米国留学で低侵襲手術の世界的な流れを実感できた

徳島大学の手束文威氏は客員研究員(Visiting Scholar)として1年間、米国ノースウエスタン大学のファインバーグ・スクール・オブ・メディスンに留学していた。臨床見学と基礎研究を半々で経験したとのことだ。臨床に関しては、米国医師の診察や手術を多数見学した。脊椎手術で、侵襲性の低い「前方固定術」やナビゲーションを併用した低侵襲固定術が主流になっていることを実感し、帰国後は、自身の診療にもそのトレンドを取り入れているという。

徳島大学大学院 医歯薬学研究部
感覚運動系病態医学講座 運動機能外科学(整形外科)

手束 文威(てづか ふみたけ)氏
2007年自治医科大学卒業、徳島県立中央病院初期臨床研修医。2009年徳島県立三好病院。2011年那賀町立上那賀病院整形外科医長、那賀町国民健康保険木沢診療所所長。2013年徳島大学病院整形外科医員。2014年那賀町立上那賀病院整形外科医長、那賀町国民健康保険木沢診療所所長。2016年徳島大学病院整形外科特任助教。2018年徳島大学大学院医歯薬学研究部運動機能外科学分野助教。2018年10月Northwestern University Feinberg School of Medicine Department of Orthopaedic Surgery, Visiting Scholar。2019年徳島大学大学院医歯薬学研究部運動機能外科学分野助教。2020年徳島大学大学院医歯薬学研究部脊椎関節機能再建外科学分野特任講師。2021年徳島大学大学院医歯薬学研究部感覚運動系病態医学講座運動機能外科学(整形外科)講師。

――留学先について教えてください。

手束 2018年10月から2019年9月末までの1年間、米国シカゴにあるノースウエスタン大学ファインバーグ・スクール・オブ・メディスンのウェリントン・K・スー先生(Wellington K Hsu, MD, Clifford C. Raisbeck Professor of Orthopaedic Surgery Professor of Orthopaedic Surgery and Neurological Surgery, Department of Orthopaedic Surgery, Northwestern University Feinberg School of Medicine)のラボに留学していました。留学先での立場は客員研究員(Visiting Scholar)で、臨床見学と基礎研究を半々くらいで経験しました。

――留学が決まった経緯を教えていただけますか。

手束 私は自治医科大学出身です。卒後9年間は主に僻地医療を経験し、義務年限が終了した10年目から、徳島大学病院に勤務していました。運動機能外科学(整形外科)の医局には自治医大出身者向けのキャリアプランがあって、10年目以降に海外留学を選択できるので、この制度を活用して留学することにしました。もちろん、留学しなければいけないわけではないので、留学しない人もいます。私は医学部在学中から一度は海外で暮らしてみたかったこと、同年代の医師がしていないことを経験してみたかったことなどから、留学を決めました。

――留学先はどのように決めたのですか。

西良浩一先生(運動機能外科学教授)にサポートしていただきました。米国ではどういった低侵襲手術をしているのか、日本の医療システムとの違いは何かなどを見てきたいと西良先生に相談したところ、スー先生を紹介してくださったのです。西良先生もスー先生も脊椎の低侵襲手術とスポーツ医学が専門です。2人は海外の学会で共同座長をしたことがあり、面識があったそうです。

 留学前に、西良先生と一緒にファインバーグ・スクール・オブ・メディスンを訪ねて、スー先生にご挨拶をしてきました。その半年後に家族と一緒に渡米し、私の米国留学がスタートしました。

ファインバーグ・スクール・オブ・メディスンの整形外科スタッフとの記念写真。左から4人目がウェリントン・K・スー教授。(手束氏提供)

スー先生のクリアな患者説明に感銘を受け自身の患者説明を見直した

――日本の医師免許を持って米国に留学した場合、どこまで臨床に関われるのでしょうか。

手束 病院と医師(スー先生)の許可を得たうえで、必要な研修も受けて、手術室への入室や外来診療の見学を許可してもらいました。臨床研究のために必要なE-learningを受け、カルテを閲覧することも許されました。本来は手術室には入れませんし、診察室に同席することもできません。

