データベース「NinJa」でリウマチ治療20年の成果と課題を浮き彫りに

2000人以上の関節リウマチ患者が通院する国立病院機構相模原病院。生物学的製剤は言うに及ばず、新たな作用機序の新薬の治験も積極的に行うなど、最先端の診療を進める医療機関として知られる。研究面では、国内最大の関節リウマチデータベース「NinJa」を用いて、全国の診療データの収集と解析を行う拠点となっている。NinJaの生みの親の一人である同病院リウマチ科部長の松井利浩氏は「NinJaによって、これまでの関節リウマチ診療の確実な進歩を実感できるようになった一方、新しい課題も明らかになってきました」と手応えを話す。

国立病院機構 相模原病院(神奈川県相模原市)リウマチ科

国立病院機構 相模原病院(神奈川県相模原市)リウマチ科

 神奈川県北部の相模原市に位置する国立病院機構相模原病院は、前身である旧国立相模原病院時代の1965年にスギ花粉の本格的な飛散調査を始めるなど、免疫医療分野の臨床・研究の盛んな施設として知られる。自己免疫疾患である膠原病・関節リウマチの診療でも、国内の専門医療機関を牽引する存在となっている。 

内科と整形外科の連携が最大の特徴 

 「トータルケア」──。相模原病院の関節リウマチ診療の特徴を問うと、リウマチ科部長の松井利浩氏からは、こんな言葉が返ってきた。「当院の関節リウマチ診療の大きな特徴は、内科と整形外科との密接な連携による患者のトータルケアを実現していることです」。 

 関節リウマチは全身性の炎症性疾患であり、病期が進むと関節破壊を生じ、ADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)が損なわれる。そのため内科や整形外科、さらにはリハビリテーション科など、複数の領域の専門家による集学的な治療が必要になる。しかし現状では、内科と整形外科などで十分な連携ができている施設は決して多くない。多くの診療科を擁する大学病院などでは、診療科間で患者の紹介状をやり取りするなど、煩雑な手続きを必要とするところも少なくない。 

 これに対し相模原病院では、リウマチ診療における内科と整形外科の連携の緊密さが最大の特徴になっている。「内科を受診した患者さんに整形外科的な対応が必要になった場合であっても、内科医が整形外科医に声をかけやすい関係ができています。初めて内科を受診した患者さんが、その日のうちに整形外科医の診察も受けて、手術の予定日まで決まってしまうことも珍しくありません」と松井氏。「診療科の壁を越えたシームレスな診療体制は、患者さんにとっても、我々医療者にとっても、ストレスが少ない仕組みです」とも付け加える。 

 その松井氏は、日ごろの関節リウマチ診療について、特別なことをしているわけではないと強調する。「当院で重視しているのは、関節に触れたり、患者さんと対話したりすることです。他院から紹介されてきた患者さんの中には、関節を触診されただけで感激する人もいますが、うちは関節リウマチ診療の基本を実践しているだけです」。

 相模原病院リウマチ科の外来診療風景。(松井氏提供)

症例登録データベース「NinJa」に取り組む 

 もう一つ、相模原病院の関節リウマチ診療を語る上で避けては通れないものに、2001年から同病院が取り組んできた関節リウマチ患者の症例登録データベース「NinJa(National Database of Rheumatic Diseases in Japan)」の存在がある。全国60万人の関節リウマチ患者に行われている治療の全貌──どういった病態の患者にどのような治療が行われているのか、そして結果はどうだったのか──といった情報を把握することを目的に計画されたものだ。 

 過去20年、関節リウマチ診療は劇的な変貌を遂げてきた。松井氏が初めて相模原病院で関節リウマチ患者を診療したのは、研修医だった1994年の冬にさかのぼる。「当時は長期入院を余儀なくされている患者さんが多く、薬物療法は数種類の抗リウマチ薬とステロイド、痛み止めでやり繰りする状況であり、寛解を経験することも多くはありませんでした」と振り返る。 

 転機は、メトトレキサート(MTX)が導入された1990年代末に訪れた。MTXは抗がん剤から適応拡大された薬剤であったため、当初は8mg/週が投与の上限とされたが、その後は16mg/週に用量が拡大され、疾患活動性を大幅に抑制できるようになった。さらに2000年代に入ると、種々の炎症性サイトカインを標的とする生物学的製剤が導入され、初期に治療を開始することで疾患活動性を低い状態に保ち、関節破壊や変形を減少させるという治療スタイルが固まっていった。 

 新薬の登場により治療は進歩したが、それに伴う患者の利益、不利益の評価体制は十分ではなく、長期的に実臨床を観察し続けるシステムが必要だった。我が国でその役割を果たしてきたのがNinJaである。 

