カナダ留学で身に着いた積極性や挑戦する気持ちが大きな財産に

長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 臨床感染症学 准教授の高園貴弘氏は、カナダ・モントリオールのマギル大学に留学していた。モントリオールを含むケベック州は公用語がフランス語で、冬の寒さが厳しい気候だったことなど、苦労もあったと振り返る。しかし留学期間中は自分のペースで基礎研究に打ち込むとともに、育児にもたっぷり時間を使うことができ公私に充実していたそうだ。留学経験を経て身に着いた積極性、挑戦する気持ちは一生の財産だと語る。

長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 臨床感染症学 (長崎大学病院 呼吸器内科)

高園 貴弘(たかぞの・たかひろ)氏
2003年長崎大学医学部卒業、長崎大学病院第二内科。2004年佐世保市立総合病院。2006年北九州市立八幡病院。2007年長崎大学呼吸器内科。2011年長崎市立市民病院呼吸器内科。2013年長崎大学大学院医歯薬学総合研究科助教。2015年8月~2017年7月マギル大学IDIGH Donald Sheppard研究室客員教授。2017年長崎大学大学院医歯薬学総合研究科臨床感染症学助教。2021年より現職。

――留学先、留学の経緯などを教えてください。

 高園 私は2015年8月から2017年7月まで、カナダ・ケベック州モントリオールにあるマギル大学のドン・シェパード先生(Dr. Don Sheppard, Professor, Departments of Medicine; Microbiology and Immunology, McGill University)のラボに留学していました。留学がスタートしたときの年齢は36歳でした。もう結構、時間が経ってしまいましたね(笑)。

 海外留学については、所属教室の教授であった河野茂先生(現・長崎大学学長)や泉川公一先生(現・臨床感染症学教授)に、「貴重な経験になるから行った方がいいですよ」とずっと言われていました。実際、医局で周りを見渡しても、将来、大学教員としてやっていくつもりの人は当たり前のように留学していました。日本で臨床医をやっていると基礎研究の時間がなかなか取れないので、医師の留学には、まとまった基礎研究の時間を確保するという意味合いもあると思います。本当は、もう少し早く行ければよかったのですが、諸事情により遅れました。

 留学のタイミングがやや遅れてしまったことは、留学資金の確保に影響しました。当時、ほとんどの奨学金は「35歳まで」が条件でした。私は留学時の年齢が36歳になってしまったため、応募できなかったのです。そのため、大学に籍を半分残したまま海外留学できる長崎大学の「研究休職制度」に応募しました。応募しても年間2人くらいしか選ばれない難関だったのですが、運良く選ばれました。

 ――すると留学資金は、長崎大学からの給料とラボからの給料で賄ったのですか。

 高園 はい。加えて、足りない部分は貯金を切り崩して充てました。治安の良い場所に住居を探すと、どうしても家賃が高額になります。大学と留学先ラボからの給料で家賃を賄い、その他の生活費は貯金を切り崩して充てた感じです。

 ――留学先としてカナダのマギル大学を選ばれた理由は何だったのですか。

 高園 当医局には代々継続の留学先があって、多くの先輩方は米国・国立衛生研究所(NIH:National Institutes of Health )に留学していました。しかし、そのラボのボスが高齢になってきていたことから、医局の上司に「受け入れ先ラボを新規開拓しなさい」と言われたのです。私自身はアスペルギルス感染症、特にバイオフィルムに興味を持っていたので、その関連のラボを探しました。アプライした複数のラボから「受け入れ可能」の連絡をもらい、その中からシェパード先生のラボを選びました。

 ――シェパード先生のラボを選んだのは、どうしてですか。

 高園 有給で迎えてもらえる条件だったことに加えて、ラボのアクティビティの高さを感じたからです。シェパード先生は数年前に自分のラボを立ち上げたばかりの気鋭の研究者で、真菌研究の領域ではかなり注目されていました。また、呼吸器内科医の私がシェパード先生のラボに行けば、別の視点から研究成果をより生かせる提案もできるのではないかと考えました。

 留学先ラボのドン・シェパード先生と記念撮影。(高園氏提供)

