産業医科大学病院第1内科学講座助教の宮川一平氏は、独・フリードリヒ・アレクサンダー大学(FAU)エアランゲン=ニュルンベルクに留学して、リウマチの発症メカニズムに関する基礎研究を行っている最中だ。今年2月にロシアによるウクライナ侵攻が起こったが、今のところ、生活面に大きな問題はないとのこと。一方で、スーパーマーケットで食品の買占めが起こったり、街にウクライナからの避難者がやって来たりなど、徐々に影響が出てきているという。(インタビューは2022年4月28日に行った)
産業医科大学病院 第1内科学講座
宮川 一平(みやがわ・いっぺい)氏
産業医科大学病院 第1内科学講座 助教
2005年産業医科大学医学部卒業、産業医科大学病院臨床研修医。健康保険直方中央病院(現福岡ゆたか中央病院)内科、産業医科大学病院膠原病リウマチ内科、北九州総合病院総合内科を経て、2013年産業医科大学第1内科学講座助教。2018年産業医科大学病院救急科助教、2020年4月より現職。2020年9月より産業医科大学を休職してフリードリヒ・アレクサンダー大学(FAU)エアランゲン=ニュルンベルク博士研究員。(写真は宮川氏提供)
――宮川先生は現在、ドイツのフリードリヒ・アレクサンダー大学エアランゲン=ニュルンベルク(Friedrich-Alexander-Universität 〔FAU〕 Erlangen-Nürnberg)に留学中ですね。
初めに、ドイツ留学の経緯から教えてください。
宮川 私がドイツに来たのは2020年9月です。当初は2年間の留学予定でしたが、半年延長して2023年春まで滞在することにしました。とても居心地が良いものですから(笑)。
留学したときの年齢は40歳でした。いつか留学したいなと思っていたのですが、医局の事情もあり、「行きたい」と希望してもすぐに行けるわけではありません。ようやくそのタイミングが来たのが2年前のことでした。
留学先をFAUに決めた理由はいくつかありますが、一番は、田中良哉先生(産業医科大学第1内科学教授)がFAUのゲオルグ・シェット先生(Dr. Georg Schett, professor, Vice President Research, FAU)と親しくされており、留学を後押ししてくださったことです。シェット先生が2018年に来日された際、田中教授が私を紹介してくださり、そこでまず面識ができました。その年、私はオランダ・アムステルダムで開催された欧州リウマチ学会(EULAR)でアブストラクト賞(EULAR Abstract Award 2018)を受賞し口頭発表したのですが、前の演者がたまたまシェット先生で、そこでもお話をする機会がありました。
そのような縁もあり留学の話が出てきて、具体化していったという流れです。FAUはリウマチ研究において世界屈指の研究施設です。私は免疫疾患の中でも特にリウマチに興味を持っていたので、自身が研究したいテーマと留学先の研究テーマのマッチングも申し分ありませんでした。
――留学先には米国を選ぶ医師が多いようですが、欧州への留学についてはどう考えましたか。
宮川 米国と欧州、どちらに留学したいといった希望は特にありませんでした。ただ、私は高校生の頃から世界史が大好きで、長く複雑な歴史のある欧州で暮らすことは魅力的な経験だろうと感じました。タイミングや出会い、すべてがうまくかみ合ってFAUに来ることができたと思います。
留学資金は奨学金+ドイツの「子ども手当」+自己資金で
――現在のポジションは、博士研究員(ポスドク)でしょうか。
宮川 はい。ポスドクです。ただしラボから給料は出ていませんので、留学の費用は主に奨学金で賄っています。ドイツでは基本的に、外国人が大学から給料をもらいながらポスドクとして基礎研究をしているケースはないようです。私の場合は日本リウマチ学会の奨学金を得て、足りないところを自己資金などで補っています。
――やはり奨学金だけで留学資金を賄うのは難しいですか。
