米コロンビア大での研究でペプチドDDSの新たな機能を確認

岐阜大学大学院医学系研究科 感染症寄附講座 特任准教授であり岐阜大学医学部附属病院 高次救命治療センター ドクターヘリ・カー部門長でもある鈴木浩大氏は、米国ニューヨーク州のコロンビア大学・外科に基礎研究留学していた。ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)機能を持つペプチドについて、免疫細胞に影響する作用があることを新たに確認するなどの研究成果を上げた。プライベートではハロウィンに参加して、子どもたちを一生懸命楽しませようとする米国の大人たちの優しさに感動したと振り返る。留学期間が新型コロナウイルス感染症流行時期と重なったが、ロックダウン中は自宅周辺の公園で子どもたちと一緒に遊んだり動物園を巡ったりするなどして、子どもたちは大喜びだったそうだ。

岐阜大学大学院医学系研究科
感染症寄附講座 

鈴木 浩大(すずき・こうだい)氏
2009年大阪市立大学医学部卒業、一宮市立市民病院研修医。2011年一宮市立市民病院耳鼻咽喉科専攻医。2012年岐阜大学医学部附属病院高次救命治療センター医員。2016年医学博士(岐阜大学大学院医学系研究科)。2017年岐阜大学医学部附属病院高次救命治療センター臨床講師。2019年~2022年コロンビア大学外科。2022年帰国し、岐阜大学医学部附属病院高次救命治療センターに復職、併任講師を経て、2023年より現職。

――留学先と留学期間が決まった経緯から教えていただけますか。 

鈴木 私は2019年8月から2022年3月まで、米国ニューヨーク州のコロンビア大学 外科のラボに基礎研究で留学していました。ラボのPI(Principal Investigator)は、日本人の菅原一樹先生(Kazuki N. Sugahara, M.D., Ph.D., Assistant Professor of Surgery, Columbia University)です。 

留学前、私はドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System、DDS)の研究をしていました。DDSは抗がん剤の研究が先行していますが、私は「CARペプチド」と呼ばれるペプチドを用いて、血管内皮障害部位に特異的にホーミングする性質を持つ、敗血症治療薬としてのDDSを研究していました。

そのCARペプチドの特許を持つ方が、米国カリフォルニア州ラ・ホーヤにあるサンフォード・バーナム研究所のエルキ・ルースラーティ先生(Erkki Ruoslahti, M.D., Ph.D., Sanford Burnham Prebys)という有名な研究者で、菅原先生はルースラーティ先生に指導を受けていた方です。 

また、菅原先生は、当医局の岡田英志先生(准教授/副センター長)のご友人でもあります。岡田先生は2008年から2013年に、カリフォルニア大学サンディエゴ校に留学されていました。ラ・ホーヤとサンディエゴはとても近く、お二人は現地で知り合われたようです。 

そのような背景があったので、「米国に留学してペプチドDDSの研究をしたい」と考えたとき、まず頭に浮かんだ留学先が菅原先生のラボでした。菅原先生は2013年に、サンフォード・バーナム研究所からコロンビア大学に移籍されていました。私自身も菅原先生とは日本でお会いしたことがあったので、直接ご連絡してみたところ、ウェブ面接などを経て採用してもらうことができました。

ラボの仲間たちと記念撮影。中央がPIの菅原一樹先生。(鈴木氏提供)

 
――海外留学しようと考えたのはなぜですか。 

鈴木 視野を広くするために、一度は日本の外の環境に自分の身を置いてみたいと思っていました。また、基礎研究で留学するなら、最先端の研究環境が経験でき、英語で意思疎通がはかれる米国がよいと考えました。 

DDS機能を持つペプチドに、がん免疫作用があることを新たに発見

 ――留学先での研究内容について教えてください。 

鈴木 「iRGD」というペプチドのがん免疫作用について研究をしました。iRGDは9つのアミノ酸からなる環状ペプチドで、CARペプチドと同じようにDDS機能を持っています。膵がんに対して抗がん剤と共投与すると、抗がん剤が膵がん特異的に届きます。ただしiRGDそれ自体に抗がん作用はありません。 

