順天堂大学医学部附属浦安病院救急診療科准教授の近藤豊氏は、米国ボストンのベス・イスラエル・ディーコネス・メディカル・センターに2年半留学していた。敗血症において重要な働きを担う物質「フラジェリン」の研究を深めようと考えて渡米。留学先で得た研究成果は当初の想定とはやや違っていたが、帰国後、敗血症治療薬の開発に向けた独自研究立ち上げの土台となった。留学の根本的な目標だった、「敗血症についてもっと深く知りたい」は十二分に達成できたと振り返る。
順天堂大学大学院 医学研究科
救急災害医学
順天堂大学医学部附属浦安病院
救急診療科
近藤 豊(こんどう ゆたか)氏
2006年沖縄県立中部病院初期研修医。2008年聖路加国際病院後期研修医。2010年琉球大学大学院医学研究科救急医学講座助教。2013年同講師。2013年琉球大学医学部附属病院救急部副部長。2015年Research fellow, Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School。2018年より順天堂大学医学部附属浦安病院救急診療科准教授、順天堂大学大学院医学研究科救急災害医学准教授。2021年からは同大学院医学研究科救急AI色画像情報標準化講座の准教授を兼務。
――留学の時期、期間と留学先から教えてください。
近藤 私が留学していたのは2015年7月から2017年12月までで、留学先は米国マサチューセッツ州ボストンにあるハーバード大学の関連施設、ベス・イスラエル・ディーコネス・メディカル・センター(Beth Israel Deaconess Medical Center)です。同センター外科のウルフガング・G・ジャンガー先生(Wolfgang G Junger, PhD, Professor of Surgery, Harvard Medical School)のラボに、リサーチフェローとして2年半留学していました。
――どういった経緯でジャンガー先生のラボに留学されたのですか。
近藤 私は留学前まで大学院で、敗血症において重要な働きを担う物質「フラジェリン」の研究をしていました。フラジェリンは病原微生物が放出し、宿主に炎症反応を起こさせる分子群「PAMPs(Pathogen-associated molecular patterns)」の一種です。フラジェリンの研究を続ける中で、より臨床に関連付けた研究をしたいと考えるようになり、留学を考えました。
ジャンガー先生は当時から著名な研究者でした。宿主内で放出されるATP(アデノシン三リン酸)が、敗血症の重症化に重要な役割をしていることなどを発見して、科学雑誌『Nature』や『Science』で発表していました。敗血症においてのATPは、病原微生物が感染することにより宿主内で生産され炎症反応を起こさせる分子群「DAMPs(Damage-associated molecular patterns)」の一種に位置付けられます。PAMPsやDAMPsは広く捉えると同じ役割の物質群であり、私自身の研究テーマとの関連はぴったりでした。また、ジャンガー先生のラボは病院の外科部門にあり、臨床との連携が強いことが論文の内容から分かりました。
ジャンガー先生のラボに留学していた日本人医師からも「とても良い研究環境だった」と聞き、ジャンガー先生に直接、「そちらのラボで働かせてもらえませんか」と電子メールを出しました。
電子メールのやり取りが実質的な「採用試験」に
――返事はすぐに返ってきましたか。
近藤 ジャンガー先生は、電子メールの返事をなかなか返してくれない方だと聞いていました。ですから返事がもらえない可能性もあるし、返ってくるとしても時間がかかるだろうと覚悟していましたが、1時間ほどで返事が返ってきてびっくりしました。比較的余裕がありそうな時間帯を狙って電子メールを送ったのがよかったのかもしれません。日本と米国東海岸との時差はマイナス14時間です。昼食後に着信するよう、日本時間の午前3時頃に電子メールを送信しました。
――すぐに受け入れてもらえることになったのですか。
近藤 いきなり「OK」ではなかったです。まず、「君はどんな研究をやりたいのか」と聞かれました。それに対して返事をしたところ、当時ラボで実施していた3~4のプロジェクトを説明してくれた上で、「君の希望にはこのプロジェクトが合っていると思うが、その中で新たにこんな内容の研究を君にやってほしいと言ったらどう思うか」などと聞かれました。さらに科学的、医学的な知識を問うような質問もありました。そういったやり取りを電子メールで繰り返し、さらにボストンに行ってジャンガー先生と面会もして、採用が決まりました。
電子メールのやり取りには、「採用試験」の要素が含まれていたかもしれません。早く返事をしないと読んでもらえないし、かといって的外れな返信をすると印象が悪くなるので、英文で的確な文面をいかに早く作成するかに苦労した記憶があります。
――留学先での研究内容について教えてください。
近藤 私が関わったプロジェクトは2つで、両方ともゴールにこぎ着けました。1つはちょっとマニアックなのですが、ATPの分解物であるAMP(アデノシン一リン酸)の効果を動物試験で調べた研究です。AMPは視床下部を刺激して体温を下げると考えられています。そのためAMPを外部から投与すると、冷却装置などを使わなくても、人工冬眠を引き起こすことができるのです。私は、AMPの投与により低酸素状態の予後が改善されることを、マウスを使った研究で明らかにしました。
もう1つのプロジェクトでは、敗血症の際に、ATPを分解させると予後が改善することを明らかにしました。敗血症でATPの濃度が高くなると好中球の動きが悪くなって予後が悪化することが分かっていましたが、濃度を下げることで好中球の動きが良くなって予後の改善につながることを確認しました。両方の研究ともに、既に論文発表しています。
