臨床での疑問を基礎研究で追究するため米国に留学

東邦大学医療センター大森病院リウマチ膠原病センター助教の金子開知氏は、2018年から2021年2月までの約3年間、米国に留学。留学先について自ら情報収集して候補を選び、応募して採用された。米国滞在中に新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こり、不安な気持ちも強かったとのこと。その一方で現在のコロナ禍は、日本から米国留学を目指す人にとって、著名なラボで研究員のポジションを得るチャンスでもあると金子氏は語る。

東邦大学医療センター大森病院 リウマチ膠原病センター

金子 開知(かねこ・かいち)氏
2005年東邦大学医学部卒。2012 年東邦大学医学部大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。2013年東邦大学医学部内科学講座膠原病学分野(大森病院)助教。2018~2021年米国ワイルコーネル医科大学に留学。2021年より現職に復帰。


――今年初めに帰国されたそうですね。
金子 米国ニューヨーク州マンハッタン地区にあるHospital for Special Surgery(HSS)に2018年1月から約3年間留学して、2021年2月に帰国しました。同病院は、コーネル大学(Cornell University)の医学部に当たるワイルコーネル医科大学(Weill Cornell Medical College)の提携病院です。他分野の方は聞き慣れないかもしれませんが、整形外科、リウマチ科領域では診療のみならず、研究、教育でも全米トップレベルとされています。HSSの研究責任者(PI:Principal Investigator)で、ワイルコーネル医科大学の助教(Assistant Professor)も務めるキュン-ヒュン・パク-ミン先生(Kyung-Hyun Park-Min, PhD)のラボで基礎研究を行ってきました。

HSSのラボで、研究責任者のパク-ミン先生と。留学期間は2年間の予定だったが、パク-ミン先生からの強い要望を受けて1年間延長し、約3年間米国に滞在することになった。(金子氏提供)

――新型コロナウイルス感染症で大変な時期だったのではないですか。
金子 そうですね。渡米当初は想像できませんでしたが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックのほかにも、大統領選挙後の混乱、「Black Lives Matter」運動の盛り上がりなど、様々な出来事を米国滞在中に経験しました。

――新型コロナウイルス感染症の広がりについて、米国ではどのように感じましたか。
金子 HSSは、経済、文化、エンターテイメントの世界の中心といえるマンハッタンのアッパーイーストサイドに位置しています。私たち家族は、セントラルパークにほど近い場所にアパートを借りて暮らしていましたので2018、2019年には、気軽に美術館や博物館を巡ったり、公園を散策して楽しむこともできたのです。しかし、2020年にパンデミックが起きてからは、セントラルパークが仮設の遺体安置所になるなど、信じられないような光景を目のあたりにしました。当初、新型コロナウイルス感染症については分からないことが多く、一緒に渡米した妻が妊娠していたこともあって、不安な気持ちは強かったです。

――帰国も考えましたか?
金子 実は、留学はもともと2年間の予定だったのですが、パク-ミン先生から、もう1年留まって研究を続けてくれないかと要望があったのです。ラボの責任者からこのような要望をもらうことは、研究者としてはとてもうれしいことです。
妻と子どもだけ先に日本に帰すことも考えました。ただ、米国での流行拡大も悪化一辺倒というわけではなかったので、妻とも相談して家族みんなでもう1年滞在することにしました。

研究テーマはステロイド性大腿骨壊死の原因探求と骨粗鬆症のバイオマーカー探索

――留学先での研究内容について教えてください。
金子 私の研究は、主にトランスレーショナルリサーチ(臨床への橋渡し研究)でした。研究テーマは大きく2つで、1つ目はステロイド性大腿骨壊死の原因を探ること、2つ目の研究テーマは骨粗鬆症の新しいバイオマーカーの探索です。

――その研究テーマを選んだのはなぜですか。
金子 東邦大学大学院での私の研究テーマはステロイド性骨粗鬆症に関するものでした。パク-ミン先生がステロイド性大腿骨壊死の原因を究明する研究を始められるとのことで大変興味を持ちましたし、大学院時代にやってきたことが役立つのではないかと思いました。パク-ミン先生は破骨細胞のスペシャリストで、免疫疾患と破骨細胞との関わりにも造詣が深い方です。パク-ミン先生のラボで研究を進めていけば、原因解明に近づけるのではないかと考えました。

