骨折で入院する多くの患者の背景には骨粗鬆症がある。骨折が治療できてもその後の骨粗鬆症自体の治療が行わなければ、再び骨折する──いわゆる二次骨折のリスクが見過ごされた状態だ。東京歯科大学市川総合病院の整形外科では、二次骨折の予防のために骨粗鬆症リエゾンサービス(OLS)の活動を続けてきた。このほど、その実績が認められて、日本骨粗鬆症学会の「2020年度OLS活動奨励賞」を受賞した。
東京歯科大学市川総合病院 整形外科
東京歯科大学市川総合病院 整形外科(千葉県市川市)
東京歯科大学市川総合病院は、首都圏有数のベッドタウンである千葉県市川市の基幹病院である。一般病床は570床、歯科・口腔外科、内科、外科などの26の診療科、口腔がんセンター、角膜センターなどの専門診療センターも有する歯学部附属施設としては最大規模の総合病院として当地において診療・研究に注力している。
同病院の整形外科の有志が中心となって骨粗鬆症リエゾンサービス(OLS)の活動を開始したのは2018年2月。きっかけは、一度骨折の治療を終えて退院したにもかかわらず、1年から2年後に再び骨折による入院してくる患者の存在に気がついたことだった。
「骨折した患者さんが搬送されてくると、『あれ?この患者さん前も来たよね』と思うことが度々ありました」と語るのは、整形外科でOLSの中心的な役割を果たしている医師の水野早希子氏だ。「左側の大腿骨骨折の治療を終えて退院しても、また右側を骨折して戻ってくる。そのような経験を繰り返す中で、何かもやもやしたものを感じていました」と言う。
そこで骨折の背景となる骨粗鬆症の治療状況を調べることにした。退院時の骨粗鬆症治療の実施率を調べたところ「愕然とした」と水野氏は振り返る。2017年度に退院した90人の患者のうち、骨粗鬆症治療を受けていた患者はわずか18人、20%しかいなかったのだ。「数字にすることで、それまでもやもやしていた原因がはっきりと見えてきました。俄然、骨粗鬆症の治療をやらなければ!と思うようになったのです」。
歯科大学附属病院ならではのシームレスな医科歯科連携
「二次骨折を予防するためには骨粗鬆症の治療が欠かせません。ですが、骨折の治療においては骨粗鬆症の治療は埋没しがちです」と水野氏は語る。そんな骨粗鬆症治療の大切さを患者や家族に知ってもらうためには、骨粗鬆症治療の重要性と、それが術後に十分できていない現状に対する問題意識をスタッフ間で共有する必要があった。
そこでまず取った手段が、院内ワークショップの開催だった。院内の課題の洗い出しを目的にしたこのワークショップには、医師や看護師に加えて管理栄養士、診療放射線技師、理学療法士などが、診療科の枠組みを越えて参加した。これが、後のOLSチームの原型になった。
その後、発足したOLSチームの構成メンバーは、日本骨粗鬆症学会の認定医と、同学会が認定する骨粗鬆症マネージャー、理学療法士、診療放射線技師に加え、歯科医師、歯科衛生士など。発足に際しては、「多職種連携による質の高い骨粗鬆症治療」と「シームレスな医科歯科連携による安全な骨粗鬆治療」というスローガンを掲げた。
シームレスな医科歯科連携は、歯科大学附属病院の利点をフルに生かしたもので、極めて稀な頻度ながら重篤な転帰をたどる骨吸収抑制薬関連顎骨壊死(ARONJ)の予防や、それが起きた際の早期対応を目指している。OLSを患者に提供する医療機関は増えているが、歯科医師が積極的に関与している例は少ない。東京歯科大学市川総合病院では、ARONJのリスクとなる歯性感染症についてOLSチームが介入して検討した結果、骨粗鬆症治療前に48%の患者で抜歯が必要と診断された。こうした患者が入院中に処置できることは、患者にとって大きなメリットといえる。
OLSの介入は骨粗鬆症マネージャーのスクリーニングから
2018年のOLS開始当初は大腿骨近位部骨折で入院した患者を対象としていたが、現在は椎体骨折や上肢の脆弱性骨折の患者も対象としている。
