日本で取得した実験機器の取扱資格が留学先での研究効率化に貢献

京都大学医学部附属病院リウマチセンターの藤井貴之氏は、リウマチ研究で世界的に有名なワイル・コーネル医科大学の協力病院であるHospital for Special surgery(HSS)に3年6カ月にわたり留学した経験を持つ。留学期間中には2つの研究プロジェクトに携わり、十分な成果を上げられたという。日本で取得していたフローサイトメトリー(細胞分別装置)のトレーニング修了資格が、研究効率の向上や、ラボ内外の研究者との関係作りに大いに役立ったと振り返る。

京都大学大学院医学研究科リウマチ性疾患先進医療学講座
京都大学医学部附属病院リウマチセンター

藤井 貴之(ふじい・たかゆき)氏
2005年京都大学医学部医学科卒業。2005年関西電力病院初期研修医。2007年関西電力病院整形外科。2010年聖隷三方原病院整形外科。2013年京都大学大学院医学研究科博士課程。2017~2020年Hospital for Special Surgery, Arthritis and Tissue Degeneration Program and David Z. Rosensweig Genomics Research Center (Ivashkiv lab)留学。2020年国立病院機構宇多野病院整形外科。2021年より現職。

――ご留学された経緯から教えていただけますか。

藤井 私が留学していたのは、米国ワイル・コーネル医科大学院の付属病院ホスピタル・フォー・スペシャル・サージェリー(HSS)のライオネル・B・イヴァシキフ先生(Lionel B Ivashikiv, Chief Scientific Officer at Hospital for Special Surgery and Professor of Medicine and Immunology at Weill Cornell Medicine)のラボです。同ラボには、私の先輩にあたる村田浩一先生(京都大学整形外科リウマチ性疾患先進医療学特定助教)が2013年から3年間、留学されていました。村田先生は留学期間に素晴らしい業績を上げられており、「代わりとなる人材はいないか」とイヴァシキフ先生からお声がけがあったのです。これを受けて松田秀一先生(京都大学医学部整形外科学教授)が私を推薦してくださいました。

――イヴァシキフ先生のラボに留学することが決まって、どう思われましたか。

藤井 イヴァシキフ先生は、ヒトの単球細胞やマクロファージを使ったエピゲノミクス、サイトカイン刺激への応答などの研究で世界的に有名で、rheumatologistとして世界的な権威でもあります。私は大学院でマクロファージのTNF-α分泌に関わる蛋白質について研究をしていたので、研究を深めるヒントがつかめるのではないかと期待しました。また、イヴァシキフ先生は重要な論文を多数執筆されていましたので、研究アイデアの創出方法や、他の研究者とのネットワーク作り、ラボでの議論の内容などを学びたいと思いました。


ライオネル・B・イヴァシキフ先生(左)と。新型コロナウイルス感染症の流行によりソーシャルディスタンスを取り撮影。(藤井氏提供)


 ――留学先での研究テーマについて教えていただけますか。

藤井 2017年4月から3年6カ月間にわたり留学し、2つの研究を手がけました。1つ目は、骨粗鬆症のリスク遺伝子であるMEF2Cと破骨細胞の分化との関連性を解明する研究です。こちらは、村田先生が留学期間の終盤に手がけられていた研究でした。

 2つ目は、骨と靭帯・腱付着部の回復過程における免疫細胞の作用メカニズムを解明する研究です。こちらは、イヴァシキフ先生のラボと、スポーツ医学分野で有名なスコット・A・ロデオ先生(Scott A. Rodeo, Professor of Orthopedic Surgery Weill Cornell Medical College、Co-Chief Emeritus of the Sports Medicine Institute HSS)のラボとの共同研究でした。


スコット・A・ロデオ先生と。新型コロナウイルス感染症の流行前に撮影した写真。(藤井氏提供)


――1つ目の研究から、少し詳しく教えていただけますか。


藤井 村田先生はMEF2Cを抑制すると破骨細胞の分化が抑えられるところまでを確認されていました。しかし、どのようなメカニズムで抑制されているのかは分かっておらず、それを解明するのが私の仕事でした。

 研究の結果、MEF2Cがc-Fosを介して破骨細胞を抑制していることを明らかにしました。MEF2Cを取り除くと、破骨細胞の分化を担っているc-Fosの発現が抑制され、その結果、破骨細胞が分化しないことが分かったのです。この研究成果をまとめた論文は、当初想定していたよりもインパクト・ファクターの高い研究誌にアクセプトされ、イヴァシキフ先生にも大いに喜んでもらえました。

――2つ目の研究についても教えていただけますか。

藤井 ロデオ先生のラボは、膝の前十字靭帯損傷(ACL)や肩の腱板損傷など、様々なスポーツ損傷の再建モデル動物の作成・解析技術を持っていました。一方、私の専門が免疫であったことから、ACL再建手術後および腱板修復術後における免疫細胞の役割を解明することを共同研究のテーマとしたのです。この研究では、主にシングルセルRNAシーケンシングやフローサイトメトリーの手法を用いて実験を進めました。

 ACL再建モデルの研究では、2種類のマクロファージが手術後の回復過程に関わっていることを発見し、そのうちの1つのマクロファージ遺伝子をノックアウトしたACL再建モデルマウスでは、術後の回復が通常よりも早くなることが分かりました。

