を重視 

 化学療法で寛解を目指すことができるのか、将来的に移植が必要なのか、移植実施はどのタイミングで行うべきなのかについて、兵庫県立尼崎総合医療センターでは、基本的に遺伝子検査の結果などに基づいて判断している。いったん寛解が達成できても再発しやすいと考えられる患者については、最初から移植を視野に治療を進めるという。「もちろん、患者さんの希望次第です。患者さんが移植を希望されない場合には、突き放すのではなく、できる限り患者さんの希望に沿った医療を提供しています。移植を希望される場合には、あらかじめ患者さんの同意を得ておいて、再発の兆候が出たら、体力が十分なうちに移植に踏み切ります。再発の兆候は、『測定可能な残存病変』を定期的にモニタリングするなどして判断しています」と渡邊氏は説明する。 

 同センターでは遺伝子検査も施設内で実施しており、短時間で結果が得られる。「検査が外注の場合には結果が出るまでに約1週間かかりますが、当センターでは初診時の検体採取から2日ほどで結果が得られます。検査結果を元に適切な治療をタイムラグなく実施できます」と渡邊氏は話す。検査部主任の水田駿平氏は白血病などの遺伝子検査が専門で、渡邊氏とは旧病院時代からの旧知の間柄だ。白血病関連の研究で連携しているほか、新しい検査の導入に向けた機器購入などでは、病院との交渉でタッグを組むことも多い。検査部、臨床検査技師との良好な連携も、同センターの強みとなっている。 

専門医である指導医にすぐ相談できる研修環境 

 兵庫県立尼崎総合医療センターは、病床数700床以上で施設規模や症例数は大学病院並みだが、来院する患者の背景は大きく異なる。「紹介患者さんが大部分を占める大学病院に対して、当センターは移植のような先端医療も手掛けますが、一般的な血液疾患の患者さん、高齢の患者さんも多いです。救急車の受け入れも多く、専攻医にとっては、専門医資格取得のために必要な症例が短期間で経験できる利点があります」(渡邊氏)。 

 そういった特徴から、同センターは研修医、専攻医に選ばれる人気の研修施設になっている。また、大阪府内の研修施設(血液内科)には採用定員の上限「シーリング」が適用されるが、兵庫県の施設にはその適用がない。そのため関西で専攻医研修を受けたい若手医師にとって、希望通りに採用されやすい施設であることも同センターの魅力の1つだ。 

 現在、血液内科に所属する専攻医は3人。どの専攻医にどの患者を担当してもらうかは、渡邊氏が自らリストを作って管理している。最初の1年間で、所属する全ての専攻医が、ひと通りの症例を経験できるよう配慮しているとのことだ。また、1人の専攻医に仕事が集中して疲弊しないようにも気を配っているという。「同時に担当してもらう患者さんは、最大でも10人までにしています。担当する患者数だけでなく、血栓性血小板減少性紫斑病、急性前骨髄球性白血病などの救急患者さんは早急な処置が必要で、手間もかかります。なので、そういった患者さんの担当が1人の専攻医に集中しないよう留意しています」と渡邊氏は話す。 

 渡邊氏は、外来や病棟で、専攻医が自身で判断できない事柄が出てきたとき、すぐに専門医(指導医)に相談できる研修環境を重視している。そのため病棟は、1人の患者を複数の医師が連携して担当するチーム制とした。1人は専門医、1人は専攻医、そこに研修医が加わることもあり、1チームは2〜3人の医師で構成される。1人の医師が体調不良で休むことになったとき、カバーし合える点もチーム制の利点だ。 

 専攻医には、積極的に外来も担当してもらう。診察する患者数は1日当たり30人ほどだ。外来診療は1人で担当するが、3ブース制で、同じ時間帯の外来診療に必ず1人は専門医も入るようシフトを組んでいる。「外来では、それまでの自分の経験や知識では判断できない事柄にたくさん遭遇します。例えば典型的な症状ではなくて診断に迷うことや、患者さんの事情で第一選択の治療法が難しい場合の対処、検査の間隔をどこまで延ばしてよいかの判断などです。疑問が出てきたら外来が終わるのを待たず、隣のブースの専門医に相談するよう専攻医には伝えています」(渡邊氏)。 

 渡邊氏を含む4人の専門医は、専攻医から質問を受けた際、一方的に対処法を指示するのではなく、「ガイドラインで示されたベストな方法はAだけれど、BやCの方法も選択可能だと思います。あなたはどの方法が良いと思いますか?」といった具合に、専攻医に自ら考えさせることを心掛けているとのことだ。その意図について渡邊氏は、「複数の選択肢がある場合には、主治医が患者さんや家族とよく話し合って治療方針を決めることが大切だと思います。患者さんの事情を考慮しつつ、治療方針を自分で考えて決められる血液内科医に育ってほしいのです」と説明する。

血液内科のスタッフたち。(渡邊氏提供)