私は、「iRGDにはがん治療に有益な抗腫瘍免疫を向上させる作用があるのではないか」という仮説の基に研究を進めました。菅原先生のラボの過去の実験で、iRGDが免疫に影響していることをうかがわせる顕微鏡像が得られていたのですが、本格的には調べられていませんでした。私は、免疫分野の研究に必須のフローサイトメトリーの基本的な手技を日本で習得していたので、がん免疫は初めてでしたが「試しにやってみましょう」ということになりました。 

具体的にはiRGDを担癌マウスに投与して、一定期間後に膵癌を取り出し、フローサイトメトリーで免疫細胞の機能解析を行いました。研究の結果、iRGDの単独投与によって、制御性T細胞(Treg)の数が減り、細胞傷害性T細胞(CD8+T細胞)が増えるなど、がん治療の効果上昇につながる免疫の変化が起こることが確認できました。この研究内容は現在、論文投稿中です。 

――フローサイトメトリーの実験手技を持つ鈴木先生が留学されたからこそ、研究成果が得られたということですね。菅原先生は何と言われていましたか。 

鈴木 結果が出始めたことに喜んでおられました。iRGDの研究テーマとして、「薬物送達」に加えて、「がん免疫への影響」というもう一つの柱ができたからです。重要な成果が得られており、区切りがつくまで研究を続けるために、当初2年の予定だった滞在期間を延長して2022年3月まで滞在させて頂けることとなりました。延長についてはコロナウイルス蔓延によりニューヨークがロックダウンしており、研究が遅延していたことも影響していたと思います。

――留学の成果を日本ではどのように生かしていきますか。 

鈴木 DDSに関する手技や臨床治験に関するプロセス、ペプチドによるがん免疫研究を進めるうえで必要となった様々な研究手法を知ることができたので、それらを活用して、新たな研究テーマを展開していくことを検討しています。また、留学前にやっていたCARペプチドの研究の進展にもつなげていきたいと考えています。 

――米国のラボの運営について、何か気づきはありましたか。 

鈴木 研究資金の獲得のためにPIが日々尽力されている様子を間近で見ることができました。私も日本では研究費の獲得のために毎年たくさん書類を書いていましたが、菅原先生はより膨大な量のグラント申請書類を作成したのが印象に残っています。米国の場合は完全な成果主義で、実現可能性がよりしっかり評価されているのかなと感じました。グラントの審査は米国の方が厳しい印象ですが、額は日本よりはるかに大きく全米から応募が集まります。 

大人たちが本気で子どもを楽しませようとするハロウィンに感動

 ――研究以外での米国の思い出を教えてください。 

鈴木 新型コロナ流行前となりますが、ハロウィンに感動したのを覚えています。子どもたちが思い思いの仮装をして、小さなバケツを手に近所の家を一軒ずつ回り、地域の大人たちは手の込んだゴーストなどのモニュメントを自宅の玄関前や庭先に飾るとともに、お菓子をたくさん用意して子どもたちが訪ねてくるのを待っています。子どもたちは、各家の大人のところに行って、「Trick or Treat!(お菓子をくれないといたずらするぞ!)」と言い、お菓子を自分のバケツに入れてもらいます。 

我が家の子どもたちは、バットマンの仮装をしてハロウィンに参加しました。最初は恥ずかしがってなかなかコスチュームを着てくれませんでしたが、いったん着たら気に入ったようです。私と妻も付き添いで、子どもたちと一緒に近所の各家を回りました。大人たちがみな本気で子どもたちを楽しませようとしている姿が感動的でした。「米国人はすごく優しい人たちだね」と妻が言っていましたが、私も本当にそう思いました。 

