関節リウマチ患者の治療に整形外科も積極関与

1000を超える病床を擁し、民間病院の雄として全国に名を馳せる公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院。そこへ2021年4月、伊藤宣氏が京都大学から整形外科主任部長として赴任した。近年は効果が高い生物学的製剤の登場によって、関節リウマチの診療における薬物療法の比重が高まりつつある。だが、内科と整形外科の連携の必要性を訴える伊藤氏は、外科手術の適応となる患者の見極めこそが重要だと指摘する。

倉敷中央病院 整形外科 (岡山県倉敷市)

倉敷中央病院 整形外科
岡山県西部の中核病院である倉敷中央病院は、民間病院でありながら大学病院に匹敵する規模を誇る。

 倉敷絹織(現在のクラレ)や中国水力電気会社(現在の中国電力)、大原美術館を設立した倉敷紡績株式会社(現在のクラボウ)社長の大原孫三郎氏が、岡山県倉敷市に倉敷中央病院を創設したのは1923年(大正12年)。2023年には創設100周年を迎える歴史ある病院だ。許可病床数1172床、診療科数20、救急車受入数年間約1万人といったように国内でも屈指の基幹病院である。その倉敷中央病院には、岡山県内にとどまらず中四国地方の各地から患者がやって来る。

 創設者の大原孫三郎氏は病院設立に当たって、当時の京都大学総長の荒木虎三郎氏に医師の派遣を要請。以来、倉敷中央病院と京都大学は密接な協力関係にある。そして2021年4月、京都大学から倉敷中央病院整形外科の主任部長として着任したのが伊藤宣氏だ。

 同病院の整形外科では、「脊椎外科」、「関節外科」、「外傷外科」の各班に分かれて手術を担当する。これまでいろいろな手術を経験してきた伊藤氏だが、最近もっぱら手がけるのは、股関節や膝関節、足の指などの足全般の手術だという。「件数で最も多いのは変形膝関節症ですが、関節リウマチも大切な分野です」と伊藤氏は話す。

内科治療だけでは手の打ちようがない例も

 倉敷中央病院の内分泌代謝・リウマチ内科にはリウマチ・膠原病グループがある。生物学的製剤の登場以降、関節リウマチの治療は薬物療法の比重が高まっていることから、多くの患者が同科を受診している。そうした状況の中で、関節リウマチ診療における整形外科の役割を、伊藤氏は次のように語る。「関節リウマチの診療が、薬剤中心の治療に切り替わってきたことは事実です。しかし患者さんによって、投薬やリハビリテーション、関節注射などを行っても、それ以上は手の打ちようがないこともあります。そのような場合は手術の適応になりますし、また手術を組み合わせることで薬物療法が奏効しやすいというケースもあります。大切なのは、どのような患者さんが手術の適応になるかを正しく見極めることなのです」。

診察室で患者に関節の状態を説明する伊藤氏。

 

 関節リウマチに対する手術は明らかに減少傾向にあるが、手術が必要な関節症状や関節破壊も無くなったわけではなく、決して見過ごすことはできないという。現在でも関節リウマチに対して最も行われている手術は、膝関節の人工関節である。それは患者の高齢化と高齢発症患者の増加によって、関節リウマチと変形性膝関節症の合併例が増えていることが理由であるという。またここ10年ほどで特に増えているのが足の指の手術であるという。患者さんがより良いADLを目指して、これまで後回しにされてきた足の指の痛みや変形を治そうとする意欲の向上に伴うものである。

 また、手術の適応を検討すべき状態の一つに神経麻痺がある。脊髄が何らかの原因で圧迫され脊髄症となった症例のほとんどが、手術を選択した方がよいとされる。関節リウマチというと、患者の多くは手足の関節病変をイメージするが、脊髄まで悪くなるという考えには至らない。しかし、脊髄にもたくさんの関節があり、中でも頸椎は酷使されやすく、その分負荷がかかるため関節リウマチの罹患頻度は高い。薬剤がよく効いていたが、ある時から首の痛みを訴えるようになったのでX線写真を撮影してみたところ、椎骨がずれて関節亜脱臼を起こしていた──といった症例は珍しくないという。

