多職種協働による敗血症の早期発見・早期介入を実現

札幌医科大学附属病院は、2020年日本初の「敗血症治療センター」を開設した。その最大の目的は、ここ20年で20%前後にまで低下したとはいえ、未だ高い死亡率を有する敗血症の救命をさらに進めることにある。センター長で集中治療部部長の升田好樹氏は、看護師や薬剤師などとの多職種連携や各臓器の専門医との協力関係を構築し、敗血症患者の早期発見・早期介入を徹底。札幌市周辺部だけでなく、道内全域の敗血症患者の治療に当たっている。

札幌医科大学附属病院 敗血症治療センター

札幌医科大学附属病院 敗血症治療センター(北海道札幌市)


札幌医科大学医学部麻酔科学講座は、救命救急センターを備えた関連病院を道内に多数抱える。救急医学講座が開設されるまでは、救急や集中治療領域を目指す同大学の卒業生は、麻酔科学講座の医局に入ることも選択肢の一つであった。また、外科を志望する医師であっても、麻酔科で2年程度研修を受けてから外科に移る者も少なくなかった。
升田氏もこうした例にならい、1984年に大学を卒業すると麻酔科学講座に入局した。その後の1985年から1992年にかけて、室蘭、釧路、函館、旭川と、道内の救命救急センターに派遣され、救急医・集中治療医としてのキャリアを積んでいった。1992年から一時、国内留学で基礎研究を行っていた時期もあるが、1995年には江別の病院に呼び戻され、再び臨床医として集中治療の現場に立つことになった。
それから4年が経過した1999年、札幌医科大学に助教として復帰し、同大学附属病院救急集中治療部の所属となった。そして2017年に同大学医学部集中治療医学教授兼同大学附属病院集中治療部部長に就任し現在に至るが、その間、一貫して集中治療領域を担当してきた。
「私が集中治療部の部長に就任した当時、集中治療室(ICU)の受け入れ患者の多くは、病棟で容態が急変した患者が占めていました。中でも感染症から敗血症に至った患者の死亡率が高く、これらの患者への対応が喫緊の課題だと受け止めました」。こう語る升田氏は、敗血症治療の第一人者だ。日本集中治療医学会と日本救急医学会が合同で作成する『日本版敗血症診療ガイドライン』に2012年以降、作成特別委員会のメンバーとして関わっている。

WHOが敗血症対応のシステム構築を提言

2017年に世界保健機関(WHO)が、死亡率が高い敗血症に対して、診断・管理のためのシステム構築を強化すべきだという緊急提言を発した。これにさかのぼること2010年にはGlobal Sepsis Alliance(世界敗血症連盟)が結成され、2012年から9月13日を「世界敗血症デー」として啓発活動を開始した。これをきっかけに升田氏は、「敗血症治療センター」の設立を検討し始めた。「2000年代初頭、敗血症の死亡率は40%を超えていましたが、現在では20%まで改善しています。医学や治療技術の向上が寄与した部分もあるでしょうが、敗血症に対する早期介入と、ガイドラインに沿った標準治療が普及した効果が大きいと考えています」と升田氏は言う。
『日本版敗血症診療ガイドライン2020』には、海外版にはない「Sepsis treatment system」という項目が追加された。升田氏が班長としてとりまとめたこの項目には、「多職種が連携して早期に敗血症患者を見つけ、適切な体制での診療が受けられることを可能にすることで、治療成績を向上させること」(升田氏)が書き込まれている。
「Sepsis treatment systemの項目に関するディスカッションでは、『うちの施設ではここまではできない』という声もありました。確かに市中病院の中には、対応しきれないところがあるかもしれません。しかし、敗血症治療に必要なシステムであることに変わりはありません」と升田氏は言い切る。同氏は、このシステムのモデル事例として「敗血症治療センター」を開設する意思を固めた。

診療報酬改定を追い風にICUを活性化

札幌医科大学附属病院のICUは6床。1床空けば、稼働率は約17パーセントも低下することになる。主に病棟患者の急変に対応していた時代は、稼働率の変動が大きく、病院の経営サイドから「ベッド数を減らせないか」という指摘を受けることもあった。だが、診療報酬改定で特定集中治療室管理料が見直されるに従い、その指摘は「稼働率を上げられないか」へと変化した。
こうした変化を追い風に、升田氏は「打って出るICU・集中治療」を集中治療部のスローガンに掲げることにした。病棟で容態が急変した患者を受け入れるという受け身の姿勢から脱するため、次の2つのアクションを起こした。1つは、術後患者の積極的な受け入れ。もう1つは他科の医師や看護師に、血圧や心拍数、呼吸数、意識状態、酸素飽和度などの基準を示し、「この基準から外れたら容態が急変する可能性があるので、すぐに集中治療部に連絡をください」と依頼することだ。「この病院は、みな『顔が見える』関係にあります。誰もが快く受け入れてくれました」と升田氏。その結果、ICUの稼働率が上昇すると同時に、敗血症患者の早期発見も可能になった。
「基準を外れた患者がいる」と病棟から連絡を受けると、集中治療部の医師が患者の元に出向いて状態を確認する。そこで敗血症のリスクが高いと判断すれば、患者をICUに運ぶ──といった仕組みだ。「実際、ICUに移した患者が敗血症ショックを起こすこともありますが、感染源を検索し、積極的に介入することにより短期間で回復させ、一般病棟に戻せます。この仕組みを作る以前は、日中に患者の検査結果が出ても外来診療を行っている主治医の目に触れず、患者の容態が悪化してから慌てて集中治療部に連絡を入れるようなケースが多くありました。そのため我々が夜間、治療に当たることも多かったのですが、以前よりはそのような例は減りました」と升田氏。
実は、この仕組みがうまく稼働するようになった背景には、事前の看護師への働きかけもあった。集中治療部では、看護師向けに「呼吸数を測ってくださいキャンペーン」を展開。敗血症のリスク判断で呼吸数を重視する升田氏は、「1分間数えるのが大変なら、15秒間の回数を4倍にしてもいいから」と院内の看護師に説いて回った。その甲斐あって、それまで十数%の患者にしか行われていなかった呼吸数の計測が、今では9割の患者で行われるようになり、敗血症の早期発見の仕組みが機能するようになった。