松井氏自らが病院を回り協力を取り付け 

  NinJaは厚生労働省の研究班の活動の一環として開始されたが、実際には松井氏と、当時の上司だったリウマチ性疾患研究部長の當間重人氏(現・国立病院機構東京病院院長)とによる「ゼロからのスタート」だった。 

 情報収集項目は、患者プロフィールのほか、年間の通院状況、入院・手術の有無、関節の痛みや腫れへの評価、薬剤の使用状況など多岐にわたる。日常診療を行いながらの情報提供業務は、現場の医師にとって負担が大きい。そこで松井氏は、全国の主要な施設の担当医の理解を得て情報を提供してもらうため、自ら北海道から沖縄まで国立病院を中心に足を運び、協力を要請して回った。 

 訪問は月に数回、診療の合間を縫って全国を駆け回った。「幸い、多くの病院の医師から協力を取り付けることができ、NinJaに参加してくれる仲間が増えていきました。NinJaが軌道に乗ったのは、人に恵まれたからでもあります」と松井氏は振り返る。 

 開始から20年を経た現在、NinJaへの症例登録数は年間1万6000例に達するが、必ずしも全ての地域をカバーできているわけではない。今後のNinJaの課題は、全国をもっと幅広く網羅することだ。「現時点では29の都道府県から登録がありますが、今後はその範囲をさらに広げていきたいと考えています」と松井氏は語る。 

 相模原病院リウマチ科のカンファレンス風景。(松井氏提供)

高齢化による合併症増加などの新たな課題も 

 NinJaに集約されたデータによって、我が国の関節リウマチ治療の進歩の状況が明らかになってきた。70%近くの患者で寛解か低活動性が達成されており、疾患活動性の低下により、関節リウマチ関連の手術はかなり減少している。特に人工関節手術が著しく減少した。薬物療法では、MTXや生物学的製剤の使用が増加した半面、ステロイドの使用が減少傾向にあることも確認された。「関節リウマチの患者さんの状態が毎年、改善している状況を眺めることは嬉しいですね」と松井氏は語る。 

 一方でNinJaは、関節リウマチ診療の新しい課題もあぶり出した。課題の一つが、感染症や悪性疾患、骨粗鬆症などを併発する患者の入院が相対的に増えてきたことだ。その背景には、関節リウマチ患者の高齢化と、発症年齢の高齢化が進行していることがある。「患者さんの高齢化は、様々な合併症への対応が関節リウマチ診療に求められることを意味します。高齢者では腎機能の悪化や種々の合併症により、アンカードラッグであるMTXのような治療薬が使い難くなることも危惧されます」と言う。 

  NinJaは、我が国の関節リウマチ治療の実態を明らかにすることによって、数多くの論文を生み出してきた。同時に、新たな臨床的課題を提示することにより、様々な研究のシーズももたらしてきた。NinJaからテーマを見い出し、学位論文につなげる例も出てきている。NinJaがあぶり出した、患者の高齢化に伴う課題についても今後、その克服に向けた研究が進むことが期待される。 

「小児版NinJa」も立ち上げ 

 疾患の活動性を低下させることによって関節破壊を防ぐという目的に向かって、関節リウマチの治療は着実に進歩してきた。これから求められるのは、患者のライフステージや希望に合致した治療戦略の立案と評価だ。高齢者が抱える様々な合併症は治療制限につながる可能性があるし、認知症などを合併した場合には服薬アドヒアランスの低下という新しい問題も生じる。 

 また、松井氏は「高齢者ばかりでなく、小児患者についても診療できる専門医の不足など課題は多く残されています」と指摘する。そこで松井氏は、小児患者の動向を探るため、新たに小児版のNinJa(Children’s version of NinJa:CoNinJa)を立ち上げた。NinJaと同じプラットフォームを有する全国規模のデータベースで、若年性特発性関節炎患者の現状や長期的な予後や問題点を明らかにすることを目的とする。小児から成人へと成長するに従い、病態や治療がどのように変化するかを明らかにするものとしても期待されている。 

過去20年にわたり、ダイナミックに変わってきた関節リウマチ診療と共に歩み、その姿を記録してきたNinJa。生みの親の一人である松井氏は「NinJaは臨床の実態に最も近いデータを大規模かつ継続的に集計してきました。今後もさらにデータ収集と解析を継続し、関節リウマチ診療の動向に注目してきたいと考えています」と話している。

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松井 利浩 氏

1993年群馬大学医学部卒。東京大学医学部付属病院、都立墨東病院、国立相模原病院(当時)での研修を経て、東京大学大学院、聖マリアンナ医科大学難病治療研究センターにて共刺激分子に対する自己抗体を研究。2000年からは国立病院機構相模原病院にて診療および臨床研究に従事。2007年同病院リウマチ科医長、2016年東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 生涯免疫難病学講座 寄付講座准教授、2017年国立病院機構相模原病院内科医長、2018年リウマチ科部長。(松井氏提供)



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