OLSの起点は、骨粗鬆症マネージャーである看護師の村山優氏、明石昌代氏らによる手術前のスクリーニングだ。看護師は、医師の治療方針を患者に伝達しつつ、身近にいて患者からの要望に耳を傾けることができる立場でもある。村山氏は「私たち看護師は、より時間をかけて患者さんと接することができます。病状だけではなく、処方された薬剤の感想、家族の状況、経済的な事情など、患者さんが医師に話しにくい事柄なども話してもらえます」と語る。
明石氏は「骨粗鬆症の治療の重要性に気づいていない患者さんもいます。このような患者さんには治療の意味を説明し、本人の自覚や家族の協力を得るために、ベッドには『骨粗しょう症チーム介入のお知らせ』と題した自作の通知パネルを掲示することもあります」と話す。このような患者との接触が、OLSチームが介入するかどうかを考えるうえで大切な情報源になる。
候補として上がった患者について、患者背景の把握や歯科治療の状況を検討して、介入すべきかどうか、歯科治療が必要かどうかをOLSチーム内で協議し、介入の方針を決定する。
骨折患者のベッドサイドに掛けられる「骨粗しょう症チーム介入のお知らせ」。
退院時骨粗鬆症治療率に現れたOLSの成果
介入が決まった患者には、毎週木曜日にOLSチームによる回診を実施する。回診時には、骨折時の状況、過去の検査状況、食事療法の重要性と栄養指導の適応などの患者情報を聴取。同時に、2回目の骨折を回避する方法や、ARONJ予防のための歯科受診の重要性などを患者に説明する。回診の目的は、患者の状況把握と治療の延長線と位置づけられる患者への説明だ。加えて「もう1つ大事な目的がある」と水野氏は指摘する。それは回診を通じたスタッフ間での患者情報の共有だ。
様々な職種がお互いの知識や経験を共有することは多職種連携のメリットだが、一人ひとりは本来の業務を抱えて多忙であり、カンファレンスのようにまとまった時間を確保することが難しい。OLSの活動には診療報酬の裏付けがないこともあり、集まることができなければチームの活動も振るわなくなり、形骸化してしまうことになりかねない。週1回の回診は、多職種間での情報共有を促し、OLSチームの存在意義を再確認する場でもある。
東京歯科大学市川総合病院におけるOLSチームのこうした地道な働きの成果は、退院時骨粗鬆症治療率に現れた。前述の通り、OLSが開始される前の2017年度の骨粗鬆症治療率は20%ほどだったが、OLSチームが介入した2018年度には、それが92%にまで上昇した。
地域連携の要となる「ICHIKAWA骨粗鬆症カンファレンス」
脆弱性骨折患者が退院後にたどる転帰は多様である。自宅に帰る患者がいる一方、介護老人保健施設に入所したり、転院先の回復期リハビリテーション病院から慢性期病院へとさらに転院したりする患者もいる。そうなると、骨粗鬆症治療と口腔衛生管理の継続が困難になる例も出てくる。
そこで東京歯科大学市川総合病院では、院内活動を地域全体に広げるための講習会「ICHIKAWA骨粗鬆症カンファレンス」を2018年から開催している。院内スタッフ、周辺地域の医師会、歯科医師会に参加を呼びかけ、100人を超える医療従事者が参加する。内容は、骨粗鬆症の診断や治療、治療薬の薬理作用、地域で中核的な役割を果たしている整形外科クリニックの取り組みなど多岐にわたる。明石氏によれば、「参加者の評判は大変良い」という。
東京歯科大学市川総合病院のOLSチームの活動は、既に病院の枠を超えて院外へと拡大している。チームの働きかけによって、二次骨折の予防は地域全体で追求する課題となった。退院時骨粗鬆症治療率の引き上げを実現した今、次の課題は、治療継続率や二次骨折予防率、ARONJ予防率の向上だ。地域を巻き込んだOLS活動の取り組みが、どのように進化していくのか。今後の展開が注目される。
東京歯科大学市川総合病院OLSチームのメンバー。左から東京歯科大学口腔腫瘍外科学講座の鈴木大貴 医師、看護部の村山優 看護師、整形外科部長・教授の穴澤卯圭 医師、同 水野早希子 医師、看護部の明石昌代 看護師。村山氏が手にしているのは、日本骨粗鬆症学会の「2020年度OLS活動奨励賞」の賞状。