豊富な経験を元に理想の膠原病・リウマチ診療を実践

神戸市立医療センター中央市民病院に膠原病・リウマチセンターが発足したのは2020年11月のこと。一般病床750床を擁する神戸市の基幹病院でありながら、それまで同病院には膠原病・リウマチ性疾患を専門に扱う診療科がなかったという。膠原病・リウマチセンターは、2021年4月に膠原病・リウマチ内科という専門診療科に衣替えした。京都大学医学部附属病院から同科部長として赴任した大村浩一郎氏には、臨床はもちろん研究でも世界に誇れる情報を発信していこうという強い思いがある。

神戸市立医療センター中央市民病院(兵庫県神戸市)

神戸市立医療センター中央市民病院
膠原病・リウマチ内科

研究室を擁する膠原病・リウマチ内科

 神戸市立医療センター中央市民病院の膠原病・リウマチ内科は、一般病院には珍しい「臨床免疫研究部」という研究組織を擁している。博士号を持つ研究者らで構成する研究チームが日々取り組んでいるテーマの1つが、膠原病の一種である全身性エリテマトーデス(SLE)患者の血液から治療反応性や再燃を予測するバイオマーカーを探索することだ。

 膠原病・リウマチ内科では、関節リウマチ、SLE、多発性筋炎・皮膚筋炎、強皮症、血管炎症群といった典型的な膠原病のほか、膠原病類縁疾患と呼ばれるベーチェット病、成人スティル病、IgG4関連疾患、脊椎関節炎など免疫異常の結果、身体に炎症が起こる様々な疾患を扱っている。こうした疾患の臨床とともに、研究にも力を入れているところが同科の特徴だ。

 SLEは顔面に赤い蝶々がとまったような皮膚の病気と理解されてきたが、患者の約半数は腎臓病に罹患し、関節炎や発熱、血球減少や肺に水が溜まるなど多様な病態を呈する。しかも一人ひとりで症状が異なる複雑な疾患だ。自己抗体を産生するBリンパ球やTリンパ球、抗原提示細胞に加えて好中球なども関わって多彩な炎症が起こり、全身の組織が傷害される。治療の主体はステロイド薬の投与で、ほかにも種々の免疫抑制薬が開発され治療の選択肢は増えているが、いまだ治療に難渋することが少なくない。

 そこで、研究チームは患者の血漿、血球、RNAを受診のたびに採取し、分析している。その理由について、大村氏は次のように語る。「多くの研究室ではSLEの発症直後とせいぜい治療後1,2回の血液サンプルを採取するにとどまっていますが、我々は患者さんが受診するたびに、血液サンプルを採取し、解析や保存を行っています。これにより、どの時点で起こる病勢の変化にも対応できますし、変化の前後で血液にどのような変化が起こっているのかを解析することもできます。将来、世界のSLEの研究から新しい知見がもたらされた際には、保存サンプルを解析して検証することも可能です。またこれら全ての試料に詳細な臨床情報が紐づいているのも特徴です」。

 神戸市立医療センター中央市民病院の膠原病・リウマチ内科を受診するSLE患者は150人ほど。「これだけの数の患者さんの血液サンプルを経時的に解析、保存しているのは我々だけではないでしょうか。こうした研究から、治療反応性や再燃を予測するバイオマーカーなどを探索していきたいと考えています」と大村氏は抱負を語る。日々の臨床に当たるとともに、そこから得られた患者のサンプルや情報を新しい治療法の開発に応用する──。大学病院でもなかなか取り組めないコホート対象の研究が、膠原病・リウマチ内科の発足とともにスタートしている。


臨床免疫研究部では毎日、SLE患者の血液サンプルの収集が行われている。

関節の身体診察のみで患者の状態を把握できる診察法に感動

 大村氏は長く関節リウマチの診療に苦手意識を抱いていたという。だが、転機は米国留学中に参加した米国リウマチ学会(ACR)で訪れた。同学会に日本から参加していた道後温泉病院(松山市)理事長(現・顧問)の高杉潔氏の知遇を得て、同病院で関節リウマチ診療に従事することになったのだ。

 道後温泉病院は、当時まだ珍しかった関節リウマチの専門病院。高杉氏は日本から2人しか選ばれていない「ACRマスター」を授与された人物だった。大村氏にとって、道後温泉病院の関節リウマチ診療は理想の姿に思えた。「2004年7月に初めて高杉先生の外来を見せていただいた時の衝撃は忘れられません」と言う。全身の関節を診察することで、患者の訴えていない関節の変化まで身体所見のみで言い当て、さらには腫れて伸ばせなくなった膝の関節を独自の関節リハビリテーションを施すと、患者が「膝が楽になった」と喜んでいた。関節の状態を把握すれば、おのずと患者の生活指導として次に何をすればよいかも分かってくると理解できた。

