急性期病院である函館五稜郭病院と回復期病院である高橋病院は、互いに連携して、肺がん手術を控えた患者に術前リハビリテーション(Prehabilitation:プレハビリテーション)を実施する取り組みを開始した。術前に体力を高めておくことで、術後に多少体力が落ちても、元の生活に復帰しやすくする狙いだ。背景には、道南地域では高齢独居の患者が急速に増えており、手術を機に自宅療養ができなくなるケースが多いという事情がある。この取り組みのリーダーは函館五稜郭病院呼吸器外科の上原浩文氏。連携をさらに拡大させて、道南地域の患者のウエルビーイング(Well being)につなげたいと話す。
施設情報
函館五稜郭病院 呼吸器外科(北海道函館市)
函館五稜郭病院 呼吸器外科(北海道函館市)
函館五稜郭病院は1900年に「函館慈恵院」として開設された。現在の病床数は480床、診療科目数は28。道南医療圏で急性期医療の中心を担う病院の1つだ。(同病院提供)
函館五稜郭病院(中田智明院長)は、戊辰戦争で激戦の舞台となった五稜郭から南へ100mほどの場所にある、病床数480床、診療科目数28の総合病院だ。起源は1900年(明治33年)に設立された函館慈恵院にあるとされ、歴史は125年以上に及ぶ。現在の同院は市立函館病院とともに、北海道南部の3次医療圏「道南(人口約40万人)」において急性期医療の中心を担っている。特に肺がんについては道南で最も多くの手術を手掛けており、手術適応患者の約3分の2に対応している。
その函館五稜郭病院が2024年から新たに開始した取り組みが、「多施設肺がん周術期リハビリテーション連携(RING:Regional Integrated Network for Goal)」だ。急性期病院である函館五稜郭病院と回復期病院である近隣の高橋病院(北海道函館市、高橋肇院長)が連携して肺がん手術の術前・術後リハビリテーションを実施するもので、全国的に注目を集めている。取り組みをけん引するのは、函館五稜郭病院の肺がん・呼吸器病センター長で呼吸器外科科長の上原浩文氏だ。
この取り組みを始めたきっかけについて上原氏は、「函館市では急速に高齢独居世帯が増えており、その事実に危機感を感じたからということに尽きます」と話す。函館市は日本で高齢化が最も深刻な都市の1つだ。高齢率は全国平均の29.2%、北海道平均の33.3%に対して、函館市では36.9%に達している(2023年統計)。少子高齢化が著しい上に、若い世代が札幌市や本州の都市部に転出する傾向が強いことが、高齢独居の増加につながっているようだ。
「近年、肺がんの手術は低侵襲でより安全に実施できるようになりました。しかしそれでも、手術後にある程度体力が落ちることは避けられません。手術を受けた高齢独居の患者さんが元の生活にスムーズに復帰できるか、不安を感じることが多くなっているのです。実際に、手術前は何とか1人で外来に通って来ていた患者さんが、手術をきっかけに来院できなくなり療養施設に入居せざるを得なくなったケースも経験しています」(上原氏)。

函館五稜郭病院の肺がん・呼吸器病センター長で呼吸器外科科長の上原浩文氏。
院内での取り組みに限界を感じて連携を模索
RINGを開始する以前から上原氏はこの課題に向き合い、院内のリハビリテーション科などと連携して肺がん手術を受ける患者に術前リハビリテーション(プレハビリテーション)を実施する取り組みを始めていた。術前に体力を高めておくことで、術後に多少体力が落ちても、元の生活に復帰しやすくする狙いがあった。函館五稜郭病院での肺がん手術は、執刀医が患者と外来で面会した後、3~4週間後に日程が組まれることが多い。その最初の外来で、リハビリ科と看護部、栄養科が共同で患者の体力や栄養状態、家族の状況などを評価して、手術後の生活に支障が出そうな患者を拾い上げ、患者の同意が得られれば手術前に1週間入院してもらいプレハビリテーションを実施していた。
ただし問題もあった。五稜郭病院は道南の急性期医療を支える病院であるため、プレハビリテーションに十分なリソースをかけるのが難しかったのだ。従って、リスクが明らかに高い患者に絞り込んで実施せざるを得なかった。リスクがそれほど高くないと判断した患者には、患者自身でできる運動を理学療法士が指導して、「手術の日まで自宅で実施してください」と伝えるだけにとどめていた。このような限定的な取り組みであったが、それでさえも上原氏は「みんな一生懸命やってくれているが、急性期病院の中だけでの取り組みではいずれ破綻して継続できなくなる」との危惧を抱いていたという。
上原氏には、さらにもう1つの懸念があった。プレハビリテーションを受けた患者であれ、受けていない患者であれ、術後に大きく体力が落ち、術後すぐには帰宅できなくなった患者が存在したことだ。函館五稜郭病院の場合、肺がんの手術後に通常は1週間ほどで退院となる。退院できない場合には入院期間を延長するが、急性期病院としてはそれも数日間が限界だ。その後はリハビリ療養の受け入れ先を探して転院してもらうが、術後に慌てて転院先を探すのは患者にも医療者にも負担が大きかった。
