高齢化の進展が著しい群馬県館林市では、骨粗鬆症による脆弱性骨折への対応が大きな課題になっている。慶友整形外科病院では2次骨折予防の強化を目的に、2018年、骨粗鬆症専門医による「健康長寿外来」を開設した。その翌年には骨折予防を目的に独自のリエゾンチームを立ち上げ、多職種による早期介入を開始している。これまで十分ではなかった骨折後の骨粗鬆症治療率が向上するなど、大きな成果を挙げている。
特定医療法人慶友会 慶友整形外科病院(群馬県館林市)
特定医療法人慶友会 慶友整形外科病院
慶友整形外科病院は、災害に強い病院を目指して免震構造を取り入れ、200mの深井戸や自家発電機も備える。
群馬県の東部に位置する館林市。高齢化率は28.7%で今後も上昇が予想される。同市の医療において高齢者の寝たきりに直結する転倒・骨折の予防と、その前提となる骨粗鬆症対策は喫緊の課題だ。
「館林市およびその周辺の地域には農業従事者が多く、高齢の女性も労働の大切な担い手です。歳をとっても文字通り身を粉にして働く女性が多く、骨粗鬆症による骨折は大きな問題になっています」。こう語るのは、慶友整形外科病院・慶友健康寿命延伸センターでセンター長を務める岩本潤氏だ。
「患者さんの多くは骨折を契機に受診しますが、骨折を治療しても、その原因となる骨粗鬆症を治療しなければ、再び骨折を繰り返すことになります。そうなれば寝たきりになって日常生活動作(ADL)や生活の質(QOL)が低下して、死亡リスクが高まることにもつながります。ですから、骨折を治癒した後の骨粗鬆症への効果的な介入が欠かせません」と岩本氏は指摘する。
館林市の整形外科医療で40年の実績
慶友整形外科病院の母体である特定医療法人慶友会の原点は、理事長の宇沢充圭氏が1979年に館林市内に開業した宇沢整形外科だ。その後、患者や手術件数が増加したことから、1989年に慶友整形外科病院を開設。2019年には同病院を新築移転し、旧病院をクリニックとして存続するなどして規模を拡大してきた。
現在は、慶友整形外科病院、外来専門の慶友整形外科クリニック、宇沢整形外科、慶友健診センターの4施設を擁するまでに成長した。入院患者は137床の完全個室の病室を備えた慶友整形外科病院で、外来は慶友整形外科クリニックと宇沢整形外科で診療する体制を取っている。高度な整形外科医療の提供を目的に、慶友脊椎センター、慶友スポーツ医学センターなど10分野の研究センターも組織する。
「まごころをこめて整形外科専門病院として安全で質の高い医療をおこなうとともに地域の健康向上に寄与する」ことを理念とし、40年にわたって地域に根付いた整形外科医療のあり方を追究してきた慶友会にとって、「転倒予防・骨折予防」は重要なキーワードだ。2002年からこの課題に取り組んできたが、近年のロコモティブシンドローム、フレイル、サルコペニアといった概念の登場を踏まえて、2018年に慶友整形外科病院に「慶友健康寿命延伸センター」を開設、宇沢整形外科の骨粗鬆症外来との連携強化を目的に「健康長寿外来」を開始した。受診患者は増える一方で、週2回の診療日に、多い時には各外来に200人を超える患者が訪れる。
センター長の岩本氏は「骨粗鬆症の患者治療率の向上と、治療開始後の患者の治療継続率を上げることが課題です。とはいえ骨粗鬆症の診断や管理、フォローアップを医師だけで行うことは困難です。看護師や管理栄養士、理学療法士、薬剤師、診療放射線技師、ソーシャルワーカー、医療クラークなど多職種との連携が欠かせません」と語る。
2次骨折予防を目指して独自のリエゾンチームを発足
脆弱性骨折の一つである大腿骨近位部骨折は、前述の通り、寝たきりの原因となるばかりでなく、生命予後を悪化させる。骨脆弱性の主因は骨粗鬆症だが、我が国においてその治療は十分とはいえないのが現状だ。かつての慶友会も例外ではなかった。「全国的にも大腿骨近位部骨折の骨粗鬆症治療率は20%程度とされていて、以前は当院でも同等の治療率にとどまっていました」と理学療法士の加藤啓祐氏は振り返る。
そこで2019年に、独自の骨粗鬆症リエゾンサービスである「慶友リエゾンサービス」(KLS)を開始した。当初は大腿骨近位部骨折患者を対象に治療後のフォローを手がけていたが、現在は2次骨折予防として脆弱性骨折の患者全体のフォローにまでカバー範囲を広げている。
