アスペルギローマ要因解明のため米国で研究に没頭

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科臨床感染症学分野講師の田代将人氏は、2023年4月から米国のハーバー-UCLAメディカルセンターに基礎研究留学した。留学先のラボが持つアスペルギルスの転写因子ノックアウト株のライブラリーを使って、アスペルギローマができる要因を探るのが目的だった。留学期間は1年間と決めていたため、その間は修行僧のように研究に取り組んだという。「今までの人生で一番実験に没頭できた時期だった」と田代氏は振り返る。若い医師に向けては、「海外留学を実現し、医師になりたての頃のような、毎日新しいことを知るワクワク感を味わってほしい」と話す。

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
臨床感染症学分野 講師
長崎大学病院 感染制御教育センター
副センター長
田代 将人 氏

2004年大分大学医学部医学科卒業、長崎医療センター研修医。2006年長崎大学病院第二内科(呼吸器内科/感染症内科/腎臓内科/循環器内科)修練医。2007年日本赤十字社長崎原爆諫早病院呼吸器内科。2008年長崎大学大学院医歯薬学総合研究科新興感染症病態制御学系専攻博士課程、東邦大学医学部微生物・感染症学講座特別研究学生。2012年長崎大学病院第二内科(呼吸器内科/感染症内科)。2012年富山大学大学院医学薬学研究部感染予防医学講座/感染症科助教。2013年長崎県島原病院呼吸器内科。2014年長崎大学大学院医歯薬学総合研究科臨床感染症学分野助教。2014年長崎大学病院感染制御教育センター助教。2017年長崎大学病院感染制御教育センター副センター長~現在に至る。2018年6〜8月Harbor-UCLA Medical Center, Division of Infectious Diseases。2021年長崎大学大学院医歯薬学総合研究科臨床感染症学分野講師~現在に至る。2023年4月〜2024年3月Lundquist Institute for Biomedical Innovation at Harbor-UCLA Medical Center, Institute for Infection and Immunity。

──留学先と期間から教えてください。 

田代 2023年4月から2024年3月までの1年間、米国UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)の関連病院、ハーバー-UCLAメディカルセンターの併設ラボに基礎研究留学していました。ラボのPI(principal investigator)はスコット・フィラー先生(Dr. Scott Filler, Professor ,UCLA · Department of Medicine, Harbor-UCLA Medical Center)です。渡米した時の私の年齢は43歳で、米国で44歳の誕生日を迎えました。 

──どういった経緯でフィラー先生のラボに留学することになったのですか。 

田代 実は2018年に、フィラー先生のラボに3カ月ほどの短期留学をしていました。改めて長期で留学するつもりだったのですが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックとなり、2022年までは留学の「り」の字も考えられない状況になってしまいました。混乱がようやく落ち着いてきて、医局教授である泉川公一先生からも留学の機会をいただけたため、1年の予定で留学に踏み切ったという経緯です。 

──2018年当時に取り組んでいた研究と、短期留学の目的を教えてください。 

田代 私の主な研究テーマは病原真菌であるアスペルギルスです。中でも肺の慢性アスペルギルス症や副鼻腔アスペルギルス症に発生するアスペルギローマに焦点を当てて研究してきました。アスペルギローマというのは、肺の既存空洞や副鼻腔などの空洞にアスペルギルスが球状の塊を作る病態のことです。 

短期留学当時、私はアスペルギローマのモデルマウスの作成に着手していました。アスペルギローマは臓器を問わず空洞に発生するため、このモデルでは、マウスの背中の皮下に空気を入れて皮下気腫を作り、その空洞に外部で培養したアスペルギルスの菌球を留置しました。なぜこのようなモデルを作ったかというと、マウスのような小さな実験動物の肺では、ヒトのアスペルギローマがうまく再現できなかったからです。また、菌を植え付けてマウスの体内で一からアスペルギローマを作るには、時間がかかり過ぎるという課題もありました。 

この動物モデルを使った実験でまず分かったのは、生きたアスペルギルスの菌球をマウスに留置すると、免疫が正常なマウスであっても組織侵襲が起こるということでした。先にマウスにアスペルギルスに対する免疫を獲得させておいても同じでした。しかしヒトのアスペルギローマは、多くの症例で組織に侵襲していません。この違いは何なのかが大きな疑問でした。そこで、アスペルギルスと宿主における長期の相互作用を理解するために、2018年にフィラー先生のラボに留学したのです。 

