大腿骨骨折の治療を終えて退院した患者さんが、今度は反対側の大腿骨を骨折してまた入院してきた──。そんなケースをいくつも経験する中で、社会医療法人生長会・ベルランド総合病院の理学療法士である田中暢一氏は、繰り返す骨折と骨粗鬆症との関係性に着目。骨粗鬆症のケアに当たることが骨折予防に有効だとして、多職種のチームによる骨粗鬆症リエゾンサービスを開始した。入院中の骨粗鬆症ケアには急性期病院ならではの制約もあるが、整形外科医や看護師の理解も得ながら着実な成果を出しつつある。
社会医療法人生長会 ベルランド総合病院(大阪府堺市)
社会医療法人生長会 ベルランド総合病院(大阪府堺市)
「当院は、大腿骨近位部骨折の症例数が非常に多いのが特徴です。理学療法士(PT)としてまだ経験が浅いときは、患者さんの手術後のADL(日常生活動作)を上げて、次の病院に無事につなぐことに没頭していました」。こう語るのは、社会医療法人生長会・ベルランド総合病院で理学療法室主任を務める理学療法士の田中暢一氏だ。
入職から数年を経た頃に田中氏は、自分が担当した大腿骨近位部骨折の患者が、退院翌日に反対側の大腿骨を骨折して病院に戻ってくるというケースを経験した。「同様のケースをいくつか経験するうちに、骨折を繰り返す患者さんとそうでない人の違いに疑問を抱くようになり、文献などを調べてみました。すると、繰り返す骨折のベースには骨粗鬆症があるという事実に行き着き、そこに介入することで骨折が予防できるのではないかと思い立ちました」と田中氏は言う。
この着想を具体化するために田中氏は、日本骨粗鬆症学会の「骨粗鬆症マネージャー」の認定を取得。様々な職種が連携しながらチームとして骨粗鬆症の予防や改善、骨折の防止に取り組む「骨粗鬆症リエゾンサービス(OLS)」の実現に向けて動き始めた。
骨折要因としての骨粗鬆症に着目
ベルランド総合病院は堺市の2次救急を担っているため、年間200例以上の大腿骨近位部骨折に対応している。その実績から、近隣の医療機関からの信頼が厚く、紹介数がさらに増えるという状況が続いている。「骨折した患者さんを再び骨折させないようにすることは、患者さんのためはもちろん、限られた医療リソースを圧迫しないためにも必要です。だからこそ、骨粗鬆症への介入が重要になります」と田中氏は語る。
入院中の患者に対しては、急性期病院では診断群ごとの包括払い方式(DPC/PDPS)が適用されていることや、入院期間が短いことから、全例に積極的な薬剤処方が行えているわけではない。しかし、薬剤治療のきっかけ作りや退院後や転院後の継続の意味を込めてOLSチームでは、できる限り退院時に処方を開始することを医師サイドに働きかけている。その結果、徐々に退院時の治療開始率は向上している。
また、薬物治療の継続に加え、運動・食事療法などの評価や患者への説明などについても地域連携の必要性を痛切に感じた田中氏は、転院先のリハビリテーション病院や介護施設に従事するスタッフに向けての勉強会を精力的に企画・開催することにした。
「転院先は3病院にほぼ集約されているので、各病院の看護師とリハビリ職の方々に1時間ほど、骨折予防のために骨粗鬆症ケアが必要なことや、病院間連携の重要性をお話ししました」と田中氏。「勉強会の参加者からは、『骨折予防のためにどんな介入が必要かを知ることができた。私たちにできることを考えていきたい』と、連携に前向きな意見を数多くいただきました」とも付け加える。
この勉強会の後、転院先の回復期リハビリテーション病院では、運動・食事療法などの評価や疾患に関する啓発、薬剤処方を含めた骨粗鬆症ケアを受ける患者が増えた。そして、病院を退院して自宅へと戻った患者は、ベルランド総合病院の外来で、回復期リハビリテーション病院から再度引き継いだ骨粗鬆症ケアを継続して受けるという流れが生まれた。現在は、副院長で整形外科部長の倉都滋之氏が担当する「骨粗鬆症外来」が、その受け皿となっている。
骨折に問題意識持つ病棟看護師を仲間に
こうした院外活動の一方で田中氏は、院内での協力体制作りは慎重に進めていった。「OLSは診療報酬上の加算が付かない取り組みなので、病院からオーソライズされた組織ではなく、有志によるチームで手がけた方がいい」と考えたからだ。「私と同様に骨折予防の必要性を感じていたスタッフが何人かいたので、その人たちを基点に、院内での骨粗鬆症ケアに関する啓発活動を進めていきました」と田中氏。
当初、骨粗鬆症ケアが必要と思われる患者のリストアップ、転倒リスクの評価、患者・家族への説明、回復期リハビリテーション病院への情報提供など、OLSのほぼ全てを理学療法士が担当していた。だが、患者との接触機会が多い看護師が参加すればOLSを効率よく提供できると考えた田中氏は、病棟看護師に協力を打診した。
すると田中氏と同様、繰り返す骨折に強い問題意識を抱いている看護師が2人いることが分かった。そこで早速、その看護師たちにOLSへの参画を依頼するとともに、骨折と骨粗鬆症の関係や骨粗鬆症ケアについて看護師同士で話し合う機会を作ってもらうことにした。そして看護師たちの関心が高まったところで、田中氏が講師を務める勉強会を開くなどして、院内での啓発活動を本格化させていった。