ただ、新型コロナ流行は、ハロウィンにも影響を及ぼしました。2020年のハロウィンでは感染リスクを避けるため、手作りのお菓子は渡さなくなりました。

新型コロナでロックダウン中は子どもたちと近所の公園巡り

 ――鈴木先生は新型コロナウイルス感染症の流行期も、米国滞在中だったのですね。 

鈴木 ニューヨークのロックダウンを経験しました。医療機関の病床がすべていっぱいになり、人工呼吸器もあと数日で枯渇するといったニュースがテレビで流れていました。セントラルパークに張られたテントが臨時の医療施設になっていました。 

私はロックダウン期間中も、実験動物の世話をするためにラボに行かなければなりませんでした。医療体制が崩壊していたので、「こんなときに新型コロナに感染したら危ないな。家族がかかったら大変だな。」と思いながら、ニュージャージーの自宅からジョージ・ワシントン・ブリッジを渡ってマンハッタンに入っていたのを覚えています。 

新型コロナの流行前は、通勤ラッシュを避けるため自宅からラボまでバスや他人の乗用車の相乗り、あるいは徒歩などで通勤していたのですが、ロックダウン中は人との接触をできるだけ避けようと自家用車でニューヨークまで通勤していました。ロックダウンが明けてからは、より小回りの利く電動キックボードで通勤するようになりました。電動キックボードはとても便利な乗り物で、米国では日本ほど規制が厳しくありません。州ごとに違いはありますが、ニュージャージー州とニューヨーク州では自動車やバイクの免許を持っていなくても乗ることができました。

ジョージ・ワシントン・ブリッジの上からマンハッタン側を見下ろす風景、通勤に使っていたキックスクーターと一緒に記念撮影。(鈴木氏提供)


 ――ロックダウン中は、家族とどのように過ごしましたか。 

鈴木 子ども達のストレスがたまらないよう、近所の公園に一緒に行きました。巨大な遊具がある公園、一面芝生の公園、噴水がある公園、無料のプールがある公園など、いろいろな公園があったので日替わりであちこち行きました。近場の動物園にも行きました。子どもたちは遠出できなくても、一緒に遊べて大喜びでしたね。 

――ロックダウン後は遠出もできましたか。 

米国では2021年の夏頃には、ほぼ新型コロナ前の状態に戻ってきていました。しかし私たちは念のため、飛行機を使うような遠出の旅行はしませんでした。休日には、大谷翔平選手が出場するメジャーリーグの野球の試合を観に行ったり、自由の女神像を観に行ったり、隣の州のフィラデルフィアに行ったり、近隣のスキー場にスキーをしに行ったりと、近場への家族旅行を楽しみました。あまり知られていませんがニューヨーク州には、自動車で1~2時間の距離にスキーができる山がいくつかあります。子どもたちは現地でレッスンを受けて、少し滑れるようになりました。 

――最後に、留学を考えている医師に向けてアドバイスをお願いします。 

鈴木 私はボスや同僚に恵まれ、妻や子どもも米国の環境に馴染じみ滞在を楽しんでくれたので、良い海外留学経験ができました。新型コロナによるロックダウン期間はかなり辛かったのですが、平時でないアメリカが見られて、貴重な体験でした。 

留学の成否は縁や運にも影響されるので、みなさんに一概に「絶対行った方がいい!」とは言えません。ですが、海外留学してみたい気持ちが強く、ご家族も納得されているのであれば、行くことで代えがたい経験ができることは間違いないので行くとよいと思います。それが私の本音のアドバイスです。 

私たち家族の場合、新型コロナのロックダウンで辛い時にすごく助けられたのは、現地の日本人コミュニティでした。菅原先生と奥様も日本人で、他にも仕事場のニューヨーク州や住んでいたニュージャージー州には日本人がたくさんいて、コミュニティを作っており、そこから貴重な情報をたくさんもらいました。米国には、日本人がたくさんいる街も、ほとんどいない街もあります。留学を検討中で、特に家族が現地でうまく生活していけるか不安な方は、事前に現地の日本人コミュニティについても調べておくとよいと思います。



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