フィラー先生を紹介してくださったのは、NIH(米国立衛生研究所)のクオン・チュン先生です(K. J. Kwon-Chung, Ph.D, Chief, Molecular Microbiology Section, LCIM)。クオン・チュン先生は、泉川先生がNIHに留学していたときのラボのボスです。泉川先生がクオン・チュン先生に相談してくださり、クオン・チュン先生がフィラー先生を紹介してくださいました。クオン・チュン先生とフィラー先生は同じ分野の研究者でよく知っている間柄とのことで、「アスペルギルスの研究を発展させるならフィラー先生のラボがいいでしょう」とのことでした。 

短期留学中に研究の方向性を決める大事な発見が 

──短期留学の成果はどうだったのですか。 

田代 フィラー先生のラボでは、アスペルギルスの菌糸とマクロファージの相互作用を観察しました。しかし、アスペルギルスの成長が早く、マクロファージは死滅してしまいました。そこで、アスペルギルスの死んだ菌糸を使えば、マクロファージとの相互作用を観察できるというアイデアが浮かんだのです。フィラー先生に話すと、それは面白いと言われ、別の実験を開始することになりました。 

死んだアスペルギルス菌糸とマクロファージをin vitroで共存させてみたのです。そこですごく大事な発見をしました。マクロファージがアスペルギルスの死菌を処理する過程で3〜4割ダメージを受けることが分かったのです。死んだ菌を貪食して処理するだけなのに、マクロファージが死んでしまうのです。その現象を発見したとき、私の頭の中に「アスペルギローマが1カ月以上も長期に残存するのは、マクロファージが死菌を処理する際にダメージを受けているからではないか」という仮説が浮かびました。 

帰国後の研究で、さらに新たなことが分かってきました。滅菌したアスペルギルスの菌球をマウスのモデルに留置してみたところ、もちろん侵襲は起こりませんでしたが、ヒトのアスペルギローマが1カ月以上続くのと同じように、死んだ菌球も1カ月以上、マウスの空洞に残り続けたのです。 

アスペルギローマには抗真菌薬治療の効果が乏しいことがあり、第一選択は手術でアスペルギローマを取り出すことだとされています。取り出した菌球は、培養陽性率が低いことも知られていました。そういった知見を総合して、「アスペルギローマの大半は死菌ではないか」という考えは以前からあったのですが、確認されてはいませんでした。私は自身で得た実験結果から、「アスペルギローマの大半は死菌」との考えを強く持つようになりました。 

さらに研究を続けて、死んだ菌を留置してモデルマウスを作成すると、ヒトのアスペルギローマにそっくりな病理像が再現されることも分かりました。アスペルギローマの患者さんで特に問題になるのは喀血です。喀血は、アスペルギローマの周りに血管新生が起こり、その血管が非常にもろいため、何かの拍子で破れて出血してしまうのです。時にはそれが致死的になります。 

マウスのモデルでも、前述のように死菌の菌球は排除できないまま1カ月以上残りますが、その間に菌球と組織の間で慢性的な炎症が起き、血管新生に関わるサイトカインVEGF(血管内皮細胞増殖因子)が上昇し、ヒトと同じようにアスペルギローマ周囲の組織に血管新生が起こることが分かったのです。つまり、マクロファージがアスペルギルスの死菌を排除する際にマクロファージに細胞死が起き、そのため死菌の排除が遅延し1カ月以上に渡って残る、そこに血管新生が起こり、喀血を起こしやすくなる──という仮説のストーリーがつながったのです。

ラボでスコット・フィラー先生の誕生日をお祝い。後列中央がフィラー先生。(田代氏提供)

転写因子探索のため1年かけて366株のスクリーニングを繰り返す

 ──その仮説を確かめるために、再度、フィラー先生のラボに留学したわけですね。 

田代 ええ。コロナ禍によりずいぶん時間が空いてしまいましたが、2023年からの留学では、死んだ菌を貪食したマクロファージがなぜダメージを受けるのか、細胞死が起きるメカニズムを解明することが目的でした。タンパク質なのか、糖なのか、脂質なのか、あるいは2次代謝産物なのかも分かりませんが、菌体内に蓄積し、貪食したマクロファージを死に至らしめている原因物質を探り当てたかったのです。 