KLSを手がけるのは、病棟看護師3名、外来看護師3名、薬剤師2名、栄養士1名、理学療法士1名、作業療法士1名、診療放射線技師1名、医療ソーシャルワーカー(MSW)1名、メディカルアシスタント1名。このうちの多くが骨粗鬆症マネージャーの資格を有しており、同病院の資格保持者は13名に上る。これらのスタッフが大腿骨近位部骨折の患者に対して、入院中から2次骨折予防を目的に介入を行う。
骨粗鬆症の薬物治療だけではなく、薬剤師が患者への服薬指導、服薬管理を実施し、理学・作業療法士が認知機能、身体機能、転倒リスク評価を行う。また、健康運動指導士が運動療法をサポートして、栄養師が栄養評価と食事指導を行い、MSWが地域連携やフォローアップを行う。患者には同病院オリジナルの「コツ管理ノート」を手渡し、一人ひとりに合わせた介入内容を手帳に記入してもらうようにしている。
退院後は健康長寿外来で治療を継続するが、その意義を医師や看護師が、入院中から繰り返し患者に説明する。看護師の多田昌子氏は、こうした患者支援について「長期治療が必要な骨粗鬆症患者さんに治療への励ましを行うことは、不安や精神的な負担の軽減に有効です。そうすることで患者のモチベーションを上げ、治療継続を促し、骨折の予防につなげることができるようになります」と説明する。
骨粗鬆症は治療期間が長いことに加え、薬剤の副作用への心配や、血液検査で異常値が出ることへの不安などが治療継続の障害になる。そうした不安に寄り添えるのは看護師ならではだ。さらに多田氏らは、患者に対して「頑張りましたね」「分からないことがあったら聞いてくださいね」「焦らずに一緒に頑張りましょう」といった励ましの言葉をかけ続けるようにしているという。
KLSによる介入以前は、慶友整形外科病院における大腿骨近位部骨折後の骨粗鬆症治療率は14.5%にとどまっていた。これに対し、介入後の骨粗鬆症治療率は50%まで上昇し、KLS介入群の65.1%が退院後に骨粗鬆症外来を受診しているほか、継続的に受診する患者も56%にまでに上昇するなどの成果が出ている(KLSを開始した2019年10月から21年3月までに手術を受けた患者154人の追跡調査の結果)。
研究会で地域全体の診療の底上げを目指す
骨粗鬆症治療を継続するためには、退院後の患者を診療する地域の医療機関の協力も欠かせない。そこで慶友整形外科病院では、地域の医療従事者を対象に「ロコモ・フレイル研究会」や「健康寿命延伸研究会」を開催し、高齢者運動器疾患の診断・予防・治療についての知識修得と地域連携・多職種連携の充実を図っている。また「北関東Bone conference」を開催し、地域全体の骨粗鬆症診療のレベルの底上げにも力を入れている。2022年秋からは、新たに開設された「社会的共通資本としての医療提供推進室」の一つである「健康推進室」の活動として、一般市民の啓発を目的とした「館林市民健康講座 ~健康で豊かな生活を育もう~」の開催も行う。
「骨粗鬆症の診療は、単に薬を処方するだけでは不十分です。定期的に骨密度の測定や血液検査を行い、その結果を患者さんに還元する必要があります。その意義をまず医療者が理解することが重要です」と、岩本氏は強調する。骨密度を測る設備を持っていない診療所との間では、DXA測定を慶友整形外科病院で行い、その結果を診療所にフィードバックする「DXA連携」のシステム作りも進めている。
「研究会・講演会やDXA連携などを介して、慶友会の基本方針である『地域との連携を充実させるとともに健康寿命の延伸に取り組みます』を実現していきます」と、岩本氏は語っている。
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岩本 潤(いわもと じゅん)氏
1990年慶應義塾大学医学部卒。同大学助手(整形外科学)、ニューヨーク州立大学ヘルス・サイエンス・センター留学、慶應義塾大学病院スポーツクリニック、同病院スポーツ医学総合センターを経て、2017年より慶友整形外科病院・慶友骨関節疾患センター長。同病院の慶友健康寿命延伸センター長を兼務。