北九州地区の健康寿命延伸に挑む

要支援・要介護の要因において「骨折・転倒、関節疾患を含めた運動器の障害」の占める割合は少なくない。高齢化率の高い北九州市では、特に骨折から寝たきりへの移行を防ぐことが、健康寿命延伸の最重要課題と言える。同市でこの課題に積極的に取り組んでいる病院の一つが戸畑共立病院だ。整形外科医らが積極的に手術を行う一方で、骨密度低下を抑え転倒による骨折を予防するため、院内の多職種で構成される骨粗鬆症リエゾンチームが自発的に活動している。

社会医療法人共愛会 戸畑共立病院(福岡県北九州市)

社会医療法人共愛会 戸畑共立病院

開設から110年を迎えた社会医療法人共愛会・戸畑共立病院

 北九州市戸畑地区の社会医療法人共愛会・戸畑共立病院は1912年(明治45年)に設立され、2022年には創設110周年を迎えた。現在は許可病床数218床、標榜科目35を数え、救急告示病院のほか地域医療支援病院、地域がん診療連携拠点病院などにも指定されるなど、民間病院でありながら北九州地区において中核的な役割を果たしている。

 同病院が位置する北九州市は、古くから九州の玄関として活発な貿易を展開しつつ、北九州工業地帯の中核を担う地域として繁栄してきた。一方で同市は、政令指定都市の中で高齢化率(65歳以上人口割合)が30.7%と最も高いという顔も持つ。

 戸畑共立病院副院長兼主任整形外科部長の田原尚直氏は「高齢化率が高いということは、骨粗鬆症の罹患率も高いことを意味します。椎体骨折や大腿骨近位部骨折も多く、その結果、寝たきりとなる患者さんは少なくありません。健康寿命を伸ばすという観点から、運動器疾患を専門とする我々整形外科医の役割は非常に大きいと考えています」と語る。

「整形外科は健康寿命延伸の担い手」と語る副院長・主任整形外科部長の田原尚直氏。

診療報酬改定を先取りした「48時間以内手術」

 戸畑共立病院整形外科は「骨折・外傷」、「手外科」、「脊椎」、「肩スポーツ」、「人工関節」の5班で構成されており、その中で健康長寿の維持確保を担うのが「骨折・外傷、脊椎、人工関節の3班」(田原氏)である。

 骨折に対処する田原氏が最も重視しているのは「大腿骨近位部骨折は搬送後48時間以内に手術する」ことだ。2021年、骨折で同院に救急搬送された患者は129例、平均年齢は86.7歳と高齢者が大半を占める。高齢患者が多い故に48時間以内手術にこだわる田原氏は、その理由が2つあると語る。「1つ目の理由は、痛みに苦しむ期間をできる限り短くするためです。痛みを感じる期間が長くなれば鎮痛剤を使うことになり、臓器機能が低下した患者さんにとっては様々な合併症の原因になります。もう1つの理由は、臥床期間を短くするため。長い臥床期間もまた、血栓症など様々な合併症を招く原因になります」。

 脊椎・脊髄外科部長の大友一氏は、長い臥床期間が引き起こす合併症には血栓症などが多いと指摘する。そのため戸畑共立病院では、術後の臥床期間を短くすることを徹底している。「手術の翌日には患者さんに身体を起こしてもらい、リハビリテーションを開始しています」と大友氏は言う。2022年度の診療報酬改定において、大腿骨近位部骨折後48時間以内に整復を行った場合に4000点の加算が認められる「緊急整復固定加算」が新設されたように、手術までの期間の短縮化が医療界のトレンドとなっているが、同病院の整形外科はその動きを先取りしていたことになる。

脊椎脊髄外科部長の大友一医師。骨粗鬆症リエゾンチームの立ち上げにも尽力し、「医師主導ではないチーム運営」の礎を作る。

低侵襲の先端的技術も貪欲に取り入れ

 救急搬送症例における手術までのスピードに加え、先進的な手術方法や支援技術を積極的に取り入れてきたことも戸畑共立病院整形外科の特徴となっている。

 例えば、脊椎固定法の「側方侵入椎体間固定術」(LIF)が挙げられる。大友氏が渡米して研修を受け、その技術を修得し持ち帰った手法だ。「背部を切開する従来法に比べ出血が少なく、合併症リスクを減らせるのが利点です。当然、患者さんの回復も早まります」と大友氏は話す。LIFには厳格な基準が設けられており、同院はその実施医基準・実施施設基準を満たしたことから認可を受け、2017年に導入に至った。