「以前から、術後のリハビリ療養が必要になった場合を想定して、手術前に受け入れ先を『セーフティーネット』として確保しておく必要があると感じていました。回復期病院にプレハビリテーションを担当してもらえば、術後のリハビリが必要になったときも受け入れてもらいやすいのではないかと考えたのです。RINGを構想した当初の目的としては、むしろこちらの比重が大きかったと思います」と上原氏は言う。
連携先として高橋病院が浮上したのは、地域連携室のスタッフからの助言があったから。高橋病院の病床数は119床で、その内訳は地域包括ケア病棟が39床、回復期リハビリテーション病棟が80床。呼吸器内科の熟練の理学療法士が多数所属している。外部から非常勤のベテラン理学療法士を招いて若手の指導に当たってもらうなど教育にも力を入れており、域内では質の高いリハビリ医療を提供することで知られていた。また、回復期病院でありながら、常勤の呼吸器内科医がいることも大きなポイントだったとのことだ。
両病院の経営層がこの連携の意義を認めて、ゴーサインを出したのが2023年。以降は上原氏のリーダーシップの下、この取り組みに関わるスタッフが両院から集まって連携の流れを話し合った。患者のADL(日常生活動作)の状態などに柔軟に対応できることを念頭に、高橋病院では地域包括ケア病棟の活用を決定。転院の形はとらず、プレハビリテーションを実施した後、患者に一度自宅に戻ってもらい、自宅から函館五稜郭病院に入院してもらう流れなども決まった。

術前リスク、RINGの適応などを検討する函館五稜郭病院でのカンファレンスの様子。(同病院提供)
歩行機能や下肢機能などを評価し患者にプレハビリテーションを提案
函館五稜郭病院で実施している肺がん手術は年間約120例。そのうちRINGの連携対象となるのは50例ほどだ。プレハビリテーション開始までの流れは次のようになっている。
患者の身体機能などの評価手法は、函館五稜郭病院単独で実施していたものを基本的に引き継いだ。手術3~4週間前の外来診察日に、体力や家族状況などを同院の理学療法士、栄養士、看護師らが協力して評価する。
運動能力に関しては、6分間歩行距離が350m以上か未満か、下肢機能の指標である「SPPB(Short Physical Performance Battery)」が12点満点中9点以上か未満かを重視している。栄養状態に関してはサルコペニアか否か、筋肉量が少なくないかを確認する。これらの指標を総合的に判断するが、患者が高齢独居の場合には他の評価項目が良好であってもプレハビリテーションの対象とする方針だ。スクリーニングで拾い上げた患者には、術前にリハビリを行うことの効果や、術後の備えになることを説明する。
患者がプレハビリテーションを受けることを承諾したら、上原氏から高橋病院へ入院日の調整を依頼する。対象患者のデータは既存の地域連携ネットワークシステム「ID-Link」を通じて両院で共有できる。それを受けて高橋病院の地域連携室のスタッフが入退院のスケジュールの調整を開始。通常は1~2週間後にリハビリ入院の予定が組まれるとのことだ。
この連携で高橋病院側のリーダーを務めている呼吸器内科医で内科医長の若林修氏は、「当院でもこの取り組みを非常に重視しています。連携前は術後の患者さんへの対応がほとんどでしたが、函館五稜郭病院で肺がん手術を控えた患者さんがスムーズに当院に入院し、しっかり体力を向上してもらえるようプレハビリテーションの実施体制を整えました。もちろん、その患者さんに術後リハビリが必要になった場合にも、優先して入院をお引き受けしています」と話す。

高橋病院内科医長の若林修氏。
1日160分×週7日のプレハビリテーションを実施、排痰トレーニングも
高橋病院でのプレハビリテーション入院は1週間。理学療法士が介入し、1回40分のリハビリを午前午後2回ずつ、1日当たり計4回160分実施している。通常のリハビリ指導は土日を除く週5日だが、肺がん手術前のプレハビリテーションは短期集中ということで、土日も休みなしだ。プレハビリテーションの実施内容は、函館五稜郭病院で実施されていたものを踏襲しており、腹式呼吸などの呼吸練習、筋力トレーニング、持久力トレーニングが3つの柱となっている。どの項目に重点を置くかは高橋病院の理学療法士が、函館五稜郭病院から送られてきた評価データを参考にしつつ、患者の状態に応じて判断している。
肺がん手術を控えた患者向けのプレハビリテーションで、特徴的なものの1つが「排痰トレーニング」だ。高橋病院リハビリテーション科の石垣広大氏は「肺がん手術後には痰が出やすくなりますが、肺の容量が減少するため排痰がしにくくなります。もともと痰がほとんど出ない人も結構いて、痰の出し方がわからないと言われることもあります。うまく排痰するには筋力や体力をつけるのが大事ですが、コツもあるのです。ですから呼吸の訓練機器などを使って、息を吸って一定の容量を肺にためて一気に吐く練習を、重点的に実施しています」と話す。