宮川 ドイツでは外国人に対しても「子ども手当」が適用されます。私の家族の場合、子ども3人(10歳、12歳、14歳の3姉妹)に対して毎月数万円の補助があります。そういった公的な補助をうまく活用すれば、奨学金だけでも生活はどうにかなると思います。ただ、週末や休暇に家族旅行したりするとお金が足りなくなるので、そこは自己資金で賄っています。
――FAUでの研究テーマはどのように決まったのですか。
宮川 シェット先生の研究室にはたくさんの研究責任者(PI:Principal Investigator)がいて、それぞれ異なるテーマで研究を進めています。そのうちの1人の下で研究することを提案されました。留学前に施設見学に来た際、何人かのPIから「私たちの研究グループではこんなことをやっているんだけど一緒にやらないか」という誘いがありました。その中から、マリオ・ツァイス先生(Dr. Mario. Zaiss , Research Group Professor)の研究室を選びました。選んだ理由は研究テーマが面白そうだったことに加えて、研究室の雰囲気がよく勢いを感じたこと、ツァイス先生がとても気さくで優しそうな方だったことなどです。ツァイス先生は私の2歳上と年齢が近く、留学後も長く付き合っていけそうです。
――研究内容について教えてください。
宮川 完全な基礎研究で、リウマチの発症メカニズムの解明がテーマです。例えばCCP(抗環状シトルリン化ペプチド)抗体などといった関節リウマチに特異性の高い抗体が知られていますが、抗体が陽性であれば必ず発症するわけではありません。発症の要となるトリガーがあるのではないかと考えており、それを探すのが私の研究目標です。具体的には、マウスにトリガー物質(の候補)を経口投与して、関節炎が発症するか、症状がより悪くなるかを観察しています。これまでのところ研究はうまく進んでいます。これから2023年3月の帰国までの期間は、これまでに得たin vivoのデータを補足するために、in vitroの実験を中心に行っていく方針です。
ロシアによるウクライナ侵攻の影響でスーパーの棚から食用油が消えた
――ロシアによるウクライナ侵攻の影響は感じられますか。
宮川 ラボがあるエアランゲンからウクライナ国境までは約1,000㎞、首都のキーウまでは約1,500kmです。福岡市から東京、仙台市までくらいの距離でしょうか。今のところ大きな問題は出ていませんが、影響として象徴的だったのは、一時、スーパーマーケットの棚からあらゆる食用油が無くなったことです。ヒマワリ油の生産でウクライナは世界1位、ロシアは世界2位です。ヒマワリ油が品薄になったことでパニックが起き、菜種油やコーン油など他の食用油も買い占められたようです。日本ではオイルショックの際にトイレットペーパーが買い占められたそうですが、それと同じような状況だと思います。現在も、時々入荷しているものの、「購入は1人1本のみ」の貼り紙がしてあります。
ドイツは天然ガスの供給をロシアに依存していたため、ガス料金が急騰しているようです。ただ、私たち家族が住んでいる住居では1年間のガス料金を期末にまとめて払うことになっていたため、今年1月に料金を既に支払っていました。そのため、我が家に限って言えば、今のところ燃料代の高騰を実感してはいません。
エアランゲンは、学生が多い人口10万人ほどの街です。4月初め頃までは中央広場でウクライナ支持のデモ行進が頻繁に行われていましたが、現在は落ち着いています。知人や親戚を頼ってドイツに避難してきたウクライナの人たちが、エアランゲンにもやって来ているようです。子どもが通っているインターナショナルスクールに、ウクライナからのお子さんが編入されたと聞きました。
――ウクライナでの戦火ががドイツにも飛び火しないかと不安に駆られることはありませんか。
宮川 今のところそれはないですね。周りのドイツ人からもそんな話は聞きません。現状ではFAUのラボの運営に特に問題は起きておらず、引き続き海外からの留学生を受け入れています。日本からドイツに留学しようと準備を進めているなら、渡航を考え直す必要はないと思います。
――新型コロナウイルス感染症の影響はいかがですか。