――スー先生の診察を見学して、どう感じましたか。

手束 診察室に入るなりスー先生が、「来てくれてありがとう!」と患者さんへ声をかけることに、まず驚きました。たくさんある病院、たくさんいる医師の中から自分を選んでくれてありがとうといった意味合いの挨拶です。ちなみに米国の大学病院などでは患者さんが先に診察室に入って待っていて、医師が診察室を順番に訪問するスタイルが一般的のようです。

 スー先生の診察については、治療方針の説明がとてもクリアだと感じました。手術をするのか、手術以外の方向でいくのかの選択肢を、短時間で的確に伝えていました。自分は外科医だから、「こういった手術ができます。手術をしない選択肢もあって、そちらを選択する場合はその医療を専門にやっている病院を紹介しましょう」といった具合に、分かりやすく説明していました。とても参考になり、私自身の患者説明を見直すきっかけになりました。同席するレジデントや学生への指導も非常に的確で、外来のナースからもとても慕われている医師だと感じました。

――手術についてはどうでしたか。

日本では比較的簡単な手術でも数日から2週間程度入院することが多いのですが、米国では日帰り手術も多く、長くても翌日か翌々日までの入院で手術をしていることが多いと感じました。朝のスタートは早く、患者さんは7時半までには手術室に搬入されて麻酔の準備が行われていました。

――米国ではなぜ、日帰り手術が多いのでしょうか。

手束 まず米国では入院費用が高いこともあって、多くの患者さんは入院に後ろ向きです。医療者側としては入院対応の負担が減る分、たくさんの患者さんの手術を行うことができます。そのため米国の病院では、より低侵襲な手術が選択される傾向にあります。術後鎮痛には経口麻薬などが使用されることも多く、日本以上に医療麻薬による種々の問題(オピオイドクライシス)を抱えているという側面も垣間見ることができました。

米国ではより侵襲性が低い「前方固定術」の手術が多いことを実感

――低侵襲手術について、米国と日本との違いはどうでしたか。

手束 日本で全く行っていない術式は、米国でも見ることはありませんでした。ただ頸椎・腰椎の手術で、「前方固定術」を行う症例が多く、非常に印象的でした。

 前方からの手術では、腰椎の場合は腸や血管を傷付けないよう注意が必要で、頸椎の場合は術後合併症による窒息のリスクなどに気を付けなければいけません。しかし背筋などへのダメージがないという点で、非常に低侵襲で良い方法なのです。

 例えば頸椎前方固定術(ACDF:Anterior Cervical Discectomy & Fusion)の場合、経過が良ければ、患者さんは2〜3日の入院で帰宅できます。2椎間までの手術であれば、術後の外固定も基本的に行っていませんでした。アメリカでも賛否あるようですが、日帰り手術センターで行っている施設もあるようです。

 私は米国で前方固定術の手術をたくさん見学し、歴史的に日本では後方アプローチのシェアが多い点も踏まえ、前方アプローチと後方アプローチのメリット・デメリットについて、スー先生に質問したりディスカッションしたりしました。留学前、私は、頸椎の手術では後方アプローチを選択することが多かったのですが、米国留学を経て、帰国後は良いと思う症例には積極的に前方アプローチでの手術を行うようになりました。

――腰椎の手術についてはどうですか。

手束 腰椎の前方固定術(ALIF:Anterior Lumbar Interbody Fusion)は、米国では2人の外科医が連携して行っていました。まずアクセスサージャンとして血管外科医が椎間板を露出させるところまでを担当し、続いて整形外科医が固定術を行って、再び血管外科医が閉創するといった流れです。L4/5、L5/S1椎間の前方固定は、腰椎後方要素を触ることなく手術ができますので、非常に有用なアプローチであると感じました。

 日本で血管外科医と整形外科医が連携して前方固定術を行うためには、診療科間の調整が必要になるため、なかなか実現が難しいと思います。1人で全部やってしまう整形外科医もいますが、少数派だと思います。安全に腰椎前方固定術を開始するに当たっては、科の垣根を越えた連携が必要だと感じており、まだ導入はできていません。