道東からの患者受け入れで存在価値を証明

「打って出るICU・集中治療」は院外でも展開している。升田氏は講演やSNSを通じて、敗血症の病態やリスク、札幌医科大学附属病院敗血症治療センターの機能などについて説明し、敗血症患者の受け入れを医療機関や一般市民向けに広くアピールしている。
患者を受け入れる範囲は札幌市周辺に限らない。北海道は2017年から、固定翼を有する航空機を活用することにより、道内どの地域の患者も高度で専門的な医療を受けられる体制を目指す「北海道患者搬送固定翼機(メディカルウイング)運航事業」を展開している。これを利用することで札幌医科大学附属病院敗血症治療センターは、道内全域から敗血症患者を受け入れている。
メディカルウイングを利用した1例目は、敗血症を発症した道東のアミロイドーシス患者。近くにアミロイドーシスを診る専門医がいないうえ、敗血症のショック状態にあるため主治医から連絡が来た。そこで道央の空港まで航空機で、空港から札幌医科大学附属病院まではヘリコプターで患者を搬送。幸い消化管由来の敗血症の治療はうまくいき、ほどなく危険な状態を離脱させられた。アミロイドーシスの治療には院内のリウマチ・膠原病の専門医の協力を仰ぎ、20日程度の時間を要したが、主治医が対応できるレベルまで改善したところで地元の医療機関に戻すことができた。
このように、敗血症の治療だけでなく、専門医の診療が必要な疾患を併発している患者にも対応できるところが札幌医科大学附属病院敗血症治療センターの強みである。

札幌医科大学医学部附属病院外観。「敗血症治療センター」は敗血症治療のモデルとなることを目指し、道内の患者に広く門戸を開いている。


入院から退院までを多職種でフォロー

敗血症治療センターを運営する集中治療部のスタッフ構成は、後期研修医を含めて医師が8人。他に看護師22人、透析室兼務の臨床工学技士(CE)5人に加え、薬剤師と理学療法士(PT)が1人ずつ所属する。「QOL維持の観点からは、ICUに入る前から患者管理を始め、ICU退出後に病棟に移ってからも退院後まで患者に介入し続けたいので、医師や看護師以外の職種の協力も必須です」と升田氏。例えば、人工呼吸器などの補助でCEが、ICU在室中からの早期リハビリでPTが、多職種チームの一員として患者の治療に参加するという。また、医師・看護師のチームでICU退室後の患者回診を必ず行い、必要に応じて病棟管理の支援を行っている。
コロナ禍で遅れているが、こうした集中治療部の役割が評価されて、現在6床のICUを12床に増床する計画が浮上中だ。升田氏は、これに対応するため集中治療部のスタッフ増員に取り組んでいる。升田氏は、「まずは集中治療部での研修を歓迎します。その後、入局してもらえれば何よりですが、集中治療部の役割や診療内容を理解してもらえれば、他の科に入局したとしても、ICUとの連携がスムーズにとれるようになるでしょう。それだけでも病院の危機管理に携わる集中治療部の機能が向上します」と語る。

敗血症治療センター・集中治療部の面々。医師だけでなく、薬剤師や臨床工学技士など多職種が所属する。ICU病棟担当の看護師とともに写真に納まる。(升田氏提供)

他の多くの病院がそうであるように、2004年の新臨床研修制度の開始以降、研修医や専攻医を受け入れる立場の医局はPRに余念がない。札幌医科大学の集中治療部も同様だ。しかし、研修医が自由に研修先を選べるようになる前の「医局絶対主義」の時代に研鑽を積んできた升田氏は、「理不尽と感じることも、バネのように弾性エネルギーを貯めて一気に放出するタイプだから、何とかやってこられたのかもしれません」と自己分析する。
敗血症の死亡率を、20%からさらに低下させるのが容易でないことは、専門家である升田氏が一番よく分かっている。「これまでの治療の延長線上ではなく、新たな切り口で臨まなければ、敗血症患者の死亡率を半減させることは難しいでしょう」。その困難な課題を自分に課すことでエネルギーを貯め、放出する先に待つものは何か。升田氏が手がける敗血症治療の新たな展開から目が離せない。

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升田 好樹 氏

1984年札幌医科大学医学部医学科卒。日鋼記念病院麻酔科、釧路市立病院麻酔科・救命救急センター、市立函館病院麻酔科・救命救急センター、旭川赤十字病院救命救急センター、琉球大学医学部助手(血液生理)、江別市立病院麻酔科、札幌医科大学附属病院救急集中治療部助教などを経て、2017年より札幌医科大学医学部集中治療医学教授。


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