札幌医科大学医学部免疫・リウマチ内科学講師の神田真聡氏は、ドイツ・ベルリンに留学してバイオインフォマティクスを学んできた経歴を持つ。留学を経て、医師、分子生物学者という自分の柱に、バイオインフォマティシャンというもう1つの柱を加えることができた。「若い医師たちにも、もっと海外に飛び出してほしい」との思いから、大学医学部生や研修医に向けて、「留学の基礎知識」についての講演もしているとのことだ。
札幌医科大学医学部 免疫・リウマチ内科学
神田 真聡(かんだ・まさとし)氏
2009年北海道大学医学部卒。2011年北海道大学医学部・大学院医学研究科免疫・代謝内科学分野入局。2016年北海道大学大学院医学研究科博士課程修了。2018年Max-Delbrück-Center for Molecular Medicine(ベルリン)留学。2020年より現職
――ドイツに留学されていたそうですね。留学先と内容について教えていただけますか。
神田 留学先はドイツ・ベルリンにあるマックス-デルブリュック分子医学センター(Max-Delbrück-Center for Molecular Medicine)です。2018年から約2年間、博士研究員として基礎研究を行ってきました。
私は大学院の博士課程で、1つの分子に注目し、その分子が病気にどう関わっているかを研究していました。しかしその研究手法に限界を感じ、多数の分子を網羅的にデータ解析する「バイオインフォマティクス」のアプローチを自分の新たな研究手法として取り入れたいと思うようになりました。日本国内でバイオインフォマティクスに力を入れている大学・研究機関はごく限られていたため、知識や技術を獲得する手段として選んだのが海外留学です。留学先は、網羅的解析の研究手法で国際的に著名なノーベルト・ヒュブナー先生(Norbert Hübner, Professor)のラボに決めました。
留学先のラボの仲間たちとの記念撮影。後段左から4人目が神田氏。神田氏の斜め右上、ブルーのシャツの男性がノーベルト・ヒュブナー氏。(神田氏提供)
母校で海外留学の基礎知識について講演
――神田先生は大学で、ご自身の経験を交え、医師の留学をテーマに講演されているそうですね。
神田 はい、母校の北海道大学医学部の学生や研修医向けに先日も話してきました。 医師、医学部生に限った話ではないのですが、日本から海外留学する人は一時期に比べてかなり減っているようです。留学先を国別に見てみると、1位は米国で年間1万8000人以上、2位以下は中国、台湾、英国、オーストラリア、ドイツとなっています。米国は当然としてもアジアが比較的人気で、ヨーロッパ留学はそれほどメジャーではありません。
確かに、医師にとって留学は、必須というわけではありません。しかし私自身にとって留学はとても良い体験だったので、若い医師たちにも、もっと海外に飛び出してほしいと思っています。留学を実現し、楽しむためには準備や知識が必要ですから、少しでも役立てればと。
――なるほど。本日はその講演内容をもとに、医師の留学の基礎知識を教えてください。まず医師にとって、留学にはどんな意義があるとお考えですか。
神田 日本国内では学ぶのが難しい知識、技術を海外で身に着けてキャリアアップにつなげることが第一の意義ではないでしょうか。しかしプラスアルファの部分も大きいと思います。例えば留学先の国の文化に触れること、人脈を作ること、そして自分の家族との時間をしっかり持つこと、などです。
――臨床で留学する場合と、基礎研究で留学する場合とで、それぞれ意義は違いますか。
神田 例えば、移植手術をたくさん経験したいといった目的で、症例数が多い医療機関に臨床留学することには大きな意義があると思います。私の専門であるリウマチの領域でいえば、超音波診断装置(エコー)によるリウマチ性疾患の診断技術を極めたいと臨床留学した人がいました。ただ、近年、海外に臨床留学する意義は小さくなってきていると思います。というのは、現在、日本と欧米とで使える薬剤・技術の違いがほぼなくなってきたからです。
基礎研究についても、少なくとも免疫の分野については、海外留学しないとトップレベルの研究ができないということはありません。しかし、特定の研究領域でトップレベルのラボに海外留学して、知識・技術を学んでくることには意義があると思います。また、欧米の著名なラボは、大きな研究費を得て研究を進めている場合が多いので、巨大プロジェクトに関わってみたいなら、海外留学は良い経験になるでしょう。
――臨床留学の場合、日本の医師免許で診療ができるか否かという問題もありますね。