基礎研究ではrhBMP-2の合併症を軽減するバイオマテリアルの研究を見学

――基礎研究については、どのようなお仕事をされたのですか。

手束 米国で腰椎椎体間固定術において承認されている「rhBMP-2(リコンビナントヒト骨形成タンパク質-2)」の濃度を減らすための、バイオマテリアル開発研究などに関わりました。この研究の背景として、米国ではrhBMP-2が標準的に使われているものの、局所炎症、異所性骨化、悪性新生物などの合併症が問題視されているという事情があります。

 ラボのメンバー構成は、スー先生の奥様でPI(Principal investigator)を務めるエリン・L・K・スー先生(Erin L K Hsu, PhD, Research Associate Professor of Orthopaedic Surgery)、ラボマネージャー1人、ポスドク2人、医学生4~5人でした。私はポスドク、医学生と一緒に、開発途中のバイオマテリアルをラットに移植したり、炎症の発症機序を観察したり、X線やマイクロCTで骨がどれほど癒合しているかを確認したりといった研究に携わりました。

 バイオマテリアルの製品化に向けて、様々な部署と積極的にコラボレーションしていることが印象的でした。基礎研究については基本的にエリン・LK・スー先生が仕切っていましたが、ウェリントン・K・スー先生もリサーチカンファレンスには必ず参加して臨床面からアドバイスをしていました。病院でもラボでも、学生のモチベーションを高めて仕事をさせるのがとても上手です。どのスタッフからも信頼され、慕われるスー先生の姿を見て、目的に向けてチームを構築する重要性、リーダーとしての在り方などを学ぶことができました。私も日本では学生やレジデントを指導する立場にあるので、大変参考になりました。

休日は家族と旅行、レンタカーで3000マイル以上走ったことも

――仕事の後や休日はどのように過ごされましたか。

手束 家族と過ごすことが多かったです。平日もなるべく定時に仕事を切り上げて、早く帰るようにしていました。妻や子どもたちは 「晩ご飯を一緒に食べてくれるし、週末も一緒に過ごしてくれてうれしい」と言ってくれました。スー先生からは「それが当たり前で、日本の医師の働き方がおかしいんだよ」とおっしゃっていました(笑)。 

――リフレッシュ法は何かありましたか。

手束 休日や休暇に家族で、米国内旅行を楽しみました。アメリカ大陸を横断する列車「アムトラック」に乗って、アリゾナのグランドキャニオンなどを見に行きました。また、私は自動車の運転が好きなので、よくレンタカーを借りて遠出のドライブをしました。シカゴからフロリダまで自動車で行ったときには、寄り道しながら往復3000マイル(4800Km)くらい走りました。アメリカの雄大な景色を見ながらのドライブ旅行はとても楽しかったです。長い真っ直ぐな道を映画に出てくるような大きなトラックが本当に走っていて、アメリカは広いなと実感できました。ラボや外来のスタッフにレンタカーでフロリダまで行ってきたよと話したら、「クレージーだ」「飛行機で行ったらいいのに」とあきれられましたが(笑)。


アメリカ大陸を横断するアムトラックに乗って家族でアリゾナへ旅行。(手束氏提供)

――最後に、留学を考えている医師にアドバイスをお願いします。

手束 留学前の私は、日本の医師で問題とされている「激務」の中にいました。私は米国に留学したことで、一度立ち止まって、医療の世界的な流れがどうなっているのか、現在の自分の立ち位置などを確認することができたと感じています。本当に留学してよかったです。留学したいという気持ちがあるなら、絶対にした方がよいと思います。留学資金が十分でなくても諦めず、借金してでも行った方がいいと思うくらいです。自分の後輩から相談があったら、全力で応援するつもりです。

 留学先としては基礎研究のラボが選ばれることが多いと思いますが、臨床見学の留学から得られるものもとても多いです。自分の手技を客観的に見直す良い機会になります。留学期間中はメスが持てず、外科医としてもどかしい気持ちになりますが、他の医師の手技をたくさん見ることでモチベーションが高まり、帰国後は新たな気持ちで仕事に臨めます。外科医が臨床見学で留学するのも、十分ありだと思いますよ。

 最後に、本留学の機会をいただいた西良教授、そして徳島大学整形外科スタッフ・同門の先生方、受け入れていただいたスー先生、ノースウェスタン大学整形外科の皆さんに深く感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。




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