――研究成果はいかがでしたか。
金子 2つ目のテーマ(骨粗鬆症の新しいバイオマーカーの探索)についての成果が先に得られました。新規の有望なバイオマーカーを見いだして2020年の米国骨代謝学会で発表し、プレナリー・ポスター賞をいただきました。今年中に論文を投稿予定です。現在、骨粗鬆症の患者さん一人ひとりに応じて治療法を選択するための明確な基準がありません。今回見つけたバイオマーカーが、骨粗鬆症のテーラーメード医療確立につながればと期待しています。
もう1つのテーマ、ステロイド性大腿骨壊死に関する研究についても、しっかりと研究を進め成果を得ることができました。現在、パク-ミン先生のラボで私の研究を引き継いでくれた方と連携しながら、足りないデータを補足しているところです。こちらも今後、論文投稿できるように頑張っています。

自身で留学先候補を見いだして応募、ビデオ面接を経て採用へ

――留学先はどのように決めたのですか。
金子 留学先の候補をいろいろと調べる中で、HSSが骨代謝と免疫の研究でトップを走る研究機関であることを知りました。さらに調べていくと、基礎研究部門トップのライオネル・B・イバシキフ先生(Lionel B. Ivashkiv, Chief Scientific Officer, HSS)のラボに、京都大学の村田浩一先生(京都大学大学院医学研究科リウマチ性疾患先進医療学特定助教)が留学されていたことが分かりました。
村田先生とは全く面識がなかったのですが、直接ご連絡してみたところ、HSSはとてもよい留学先だということ、当時ちょうどイバシキフ先生のラボから独立したパク-ミン先生が、膠原病が専門で基礎研究に興味がある医師研究者を募集していることなどを教えてくださいました。それで今度はパク-ミン先生に連絡し、Skypeでのビデオ面接などを経て、比較的スムーズに採用していただくことができました。

――全くつてがないところから、ご自分で留学先を探されたのですね。
金子 私の上司にあたる川合眞一先生(名誉教授、医学部炎症・疼痛制御学講座教授)や南木敏宏先生(医学部内科学講座膠原病学分野教授)も、留学先はご自分で探されたそうです。その方が自身のためになるからと、私も自分で探すよう勧められました。振り返ってみると、やはり自分で探してよかったと思います。

――留学を決断された時期については、何か背景がありましたか。
金子 東邦大学大森病院の膠原病科はまだ歴史が浅く、私は初めての東邦大学卒業生の入局員でした。30代前半までは現実的に留学は難しかったと思います。また当時は、基礎研究や留学にそれほど興味があったわけでもありません。しかし日々、膠原病の診療をする中で次第に、臨床で分からないことについて改めて基礎研究に立ち返り、原因を追究してみたいと考えるようになりました。これは川合先生や南木先生が、常々「臨床医にとって基礎研究は大切だ」とおっしゃっていることでもあります。
渡米したときの年齢は37歳です。一般的な傾向からするとやや遅いと思いますが、川合先生、南木先生をはじめ、他の医局員の先生にも背中を押してもらって留学が実現しました。30代後半になると、海外留学できるかどうかは家族の事情にもかかってきますが、私の妻はニューヨークで暮らせることをむしろ喜んでくれたので、生まれたばかりの子どもと3人で渡米しました。

パク-ミン先生のラボで一緒に研究した仲間たち。多様な人種、多様な考えの人たちと協力して大きな研究プロジェクトを進めた経験は財産に。(金子氏提供)

――留学して、一番よかったことは何ですか。
金子 もちろん研究成果をしっかり出せたことが1つですが、多様な人種、多様な考えの人と触れ合えたのはとてもよい経験でした。米国では1つの研究に巨大な予算がつくことが多く、いろいろな研究室と協力してプロジェクトを進めていきます。建設的に意見を出し合いながら大きなプロジェクトを進めていく経験は大きな財産になりました。

――最後に海外留学を検討している医師に、アドバイスをお願いします。
金子 米国では現在、新型コロナウイルス感染症の影響で、留学を切り上げて帰国する外国人研究者が増えています。それに伴い、著名なラボでも欠員が出て、新たな研究者を募集しているケースが少なくありません。つまり現在は、希望の留学先に受け入れてもらいやすいチャンスと捉えることもできるのです。海外留学してみたい思いがあるのなら、年齢に関係なく挑戦してみるとよいと思います。
留学先選びについてはそれぞれに事情はあるでしょうが、自分が一番興味のある研究領域でトップレベルのラボに飛び込み、がむしゃらに研究してみるのもよいのではないでしょうか。留学先では、英語でのコミュニケーションを含め、大変なことも多くあります。それでも自分が興味を持っている分野での苦労なら、頑張って乗り越えられるはずです。



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