公立大学法人横浜市立大学と株式会社NTTデータは、遠隔ICUシステム「Tele-ICU」(テレ・アイシーユー)を構築して、2020年10月から運用を開始した。横浜市内の4病院のICU・HCUに入院する患者のバイタル情報、リアルタイム映像、電子カルテ情報を同大学附属病院内に開設した「Tele-ICU支援センター」でモニタリングし、患者の急変などに対応する。同病院集中治療部部長の髙木俊介氏に、Tele-ICU構築の経緯や狙い、システム開発・運用の実際について聞いた。
横浜市立大学附属病院
(神奈川県横浜市)
横浜市立大学附属病院 集中治療部
「元々は私が研修医だった時、なかなか患者さんの急変に気づけなかったことが、このシステムを開発しようと考えた発端です。今にして思えば、色々なデータを集めて確認していれば、急変に気づけたのではないかという反省もあります。それから20年が経った今も、患者さんの急変に気づけないことはあります。色々なデータを活用して自動的に患者さんの重症度を判定し医療者に伝える仕組みがあれば、急変に気づけるようになるのではないかと考え、3年ほど前から研究開発を始めました」
横浜市立大学附属病院内で半ば独立した形の「Tele-ICU支援センター」を運営している同病院集中治療部部長の髙木俊介氏は、遠隔ICUシステム「Tele-ICU」の開発に至った経緯をこのように語る。「急性期治療中の患者さんの治療優先度決定の支援を行えるシステムの運用は、意味のある患者情報の共有を図ることで、医師・医療スタッフの働き方改革にも寄与するのではないかと思います」とも付け加える。
バイタル情報、電子カルテ情報、患者動画をモニタリング
横浜市立大学附属病院は、大学医学部が4校ある神奈川県にあって、横浜エリアを中心に三次救急を担う病院だ。Tele-ICU支援センターは、同病院のICU8床・HCU8床と同大学附属市民総合医療センターのGICU8床・HCU10床のほか、横浜市立脳卒中・神経脊椎センターのHCU6床、横浜市立市民病院のICU・CCU計18床を専用回線で結ぶネットワークを形成している。
いずれの医療機関も横浜市の管轄下にあるが、ICU・HCUの運用形態は各診療科の主治医が診るオープン型であったり、専従の医師が診るクローズド型であったりと様々だ。Tele-ICU支援センターには専従の医師と看護師各1人が常駐して、患者の全身管理を支援する。
遠隔医療と言えば、ウェブ会議システムを利用したオンライン診療をイメージしがちだが、Tele-ICU支援センターには、患者のバイタル情報や検査データ、電子カルテデータなど豊富な情報が送られてくる。その中の画像情報には、画像診断機器のデータに加え、患者の顔の表情や、全身の様子を記録した動画も含まれる。しかも、その情報をAI(人工知能)がウオッチして、注視すべき患者を順位付け(トリアージ)し、3分に1回の頻度でTele-ICU支援センターに伝える仕組みになっている。このため、医師1人と看護師1人で約60床をカバーできるのだ。
「日中、外来診療や手術を行っている医師に代わってICUの患者に急変がないか、Tele-ICU支援センターのスタッフがモニタリングしています。スタッフ数が減少する夜間にも対応できるよう、2022年4月からは24時間対応に移行する予定です」と髙木氏は話す。
横浜市立大学附属病院内の「Tele-ICU支援センター」で患者情報を遠隔モニタリングする集中治療部部長の髙木俊介氏。
患者急変を予測するAIをシステムに搭載
ICUにおけるインシデント事例の半数以上は、継続的な監視の不徹底や医療者間の連携不足に起因しているとの報告がある。Tele-ICUのシステムでは、各病院のICU・HCUをTele-ICU支援センターがバックアップすることで、このリスクを解消していく。
患者の状況をモニタリングするだけでなく、毎日のサマリー記入に加え、鎮静・鎮痛や胃潰瘍予防、人工呼吸器関連肺炎(VAP)予防、深部静脈血栓症(DVT)予防、早期リハビリテーション、排便コントロール、栄養投与といったプロトコルが導入されているかをチェックして、未導入の患者がいれば指摘するなどのアドバイスも行っている。また、皮膚科医が常駐していない横浜市立脳卒中・神経脊椎センターに対しては、横浜市立大学附属病院の皮膚科専門医がTele-ICU支援センターのモニター経由で遠隔診療を行い、薬疹への対応などをアドバイスした事例もあり、今後、活用の幅は拡大していく可能性もある。
Tele-ICUの機能は、連携先医療機関の患者モニタリングにとどまらない。その先の目標として、AIを用いた診断精度の向上を視野に入れている。「患者さんによっては、検査値やバイタルサインが正常値から外れていても、状態は安定している場合があります。そのようなケースも含め、検査値の変化とイベント発生を結び付けてAIに学習させることにより、急変予測の精度を上げていくことに取り組んでいます」と髙木氏。「ICUの専従医師は、患者さんの様子から安定、急変を推察しています。この暗黙知をAIに学習させるため、患者さんの表情を撮影した画像などもAI向けの教材に加えています」とも言う。