 背骨の痛みに対しては、骨セメントを注入する椎体形成術も積極的に取り入れている。早い段階で痛みを取り除くことにより、患者の早期離床を促す取り組みだ。また2014年には、3Dプリンターを導入し、手術の術前計画を立てる際に活用している。その理由を田原氏は「関節内骨折では骨の形状の把握に苦労する例があるのですが、3Dプリンターを使って患者の骨の状態を実物大のモデルで再現すると、それを参考に手術を進めることができるようになります」と説明する。

 これらの先進的な技術も、骨粗鬆症が進展して骨密度が低下してしまった症例では、思ったような効果が得られない場合がある。この点について大友氏は「インプラントを入れても隣接する骨が折れてしまったり、動くと固定したインプラントの周囲に緩みが生じたりするケースがあります。そうした事態を避けるには、やはり骨折の背景にある骨粗鬆症を改善する必要があります」と強調する。

一次予防で「隠れ骨粗鬆症」を探索

 その骨粗鬆症改善に向けた対策を一手に引き受けているのが、2017年2月に発足した骨粗鬆症リエゾンチームだ。医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、理学療法士、診療放射線技師、歯科医師、メディカルクラークが連携して、骨粗鬆症の治療に当たっている。発足当時は院内の有志による自発的な集まりだったが、活動を永続的なものにするため、同年5月に正式な委員会に格上げされた。

 骨粗鬆症リエゾンチームの先頭に立つのは、日本骨粗鬆症学会・骨粗鬆症マネージャーの資格を持つ看護師の栁田久枝氏だ。「当院の骨粗鬆症対策の最大の特徴は、骨粗鬆症リエゾンサービス(OLS)と骨折リエゾンサービス(FLS)を同時に行っているところです」。こう語る栁田氏は、外来では骨粗鬆症による骨折の一次予防を、さらに入院患者には骨粗鬆症治療の導入による骨折の二次予防を担当している。

骨粗鬆症リエゾンチームのリーダーである看護師の栁田久枝氏。

 

 骨折の一次予防で強力な武器となっているのが、独自に作成した「骨の健康状態についての問診票」だ。14の質問で構成されるこの問診票のベースは、10年以内に予想される骨折リスクを計算する手法である骨折リスク評価(FRAX)となっている。1週間ほどで検査結果を評価し、骨折リスクが高い患者には積極的に骨粗鬆症治療を導入する。この問診票の内容は電子カルテに反映され、その後の診療に活かされる仕組みだ。

 「骨粗鬆症は直ちに命を取られる病気ではありませんが、放置すれば骨折が寝たきりにつながり、QOL(生活の質)を大きく損なう原因になるので、患者さん本人が気付かない段階からリスクを評価して適切に介入していく必要があります。そのために問診票でリスクを評価し、『隠れ骨粗鬆症』を探し当てたいと考えています」と栁田氏は話す。


戸畑共立病院の「骨の健康状態についての問診票」。

 
「骨太サポート」で二次骨折が半減

 「二次骨折予防のために最も重要なことは、骨粗鬆症治療の導入になります」と栁田氏は言う。その要となるプロジェクトが、2018年に始めた「骨太サポート」だ。これはOLSチームのメンバーであるメディカルスタッフが、患者に対し、それぞれの立場から多角的な支援を行う取り組みである。大腿骨近位部骨折などで入院した患者が骨太サポートに同意すると、メディカルクラークからOLSチームの各メンバーにメールが送られ、様々なサポートが始まる。骨太サポートの対象患者となると、電子カルテにも自動的に記録される仕組みとなっている。

 骨太サポートの基本理念は、患者説明に使っているA4判の冊子に明記されている。ページをめくると、「骨粗しょう症について知っておきたい3つのこと」が目を引く。そこには以下のように、この病気の特徴が示されている。
 【1】骨折しやすい部位がある
 【2】骨折後は、再び骨折することが多い
 【3】きちんと骨の薬を飲むと、骨折しにくくなる。もちろん運動も栄養も大切です。
 
