英国留学で生涯の友人を得ることができた

名古屋大学医学部附属病院血液内科講師の島田和之氏は、英国サウサンプトン大学に2年間、基礎研究留学をしていた。ラボのPI(主任研究員)のマーク・S・クラッグ教授と生涯の友人になれたことが、留学の一番の成果だと言う。ラボで手掛けた研究では思うような成果が得られなかったため「パーフェクトな留学ではなかった」が、帰国後、高等研究院で特任講師として自身の研究を開始する際の基礎になったとのこと。仮に人生をもう一度やり直すとしても、再び英国に留学したいと語る。

名古屋大学医学部附属病院 血液内科

島田 和之(しまだ・かずゆき)氏
2001年名古屋大学医学部卒業。2001年愛知県厚生農業協同組合連合会昭和病院研修医。2002年同病院血液・化学療法科医員。2006年大垣市民病院血液内科医員。2007年名古屋大学医学部附属病院血液内科医員。2009年名古屋大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学客員研究者。2009年5~9月に英国サウサンプトン大学医学部客員研究員(名古屋大学グローバルCOEプログラム若手研究者の研修のための海外派遣)。2009年名古屋大学医学部附属病院難治感染症部医員。2010年4月~2012年3月サウサンプトン大学医学部客員研究員。2012年3月名古屋大学高等研究院/大学院医学系研究科特任講師。2016年より現職。

――留学先、期間などについて教えてください。 

島田 留学先は英国ハンプシャー州サウサンプトンにあるサウサンプトン大学です。サウサンプトンは日本人にはあまり馴染みがないと思いますが、かつて豪華客船の「タイタニック号」が出航した港がある英国南部の街です。同大のキャンサー・サイエンシズ・ユニット(University of Southampton, Cancer Sciences Unit)に2010年4月から2012年3月までの2年間、留学していました。ラボのPIはマーク・S・クラッグ(Prof. Mark S. Cragg)先生です。 

――なぜ留学先として、英国のサウサンプトン大学を選んだのですか。 

島田 実は前年の2009年にも、マークのラボに5カ月間の短期留学をしていました。いったん帰国して、今度は2年間、同じラボに留学したことになります。短期留学は大学院で学位を取ってすぐの時期で、名古屋大学の「グローバルCOEプログラム(GCOE:若手研究者の研修のための海外派遣プログラム)」による派遣でした。 

海外に基礎研究留学したいとの思いは医学部時代から強く持っていました。臨床だけでなく基礎研究でも貢献できる医師になるために、海外留学は当然するものだと考えていたのです。今思うと古い考えだなと思いますが(笑)、当時、名古屋大学医学部で血液内科を目指す学生は皆そんな感じでした。 

留学の受け入れ可否を問い合わせたら5分でOKの返事が 

留学先の第一希望は米国の研究所でした。2008年にハーバード大学附属のダナ・ファーバー研究所の研究者募集に応募したのですが、その時はグラントが取れていなかったし、英語があまり得意でなかったため面接で落ちてしまいました。それでも「絶対、留学するぞ」と次のチャンスを探す中で、候補に挙がったのがサウサンプトン大学のマークのラボでした。 

当時教授だった直江知樹先生(現・国立病院機構名古屋医療センター名誉院長)、助教だった冨田章裕先生(現・藤田医科大学医学部血液内科学主任教授)が参加する抄読会でマークの論文が取り上げられた際、「ここに留学するのも面白いんじゃないか」と先生方から提案されたのです。その頃、冨田先生は、CD20の発現制御についての研究を手掛けていました。私は冨田先生が医学雑誌『Blood』に投稿した論文のリバイス実験(CD20を再発現させたら抗体医薬の感受性が回復するかという実験)を手伝っていたのですが、以前からマークはCD20に結合する抗体医薬の研究を精力的に行っていました。一方、当時の研究室にはそういった抗体医薬を使った実験のノウハウが少なくて、そのため直江先生や冨田先生は、私にマークのラボで学んで来てほしかったようです。 

