東京大学医学部附属病院整形外科・脊椎外科、輸血部特任臨床医の永田向生氏は、米国ノートン・レザーマン・スパイン・センターに2年間留学し、臨床研究と臨床の双方を経験した。「一番良かったのは、米国の病院で外来を経験できたことで、治療方針を決定する過程で、患者をどう満足させるか、幸せにするかという視点を持てたことだった」と振り返る。手術については、日本では少ない脊椎前方固定術を多く経験できたのが収穫で、手術計画の立て方など、指導医として若手医師の指導に生かせる学びも多かったとのことだ。臨床留学を実現するためには、臨床留学した経験を持つ医師に、施設に紹介してもらえるよう依頼するのも一手だとアドバイスする。
東京大学医学部附属病院 整形外科・脊椎外科 永田 向生氏
永田 向生(ながた・こうせい)氏
2010年東京大学医学部医学科卒、横浜労災病院・東京大学医学部附属病院で初期研修。横浜労災病院、都立墨東病院、日立総合病院で研鑽を積む。2017年~2021年東京大学医学系大学院外科学専攻。2021年東京大学整形外科・脊椎外科 。2022年9月~2024年8月Norton Leatherman Spine Center, Orthopedic Spine留学。2024年10月より現職。
――留学先、期間から教えてください。
永田 2022年9月から2年間、米国ケンタッキー州ルイビル市のノートン・レザーマン・スパイン・センター(Norton Leatherman Spine Center)に留学していました。1年目は臨床研究を、2年目はフェローとして臨床業務を経験しました。レザーマンセンターは脊椎に特化した医療センターとして、全米で2番目に歴史の長い施設です。脊椎外科フェローのトレーニングでも全米屈指の施設として知られています。
――臨床研究と臨床の両方を経験されたのですね。
永田 同センターが設けている「インターナショナル・メディカル・グラデュエート(IMG)フェローシップ」が、もともと1年は臨床研究、1年は臨床業務の留学プログラムだったのです。留学で研究と臨床を両方経験したいと思っていたので、私の希望にちょうど合っていました。
――両方経験してみたかったのは、どうしてですか。
永田 私は将来のビジョンとして、基礎研究に没頭した大学院卒業後は、しっかりと臨床をやっていこうと思っていました。集中した手術トレーニングを積む、英語での発信力を身につける、臨床研究を発信するにも海外の医師の視点を持つ──こうした複数の目標を同時に叶えてくれそうなのが米国の臨床フェローシップでした。研修医を終えるまでに、日本でECFMG certification(Educational Commission for Foreign Medical Graduateからの米国で外国人が臨床行為を行うのに必要な資格)を取得していたので「これ、一生使わないのはもったいないなぁ」との思いもありました。
ただし、臨床留学していい経験ができた!楽しかった!だけではダメなんじゃないかとも思っていました。当医局教授の田中栄先生は「日常の臨床で疑問に思ったことをメモしておき、症例を集めて解析したりして論文に残すことがとても大事だ」とよく言われています。私も常々そう思っていたので、留学では研究にも取り組み、成果を論文にまとめて残したいと思ったのです。
ノートン・レザーマン・スパイン・センターのボスと、メディカルフェロー同期生として一緒に学んだ「よき戦友たち」。左から3番目がスティーブン・D・グラスマン先生、一番右はジョン・ダイマー先生。(永田氏提供)
一番良かったのは米国の病院で外来を経験できたこと
――留学で経験できて良かったのはどんなことですか。
永田 まずはもちろん圧倒的な量の手術をこなせたことです。ただ一番、自分で帰国してから変わったかな、と思うのは、実は米国の病院での外来の経験かなと思います。臨床業務の1年間は、週5日のうち1日は外来の担当でした。米国は自由診療の国で、医療費は自費か、それぞれが入っている医療保険でカバーします。そしてシステムが日米で大きく異なり、診察を担当する医師によって外来の診療料が何百ドルと違います。ですから患者さんは、誰の診察を受けるか自分で真剣に選んで来ますし、どういった治療を受けるかについてもすごく真剣です。