 また「骨を強くして、骨折しないための大切な3つのポイント」の項では、「薬」「運動」「栄養」の重要性について簡潔ながらも必要十分な解説を加えている。この冊子には、骨粗鬆症治療を受ける患者が理解すべき内容が凝縮されている印象だ。冊子は、具体的な薬剤の種類や、自宅でできる運動・食事療法などについて、豊富なカラー写真やイラストを交えて分かりやすく紹介している。

 骨太サポートを展開してから、戸畑共立病院における骨粗鬆症治療率は確実に向上してきた。骨太サポートが始まる前の2017年時点では入院時の治療率は18%、退院後も20%とほぼ横ばいの状態が続いていたが、プロジェクトが始まった2018年以降は入院時の治療率は35%、退院後は85.8%に上昇した。「二次骨折の割合も、以前は20%だったものが、開始後は11.1%へと半減するなど成果を上げています」と大友氏は語る。


「骨太サポート」冊子の内容


医師と骨粗鬆症マネージャーの意見交換で治療方針を決定

 戸畑共立病院整形外科では、医師が治療方針を決定し、それを看護師へ一方的に伝えるというスタイルは採っていない。骨粗鬆症患者の治療方針を決めるに当たっては、画像データや検査結果などを元に、医師と骨粗鬆症マネージャーである栁田氏が意見交換を行っている。

 「この患者さんの骨密度はこれくらいだけど、どう思う?」と整形外科の医師が柳田氏の意見を尋ね、それに柳田氏が自身の見解を述べるなどして治療方針が決まるケースも珍しくない。これは医師が、栁田氏に絶大な信頼を寄せている証しだ。一方で栁田氏は「先生方が私を育てようとして、骨粗鬆症マネージャーとしての意識を絶えず刺激してくださっています」と話す。

 骨粗鬆症リエゾンチームのリーダーも務める栁田氏は、骨形成促進剤の自己注射の指導から若手医師へのアドバイスまで、八面六臂の活躍を見せている。「私は患者さんと話すことが好きですし、自己注射の説明も大事な仕事です。教材ビデオだけでは分からない、細かい部分も十分な時間を取って説明するようにしています。また、当院では病態に合わせた検査セットが決まっているため、ローテーションで回ってくる若い先生には、患者さんにどのような検査が必要かなどについて十分に知っていただきたいと考えています」と言う。

戸畑共立病院の骨粗鬆症リエゾンチームの面々。医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、理学療法士、診療放射線技師、歯科医師、メディカルクラークが連携して骨粗鬆症の治療に当たっている。


 北九州地区では高齢化の進展とともに、骨粗鬆症を背景とした脆弱性骨折が増えている。高齢患者に適した低侵襲な手術を追求することが整形外科医の役割とするならば、骨粗鬆症の潜在患者を拾い上げたり、骨折してしまった患者に薬、運動、食事の三位一体となった治療を施したりすることが、多職種で構成する骨粗鬆症リエゾンチームの役割と言えるだろう。

 「新型コロナウイルス感染症の流行によって、この2年間、骨粗鬆症を地域の方々に知ってもらう市民公開講座を開催することができませんでした。コロナの終息の兆しが見えてくれば、再開に向けて準備を進めていきます。」と大友氏。一方の田原氏は「これからも地域の高齢化は進んでいきます。その中にあって、骨折から寝たきりへと移行する患者さんを少しでも減らしていくことが当院の役目です。骨粗鬆症の治療率は上がってきましたが、入院時の治療率は未だに50%に達していません。我々がやらなければならないことは、まだまだあります」と気を引き締めている。

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田原 尚直 氏 (写真中央)
1989年福岡大学医学部を卒業して同大整形外科に入局。1999年から戸畑共立病院整形外科勤務。2014年に同院主任整形外科部長に、2017年に同院副院長に就任。

大友 一 氏 (写真右)
1995年産業医科大学を卒業し、産業医学修練医を経て2004年同大学院博士課程修了。旭化成延岡支社産業医、産業医科大学助教の後、2015年に戸畑共立病院脊椎脊髄外科部長に就任。

栁田 久枝 氏 (写真左)
日本骨粗鬆症学会・骨粗鬆症マネージャー。日本輸血・細胞治療学会認定臨床輸血看護師、日本自己輸血学会認定自己輸血看護師でもある。2008年から戸畑共立病院に勤務、現在に至る。

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