 神経障害が出現した場合には、一刻も早い外科的処置が必要になる。「神経障害は、いったん進行してしまうと回復が困難であるため、進行する前にその原因を取り除くことが何より重要です。障害の原因を直接取り除くことができるのが、外科治療の最大の強みです」と伊藤氏は話す。

薬物療法が進歩しても整形外科には存在意義

 こうした神経麻痺と、関節リウマチの典型的な症状である関節障害や関節変形などとの鑑別診断は容易ではない。同じ症状であっても、神経麻痺が原因であることもあれば、関節障害や腱障害によって引き起こされていることもある。「両者の区別がつかない場合や突然症状が出てきた症例は、整形外科に紹介するか、患者さんに整形外科を受診するよう勧めていただくことが必要です」と伊藤氏は語る。

 生物学的製剤の登場によって、関節障害が進行し寝たきりになるという関節リウマチの患者像は、過去のものとなりつつある。しかし、それでも関節リウマチに伴う様々な障害の結果、QOL(生活の質)を大きく損なってしまう患者は存在する。そうした患者の機能障害を取り除くことこそ、整形外科医の役割であると伊藤氏は訴える。

 関節リウマチにおける手術には、滑膜切除術、関節形成術、切除関節形成術、関節固定術、人工関節置換術、脊椎手術などがあり、障害された部位や状態から術式を選択することになる。股関節や膝関節で、よく選択されるようになった人工関節置換術は、長期的な耐久性もあることから「関節の病気をほぼ完全に駆逐できることが良いところです」と伊藤氏は述べている。

 「どんなに薬物療法が進歩しても、関節の機能障害や神経麻痺を発症する患者がいる以上、関節リウマチ診療における整形外科医の出番がなくなることはありません」と伊藤氏は付け加える。現在、倉敷中央病院整形外科では、患者紹介の基盤作りを進めている。その一環として、患者情報を密接に共有すべく内分泌代謝・リウマチ内科と合同カンファレンスを開始した。

若手医師に研究論文の執筆を呼びかけ

 伊藤氏が倉敷中央病院に赴任して半年たつが、ここへ来て若手医師の研究発表や論文執筆の少なさに気が付いたという。倉敷中央病院は、臨床を担う中核病院であると同時に、研修医や若手医師が経験を積むための臨床研修指定病院でもある。伊藤氏は、教育医療機関としてのより一層の機能強化が倉敷中央病院には必要だと考えている。

 「当院では、ベテランと呼ばれる医師は優れた論文を多数執筆していますが、若い医師の研究発表や論文発表は決して多いとは言えません。診療で多忙で時間が取れないのは分かりますが、その中でも少しでも時間を見つけて研究を行い、それを発表し、その内容を論文にまとめる習慣を身に付けてほしいと考えています。研究によって自分の考えをまとめて発表することは、診療の力を向上させることにつながるからです」。こう語る伊藤氏は、若手医師に次のようなアドバイスを送る。

 「日常診療の合間に研究を行って論文を書く習慣を付け、将来的には新たなエビデンス構築につながるような臨床研究を手がけてほしいと考えています。例えば、内科から整形外科に患者を紹介するタイミングを知る手がかりになる臨床スコアやバイオマーカーを発見できれば、関節リウマチの診療に大いに役立つはずです。まずは症例報告でいいから、とにかく研究を始めようと若い先生たちには話しています」。

 伊藤氏の薫陶を受けた若い整形外科医たちが、関節リウマチ診療の分野で存在感を示す日は、それほど遠くないであろう。

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伊藤 宣(いとう・ひろむ)氏

1990年京都大学医学部卒業。2001年同大学大学院医学研究科博士課程(外科学専攻)修了。京都大学医学研究科講師、准教授、特定教授を経て2021年4月より現職。専門は関節リウマチ、変形性関節症、足の外科など、全身の関節疾患。


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