 道後温泉病院に勤務するようになってからは、高杉氏に「関節の診察の仕方を覚えたら、あとはひたすら関節を触って慣れること」と教わった。「関節に触れてみることをしない内科医も少なくありませんが、触れることで検査数値だけでは見えない貴重な情報が得られます。腫脹、圧痛の有無だけではなく、腱鞘炎や靭帯の緩み、過去の炎症の痕跡まで触るだけで把握できますし、エコーやMRIはそれを確認し自身の診察手技の向上に用いるものなのです」と大村氏は強調する。

 2年弱の道後温泉病院での診療経験を経て、大村氏は京都大学医学部附属病院に戻った。京大病院時代には十条リハビリテーション病院(京都市、現・十条武田リハビリテーション病院)でリウマチ外来を担当し、理想のリウマチ診療の追求を続けた。

適切な薬物療法にいかにQOL向上を積み増すか

 関節リウマチの治療はこの20年間で劇的な変化を遂げた。以前はステロイドと有効性の限られた抗リウマチ薬を使用するしかなかったが、1999年のメトトレキサート(MTX)の登場を皮切りに、生物学的製剤、JAK阻害薬が続々と登場。ステロイドに頼らず、寛解状態を続けることが普通になりつつある。

 「今は関節リウマチに対する多くの治療薬がありますが、それをきちんと使いこなすことが専門医のベースライン。その上に、患者さんのQOL(生活の質)向上をどれだけ積み増せるかが専門医の腕の見せ所です」。こう語る大村氏は「今後、膠原病や関節リウマチの診療は、患者さん一人ひとりの希望をいかに叶えていくかという個別化医療の要素が強くなるでしょう。そのためには患者さんの生活に関する情報を共有することが重要になります。例えば『山登りを楽しみたい』や『楽器演奏が生きがい』など、個々の患者さんの治療への希望に十分耳を傾け、その上で患者と一緒に治療法を考えることが大切になってきます」とも言う。 

 薬物療法の進歩によって、関節リウマチの進行が止められず寝たきりになってしまうような患者は減少した。だが、その一方で新しい課題も生まれている。患者の高齢化である。治療を継続中の患者の高齢化とともに、高齢になって発症する患者の数も増加している。加齢に伴い腎臓の機能が低下すれば、薬剤の代謝にも影響が出てくる。「患者さんの合併症や臓器障害に合わせて薬剤の投与量を調節したり、全身状態とQOLを考慮した治療法を選択することも、関節リウマチ専門医の腕の見せ所です」と大村氏は話している。

理想のリウマチ診療を実現するポイント

 天理よろづ相談所病院、道後温泉病院、京都大学医学部附属病院、十条武田リハビリテーション病院で一貫してリウマチ患者の診療に当たってきた大村氏によれば、理想のリウマチ診療を実現するためには欠かせない5つのポイントがあるという。それは以下の通りだ。

 1.28関節だけでなく、足趾を含めた関節の診察をしっかりと行うこと
 2.エコーやMRIを駆使して正確な関節評価を行う姿勢を持つこと
 3.ガイドラインを重視しつつも、個々の患者さんにとって最良の治療を提案できること
 4.ナースやリハビリ部門(PT/OT)が参加し患者さんの生活に根付いた評価や指導を行うこと
 5.多職種参加型のリウマチ診療とサービスの提供

 大村氏が部長を務める神戸市立医療センター中央市民病院の膠原病・リウマチ内科はこの理想に向かって少しずつ体制を整えつつある。さらに大村氏は、理想の膠原病・リウマチ診療を実践するだけにとどまらず、SLE患者のコホート研究を手始めに、膠原病・リウマチ性疾患患者の治療およびQOL向上につながる手がかりを探すという、新たな課題にも取り組む毎日を送っている。

膠原病・リウマチ内科と総合内科のスタッフ。両科が共同して診療に当たる。(写真は定期カンファレンスの直後に撮影)

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大村 浩一郎 氏

1990年北海道大学医学部卒。天理よろづ相談所病院、京都大学医学部附属病院、米国ハーバード大学(ジョスリン糖尿病センター)留学、道後温泉病院リウマチセンターを経て、2006年京都大学医学部附属病院免疫・膠原病内科助教、2011年同講師、2014年同准教授、2019年同診療科長。2021年より神戸市立医療センター中央市民病院の膠原病・リウマチ内科部長を務める。

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