自分の仕事は主に初診の患者さんの所見を取って、事前に撮影してあるレントゲンやMRIの画像を説明することでした。そして上司の前でショートプレゼンをして、自分なりの手術計画を提案して、上司が修正点を指摘します。そして再度、上司と患者さんのところに行き、患者さんの希望を勘案した上で、どんな治療が提供できるか、それぞれの治療のメリット・デメリット、コストはどうかなどを、患者さんにプレゼンテーションします。つまり基本的には1回の外来で、治療方針の決定まで終わらせます。米国では、患者さんが脊椎センターの診察を受けに来るときには手術をする前提で来ていて、初回で治療方針が決まるのを望んでいる場合が多いからです。自宅から病院までが遠く、何度も気安く来てもらえないという事情もあります。ですから患者さんが診察時間内に意思表示できるよう、短い時間で理路整然と治療法のプレゼンテーションをしなければなりませんでしたし、それができるようになりました。
分業制が進み過ぎた米国では、患者さんが「ついでに膝も痛い」と言っても、外来の医師は「OK, What can I do for you?(あなたのために何ができますか)」といった言葉を使います。言外にここは脊椎センターで、その患者―医師契約以外のことはしないので、別の部署を紹介します、という意味合いでしょう。良くも悪くも、医師も患者さんもドライな関係ですが、訴訟大国でもあるので、米国の医師の専門分野へのプロ意識は尊敬すべきところが多々ありました。そして患者さんも自己決定で手術を選択しているので、10年前に手術をした医師の名前も皆しっかり覚えています。
――米国での外来の経験は、日本でどのように役立っていますか。
永田 一番大きいのは、患者さんの満足度を意識するようになったことです。米国の医療は基本的に全て自由診療なので、患者さんの満足度を重視しています。医師を評価するサイトも複数あり、身だしなみから言葉遣いまで気を遣いました。米国の社会・医療システムにはいろいろ問題があり、全部を日本に導入すればいいとは思いません。総合的には日本の医療の方がいいと私は思っています。しかし外来の治療方針の決定過程で、患者さんをどう満足させるか、幸せにするかという視点は大事だと思いました。整形外科疾患では、手術後のリハビリテーションのモチベーションをどうやって上げるかが課題になることもあります。患者さんに「自分が選んだ治療だから」との意識を持ってもらうことは、リハビリがつらくても頑張ろうといった気持ちを持ってもらうことにもつながります。
前方固定手術も多数経験、手術計画の立て方にも学びがあった
――手術に関してはどうでしたか。
永田 週5日のうち4日は手術でした。患者さんは当日朝に病院にやって来ますので、朝6時半に「初めまして」という状態から手術の最終確認を行い、朝7時から入室します。我々フェローは1日当たり2~3件の手術を行い、午後5時くらいまでには全ての手術が終わるといったスケジュールでした。日本ではなかなか経験できないロボット手術や小児側弯例、成人脊柱変形症例を多く経験することができました。
私が専門とする脊椎の手術には大きく「3つの軸」があります。1つ目はボルトを入れて固定するかどうか。2つ目はどこからどこまでを手術するのか、頸椎から胸椎までなのか腰椎までなのか。3つ目は病巣に前からアクセスするか後ろからアクセスするかです。
3つ目の前後どちらからアクセスするかについては、日本と米国で大きな違いがあります。例えば第5腰椎(L5)や第1仙骨(S1)の固定は、日本では後方から手術をすることが多いのですが、レザーマンセンターでは前方手術が多かったです。前方からの手術で、腰椎に到達するまでの術野の展開は、一般外科と移植外科のトレーニングを受けた「アクセス・サージャン」が担当します。前からの手術は腹直筋を切って腸を避けて脊椎に達するので、侵襲が大きく見えるのですが、うまい人がやると安全でものすごく早いです。レザーマンセンターのアクセス・サージャンは凄腕で、ものの数分で椎間板に到達して、整形外科医にバトンタッチしてくれていました。『本当の意味の低侵襲って何だろう』と考えさせられました。また頚椎では日本は80%以上が後方、米国では80%以上が前方から手術を行います。日本では、前方からの手術をあまり経験する機会がなかったので、レザーマンセンターで多くの症例を経験できてよかったです。