それで冨田先生が「そちらのラボに勉強しに行きたい若者がいるのですが受け入れは可能ですか」と、私の代わりに電子メールを出してくれたのです。するとものの5分ほどで、マークから「いいよ」と返事が返ってきました。ちょうど良いタイミングでGCOE海外派遣プログラムの短期留学資金を頂けることになり、派遣の話がとんとん拍子に進みました。その後のやり取りは電子メールのみで、マークと直接会ったのは英国に渡ってからです。 

――クラッグ先生とうまくやれるか、不安はなかったですか。 

島田 冨田先生から言われていたのですが、電子メールの返信が早い人に悪い人はいないだろうと(笑)。また、英国で開催された学会に参加した時にマークに挨拶してきてくれた冨田先生から、「すごくいい人だったよ」と伝えられていたので、大丈夫だろうと思っていました。 

――もう少し早くGCOEの海外派遣プログラムの話があったら、ダナ・ファーバー研究所に短期留学して、その流れで米国に長期留学していたかもしれませんね。 

島田 その可能性はあります。そうだったらマークと今のような縁はできなかっただろうし、人生のあやだなと思いますね。結果的には良かったと思っています。 

――実際に会ってみて、クラッグ先生はどんな方でしたか。 

島田 第一印象から、とてもいい人でした。空路で英国に入り、ロンドンから鉄道で1時間半ほどかけてサウサンプトンに向かったのですが、お昼の12時頃にサウサンプトン・セントラル駅に着くと、マークと奥さんが車で迎えに来てくれていました。「あそこに行って生活に必要なものを一式そろえるぞ」と駅近くのIKEAに連れて行ってくれ、そこで購入した布団などを一緒に部屋まで運び、片付けも手伝ってくれました。住居から大学に通う方法も、わざわざバス停まで一緒に行って「Unilink」という大学運営のバスの乗り方を教えてくれました。マークは私より3歳上なのですが、最初から友人として親切に接してくれました。 

――短期留学の5カ月間は、どんな研究をしたのですか。 

島田 GCOE海外派遣プログラムは、研究室にはない技術を習得してくるというのが本来の趣旨でしたので、手習いのような感じで、蛍光色素を付けた抗体で細胞を標識してフローサイトメトリーにかけるといった抗体医薬に関する基礎的な実験をひたすらやりました。ただ、「次に長期で来るんだったらどのように研究を進めるか」といった話はしていました。 

――その構想を、2010年からの2年間で実現することになったのですね。 

島田 そうですね。いったん帰国して別のファンドを頂けることになり、約半年後に再びマークのラボに戻りました。

留学先のラボでPIのマーク・S・クラッグ氏と。(島田氏提供)

 留学先での経験が帰国後に高等研究院で自身の研究をスタートさせる基礎に

 ――2009年からの研究内容について教えてください。 

島田 抗CD20抗体医薬は、CD20への結合の仕方によって「タイプⅠ抗体」と「タイプⅡ抗体」に分けられます。当時のマークのラボでは、そういった抗体医薬のタイプによる作用機序の違いを探求していました。 

私が手掛けたのは、抗体医薬と化学療法薬や分子標的薬を同時投与したときに、効果が増強する機序の解明です。悪性リンパ腫の治療などで、抗体医薬と化学療法薬を同時に使うと薬効が増強されることが分かっていました。タイプⅠ抗体とタイプⅡ抗体では増強の機序は違うのか、それぞれどういった作用(直接細胞死作用、補体依存性細胞傷害活性、抗体依存性細胞傷害活性)が増強されているのか、といったことが研究テーマでした。 

もう1つの研究テーマは名古屋大学でやっていた研究の継続です。直江先生から「こっちの研究もしっかりやってきなさい」と厳命を受けていたので、2つのテーマの研究を並行して進めました。 

2つ目の日本から持って行った研究テーマについてはプロジェクトを完成させ、論文発表することができました。しかし1つ目の研究テーマについては、論文発表までこぎ着けることができませんでした。実験の流れは、in vitroで抗体医薬と相互作用のある薬剤を見つけてきてそれを動物実験で確認するというものでしたが、実験に使用している腫瘍がアグレッシブ過ぎたため、条件設定が難しかったのです。 