留学時うまくいかなかった経験が帰国後の研究の土台に
――留学の目標は達成できたと考えていますか。
近藤 その質問への答えはイエスとノーの両方です。留学前は、フラジェリンにもっと深く関わる研究をすることを想像していました。しかし結果としては、フラジェリンの研究に直接、還元できる成果は少なく、その意味ではノーということになるかもしれません。しかしその一方で、より根本的な私の留学の目標は「敗血症についてもっと深く知りたい」だったといえます。その点に関しては、十二分に成果が得られたので答えはイエスです。
特に1つ目のプロジェクトでの経験は、帰国後に開始した私独自の研究テーマの土台になっています。実は、留学先でのプロジェクトで当初狙っていたのは、ATPの分解物であるAMPが「敗血症の予後を改善すること」の確認でした。しかし1年くらい研究を続けたものの良い結果が得られなかったため、「低酸素状態の予後の改善」に結び付けて論文発表することにした経緯があります。一般的に敗血症では体温が下がると予後が悪化するといわれていて、実際に、その点が問題だったと考えています。
帰国後、留学時の経験を土台としつつ、切り口を変えて独自の研究をスタートさせました。現在、私は、人工冬眠の効果として重要なのは低体温ではなくミトコンドリアの機能の制御ではないかと考えています。従ってAMPの投与までは留学先での研究と同じですが、低体温にならない人工冬眠の方法と敗血症の予後への効果を新たに検討しているところです。
――研究成果は将来、どのように活用されると思い描いていますか。
近藤 私が敗血症の研究を続けている一番のモチベーションは、現在の治療法では亡くなってしまう患者さんを助けたいという願いです。なので、重症の敗血症患者さんを救命できる治療薬の開発につなげたいと考えています。難しいとは思いますが、簡単に達成できないことだからこそ、生涯をかけてやる価値があると思っています。
休日は治安が良い動物園へ
――ボストンでの休日はどのように過ごしましたか。
近藤 私は休みの日も結構、ラボに行っていました。ラボに行かない日はスーパーマーケットに買い出しに行ったりしました。ボストンでは時々、「日本の食材祭り」をスーパーマーケットでやっていて、そういったイベントには懐かしくてよく足を運びました。
他にもよく行ったのは、自宅の近くの「フランクリン・パーク・ズー(Franklin Park Zoo)」という動物園です。海外では治安が心配ですが、動物園の中の治安は大丈夫だと聞いたので、年間パスを買って行くようになりました。トラ、ライオン、キリン、シマウマ、レッサーパンダなど多種類の動物が飼育されていました。フランクリン・パーク・ズーは一般的な日本の動物園よりも敷地が広くて、散歩もできるし、動物を見る以外でものんびりできて楽しめました。
――ボストンでよく食べた料理、よく行ったレストランなどはありますか。
近藤 オイスターバーによく行きました。ボストンは、美味しい魚介類が食べられる街として米国内でも有名です。特に生ガキはものすごく美味しかったです。日本のカキは濃厚に感じますが、ボストンのカキはもっとさっぱりしていて、私には合っていました。そういえば「クマモト・オイスター(シカメガキ)」という品種のカキがあって、米国人に好まれていました。私はその品種のカキを見聞きしたことがなく、米国人から「日本人なのになぜクマモトを知らないんだ?」と不思議がられました。食べてみるとちょっと小粒ではあるものの、確かに美味しかったです。
ボストンで初めて、「チェリーストーン・クラム(ホンビノスガイ)」という貝を食べました。日本のハマグリによく似た大きな貝で、米国では、カキと同じように生で食べます。これも結構美味しかったです。ちなみに米国ではウイルス・チェックがしっかりされているらしく、カキやチェリーストーン・クラムの生食が原因で食中毒が起こることは少ないようです。
――最後に、留学を考えている若い医師に向けてアドバイスをお願いします。
近藤 留学するかどうかの決断で、迷わない人はあまりいないでしょう。私自身も迷いました。日本にいれば居心地がいいし、美味しいご飯も食べられますから(笑)。最後は自分の決断次第です。私の場合、留学を実現させた原動力は敗血症への興味、好奇心でした。そういった意味では、若い医師には日頃から、臨床で「これを解決したいな」と感じることがあったら、見過ごさず、研究につなげる姿勢を大事にしてほしいです。
留学すると決めたら、やはり早い方がいいと思います。帰国後、留学先での経験を基に、自分の研究の土台を早く作ることにつながるからです。「留学しよう」と思い立ったときが、その人のベストタイミングではないでしょうか。
父の留学でドイツ滞在を経験、今度は自身が研究者として米国に
2023.02.01
カナダに臨床留学、師匠医師とマンツーマン・トレーニングの日々
加藤 壯(かとう そう)氏
2007年東京大学医学部卒業。2007年日本赤十字社医療センター。2008年東京大学医学部附属病院。2009年国立国際医療研究センター整形外科。2011年都立駒込病院整形外科。2013年東京大学医学部附属病院整形外科・脊椎外科。2014年Clinical spine fellow, Division of Orthopaedics, Hospital for Sick Children, University of Toronto。2015年Clinical fellow, Spinal program, Toronto Western Hospital, University of Toronto(2015年度チーフフェロー)。2017年東京大学医学部附属病院整形外科・脊椎外科。