「ECMOカー」で重症コロナ患者の救命に尽力

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行で注目された体外式膜型人工肺(extracorporeal membrane oxygenation;ECMO)。前橋赤十字病院ではCOVID-19が流行する前から、ECMOの活用実績がある海外の施設に医師を留学させるなどして適切な活用法を追求してきた。院内に「ECMOプロジェクトチーム」を立ち上げるとともに、日本に数台しかないECMO搭載車両「ECMOカー」も導入。そうした体制整備を進めていたことが、コロナ禍において重症コロナ患者の救命に成果を上げることにつながった。

前橋赤十字病院(群馬県前橋市)

前橋赤十字病院(群馬県前橋市)

 2020年2月、長野県内の病院に入院していた70歳代の男性患者の状態が悪化し、重度の呼吸不全に陥った。この患者は新型コロナウイルスの集団感染が起こったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗船しており、感染発覚後に長野県内の病院へ搬送された。患者の主治医はECMOによる治療が必要と判断したが、その病院ではECMOでの治療が困難であった。

 そこで主治医は「日本ECMO net」に相談した。日本ECMO netは、全国のECMOに精通した医師らが集まり2020年に始動したばかりのNPO法人だ。相談した主治医は、隣県の前橋赤十字病院にECMOを装着したまま患者を搬送できる「ECMOカー」があることを伝えられ、すぐに同病院に患者受け入れを要請した。

 要請を受けた前橋赤十字病院は、院内の「ECMOプロジェクトチーム」リーダーの鈴木裕之氏(現・集中治療科・救急科部長)と看護師、臨床工学技士らを乗せたECMOカーを派遣、ECMO導入後、患者を3時間かけて搬送した。受け入れ後の治療が奏効して患者は軽快、4月にはリハビリテーションのため別の病院に転院することができた。このケースについて、鈴木氏は「既に悪化していた患者さんの病状からすると、ECMOカーがなければ搬送は困難でした」と振り返る。

不足しているECMO医療を支えるスタッフ

 COVID-19の流行で、重症呼吸器患者の治療の切り札としてクローズアップされたECMO。日本国内には2000台を超える装置があると言われるが、適切な稼働のためには専門知識と十分な経験を持った医師、看護師、臨床工学技士が欠かせない。しかし、日本ではそうしたスタッフが不足しており、稼働できるECMOの数は限られているのが現状だ。

 COVID-19のように突発的な需要が発生すれば、ただでさえ数が少ないECMOはフル稼働を余儀なくされ、ニーズはあっても利用できない地域が出てくることは避けられない。こうした地域格差を緩和する存在として注目されているのがECMOカーだ。前橋赤十字病院は、大学病院のように関連施設を持たない単独の病院として、日本で初めて自施設単独で運用できるECMOカーを導入した。

 肺機能が低下した患者に対しては、酸素投与や陽圧換気、陽圧式人工呼吸器管理などが行われる。しかし「肺が傷害されると肺自体の炎症を鎮静化できず、さらに持続する炎症から線維化が進行します。すると二酸化炭素を排出できなくなり、人工呼吸器の設定を厳しくせざるを得ない悪循環に陥ります。そのため治療が長期化して患者の救命が難航し、救命できたとしても社会復帰が困難な事例が増えることになります」と同病院で高度救命救急センター長兼集中治療科・救急科部長を務める中村光伸氏は説明する。この人工呼吸器関連肺傷害(VALI)と呼ばれる悪循環を回避するために使用されている手段がECMOだ。

 ECMOは、人工肺とポンプを用いて肺が本来行うべき酸素化と二酸化炭素除去を代替する。それによって陽圧人工呼吸や高濃度酸素による障害を回避しつつ、重症呼吸不全における治療時間を確保する。とはいえ、その使用には相応の技能と経験が必要とされ、安易な施行はリスクを伴う。場合によっては多くの合併症を引き起こし、結果として患者を失うことにもなりかねない。「経験を重ねても、ECMOを用いた治療が難しいものであることに変わりはありません」と鈴木氏は語る。

前橋赤十字病院・高度救命救急センターのスタッフたち。(同病院提供)

低い救命率きっかけに学会がプロジェクト立ち上げ

 以前から日本ではECMOによる治療が行われていたが、治療成績は関係者にとって満足のいくものではなかったという。期せずしてそれが明らかになったのが、2009年の新型インフルエンザ(H1N1)の流行だった。この時、各国から報告された生存率は、スウェーデンの92%、オーストラリアの81%、英国の71%に対して、日本は36%と際だって低かった。

 この結果に衝撃を受けた日本呼吸療法医学会と日本集中治療医学会は2012年に「ECMOプロジェクト」を立ち上げ、日本のECMO医療の成績向上に乗り出した。前橋赤十字病院もこのプロジェクトに登録し、その支援を受けて鈴木氏がECMO先進国であったスウェーデンのカロリンスカ研究所に短期留学した。そこで鈴木氏は、ECMO機材の選択やECMOの適応基準、相対的除外基準、運用法など、ECMOを用いた治療の実際に関わるノウハウを吸収した。

 その後、帰国した鈴木氏が中心となり、医師3人、看護師10人、臨床工学技士3人からなる「前橋赤十字病院ECMOプロジェクトチーム」を発足させた。プロジェクトチームはECMOを使用する際のマニュアル整備に加え、シミュレーションや勉強会を開催するとともに、ECMOを巡るトラブルの発生時にも対応できるようトレーニングを繰り返した。

