東京都立墨東病院は墨田区、江東区、江戸川区、葛飾区の4区をカバーする総合病院である。2022年7月に地方独立行政法人へと移行し、より広域化医療を展開することになった。その目玉の1つが「人工関節センター」の立ち上げだ。リウマチ膠原病科で部長を務める西川卓治氏(整形外科系)と医長の島根謙一氏(膠原病内科系)に、同院のリウマチ診療の現状と将来像を聞いた。
東京都立墨東病院(東京都墨田区)
東京都立墨東病院(東京都墨田区)
隅田川以東の地域を表す「墨東」の名前を冠した東京都立墨東病院。病床数729床と大学病院に匹敵する規模を持つ同院は従来、地域で中核的な存在となる医療機能に力を入れ、救急医療や周産期医療、感染症医療などに注力してきた。
とりわけ救急医療の強さは、同院を語る上で避けては通れない特徴だ。東京都の区東部保健医療圏における唯一の救命救急センターとして、3次救急搬送患者受入件数、救急車搬送患者受入件数のいずれでもトップクラスの実績を誇り、同医療圏において救急医療の中心的な役割を果たしている。精神科救急でもパイオニア的な存在といえる。
救急医療を基軸に置く総合病院だけあって、リウマチ診療においても例外ではない。「墨東病院に所属しているため、我々リウマチ医も救急医療の訓練を受けています」と語るのはリウマチ膠原病科医長の島根謙一氏だ。「関節リウマチ(RA)の患者さんでも、感染症の急性症状などを理由に救急搬送される事例があり、専門医がコミットする必要があるためです」と、その理由を語る。
効果が高い薬剤を安全に使うための連携
救急対応とともに同院のリウマチ診療の特徴として挙げられるのが、整形外科と内科が綿密に連携しながら進めるトータルマネジメントだ。リウマチ膠原病科部長の西川卓治氏は「外来診療やカンファレンスは、整形外科医と内科医が合同で行っています。生物学的製剤やJAK阻害薬など有効な新薬が出てきたことで、RAの治療成績は劇的に向上しましたが、一方で効果の個人差や感染症など副作用の問題もあります。『薬を出して終わり』とはなりません」と、診療科を超えた連携の意義を強調する。
リウマチ診療では、過去には整形外科と内科が独立して診療を進めるスタイルが主流の時代があった。しかし、アミロイド腎症から難治性の下痢を起こして死亡する患者が出るなどしたため、内科医による全身管理の必要性が指摘されるようになった。生物学的製剤やJAK阻害薬の登場によって、そうした連携の必要性はさらに高まっている。副作用を適切に管理して安全に長期的に薬剤を使用するためには、質の高いトータルマネジメントが必須となっている。
島根氏は、新たな薬剤が次々と登場するRAの薬物療法において、患者とのコミュニケーションの重要性が増していると指摘する。「新たな薬剤を用いた治療を進めるに当たっては、患者さんに効果と副作用を理解してもらうことが欠かせません。そのために丁寧な説明を心がけています。また費用はかかりますが、可能な患者さんにはワクチンの接種も勧めています」と言う。
また近年、RAの初発年齢が上昇しているが、加えて高齢患者ではステロイドの長期使用(主にリウマチ性多発筋痛症や血管炎などの膠原病患者)に伴う骨粗鬆症や変形性膝関節症などが見られるようになっている。「抗リウマチ薬・免疫抑制剤を活用して疾患の再燃なくステロイド使用量を可能な限り減量するとともに、それらの病態を十分に評価して治療を提供していく必要があります」と島根氏は話す。
コロナ禍で手術件数が3分の2に減少
生物学的製剤の導入以降、疾患活動性を低い状態に維持することが可能になり、膝や股関節が破壊され歩行困難となる患者は減った。その代わり、手指や足趾の手術件数が増加していると西川氏は指摘する。「手指や足趾の形成術は一般整形外科では行われないケースもあるので、リウマチを看板に掲げている我々が積極的に取り組んでいきたい」と意気込む。
リウマチ診療における膝・股関節の手術の意義は大きい。多くの重症患者が来院する都立墨東病院では、薬物療法だけで病勢をコントロールできない患者も多く訪れる。治療歴が長い患者の中には、関節障害や筋骨格合併症が進んだ患者も少なくない。こうした事情から同院の関節手術件数は、都内有数の実績を誇ってきた。