原因物質が何かを知るためには、その物質の産生に関わる、アスペルギルスの遺伝子を見つけ出せばよいといえます。まず、遺伝子発現を支配している転写因子を特定し、その後、その転写因子の支配下にある数百の遺伝子の中から、どれが原因物質に関わる遺伝子なのかを突き止めるという戦略を立てました。1つの遺伝子の発現は、複数の転写因子で支配されていることもあります。関連する転写因子が複数見つかれば目的の遺伝子が絞り込みやすくなるので、網羅的にスクリーニングすることが大切です。 

フィラー先生のラボは、転写因子をノックアウトしたアスペルギルスのライブラリーを300株以上持っていました。そのライブラリーを使ってスクリーニングすれば、転写因子の支配下にある何万もの遺伝子の影響を確認することができます。2023年からの留学の最大の目的はこの点にありました。 

──研究の成果はどうでしたか。 

田代 約1年かけて、366株のスクリーニングを2回実施しました。1回のスクリーニングにだいたい半年かかり、それに少し条件を変えて2回繰り返しました。しかしその結果、マクロファージにダメージを与える特定の物質につながる転写因子は見つからなかったのです。どの転写因子をノックアウトしても、マクロファージのダメージは起こるという結果になりました。 

この実験結果について現在考えているのは、アスペルギルスの死菌を処理することでマクロファージがダメージを受ける現象は、当初思っていたよりも普遍的なものなのではないかということです。ですから今、研究の戦略を見直しています。今回、論文になるような成果は得られなかったわけですが、長い目で見ると、すごく大事な結果が得られたのだと理解しています。 

私のこの研究のゴールは、アスペルギローマの治療薬の開発です。アスペルギルスの菌体を処理する際にマクロファージが死ななくなれば、臨床的に問題となる遷延が改善し、喀血のリスクも減ると考えられます。そういった作用を持つ治療薬の開発につなげることを目指しています。 

しかしアスペルギルスの死菌を処理することでマクロファージがダメージを受ける現象が普遍的なものだとすると、アスペルギルス菌体内の原因物質は結局見つからない可能性もあるし、見つかったとしても、それをターゲットにして新薬開発をした場合、ヒトへの副作用が大きい可能性が高いと考えられます。 

ですから、引き続きマクロファージがなぜ死滅するのかについては探求していきますが、新薬開発のターゲットとしては、今後はアスペルギルス側ではなく、マクロファージ側により着目していく必要があるのではないかと考えています。この研究結果が得られなかったら、ずっとアスペルギルス側に着目していたはずなので、留学の意義は大きかったと思います。

                   留学学先ラボでの実験の様子。(田代氏提供)

留学先では組織マネジメントの大切さも学んだ

──留学期間の延長は考えませんでしたか。 

田代 フィラー先生からは「もっと長くいられないのか?」と、常に言われていました。しかし私の場合、他の人の留学と大きく違い「長期出張」という形で留学していました。つまり留学中も、私のポストは帰国するまで空いたまま、人員はマイナス1で補充なしだったのです。医局の他の先生方に負担をかけており、留学期間は1年間と決めていました。 

──留学経験を日本でどう生かしていきますか。 

田代 やはり人脈を、まずは生かしていきたいですね。後輩の医師に希望者がいれば、フィラー先生のラボへの留学をサポートしたいと思います。研究に関して言えば、今回の留学で得た知見を生かして、さらに発展させていきます。留学先ラボでの経験や習得したスキルは、若い医師にしっかり伝えていくつもりです。 

フィラー先生とは、本当に良い関係を築くことができました。帰国後も連絡を取り合っており、共同研究もスタートしています。日本で競争的資金を獲得するに当たって、米国の著名なラボとのコラボレーションはインパクトが大きく、研究資金の獲得でも留学経験はすごく役立っています。 

──フィラー先生はどんな方でしたか。 

田代 ひと言でいうと、人格者だなと感じました。ラボ内での心理的安全性の確保や活性化、問題が起こったときの解決など、フィラー先生には学ぶところが多かったです。ラボの研究者は多国籍で、メキシコ、ベトナム、中国など出身国は様々でしたが、2018年のメンバーが、5年後の2023年もほとんど変わっていませんでした。これは米国のラボでは、とても珍しいことです。 

私自身、ラボに所属して感じたのですが、それだけ組織のマネジメントがしっかりしていて個々の研究者が能力を発揮しやすく、「ここで仕事を続けたい」と思える環境が整っていたと思います。当医局のボスの泉川先生とも通じるところがありますが、組織のマネジメントに長けているだけでなく、優しいボスでした。

                            ハロウィンでフィラー先生と。(田代氏提供)