患者メリットを考え優れた治療・検査法をいち早く導入  

 渡邊氏は北海道大学医学部卒だが、臨床研修は京都大学で受けている。その経緯について、「卒業時に、何を専門とするかを決めきれなかったためです」と話す。渡邊氏が医学部を卒業した当時、全国のほとんどの大学では卒業と同時に医局に所属しなくてはならず、北海道大学もそうだった。「血液内科に惹かれてはいたのですが、まだ決心がつきませんでした。そんな中、京都大学は当時から、1年間のローテーションでいろいろな診療科を回って入局する医局を決める仕組みだと知り、同大で臨床研修を受けることにしたのです」。1年間の猶予を経て、やはり血液内科医になりたいと考え、京都大学の血液・腫瘍内科学講座に入局したという。 

 渡邊氏は学生時代、骨髄移植を受けた知人の闘病の様子を見たことがあるそうだ。移植は残念ながらうまくいかず、その知人は亡くなった。「当時は骨髄移植の件数が増え始めた頃で、抗がん剤や免疫抑制剤も現在とは違っていました。効果の高い支持療法剤もまだなかったため、その知人はクリーンルームの中で、常に洗面器を抱えて嘔吐を繰り返していました。『あんなに苦しい思いをしても助からないのか』と、そのときは移植医療に失望したことを覚えています」。 

 そんな移植の暗いイメージが払拭されたのは、研修医になって自身が初めて移植患者を担当した時だった。患者はリンパ芽球性リンパ腫の19歳男性。妹がドナーとなって骨髄移植を受けることになり、血液・腫瘍内科に入局したばかりの渡邊氏がこの患者の担当医となった。知人の闘病を見てから数年の間に、新しい抗がん剤、免疫抑制剤、支持療法剤などが登場して移植医療は大きく変わっていた。患者の移植は成功し、重篤な合併症、再発もなかったという。「めちゃくちゃにうれしかったです。移植が成功すると、こんなに何事もなく健康になるのかと驚きました。それと同時に、この診療分野では効果の高い新薬、治療法をいち早く取り入れることが、患者さんの生死に直結することを実感しました」(渡邊氏)。 

 当時、感じた思いを、渡邊氏は現在も胸に刻んでいる。常に医学論文や学会、製薬企業などの動向に注目し、「もっと新しい、良い治療法はないか」と探し続ける日々だ。例えば肝中心静脈閉塞症/類洞閉塞症候群(VOD/SOS)の超音波検査については、欧州骨髄移植学会(EBMT)が診断基準に組み入れた2019年に、いち早く導入して治療スキームに取り入れた。VOD/SOSは移植後に起こりやすい合併症の1つで、肝臓の類洞内皮細胞の障害で非血栓性に類洞が閉塞する病態だ。重症化すると予後不良とされる。 

 「移植関連に限らず、新しい治療法、検査法などが出てきたらいち早くそのメリット・デメリットを見極めて、良いものは取り入れていきます。現在、採用している診療のスキームや薬剤にも、こだわるつもりはありません。『良いとこ取り』が当診療科のスタイルです」と渡邊氏は話す。

 これまでの臨床経験をまとめて論文発表へ 

 今後の抱負について渡邊氏は、「引き続き患者さんのメリットを第一に、良い治療薬、治療法を診療にどんどん取り入れていきます。また、高齢者医療にも積極的に取り組んでいきます。年齢や来院時のパフォーマンス・ステータス(PS)だけで診療方針を決めず、遺伝子検査の結果や患者さん本人や家族の希望を重視する高齢者医療を進めていきたいと考えています。それから人材育成にも、今以上に力を入れていきます。治療法の進展により、血液疾患で亡くなる患者さんが減ってきた一方で、治療継続中の患者さんは年々増えています。将来的に血液内科医が不足する危惧もあり、当診療科からたくさんの専門医を巣立たせたいのです」と話す。 

 さらに、同センターでの臨床経験について、対外的にアピールすることも視野に入れている。「特にGVHDのコントロールについては、私たちの経験を情報発信することで、移植医療の常識に一石を投じることができると考えています。もう少し症例数が増えて、長期の成績も明らかになってきた段階で、論文発表したいと考えています」と渡邊氏は話している。
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渡邊 光正(わたなべ・みつまさ)氏

1995年北海道大学医学部卒、京都大学医学部研修医。1996年静岡県立総合病院内科。1998年京都大学大学院医学研究科血液病態学入学。2002年京都大学大学院医学研究科血液病態学修了。2003年大阪赤十字病院血液内科。2011年大阪赤十字病院血液内科副部長。2012年兵庫県立尼崎病院血液・腫瘍内科医長。2015年兵庫県立尼崎病院血液・腫瘍内科科長、兵庫県立尼崎総合医療センター血液内科科長。2016年京都大学医学部臨床准教授(兼任)。

 

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