 プロジェクトチームが構築したシステムやノウハウは、ICUに勤務する医師、看護師、臨床工学技士の全員が参加する「前橋赤十字病院ECMOチーム」に引き継がれ、同病院のECMO医療の底上げにつながった。また、この時にプロジェクトチームが策定したマニュアルは、後に『症例に学ぶ成人呼吸ECMO管理』(へるす出版)として書籍化された。プロジェクトチームが経験した症例の詳細に加え、「その時に我々が何を考え、どう動き、何に思い悩んだか、思考過程を含めて詳細に経過を記載しました」と鈴木氏。この書籍は、臨床現場の高評価を得ている。


院内で築き上げたノウハウを1冊にまとめた『症例に学ぶ成人呼吸ECMO管理』は、
コロナ禍に先立つ2015年に出版された。(同病院提供)

ECMOカー導入のためロンドン留学も

 ECMO医療のレベルアップの次の課題は「ECMO Transport」、すなわちECMOカーによる重症患者搬送システムを作ることだった。ECMOカーはトラックを改造したもので、一般の救急車よりも広い。医療機器としてはECMOのほか、人工呼吸器、大動脈バルーンパンピング(IABP)装置、除細動器、生体情報モニター、輸液・シリンジポンプなどを搭載している。

 重症呼吸不全患者の人工呼吸管理下での搬送は急変のリスクが高く、海外ではECMO Transportが一般的に行われているが、そこでは院内で行うECMO治療以上の技能と経験が必要とされる。前橋赤十字病院では、そのノウハウを吸収するために、集中治療科・救急科の藤塚健次氏(現・同科部長)をロンドンへ派遣した。

 藤塚氏は「ECMOカーでは、容態が急変した際の対応や急変を防ぐためにプレホスピタルケアも重要になります」と言う。救急車より広いと言っても、多くの医療機器を搭載した車内は医療行為を行うために十分なスペースが取れるわけではなく、限界もある。そうした車内での立ち回りも、関連するスタッフが理解しておく必要がある。冒頭で紹介したように感染症患者を搬送する場合、スタッフは防護服を着続けた対応になるため、より苦労が多くなる。

「ECMOセンター」構想を検討すべき時

 新型コロナウイルス感染症の流行は、ECMOの重要性を社会に広く知らしめた。と同時に、ECMOを運用できるだけの知識と経験を擁する医療スタッフがいなければ、満足のいく治療ができないことも強く印象付けた。「ECMO医療では、医師や看護師、臨床工学技士などの多職種連携が欠かせず、チームとして動くことが不可欠です」と鈴木氏は語る。

 そのチーム医療実現のためには、担当する人材の育成が最も重要だと藤塚氏は指摘する。「ECMOを使える人材を今後どのように育成していくか、これまでの経験を基に新たな人材育成プログラムを準備しているところです」と言う。

 欧米では地域の中核病院に「ECMOセンター」が設置され、周辺の病院からECMOカーで重症患者が搬送されるシステムが整備されている。「欧米のような仕組みは一朝一夕にはできないが、日本もECMOセンター構想を真剣に考える時が来ているのではないか」。そう中村氏は話している。

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中村 光伸 氏(左)
1998年群馬大学医学部卒、同大医学部附属病院脳神経外科入局。桐生厚生病院脳神経外科、前橋赤十字病院救急部、利根中央病院脳神経外科を経て、2004年群馬大学医学部附属病院総合診療部助教、2008年前橋赤十字病院集中治療科・救急科副部長、2015年同病院高度救命救急センター長兼救急科部長、2019年同病院高度救命救急センター長兼集中治療科・救急科部長。

鈴木 裕之 氏(中央)
2003年旭川医科大学卒。半田市立半田病院、福井県立病院救命救急センターを経て、2006年前橋赤十字病院高度救命救急センター集中治療科・救急科。2022年より同科部長を務める。

藤塚 健次 氏(右)
2007年獨協医科大学医学部卒。富岡総合病院、川崎市立川崎病院を経て、2011年前橋赤十字病院高度救命救急センター集中治療科・救急科。2016年に英国セントトーマス病院とケンブリッジ大学パップワース病院に留学。2017年前橋赤十字病院高度救命救急センター集中治療科・救急科副部長。2022年より同科部長を務める。

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【別掲】

広域災害医療の拠点としても機能

 前橋赤十字病院がECMOカーを導入したのは2018年2月のことだが、同年6月には移転という一大事業を敢行している。同病院が日本赤十字社群馬支部病院として開院したのは1913年(大正2年)。以来、診療科の新設、建物の老朽化に伴う修繕や改装を重ねてきたが、それも限界に来たかことから同じ前橋市内に新築・移転した。

ECMOカーを有し、災害医療の拠点としても機能している前橋赤十字病院。

 新病院の敷地面積は旧病院の4倍に相当する約12万8000平方メートルとなった。高度救命救急センターの設備も拡充され、ICUと救急病床は従来の倍の72床に。市消防局の救急車と救急救命士の常駐も始まり、医師や看護師が乗り込むドクターカーの運用拠点が置かれた。さらに、ドクターヘリと防災ヘリなどの小型・中型ヘリが5機、大型の自衛隊ヘリ(CH47)が着陸できるヘリポートも併設した。

 病院玄関のひさしは長さ150メートル、高さが4メートルある。大規模災害によって大量の被災者が出た場合、ひさし下のスペースにテントを設けてトリアージなどを行える造りだ。ポータブルタイプの救急医療器具を使用できるように、屋外の柱からも電源が取れる設計になっている。

 「移転新築によって機能を強化した前橋赤十字病院は、救急医療の結晶といえる災害医療についても、群馬県内に17ある地域災害拠点病院を束ねる基幹災害拠点病院となっています」と高度救命救急センター長の中村氏は話している。

前橋赤十字病院のドクターヘリとECMOカー。(同病院提供)

 

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