神田 日本人が比較的よく行く留学先で、日本の医師免許で診療ができる国はドイツ、ベルギー、タイなどです。ただし国ごとに、個別の患者さんを診るための条件があります。ドイツの場合には、スムーズに患者さんとのコミュニケーションできるだけの、ドイツ語の能力が求められます。
――かなりしっかりと準備をしておかないと、実現は難しいということですか。
神田 そうですね。私の周囲で米国に臨床留学した人がいますが、医学部生の頃から資格取得や語学の準備を始めていました。
給与が出るポジションの獲得目指し、難しければ奨学金獲得を
――留学資金についてはどうでしょうか。
神田 留学先のラボから給与が出る場合と出ない場合があります。できることなら、給与が出るポジションを得るのが望ましいです。これはお金の問題だけではなくて、有給か無給かで、ラボでの扱いが異なる場合があるからです。無給で働く日本人留学生を積極的に募集しているラボもないわけではありませんが、採用されても良いプロジェクトに関われるかどうかは別問題です。
――医師が海外留学するために、どれくらいの資金が必要なのでしょうか。
神田 どの国のどの地域に留学するか、どれくらいの生活レベルを望むのかにもよるので一概には言えません。私の場合は家族3人(と犬1匹)で、年間600万円ほどでした。ドイツ・ベルリンの物価はそれほど高くありませんが、あまり治安の良くないところでは暮らせないので、やはり住居にはお金がかかります。米国のボストンなど住居費が高い地域だと、給与分が住居費だけで無くなる場合もあるようです。 住居費や物価が安い国でも2年間で1000万円が最低限、留学先の事情などに応じてプラスアルファの資金が必要だと思います。留学中に一時帰国する場合には、その回数に応じた旅費も用意しなくてはなりません。
――ラボからの給与では足りない場合、自己資金でまかなうのでしょうか。
神田 無給の場合や、有給でも必要な額に足りなければ、自己資金か、奨学金でまかなうのが普通だと思います。私自身は複数の奨学金を得て、留学資金のほぼ全額をまかなうことができました。
――お薦めの奨学金はありますか。
神田 ドイツへの留学を考えているなら、フンボルト財団の奨学金を検討してみることを勧めます。年中、何度でも応募できるのが一番のお勧めのポイントです。しかも、審査に落ちた場合、その理由をフィードバックしてくれるので、ブラッシュアップして再応募することができます。落とすために審査をするのではなく、ちゃんと準備ができた人を留学させてあげたい、サポートしてあげたいという強い思いを持った財団です。留学中や留学後のサポートも、とても充実していました。
留学期間は家族との絆を深める時間としても大切
――留学するタイミングは、いつがいいのでしょうか。
神田 目的に応じて様々です。基礎研究で留学する人は、大学院博士課程を修了したタイミングで行く場合が多いと思います。臨床も、基礎研究もある程度自分でできるようになり、研究のディスカッションにもついていけるようになるのが、その時期だからです。
ただ、医局から留学先を紹介されて留学する場合には、自身が行きたいタイミングで行けるとは限りません。医局のルールに沿わなければならないので、本人にとって最適ではないタイミングで行かざるを得ないケースもあるでしょう。医局からの紹介には、有給のポジションが得られやすいといったメリットの一方、タイミングの融通はききにくい側面があります。
――留学先に1人で行くか、家族と一緒に行くかについてはどうですか?
神田 私は家族と一緒に行くのがよいと思っています。1人で行く方が身軽ですが、留学期間は家族との時間がたっぷりとれるチャンスでもあるからです。医師は、日本で診療をしていると、なかなか家族との時間がとれません。海外での貴重な経験を大切なパートナー、子どもと共有し、絆を深められる時間になると思います。
休日は家族でベルリンの街を散策。当時3歳の子どもと乾杯。(神田氏提供)
――家族と一緒に行く場合、渡航時の子どもの年齢についてはどう考えますか。
神田 そこは難しいですね。私の場合、子どもは渡航時2歳後半で、帰国時は4歳でした。ドイツでは現地の保育園に通わせました。最初はコミュニケーションに苦労していましたが、しばらくすると他の子たちとドイツ語で遊ぶようになりました。ある程度年齢が低い方が、順応力は高いと思います。
留学経験は自己を成長させ人脈形成にも役立つ
約2年間、留学して得た知識と技術は、間違いなく「自分の特徴」と言えるものになりました。医師であり、分子生物学者であり、データ解析ができるバイオインフォマティシャンでもあるという、3本柱を持つ研究者は、国際的にもまだほとんどいないと思います。そのおかげで日本に帰国後も、ヒュブナー先生のラボとの共同研究が続いています。また、他の研究室からの共同研究の依頼も多く受けています。本当に留学して良かったと思っています。