手術の計画の立て方、ディシジョン・メーキングにも学ぶべき点が多数ありました。もし手術中にこの症状が出てきたらどうするか、骨がもろかったらどこを補強するか、といったことをあらかじめ全部決めて手術に臨んでいました。全ての手技にちゃんと理由付けがされていて、アテンディングの医師(指導医)が手術中、フェローにそれをしっかり説明してくれていました。フェローも後半になるとレジデントと手術をすることも多く、逆に「教える」ことも経験します。英語で説明しながら自分の手術を進めていくのはいいトレーニングになりました。日本に帰って来た後、指導医として若手医師を指導する際に、その経験がとても役立っています。
――前方固定術を学びたかったのはどうしてですか。
永田 そもそも日本で、頚椎後方手術の開発をリードしてきたのは東大整形外科です。そういった歴史があるので、私を含め当医局の整形外科医は頚椎後方手術にプライドを持ち、手技を極めてきました。しかしその一方で、頚椎や腰椎の前方固定術のメリット・デメリットも学んでみたいとの思いがありました。
日本では、アクセス・サージャンと整形外科医がチームを組んで腰椎前方固定手術をする仕組みがまだできていません。ですから腰椎前方手術をマスターして帰国しても、すぐに日本に導入できるわけではありません。しかし経験を通じて、前方手術・後方手術のメリット、デメリットをしっかり理解できたのはとてもよかったです。
ちなみに東大整形外科が頚椎後方手術(椎弓形成術)の開発を担ってきたことは、レザーマンセンターの医師たちの間でも認識されていました。手術プランを検討するカンファレンスでは、ボスのスティーブン・D・グラスマン先生(Steven D. Glassman, MD, staff physician at Norton Leatherman Spine Center, Professor of Orthopaedic Surgery, University of Louisville)に、「お前の意見はどうだ? この症例も椎弓形成術がいいって言うんだろう?」といった具合に、よくいじられました(笑)。でも実際には、彼らは東大が出した頚椎後方手術の論文をしっかり読んで勉強していて、リスペクトしてくれていました。グラスマン先生が外来中にわざわざ私を呼んで、「これは前方手術では危険だと思うか?」と聞かれて、自分が提案した後方手術のプランが採用されたこともありました。そのときは「あ、自分の意見通っちゃったよ」って思ったりして。臨床留学期間で、いちばんうれしかった出来事の1つですね。
スティーブン・D・グラスマン先生(左)と外来でツーショットの記念撮影。(永田氏提供)
臨床留学実現へ、経験ある日本人医師への紹介依頼は有効な一手
――日本からの臨床留学はとても難しいと聞いています。臨床留学を実現した流れについてもう少し教えていただけますか。
永田 難しいというより、情報が少ないのと、必要書類が多く大変なんだと思います。ただ整形外科のフェローシップは特に人気で、競争率が高いです。日本からだと専門医資格を取り、EGFMG certificationを取得していることが前提で、論文を複数そろえて、CV(履歴書)を整えて応募します。それでもコネクションがないと、なかなか採用されないと言われています。
私の場合は、米国への臨床留学経験がある医師に学会でお会いするなどして、情報収集をしました。10人くらいの医師にアポイントを取って話を聞く機会を得ました。最終的には、私のかつての指導医の弟さんがレザーマンセンターに臨床留学されていたことから、その方のご紹介でCVを送ることができたという流れです。
――臨床留学の経験がある日本人医師に紹介を依頼してみることは、有効な手段だということでしょうか。
永田 そう思います。臨床留学した医師が現地でしっかりと実績を残し人脈も築いていたならば、その医師が紹介する人は採用を検討してもらいやすくなります。中国や韓国から臨床留学する医師が多いのは、恐らくそういったつながりがしっかりできているからではないかと思います。ですから私も帰国後、後輩に臨床留学したいという医師がいれば、できる限りレザーマンセンターにつなぐようにしています。