――将来、この研究成果がスポーツ医学に応用されれば、ケガをしたスポーツ選手の治療期間が今よりも短くなるかもしれないということですね。

藤井 膝のACL損傷はスポーツ選手や若年者に多いので、スポーツ医学への応用ができるといいと考えていますが、腱板損傷を含む靭帯・腱損傷に対象を広げると、スポーツ選手だけには限りません。肩腱板損傷は中高年の肩の痛みや脱力などの原因になっていることも多く、この研究が進めば、一般の患者さんの治療にも役立つかもしれません。この研究業績が評価され、2020年に米国整形外科基礎学会(Orthopedic Research Society:ORS)で、「New Investigator Recognition Awards」を受賞しました。研究結果については現在、論文投稿の準備を進めています。


日本で取得したフローサイトメトリーの「トレーニング修了証」が役立つ

――研究成果をしっかり出せたカギは何だったのでしょうか。

藤井 成功のカギというわけではありませんが、日本で取得していたフローサイトメトリーのトレーニング修了資格が留学先でとても役立ちました。世界どこの国でも、終了証を発行するメーカーのフローサイトメトリーを扱うことができます。大学院時代、無料でトレーニング講習を受講できたので資格を取得しておいたのですが、米国では、カリフォルニアのトレーニング施設で5日間の講習を受け、さらに講習費用が1万ドル(約110万円)近くかかるというハードルの高いライセンスでした。イヴァシキフ先生のラボの研究員で、この資格を取得している人は私以外にいませんでした。

 米国で自分が操作できない機器を使用するには、テクニシャンに対価を払って代わりに操作してもらう必要があります。そのため順番待ちなどで時間がかかり、研究が遅れる原因になることがあります。その点で私は自分のスケジュールに合わせテクニシャンの人件費無料でフローサイトメトリーを使うことができたので、効率よく研究を進めることができました。

 私がフローサイトメトリーを使った実験を行っていると、他の研究者から「これどうやって使うの?」といった質問を受けることが頻繁にありました。それをきっかけにラボ内外の研究者と仲良くなり、また自分が分からないことを教えてもらったり、試薬を貸してもらったりといった関係が築けたのは副次的なメリットでした。

――日本で習得していたフローサイトメトリーの操作技術が、研究のみでなく他の研究者との関係構築にも役立ったわけですね。

藤井 HSSはオープン形式のラボだったので、ラボ内外の研究者と良好な関係を築くことが、自分の研究を円滑に進めることに役立ちました。まずは気さくに話しかけてみる、挨拶をするといったことから始めればよいのですが、何か1つでも自分が相手に教えられるものがあると強みになります。私の場合は、それがたまたまフローサイトメトリーでしたが、他にも免疫染色やイメージング、統計学などでもよいと思います。これから留学する人は、周りの人に教えられる技術や知識を何か1つ身に着けて行くとよいかもしれませんね。

――藤井先生は比較的長期の留学でしたが、留学期間と研究成果との関係はどう考えますか。

藤井 基礎研究のある程度大きなプロジェクトであれば、論文にまとめるまで3年はかかると思っています。留学期間中に実験は終わっていても、論文投稿前に帰国してしまうと筆頭著者を別の人に譲らざるを得ないこともあるようです。そうしないためには、ラボのボスとの関係作りや、自分自身の業績をアピールしておくことも大切ですが、できれば論文がリバイスの段階に進むまではラボに留まるとよいと思います。


イヴァシキフ先生のラボのメンバーとの記念撮影。(藤井氏提供)


日本から連れて行った犬と毎朝セントラルパークを散歩

 ――米国滞在中、リフレッシュのために何かされていましたか。

藤井 日本で飼っていた犬をニューヨークに連れて行ったので、子どもたちと一緒に、セントラルパークに犬の散歩に行きました。米国人はすごく犬好きで、犬を飼っている家庭はとても多いのです。セントラルパークでは、毎朝犬の散歩をしている人をたくさん見かけました。

――犬の散歩をしていて、日本との違いを何か感じましたか。

藤井 ニューヨークでは、犬の糞を捨てられるゴミ箱が交差点ごとに設置されています。ビニールにくるんで捨てられるので大変便利でした。日本では、家までゴミを持って帰らないといけないですからね。

――最後に、留学を検討している若い医師にアドバイスをお願いします。

藤井 まず、留学することがほぼ決まっている方へのアドバイスです。ご家族と一緒に留学する場合、現地生活に慣れるまでパートナーやお子さんが神経質になったり、不安を抱くことが多いと思います。ですから留学初期はなるべく早く家に帰って、お子さんの世話をしたり、家事をしたりといったことが大切です。現地の生活に慣れるまで(もちろん慣れたあとも)家族のケアをしっかりしてあげてください。
 
 できれば留学前に一度、ラボや生活環境を確認するため現地に行くことをお勧めします。私は留学前に渡米した際に知り合った日本人の紹介を受けて、家賃が安くラボに近い好立地のマンションを借りることができました。それから、お子さんが現地の学校に通う予定であれば、学区についてもよく調べておくとよいでしょうね。

 次に、まだ留学するかどうか決めかねている方へのアドバイスです。私自身はもちろん、留学してよかったと思っていますので、周囲の若い医師にも留学を勧めています。日本では、医学部、特に臨床系の研究室に属する研究者は、大学院生を含め大半がMD(臨床医)なので臨床に軸足があり、そのため基礎研究のみを生業にしている研究者と触れ合う機会は多くないのではないかと思います。世界各国から、「自分にはこの道しかない」と覚悟を決めて渡米し、あわよくば米国で成り上がっていこうという野望をもって研究に打ち込む、優秀なnon-MD研究者たちの目の色を、留学先で見て来てほしいですね。私たちもあの「熱」に負けないようにしないと、基礎研究で世界と戦ってはいけないですから。


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