夫婦で米国南部に留学、家族の絆を深めた3年半

九州大学病院整形外科助教の藤原稔史氏は、米国アーカンソー州に夫婦で留学した経験を持つ。職場は同じ研究棟の同じフロアだったので、家でも職場でも支え合うことができたとのことだ。家事や育児はできるだけ公平に分担し、子どもとたっぷり触れ合った。お金にも名声にも代えられない貴重な時間だったと振り返る。

九州大学病院 整形外科 助教

藤原 稔史(ふじわら・としふみ)氏
2003年九州大学医学部卒、同年九州大学整形外科入局して関連施設で研修。2012年九州大学大学院修了、医学博士。同年九州大学病院救命救急センター助教。2013~2016年米University of Arkansas for Medical Sciences リサーチ・フェロー。2016年九州医療センター整形外科リウマチ科医師。2017年九州大学病院救命救急センター助教。2018年より現職。(写真は藤原氏提供)

――藤原先生は米国南部のアーカンソー州に留学されていたそうですね。
藤原 アーカンソー州の州都リトルロックにあるアーカンソー医科大学(University of Arkansas for Medical Sciences:UAMS)に留学し、基礎研究を行ってきました。所属していたのはハイボ・ツァオ先生(Haibo Zhao, MD, PhD, associate professor of medicine and physiology)が研究責任者(PI:Principal Investigator)を務めるラボです。留学期間は2013年4月から2016年8月までの3年4カ月でした。

――研究内容について教えてください。
藤原 破骨細胞は骨吸収をする際に、たんぱく質分解酵素を含むリソゾームを波状縁に移動させ、細胞外にたんぱく質分解酵素を放出します。このようなリソゾームの細胞内輸送機構には、PLEKHM1というたんぱく質が関わっていることが知られていました。私はツァオ先生のラボで、PLEKHM1遺伝子のノックアウトマウスを作成するとともに、そのマウスを使ってPLEKHM1がリソゾームを制御する詳細な仕組みを研究しました。さらに、プロテオミクスの手法によりPLEKHM1と結合する複数のたんぱく質を世界で初めて同定しました。これらの研究は論文にまとめて発表しています。

――留学先での研究成果に満足されていますか。
藤原 骨を中心に据えていろいろな疾患に関連する研究がしたいと考えて留学し、それが実現できました。留学前には知らなかった研究手法をマスターするなど、多くのことを吸収して帰国できたと思います。

留学先のラボの研究責任者、ハイボ・ツァオ先生と米国骨代謝学会(ASBMR、2015年)で記念撮影。同学会でYoung Investigator Awardを受賞した。(藤原氏提供)

 

夫婦それぞれが有給のポジションを獲得して同時に留学

――留学先のラボはどのように選んだのですか。
藤原 妻と一緒に米国留学することを決めていたので、2人それぞれが有給のポジションを得られる大学を探しました。その条件に合致したのがUAMSでした。

――奥様も同時に留学されたのですね。
藤原 はい。妻は同じ医局の整形外科医で、年齢は1つ下です。妻が大学院を修了して学位を取るのを待って、私が34歳のときに2人で渡米しました。妻の留学先はツァオ先生のラボとは別ですが、同じ研究グループに所属するラボで、同じ研究棟の同じフロアでした。

――「有給のポジション」にはこだわりがあったのですか。
藤原 当時の整形外科教授の岩本幸英先生(現・独立行政法人労働者健康安全機構九州労災病院院長)から、「留学するなら給与がもらえるポジションでないと駄目だよ」と言われていたので、そこにはこだわりました。 
 岩本先生の助言は「生活費に困らないように」という意味だと渡米前は受け止めていたのですが、実際に留学してみて、それだけではないことに気付きました。有給のポジションに就くということは、働いて給与をもらい、そのお金を使って必要なもの・サービスを現地で購入し、税金も払うということです。その一連のサイクルの中で、自分たちが米国社会で生きていることを実感できました。
 また、給与をもらう以上、プレッシャーも大きく、そのプレッシャーの中で期待に応えようと仕事を頑張ったことも大切な経験になりました。

――プレッシャーがかかる中で、しっかり研究結果を出すコツは何でしょうか。
藤原 PIの感情を、受け止め過ぎなかったのがよかったと思います。PIがイライラしているように見えても、「まあ、いいか」と自分の仕事に集中するようにしました。もっとも、日本人同士だと自然と感じてしまう「なにか少し怒っているな」「ちょっとトゲのある言い方だな」といったニュアンスが、英語のコミュニケーションでは正直、あまりわかりませんでした。それで救われたところもあります。
 気分転換も大切です。うまくいかないことがあると、窓の外を見てリフレッシュするようにしました。リトルロックは、景色がすごくきれいな田舎町です。アーカンソー州に海はありませんが、研究棟の7階から見下ろすと、海が広がっているように地平線が見えるのです。そんな風景を見ていると、「仕事が終わったら家に帰ってビールでも飲んで、明日またがんばろう」と思えてきました。