留学前にラボのボスと2人で吉野ケ里温泉へ

 ――シェパード先生に最初に会った印象はどうでしたか。

 高園 留学前年の2014年に、採用面接を受けたのが最初の出会いです。場所はマギル大学ではなく、国際学会が開催された米国・ワシントンD.C.でした。短い面談時間でしたが、ちょっと怖いくらいに頭が切れる人だと感じました。こんな優秀な先生の下で、ぜひ研究したいと思いました。

 その後、採用が決まったのですが、実は留学がスタートするまでの期間に、シェパード先生には長崎大学に一度来ていただきました。長崎大学・熱帯医学研究所の講演会で講演してもらえないかとお声掛けしたところ、快く承諾してくださったのです。親睦を深めようと講演会の前後に、一緒に長崎市の中華街に行って中華料理を食べたり、佐賀の嬉野温泉に行って温泉に入ったりしました。まだ留学前のことですから、よくよく考えたらすごいですよね。2人で温泉につかりながら何を話したかは覚えていませんが(笑)。

 緑膿菌の酵素がカンジダ菌のバイオフィルム形成を阻害する仕組みなどを解明

 ――留学先での研究内容について教えてください。

 高園 まず1つは、カンジダ菌のバイオフィルム形成を阻害する物質についての研究です。アスペルギルス菌はバイオフィルムを作る酵素だけでなく、作ったバイオフィルムを溶かす酵素を持っています。同じように緑膿菌も自身が作ったバイオフィルムを溶かす酵素を持っています。緑膿菌の酵素には、アスペルギルス菌が作ったバイオフィルムを溶かす「交差性」があることも分かっていました。

 一方、カンジダ菌はバイオフィルムを作りますが、自身が作ったバイオフィルムを溶かす酵素を持っていません。私は、緑膿菌やアスペルギルスが作る酵素(あるいは別の物質)が、カンジダ菌のバイオフィルムを溶かす「交差性」を持つかどうかをテーマに研究しました。

 研究の結果、緑膿菌が出す物質が、カンジダ菌のバイオフィルム形成を阻害することを確認し、その作用機序も明らかにしました。留学期間中にすべての実験は終了できず、帰国後も引き続きデータの補足や解析を続けていました。ようやくデータがそろったので、シェパード先生と相談しながら近々、論文投稿したいと考えています。

 ――臨床につながりそうな研究結果ですね。

 高園 はい。カンジダ菌がカテーテルなどの周りにバイオフィルムを作ると、抗真菌薬などが効きにくくなって、血液感染の原因になります。この研究成果は、バイオフィルムが形成されにくいカテーテルの開発などにつながると考えています。

 もう1つの研究テーマは、クリプトコックス症患者の検査において、ガラクトマンナン検査が偽陽性が出やすい原因の検討でした。クリプトコックス症の患者では、本来は陰性であるべき肺アスペルギルス症の診断マーカー「ガラクトマンナン」の偽陽性が出やすいことが臨床的に知られていました。しかし試験管内試験ではその現象が再現できず、原因がよく分からなかったのです。研究の結果、体内を模した浸透圧が高い条件下では、試験管内でもクリプトコックスのガラクトキシロマンナンが表面に露出し、その結果、ガラクトマンナンに交差反応を示している可能性が示唆されました。この研究については既に論文発表しています。

 ――こちらも臨床に結び付きそうな研究結果ですね。

 高園 カンジダの研究もそうですが、臨床上での疑問や課題を基礎研究で解明・解決して、その成果を臨床に戻すことができたのは良かったと思います。私は基礎研究者ではないので、自分にはそういった研究スタイルが合うと思っています。

 ――海外での研究経験で気付いたこと、帰国後の研究にも生かせていることはありますか。

 高園 研究者それぞれが得意なものを出し合ってコラボレーションし、大きな成果を出しているのを目のあたりにしました。自分だけでできることは限られており、コラボレーションが成功のカギだということに改めて気付きました。コラボレーション模索のためにはコネクションが大事だとの認識も新たにしました。

 実は帰国後、シェパード先生とは別の研究テーマでもいくつかの共同研究を開始しています。

 ――シェパード先生のラボは、今後、医局の継続的な留学先になりそうですか。

 高園 そうですね。帰国後もシェパード先生とはずっと連絡を取り合い、良い関係を保っています。こちらの人事の都合でまだ次の留学生を送れていないのですが、来年か再来年には後輩を送り込もうと準備しています。

ラボのメンバーと帰国前に撮った記念写真。(高園氏提供) 