また、高橋病院でのプレハビリテーション入院中には、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)聴取も実施している。「手術に臨むに当たって思いを話してもらうことが、手術を受けることを決断された患者さんの思いに寄り添った自己決定支援につながると考えています。また、万が一再発した場合にどういった治療を希望するかといったことも、患者さんが元気なときに聞いておくことが大事だろうと考えてACPを取り入れました」と若林氏は話す。
具体的な方法と内容について、高橋病院の看護師の山田綾香氏は「1週間の入院期間中に時間をかけて患者さんから話を聞いています。要する時間は患者さんによって様々で、2時間以上かかる患者さんもいます。これから頑張って手術を受けようとしている患者さんが対象なので、まずは手術が成功したらその後の人生でどんなことをしたいかなどの希望を引き出すようにしています。例えば男性の患者さんでは、『妻と旅行に行きたいんだ。そのためにも手術を頑張るよ』と話をしてくれた方がいました。『最期にどういった治療を望むか』といった質問は、聞き方に十分気を付けて思いを受け止めるようにしています」と説明する。ACP聴取の記録は高橋病院から函館五稜郭病院に送られ、術後の看護にも役立てられているという。

RINGに参加している函館五稜郭病院と高橋病院のスタッフたち。
プレハビリテーションの実施で歩行距離が向上、手術前の表情も明るく
RINGの成果はしっかり現れている。函館五稜郭病院リハビリテーション科の浅地菜々子氏は「函館五稜郭病院単独でのプレハビリテーションから、高橋病院との連携に移行したことにより、プレハビリテーションを必要とする全ての患者さんに効果的なリハビリテーションを実施できるようになりました。具体的な数値としては、6分間歩行距離がプレハビリテーション実施の前後で統計的に有意に向上しています。他の身体機能も全体的に良好な状態がキープされていました。運動耐用能は手術前と後ではある程度低下しますが、プレハビリテーション介入前と同程度に維持できています」と話す。この成果は、2024年の日本肺癌学会などで発表したという。
上原氏も「何よりも、外来で初めて面会したときと比べて、リハビリを終えて手術を受けに戻ってきたときに患者さんが元気で、表情が明るくなったと感じます。手術に前向きになってくれていて、うれしさを感じると同時にびっくりします。高橋病院でのリハビリ、ACP聴取などの効果が大きいのでしょうね。痰出しがちゃんとできているので、高橋病院の理学療法士がうまく教えてくれているのだなと思います」と話す。
また、取り組みを始めた当初の主な狙いだった、術後のバックアップ体制の確立も達成されているとのことだ。連携開始から約1年の間に、術後に入院期間の延長が必要となった患者は8人。全ての患者がスムーズに高橋病院に転院してリハビリ療養に移行し、無事帰宅につながった。
上原氏は自身が執刀した患者が高橋病院に入院した場合、毎週1度、患者の様子を見に同院を訪れているという。「自分が手術をした患者さんが他の患者さんと一緒に楽しそうにリハビリをして、元気になっていく姿を見ると安心します。この連携を維持発展させるには、患者さんとも医療者とも顔の見える関係が大切だと思うので、術前後の訪問はこれからも続けていくつもりです」と話す。RINGの最終的なエンドポイントは1年後の患者のQOLとのこと。この連携の中で肺がん手術を受けた患者が、1年後にどんな暮らしをしているか、連携がどんな影響を及ぼしたかについてデータをまとめて学会発表する予定だという。
さらに上原氏は今後の抱負として、肺がん手術を起点とする医療連携を、患者の生涯を通じて拡大していくことを挙げる。「RINGが周術期の取り組みにとどまらず、患者さんがこの道南地域で暮らしている間ずっと続くようになれば良いなと思っています。そのために急性期、回復期、在宅療養などの医療施設と医療者がつながって、一人ひとりの患者さんを見守る仕組みを作っていきたいのです。私が考えるRINGの意義は、道南地域の患者さんの『ウエルビーイング』です。残念ながら肺がんになり、手術を受けることになってしまったけれど、そのおかげで患者さんがRINGの医療連携の中で見守られるようになり、その後の人生をより良く生きられた──といった事例を積み重ねていきたいと考えています」。
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上原 浩文(うえはら・ひろふみ)氏
1997年旭川医科大学卒業、道内研修施設で一般外科研修の後、2004年札幌南三条病院呼吸器外科。2007年がん研究会有明病院、2015年帝京大学外科学講座、2019年函館五稜郭病院診療部長、肺がん・呼吸器病センター長兼呼吸器外科科長。




