抗体医薬と併用効果がある薬剤のメカニズムについても、細胞表面分子の変化を観察すれば、もうちょっと何か分かったかもしれません。しかし時間切れで、プロジェクト途中で帰国することになりました。私自身は3年くらいいてもいいと思っていたし、マークも「もう1年居るなら給料を出すよ」と言ってくれていました。あと1年あれば違う展開があったかもしれませんが、2012年3月から名古屋大学の高等研究院の特任講師に就くことが決まったため、帰国して研究を進めていくこととしました。 

――振り返ってみて、島田先生にとって海外留学の意味は何だったと思いますか。 

島田 まず、現在まで続くマークとの友人関係を築くことができました。研究に関しては論文にまとめられず苦い思いはあります。もっと積極的にマークと議論ができたらよかったなとか、今だったら自分からもっと提案ができたんじゃないかと反省する部分もあります。それでも、がむしゃらにやってきた抗体の実験や動物実験などが、高等研究院で自分の研究をスタートさせる際の基礎になり、その後の研究成果につながったのは間違いありません。パーフェクトな留学ではなかったものの、間違いなく行ってよかったと思っています。 

――医局の後輩医師をクラッグ先生のラボに送る計画はありますか。 

島田 私の後、留学をしてくれた医局の医師が1人いたのですが、その後は誰も行っていません。マークは「若い研究者を送ってくれても全然かまわないよ」と言ってくれています。今、彼のラボからトップジャーナルに論文がたくさん出ている時期なので、希望する人がいれば、ぜひ送りたいですね。 

お気に入りだった英国のお酒は「サイダー」 

――サウサンプトンの気候はどうでしたか。 

島田 サウサンプトンは北緯50度にあり、日本でいうと北海道の北端のはるか先です。なので冬は朝8時頃にようやく明るくなり、夕方4時頃には薄暗くなります。それだけに春の日差しが戻ってくると、とてもラブリーに感じます。多くの英国人が春になると街中の公園で水着になり日光浴をするのですが、その気持ちは冬が長い国で暮らした人でないと分からないと思います。 

――食べ物はどうでしたか。 

島田 よく言われる通り、英国オリジナルの美味しい料理がなかなか思いつきません(笑)。私もマークに「英国で美味いものは何がある?」と聞いたことがあります。すると「カレーは美味いぞ」と返ってきました。「カレーはインド料理だろ」と言ったら、「タンドリーチキンも美味いぞ、あれは英国料理だから」と言っていました。もちろんジョークです(笑)。それくらい、英国人でも英国オリジナルの美味しい料理が思いつかないようです。でもカレーやタンドリーチキンは本当に美味しかったです。街にたくさんいるインド系の人たちが作っているので、本場の味でした。 

お酒については、イングリッシュエール(ビール)も美味しかったですが、私は「サイダー」が好きでした。英国でサイダーというのはリンゴの発泡果実酒のことです。フランスでも「シードル」と呼ばれ飲まれていますが、英国ではビールと並ぶメジャーなお酒です。アルコール度数はビールとだいたい同じで5~7%くらいです。ラボ内でお祝いや送別会があると、昼間、みなで近くのパブに行って少しお酒を飲みます。その際、私は決まってサイダーを飲んでいました。英国には、「勤務時間中に飲んでよいお酒はビール」という不文律があるらしいのですが、「Kazzyはサイダー好きだし、英国人じゃないからまあいいよ」と許してもらっていました。 

日本から自家用車を個人輸出して英国の街を家族旅行 

――サウサンプトン以外の街にも行きましたか。 

島田 サウサンプトンから車で1時間ほどのソールズベリー郊外に、世界遺産の「ストーンヘンジ」があります。留学中に5回ほど行きました。最初は家族と行ったのですが、日本から誰かが訪ねてくるたびに観光で案内したので何度も行くことになりました。現地で子どもが産まれて私と妻の母が来てくれたとき、直江先生が学会参加のついでに寄ってくださったときにも行きました。何もないだだっ広い草原に、ポツンと巨大な石の構造物が建っています。石柱が円形に並び、その上に石の梁がかけてあるだけなのですが、どうやってあの大きな石の梁を柱の上に乗せたのか、見るたびに不思議でした。 