顔の表情や手の動かし方から特徴を抽出して、患者によるチューブ抜去行動の予測を行うことには、特に手応えを感じているようだ。「ICUでは、患者さんによるチューブ抜去が付きものともいえます。しかし、これを防ぐために拘束や抑制をしてはいけません。ICU退室後の予後に悪影響を与える可能性があるからです。行動の予測精度を高めれば、スタッフが事前に介入してチューブ抜去を防ぐことが可能になります」と髙木氏は語る。
課題は医療情報の一元管理と運用費用の確保
Tele-ICUのシステムは、連携先医療機関の患者モニタリング支援で効果を上げ、急変を予測するAIの学習を進めているが、システムの改良だけでは解決が難しい課題も抱えている。それはTele-ICU支援センターでモニタリングしている情報を一元管理できないことだ。
電子カルテデータなどの患者情報は、各医療機関のシステムに外部から直接アクセスして閲覧している。そのため、ICUの部門システムのデータと統合して管理することができないのだ。AIによるトリアージで注視すべき患者を示されても、その患者のデータは、スタッフが手作業で異なる参照元から引き出さなければならない。
データの統合が行えないのは、医療機関内の情報システムが標準化されていない上、セキュリティーを確保するためにクローズドなシステムになっているためだ。連携先の4医療機関は同じメーカーの情報システムを使用し、同一のサーバーで運用されているが、それでもICU・HCU部門のデータ統合は容易ではない。
もう一つの課題は、運用コストだ。サーバーの運営管理料や通信回線使用料が発生するため、これに見合った診療報酬が担保されることが継続運用には必要だ。髙木氏は「Tele-ICU支援センターでは、さらに施設の整備費や人件費も考慮しなければなりません。そのために遠隔ICUシステムのエビデンスを蓄積して、次回や次々回の診療報酬改定で、入院管理料にその分の上積みを図ってもらえるように努力しています」と語る。
携帯端末でのモニタリングに取り組む
髙木氏は現在、Tele-ICU支援センターで確認している各種情報を、スマートフォンなどの携帯端末で確認できるようにすることを検討している。「ICUの患者さんの急変を、その場を離れている医師に看護師が内線電話で知らせる場合、口頭での連絡では瞬時に状況を理解することは難しいのが実情です。しかし、必要な情報を画面で確認できれば、より状況を把握しやすくなります」と髙木氏。「これが実現できれば、日中の手術を終えた外科医がICUの専従医師に対応を任せて帰宅した場合も、両者の連携により、患者さんの急変に的確な対応が取れるようになります」と付け加える。
一般のインターネット回線を使う場合、セキュリティーの確保を考慮する必要はあるが、医師の拘束時間を減らして働き方改革を進める上でも、期待される取り組みといえる。小さな画面での視認性を高めるため、別々のシステム上にある情報を一元的に閲覧できるアプリケーションの開発も急がれるところだ。
「3年ほど前から取り組み始めた遠隔ICUシステムの開発ですが、設定した目標に対する到達度は現在20パーセント程度にすぎません。実際に活用しながら改良すべき点を洗い出し、今後2〜3年のうちに目標を100%達成したいと考えています」と髙木氏は話す。そのためには開発スピードを加速させる必要があるが、「短時間で開発目標を達成して、事業化の推進を図っていきます。それにより遠隔ICU事業の勢いがあるところを見せていくことが、診療報酬などの制度を変えていくためにも必要です」と言う。
髙木氏らが取り組むTele-ICUは、急性期医療における患者管理の支援にとどまらず、喫緊の課題となっている「医師の働き方改革」にも大きく寄与するものとして期待が高まっている。
横浜市立大学附属病院のICU前室。様々な情報をモニターが表示している。これらの情報を効率よくスマーフォン画面に移植することが次の目標だ。
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髙木 俊介 氏
2002年横浜市立大学医学部卒業、横浜市立大学附属市民総合医療センター高度救命救急センター助教、マレーシア国立循環器病センター麻酔科臨床修練医、プリンス・オブ・ウェールズ・ホスピタル集中治療部臨床研究員として留学後に、横浜市立大学附属病院集中治療部に助教として赴任。現在、同病院集中治療部部長・准教授。日本集中治療医学会評議員・ad hoc遠隔ICU委員会委員長。