カナダ・ケベック州では標識も看板も街中の会話もフランス語

 ――留学中に苦労したことはありますか。

 高園 ケベック州の公用語はフランス語です。ラボには私の他に留学生のポスドクが1人いましたが、彼はフランス人だったので、私以外はフランス語が母国語の人たちばかりでした。みな、私と話すときには英語で話してくれるのですが、仕事の合間のおしゃべりなどはフランス語です。私はフランス語が話せず、こちらからはなかなか会話に入っていけませんでした。

 標識も看板も街中での会話も基本的にみなフランス語ですが、こちらが英語で話してほしい意思表示をすると、英語で対応してくれます。モントリオールのスーパーでは、レジ係の人などから「Bonjour? Hi?」と言われることがありますが、これはこちらがフランス語を理解できるのか、英語を話してほしいのかを聞いてくれているのです。最初、そのことが分からず単なる挨拶だと考えて「Bonjour!」と返したところ、フランス語が理解できるのだと思われて、フランス語で話し続けられてしまいました。「Bonjour? Hi?」に対して、何度か「Bonjour!」と答えたり「Hi!」と答えたりしているうちに、返事の返し方によって相手が対応言語を変えていることに気付き、以後は「Hi!」と返すようになりました。

 留学期間中はしっかり育児に参加できて楽しかった

 ――モントリオールの気候はどうでしたか。

 高園 夏は爽やかで解放感があるのですが、冬はものすごく寒くて-30℃くらいになります。雪も多くて、一晩で30~40センチメートル積もります。私たち夫婦はともに九州人なので、モントリオールの冬の寒さは堪えました。子どもはすごく喜んで、庭で雪だるまを作ったり、公園でソリをしたりして遊んでいましたが。

 氷上の魚釣りは楽しかったです。モントリオールを流れるセント・ローレンス川はとても川幅が広い川ですが、冬には分厚い氷が張って対岸まで歩けます。凍った表面にはたくさんの釣り小屋が設置され、その中で釣りができるのです。小屋はストーブが焚かれて暖かで、ソファやテーブルもあって快適です。氷の床の一部を掘った溝に、5メートルほどの釣り糸を垂らして魚を釣ります。

 家族みなでハゼのような魚をたくさん釣り、自宅に持ち帰って食べました。妻がフライにしてくれたのですが、白身の淡泊な味で全然臭みはなく、とてもおいしかったです。長崎では釣りはほとんどしたことがなかったのですが、やってみたらとても楽しかったです。

休日に家族でモントリオールを散策、ノートルダム大聖堂前で記念撮影。(高園氏提供) 

 

――ご家族みなでカナダに行かれたのですね。

 高園 はい、妻と2歳と0歳の女の子2人です。留学前に妻の妊娠が分かったので、最初の半年は私1人で行き、半年後に下の子が生まれてから妻と子どもたちも来てくれました。カナダ留学中は私もしっかり育児に参加しました。

 ――育児は大変でしたか。

 高園 いや、楽しかったです。時間をたくさん使って育児ができて、とても楽しかったですよ。留学していなかったら下の子が生まれてもあまり育児に参加できなかったと思うので、その面でも留学してよかったです。カナダでは男性医師も当たり前のように育児に参加していました。日本の男性医師の育児参加も、これから次第に増えていくのだろうと思います。

 ――最後に、留学を考えている医師に向けてアドバイスをお願いします。

 高園 留学期間は他の業務に縛られず、自分のペースで基礎研究に打ち込めました。研究の過程でいろいろな技術を学び日本に持ち帰ることもでき、とても充実した期間でした。ただ、留学先で身に着けた研究テクニックは5年もたてば時代遅れになります。なのでそれらは、留学のメリットの一部分にすぎないと思います。

 私自身、自分の留学を振り返って最も大事だったのは、積極性や挑戦する気持ちが身に着いたことのように思います。留学先では「自分から動かないと何も進まない」ことを実感しました。その経験を経て、帰国してからも、他の研究者に自分からコラボレーションを働き掛けたり、積極的に臨床研究に参加したりするようになりました。

 数年の短期留学で得られる研究成果は限られていますが、留学することで身に着く積極性などは一生の財産です。帰国してからの仕事の進め方などにも、きっと良い変化があるのではないかと思いますよ。

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