ところが新型コロナウイルス感染症の流行で、どの病院・診療科も使用できる病床数は減少を余儀なくされた。中等度以上の症状を持つ患者を受け入れることになった同院は、新型コロナウイルス感染症対応病床100床を整備し、13床を重症患者対応病床とした。その結果、同院における関節手術は、それまでの約3分の2にまで減少してしまった。都立病院でもあるため行政の要請に応えざるを得ず、やむを得ないことでもあるが、感染の第6波が過ぎてからの手術件数は回復傾向にあるという。
地域に根ざした診療データを収集
西川氏は3年前から、江東区医師会のリウマチ部会に属する60施設と共同で、RA診療コホート調査を進めている。その名称は「KOTORA」だ。江東区とRAとを組み合わせた造語である。都立墨東病院をはじめとする医療機関で診療を受けたRA患者を対象とした、治療成績・予後に関する後ろ向き調査である。
調査項目は罹病期間、年齢、性別、疼痛関節、治療内容、ESR(血沈)、抗CCP抗体、リウマチ因子、CRP、クレアチニン、患者の身体状態や生活の質(QOL)の評価指標であるMDHAQなど。2021年は628人の患者データが登録された。「調査によって、どの施設がどこまで踏み込んだRA診療を行っているかを明らかにすることができつつあります」と西川氏。「調査結果から得られた知見を、医師一人ひとりの日常診療に反映させることを目指しています」とも付け加える。
データ解析の結果は、2022年4月の日本リウマチ学会総会・学術集会で発表することができたが、課題もある。「実地医の中にはRAを専門としない先生もいらっしゃるため、詳細な調査には参加をためらうケースが少なくありません。その結果、診療所よりも病院のデータが多くなる傾向にあります。今後は、実地の先生方からのデータもしっかり集めることに注力したいと考えています」と語る。
「人工関節センター」の開設を検討
高齢化の進展により、都立墨東病院を訪れるRA患者でも、高齢者の割合がますます増えることが見込まれる。だが「患者さんが高齢で臓器機能が低下していた場合も生物学的製剤の使用を諦めるのではなく、そうした患者さんに対しても全身状態を慎重に評価して、生物学的製剤投与の可能性を探っていく必要があります」と島根氏は強調する。「リウマチ診療では、患者さんの将来を予測して疾患の進行を防ぐ措置を取ることが重要です。気が付かないうちに悪くなっていて驚くという状況は避けたいですね」とも言う。
2022年7月に、都立病院は地域独立行政法人へと移行し、より広域のリウマチ診療を展開することになる。現在、西川氏らは増え続ける患者に対応するため、都立墨東病院に「人工関節センター」設置の準備を進めている。
「リウマチ診療は患者さんのQOLと密接に関係していて、特に高齢患者さんにとっては家庭環境も治療の成否に影響します。入院治療を受けていた患者さんの退院に当たっては、院内の支援センターを通じて、生活を含めた多面的な支援を進めていきます。これまでも手術療法、薬物療法、リハビリテーション、ケアというリウマチ診療の4つに力を入れてきましたが、地域独立行政法人化と人工関節センターの設置を機に、これらをさらに充実させていきたいと考えています」と西川氏は話している。
リウマチ膠原病科のスタッフたち。前列左から3人目が部長の西川卓治氏、その右が医長の島根謙一氏。(西川氏提供)
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西川 卓治 氏
1989年東京大学卒(東京大学整形外科・脊椎外科)。日本リウマチ学会リウマチ専門医・指導医、日本整形外科学会整形外科専門医・認定リウマチ医、日本骨粗鬆症学会認定医。
島根 謙一 氏
2001年金沢大学卒(東京大学アレルギーリウマチ内科)。日本内科学会認定内科医・総合内科専門医・指導医、日本リウマチ学会リウマチ専門医・指導医、身体障害者福祉法第15条指定医(肢体不自由・呼吸機能障害)、義肢装具等適合判定医師、緩和ケア研修会修了、臨床研修指導医、難病指定医、日本救急医学会ICLS(Immediate Cardiac Life Support)インストラクター、日本内科学会JMECC(Japanese Medical Emergency Care Course)インストラクター、日本リウマチ学会登録ソノグラファー。