――レンタカーを運転して行かれたのですか。 

島田 いえ、自分の車です。日本で乗っていたステーションワゴンを英国に持って行ったのです。日本に置いていったら留学中に10年を超えてしまう見込みだったので、それなら英国で思いっきり走って、帰ってくるときは現地で処分すればいいやと思って持って行きました。英国も日本も同じ右ハンドルですから。現地に住んでいる日本人の方に個人輸出入の代行業者を教えてもらい、費用は全部で40万円くらいだったと思います。 

ステーションワゴンを日本で購入したときは草原の一本道をさっそうと走るイメージだったのですが、日本ではそんな道路を走る機会はありませんでした。英国には牧草地を走るイメージ通りの道路がたくさんあって、運転するのがとても楽しかったです。コッツウオルズ、エディンバラ、湖水地方(Lake District)、リバプール、ノーサンプトンなど、休日、休暇には英国のいろいろな街に車で出かけました。高速道路は全部無料だし、自家用車があると子ども用のプラスチック製の風呂なども気軽に積んで旅行先に持って行けて、とてもよかったです。 

ストーク・オン・トレントにも車で行きました。英国中部のバーミンガムとマンチェスターのちょうど中間くらいに、英国で製法が生み出された磁器「ボーンチャイナ」の工房が集まる街があります。街中には日本でもよく知られるブランドのアウトレット品を販売するショップもあって、日本ではあり得ないお得な価格でボーンチャイナが買えました。もともと私はグラスや陶器、磁器が好きだったので、帰国前には再度ストーク・オン・トレントに行って、食器をたくさん買ってきました。今でも自宅のカップボードには、そのとき買ったティーポットやカップ&ソーサーが並んでいます。

エディンバラの旧市街を見下ろす丘で子どもと記念撮影。(島田氏提供)

 

――最後に留学を考えている若い医師にアドバイスをお願いします。 

島田 ちょっとでも海外留学に興味があるなら行った方がいいと思います。トップジャーナルにたくさん論文を出しているラボは、すごい量の実験をこなしています。魔法で実験データが出てくるわけではないので当たり前なのですが、「日本人はすごく勤勉で真面目」「欧米人は休暇ばかり取っている」と、そんなステレオタイプな見方をしている人には、ぜひとも海外のラボを見てきてほしいです。英国のエリート層もものすごく勤勉ですが、効率よく仕事をして、プライベートも大事にしています。そういった働き方も参考にしてほしいですね。 

留学の準備についてですが、今の若い人たちは英語が上手なので、言葉はそれほど問題ないと思います。ただ、留学までに論文を書いておくことを意識してほしいです。自分が筆頭著者の論文があれば、研究を計画・実施して論文にする力があることの証明になります。論文が1本もないと、著名なラボで採用されるのは難しいです。インパクトファクターの高い雑誌に論文が掲載できれば申し分ありませんが、臨床研究でもケースレポートでもよいから、とにかく積極的に書いておくことが大切です。 

英国のラボの特徴は、米国のラボほど競争が激しい雰囲気ではなく、それでいて研究資金は潤沢で施設もしっかりしていることだと思います。「ジェントル&ポライト」の国ですから、日本人が美徳とする点が美徳として通用します。米国的なアグレッシブさについていけるか不安な人には、留学先として英国はお勧めです。生涯の友人を得ることができるかもしれません。私は、仮に人生をもう一度やり直すとしても海外留学すると思いますし、その際の留学先はやはり英国がいいですね(笑)。



閲覧履歴
お問い合わせ(本社)

くすり相談窓口

受付時間:9:00〜17:45
(土日祝、休業日を除く)

当社は、日本製薬工業協会が提唱する
くすり相談窓口の役割・使命 に則り、
くすりの適正使用情報をご提供しています。