宮川 2022年4月末現在も1日当たり10万人ほどの感染者が出ていますが、規制やルールは随分変わってきました。ラボでは引き続き常時マスク着用、電車や飛行機などの公共交通機関でもマスクをしてくださいと呼び掛けています。しかしスーパーマーケットやショッピングモールなどでは、屋内でもマスクの着用義務がなくなりました。外を歩く人はもう誰もマスクをしていません。レストランも以前はワクチン接種を済ませていない、あるいは検査の陰性証明がない人は入店できませんでしたが、これまでにそうした規制は全て撤廃されました。
子どもが通っている学校では定期的に抗原検査が行われています。陽性が出たら「PCR検査をしてきてください」と言われ、町中にいくつかある検査場へ検査を受けに行きます。私の子どもは3人とも感染して、自宅待機になりました。ひと晩熱が出ましたが、幸い回復して、その後は元気にしています。
――医療保険は問題なく使えましたか。
宮川 問題なく利用できます。ドイツでは、外国人は何らかの医療保険に加入していないと滞在が認められません。給与をもらっていない外国人の場合、ドイツの公的保険か民間保険に加入することになります。私と家族は日系の民間保険に入っています。公的保険でもよいと思ったのですが、家族のことも考え、何かのときに日本語で対応してもらえる日系の民間保険にしました。留学前に保険会社の担当者と話をして、救急対応や歯科医療もカバーされるかなどをしっかり確認しました。
――週末や休日はどのように過ごしていますか。
宮川 主に家族と過ごしています。雪が積もったときに、住居近くの河川敷で子どもとソリ遊びをしたりもしました。アルプス山脈が南側にある関係で、ドイツでは北より南の方が寒いのです。エアランゲンは寒い地方にあり、それほど多くはありませんが、ひと冬に何度か雪が積もります。
週末に、ドイツ国内で小旅行をすることも結構あります。有名なノイシュバンシュタイン城や、ザクセン・スイス国立公園にも1泊2日で観光に行きました。少し長い休みが取れたら周辺の国に旅行しています。先日はスイスに行ってきました。
――最後に、留学を考えている医師にアドバイスをお願いします。
宮川 日本から外国に行く場合、例外なく「海外」になりますからやはり緊張しますし、留学の決断は大変だと思います。でも、来てしまえば案外、仕事も生活もどうにかなるものです。私がドイツに来て一番驚いたのは、ドイツ人が外国人をとても自然に、フレンドリーに受け入れてくれることです。日本人に対しても全く垣根を作らず接してくれます。隣国と地続きで人の出入りが激しい大陸文化であることも、理由の1つなのかなと感じます。
残りの滞在期間は1年弱ありますが、私はドイツに留学して良かったと思っています。リラックスして仕事をしつつ、家族との時間もしっかり過ごせています。仕事と同じくプライベートの時間も大切だという考えが、社会に根付いているのがいいですね。
家族が現地になじめるかどうかは大切なポイントですが、我が家の場合は問題ありませんでした。3人の子どもも妻も「居心地いいね」「ずっとここに居たいね」と言っているくらいなので(笑)。ドイツへの留学を考えているものの、現地で職場に馴染めるだろうか、生活していけるだろうかと心配している人には、「きっと大丈夫ですよ!」と伝えたいですね。
米国留学で手にした基礎研究三昧の日々
2022.03.01
米国留学で見て感じた有形・無形の文化を日本での仕事に生かす
後藤 秀樹 氏
2002年近畿大学医学部卒業、北海道大学病院初期研修医。苫小牧市立総合病院消化器内科、市立札幌病院免疫血液内科、北海道大学病院第二内科を経て、2011年北海道大学大学院医学研究科病態制御学専攻博士課程修了、同大学病院血液内科医員。2012年Sanford-Burnham Medical Research Institute博士研究員。2015年北海道大学病院血液内科(臨床研究開発センター)特任助教。2017年同科助教、2020年同科診療講師。2022年北海道大学病院検査・輸血部講師。