前述の骨粗鬆症外来の開設に際しても、田中氏は外来看護師と事務スタッフに同様の働きかけを行い、協力を得ている。事務スタッフには現在、骨粗鬆症外来の受診患者に対して、それまでに行った骨粗鬆症教育の内容がどれくらい定着したかを確かめる簡単なテストの実施を担当してもらっているという。
この他OLSには、歯科医師も参加している。骨粗鬆症治療に使用するビスホスホネート製剤は顎骨壊死を発症する可能性があるのでその評価のために、また誤嚥性肺炎を回避する目的とした口腔ケア評価のために、近隣の歯科医師に訪問診療を依頼している。歯科医師の介入により、病棟看護師などが患者の口腔内の状態に関心を持つようになることも期待している。
OLSが整形外科医の行動変容にも
では、ベルランド総合病院のOLSチームの活動は、骨折予防にどれだけの効果を上げているのだろうか。実際のところ、その評価はなかなか難しい。外来で骨粗鬆症ケアを受けていたとしても、2度目以降の骨折時に、必ずしもベルランド総合病院で治療を受けるとは限らないからだ。しかし「臨床現場では、左右双方の大腿骨を折ってしまう患者さんの数は減ったと感じていて、スタッフそれぞれが一定の手応えを感じています」と田中氏は言う。
OLSの定着によって、整形外科医の間でも骨粗鬆症に対する関心が着実に高まっている。整形外科部長の倉都氏は、その変化を次のように語る。「当院の整形外科は、医師9人で年間1600件ほどの手術を手がけています。多忙を理由にしてはいけませんが、従来は、なかなか骨粗鬆症ケアにまで考えが及びませんでした。それが今では、骨折を担当することが多い若い医師を中心に、骨粗鬆症への対応が大切であるという認識が広がっています。例えば、入院中に骨密度を測定して退院時に骨粗鬆症治療薬を処方したり、転院先の回復期リハビリテーション病院に治療内容の申し送りをしたりしています」。
その倉都氏は今、骨粗鬆症のスクリーニング対象を広げる必要性も感じている。「これまでは大腿骨近位部骨折に焦点を絞ってきましたが、橈骨遠位端骨折や上腕骨の近位部骨折、脊椎椎体骨折といった脆弱性骨折も多く、これらの患者さんにも骨粗鬆症ケアが必要でしょう。次に大腿骨近位部骨折を起こすリスクが高いことが分かっているので、しっかりケアしていきたいと考えています」と語る。
常に変化し続けるOLSチーム
これまでOLSの取り組みを進めてきた中で、田中氏が最も気を遣ったのが、病棟看護師への協力要請だったという。病棟看護師の業務は、入院患者に必要かつ十分なケア体制が整備されているため、そこにOLSを追加して組み込むことは容易ではない。このため、「事前にできること・できないことを明確化して、どの程度ならお願いできるかを綿密に協議して決めました」と田中氏は話す。
さらに、病棟看護師の負担ができるだけ小さくなるように、患者に確認すべき項目を整理したシートや、重点的に説明してほしい項目の一覧表などを、田中氏が作成して使ってもらうようにした。「実際に業務を依頼してからも、継続的に資料や一覧表の見直しを検討する話し合いの場を設けて、無理なく続けられるように配慮しました」と田中氏は振り返る。
このように、OLSに参画するスタッフの業務を可能な限り軽減する対応は、医師に対しても同様だ。医師にしかできない業務のみを担ってもらい、それ以外の細かい作業はメディカルスタッフが担当する役割分担にしている。
将来は薬剤師や管理栄養士にもOLSチームに参加してほしいと田中氏は考えているが、現状では難しいと言う。「入院中から積極的に骨粗鬆症ケアに介入できるようになれば、病棟薬剤師にもぜひ参加してほしいと思っています。しかし現状では、治療薬を処方するにしても退院時なので時期尚早ですね。生活習慣病に限らず骨折でも、退院後の食生活を含めた管理栄養士の指導は大切なのですが……」。
とはいえベルランド総合病院では、田中氏が中心的な役割を果たすOLSチームの活動によって骨粗鬆症に関する啓発が奏功し、骨折を経験した患者はその治療の大切さを認識している。今後のOLSチームの展開について田中氏に問いかけると、こんな答えが返ってきた。
「私は欲深い人間ですので、なかなか現状には満足できません。まだまだやれることはありますし、やりたいと考えていることもたくさんあるので、OLSチームが完成することは永遠にないと思います。患者さんの病態や年齢層、特徴も変わっていきますし、同じ職種がそのまま活動できる保証もありません。色々な変化に対応するため、チームの形態を日々更新し続けていくことが大事だと考えています」
ベルランド総合病院のOLSチームは、病院の辞令なしに集まった有志によるグループだ。それだけに、環境の変化に応じて柔軟に対応することは得意にするところでもある。急性期病院ならではの、ひと味違ったOLSチームの活動が今後どう進化していくのかが注目される。
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田中 暢一 氏
2003年吉備国際大学保健科学部理学療法学科卒業、同年社会医療法人生長会ベルランド総合病院入職。現在、同病院理学療法室主任を務める。