修行僧のように研究に没頭した1年間 

──ロサンゼルスでは休日はどのように過ごしましたか。オフの楽しみなどはありましたか。 

田代 これが、お話できるようなことがあまりなくて……。修行僧のように仕事に没頭していたのです。土日もほとんどラボに行って実験をしていました。夜は、日本からの電子メールにも対応していました。人生で一番実験に没頭した時期だったかもしれません。2018年の短期留学では、家族5人で一緒に渡米したので、オフはいろいろなところに行って遊び尽くしました。ユニバーサルスタジオ・ハリウッド、ディズニーランド・パーク、グランド・キャニオンなど主な観光地にはだいたい行きました。そのせいか、今回は単身赴任だったこともあり、あまり遊びに行こうという気が起きなかったのです。 

ただ、後半の半年間は、カリフォルニア州が移民向けに、夜間に実施している無料英語スクールに通いました。それがある種の息抜きになっていました。同じように英語を習いに来ているメキシコ人の青年と仲良くなって、よく雑談をしました。よく笑うんだけど、笑いのツボがちょっと人と違っていて不思議な人でした。工事現場で仕事をしていると言っていましたが、日本のマンガやアニメを良く知っていて、漫画家の鳥山明さんのことなども話題にしていました。 

その彼が、私が帰国する時に「特別なお祈りをしたお札だから」と、メキシコのお守りをくれたのです。今も身に着けています。帰国後、そんなに悪いことは起きていないので、ご利益はあるのだと思っています(笑)。 

──食事はどうでしたか。 

田代 外食はほとんどしていません。物価が高いし、コメを食べないと力が出ないので、日本では全然やっていなかったのですが、ほぼ完全に自炊しました。前半の半年は、いろいろなものを作って食べました。好きなものを好きなだけ作って食べられるのが自炊の醍醐味ですから、好物の唐揚げとかチキン南蛮なども作りました。それでレパートリーが増えて、味にもこだわって、自炊のスキルは上がったのですが、だんだん面倒くさくなってしまったのです。 

後半の半年はカレーばかりでしたね。週末に肉の塊と野菜を大量に買ってきて、大きな鍋でカレーを作り置きします。1週間かけてそれを食べ切って、また次の週末にカレーを作る繰り返しでした。半年間ずっとそんな生活だったのですが、食べ飽きなかったし、健康も維持できていましたよ。カレーってすごい料理だなと思いました(笑)。

                 休日には気分転換を兼ねてドライブを楽しむことも。(田代氏提供)

留学で医師になりたての頃のようなワクワク感を味わってほしい

──最後に留学を考えている医師にアドバイスをお願いします。 

田代 24歳で医師になって75歳まで仕事を続けるとすれば、医師の職業人生は約50年間です。その間、成長の速度は常に同じではありません。医師になって最初の数年は、指数関数的にすごく成長します。1年目と2年目の医師を比べると全然違います。その後も頑張れば頑張るほど伸びますが、できることが多くなっていくに従い、成長の幅はだんだん小さくなっていきます。医師になりたての頃のようなワクワク感をまた感じたいなと思う医師に、私は研究に取り組むことを勧めています。そしてその延長線上に海外留学があると思っています。 

留学先は米国でも欧州でもどこでもいいのですが、研究者にとって最先端のラボで仕事をする経験は、ものすごく重要です。日本が最先端を走っている分野も多くありますが、まだまだ米国や欧州が世界の最先端であることが多いです。特に感染症に関しては、流行や患者数の地域差が大きく、日本ではあまり研究が盛んではないけれど他の国ではすごく進んでいるという分野もあります。 

留学期間については、あまりこだわるべきではないと思います。前提として、組織に所属している立場では、自分の意思でいつでも留学に行けるわけではないからです。もし留学のチャンスが来たら、期間が数カ月でも1年でも、行った方がよいと思います。次にまたチャンスが来るとは限りませんから。期間が短くて、研究成果を論文にまとめられる望みが薄くても、自分自身の成長であったり、人脈を作ることであったり、帰ってきてからコラボレーションを続けていくことであったりと、何らかの成果は必ず得られます。 

日本でずっと暮らしていたら一生経験せずに終わることがたくさんあります。海外で生き延びた経験は自分を強くします。現在は円安で海外留学がとんでもなく難しく感じられますが、そんな中でも私は、海外留学に行くメリットは大いにあると思います。ぜひ多くの若い医師が海外留学を実現して、医師になりたての頃のような、毎日新しいことを知るワクワク感を味わってほしいと思います。

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