職場でわからないことがあっても夫婦で支え合って乗り越えた

――夫婦で一緒に留学されたことについては、いかがでしたか。
藤原 1人だったら辛かったと思いますが、お互いに支え合うことができて、心にゆとりができました。妻のラボは同じフロアだったので、ランチはいつも一緒に食べていましたし、共用の研究機器の使い方など互いに職場でわからないことがあると、家に帰ってから教え合ったりしました。そういった面でも助かりました。

――アーカンソー州の住みやすさはどうでしたか。
藤原 都会のギスギスした感じがなく、のんびりしていてよかったです。リトルロックは小さな町ですが、日本食の食材を扱うスーパーマーケットもあって、意外にも普通に生活できました。観光名所はほとんどありませんが、美味しいレストランはたくさんありました。南部なのでやはりメキシコ料理が多いのですが、本格的なイタリア料理や中華料理のレストランもありました。

――治安はどうでしたか。
藤原 特に不安はなかったです。アジア人に対する人種差別なども、私たち家族は経験していません。ただし米国ですから、街の中には銃を持った人がいることを心にとめ、いつも注意はしていました。これは米国のどの都市に行っても同じことで、日本と同じ安全レベルとはいきません。
 海外で暮らしてみるとわかりますが、日本の治安の良さが特殊なのです。帰国後しばらくは、女性が夜、人気のない通りを平気で歩いていることに違和感を覚えました。

お金には代えられない、家族とたっぷりと触れ合った時間

――休日はどのように過ごされましたか。
藤原 もともとアメリカン・フットボールやバスケットボールを見るのが好きで、米国でNFL(National Football League)や NBA(National Basketball Association)を観戦するのを楽しみにしていました。しかし残念ながら、アーカンソー州を本拠地とするプロチームはありません。他の州まで何試合かは見に行きましたが、遠くてチケットも高額なので頻繁にというわけにはいきませんでした。ただ、米国ではプロスポーツのテレビ中継が充実しているので、日曜日に家族と一緒に自宅でくつろぎながら、テレビ観戦するのも悪くありませんでした。
 スポーツ観戦するだけでなく、ジョギングで自分の体を動かすことがストレス解消になりました。リトルロックでは、毎年開催される「リトルロック・マラソン(LITTLE ROCK MARATHON)」に向けて、毎週土曜日の朝6時から地域の人たちが集まって一緒に走る練習イベントが行われていました。誰でも気楽に参加できるので、私もよく参加していました。
 後は「ハウスキーピング」です。庭のある一軒家を借りて、自家用車も購入したので、家族みんなで1週間分の買い出しに行くのが土曜日の決まり事でした。その後は、子どもと遊んだり、家の掃除をしたり、庭の芝の手入れをしたりです。留学中に子どもが生まれたこともあり、基本的には、自宅で家族と過ごすことが多かったです。
 ちなみに米国では、芝の手入れはとても重要な家事です。アーカンソー州を含む多くの州では条例により、庭の芝の管理を怠ると罰金をとられます。近所の人に通報されないよう、私も毎週、しっかり芝刈をしていました(笑)。


留学中に生まれた長男と。後ろの白い自動車は現地で購入した愛車のフォード社製マスタング。(藤原氏提供)

 ――家族と濃密な時間を過ごされたのですね。
藤原 お金や名声には決して代えられない貴重な時間でした。妻と私はどちらも、朝8時頃に出勤して夕方6時頃には帰宅する生活だったので、家にいる時間は家事や子育てを分担しました。完全に等分とはいきませんが、なるべく公平にしようと心がけました。そんな生活を送る中で絆が深まり、お互いをリスペクトする気持ちが醸成できたと思います。
帰国後も、「仕事だから仕方ない」「仕事ファースト」とはならないようにしています。ただ、家事の分担が当時ほどできていないのが反省点です。留学時を思い出すたびに、これではいけないと再認識するのですが……。

――最後に、留学を検討している医師に向けてアドバイスをお願いします。
藤原 「留学するメリット・デメリットは何ですか」とよく質問されるのですが、私は、あまり気にしても仕方がないと思います。結局、どこで生きていても、良いことも悪いこともあるからです。異国の地で生活することは、いいことも悪いことも全てがかけがえのない経験です。失敗を恐れず、海外留学してみてはどうでしょうか。
 留学する際には、ぜひ家族を伴ってほしいと思います。海外で生活してみると、いくら国が広くても人がたくさんいても、結局のところ「基本は家族」だと気付かされます。家族との絆を深めること、関係を見つめ直すことが、留学の第一の目的であってもよいと思いますよ。


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