ケンタッキー・ダービーで3着の馬を当て大きな浮き輪をゲット
――ルイビルの街はどうでしたか、楽しみはありましたか。
永田 ルイビルでは、春になると大きなスポーツイベントが開催されます。私の滞在中にも、全米プロゴルフ選手権、ケンタッキーダービーなどが開催されました。ゴルフはたまにプレーする程度ですが、上司が全米プロゴルフ選手権が開催されるゴルフ場のクラブ会員だったので、一緒に見に行くなどしました。
毎年5月の第1土曜日にチャーチルダウンズ競馬場で開催されるケンタッキー・ダービーは、ルイビル市の最大のイベント、いや全米が盛り上がるイベントです。これに毎年フェローが招待されると聞いていたので、その観戦もすごく楽しみでした。記念だと思って少額を賭けましたが、やはり外れました(笑)。でも日本から遠征した馬もいて、しっかり応援できました。競馬場では外れたのですが、住んでいたアパートの企画で順位予想のイベントがあり、実はそちらは当たったのです。景品はプールで遊ぶ大きな浮き輪でした。ちょうどプール開きの時期だったので、子どもたちが喜んでくれました。ルイビルは大きな街ではないので大スポーツの本拠地がなくイベントは限られましたが、留学中には2度大谷選手の試合を見に行けました。子どもたちにもいい思い出になったようです。
アナハイムの球場で家族と一緒にエンゼルス(当時)大谷選手の応援も。(永田氏提供)
臨床留学したいなら実現に向けてトライし続けて
――改めて、留学を目指す若い医師にアドバイスをお願いします。
永田 2つの理由で、留学に行くチャンスがあるなら行った方がいいと私は思います。1つは、手術で特定の手技を学んだり、著名な医師と仲良くなるチャンスがあるということです。1年、2年といった長期でなくても、数カ月のプログラムでもよいと思います。日本に戻っても「臨床の引き出しが増える」ことにつながると思います。
2つ目の理由は、海外の臨床現場を実際に経験しておくと、論文を書く場合に役立つことがあるということです。論文をレビューするのは欧米の医師であることが多いですが、「こういった観点でメリットがあった」と論文で主張しても全然“刺さらない”ことがあります。例えば、新しく開発した手術で入院期間が10日から7日になったと主張しても、米国の施設では既に日帰り手術が一般的になっていたりします。ですから海外の臨床現場を自分で経験しておくことは大切だと思います。
次に、臨床留学を実現するためのアドバイスです。まずお金についてですが、留学したいなら、やはり貯金はしておいた方がいいです。給料は出ますがセットアップでいろいろお金がかかるので、最初は持ち出しになります。米国ではフェローの給料は地域や施設によって多少異なりますが、全米でほぼ年間7万ドルと決まっています。社会保険料などで結構引かれ、手取りは月4000ドル強でした。幸いルイビルは小さな都市なので、物価はそれほど高くなく、東京より少し安いくらいでした。でも、安全な地域の家族用アパートの家賃はやはり高額でした。
それから論文です。IMGフェローとしての臨床留学にはコネクションの有無が大きいという話をしましたが、最終選考でどの人を採用するかというときに、原著論文がどれだけあるかが力になります。書くのは大変だけど、論文があると留学が近づくと思います。
最後にコネクションですが、結局、臨床留学が実現するかどうかは紹介してくれる人がいるかどうかです。ですから留学経験がある医師に話を聞きに行く、学会参加のために来日した医師にアポイントをとってつながりを作る、といった積極的な姿勢が大切です。どんなつながりが実を結ぶか分からないので、直接は留学につながらなくても、アポイントに応じてくれた人には礼を尽くす姿勢も大事だと思います。臨床留学を実現するのは確かに難しいと思います。しかし1回のトライで1%しか成功しない試みも、500回繰り返しトライすれば成功の確率は99%以上になります。臨床留学したいなら、すぐに諦めず、実現に向けてトライし続けることが大切ではないかと思います。いろんな人との出会いを大切にしましょう。