特定のスタッフに依存しないFLS体制を構築

琴の浦リハビリテーションセンター附属病院医長の宮崎展行氏は、2020年に院内で「骨折リエゾンサービス(FLS)」の取り組みをスタートさせた。椎体骨折や大腿骨近位部骨折の治療を受けた患者が、二次骨折を起こすことを防ぐのが目的だ。特定のスタッフに依存することなく、誰が担当しても無理なくシステムを運営できる仕組みを整えた。今後はFLSの取り組みを院内から地域へと展開していくことを目指している。

琴の浦リハビリテーションセンター附属病院(和歌山県和歌山市)

琴の浦リハビリテーションセンター附属病院(和歌山市)

和歌山市の南西部に位置する琴の浦リハビリテーションセンター附属病院

和歌山市の南西部に位置する琴の浦リハビリテーションセンター附属病院は、骨・関節疾患などの整形外科疾患と、脳卒中をはじめとする脳血管疾患の患者を主に受け入れ、治療に当たっている。特に整形外科は、専門医による人工関節置換術に加え,内視鏡・関節鏡による低侵襲手術を積極的に導入しているのが特徴だ。

  また、同病院では、2020年から骨折リエゾンサービス(FLS)に取り組んでいる。FLSに取り組み始めた経緯を、同病院医長で整形外科専門医の宮崎展行氏は次のように振り返る。「椎体骨折や大腿骨近位部骨折の患者さんが退院後に二次性骨折をしてしまうケースを多く経験したことで、当院では骨粗鬆症の治療が十分に行えていないこと、検査も行き届いていないことに気付きました。ちょうどその頃、他の医療機関が手がけているFLSの取り組みを知り、これを導入すれば二次性骨折を防げるのではないかと考えました」。

  高齢者で椎体骨折や大腿骨近位部骨折で入院した患者の殆どは脆弱性骨折であるため、骨粗鬆症の薬物治療開始基準において薬物治療の対象となる。「最初の骨折の治療後に、骨粗鬆症治療の導入をしないまま退院させることは、二次性骨折の予防には不十分と言えます」とも宮崎氏は言う。

FLSチームの面々。医師のほか、看護部、薬剤部、リハビリテーション部のスタッフが参加する。

 院内勉強会でスタッフの意識を高める

 二次性骨折予防のためFLSに取り組むことについて宮崎氏は、同じく整形外科を専門とする院長の森本高史氏に相談し協力を取り付けた。その上で看護部、薬剤部、リハビリテーション部、事務部門のスタッフの協力を得るため、院内勉強会の枠を利用して、二次性骨折を予防する取り組みの必要性を訴えた。

  この勉強会を通じてスタッフの好感触を得たことから、宮崎氏は多職種が集まる「ミニ会議」を開催。スライドなどを使用してFLSのフローを看護師、薬剤師、事務担当者、リハビリスタッフに伝えて共有し、実施する準備を整えた。FLSに関する職種間の情報共有には、既存の電子カルテシステムを利用することにした。「FLS会議」は、毎週月曜日に行っている「手術前検討会」と「入院患者検討会」に追加して開催することにして、余計な時間を取られないように配慮した.医長の宮崎氏(右手前)を中心に、カンファレンスを行うFLSチーム。職種を意識せずに発言しやすい雰囲気で話し合いが進む

 同病院のFLSは、以下の手順で進む。まず、椎体骨折や大腿骨近位部骨折を主病名とする新規入院患者について、脆弱性骨折であるかを判断する。そして、骨密度や骨代謝マーカーなどを検討して骨粗鬆症の治療が必要であるかを医師が判断し、治療対象者をピックアップ。電子カルテ上に「FLS」のフラッグを立て、一目で分かるようにする。その情報は、「FLS会議」の場でFLSに関わるスタッフに共有され、以後の骨粗鬆症の治療計画の検討、確認へと進んでいく。

  また、医師が骨粗鬆症の治療が必要と判断した患者の電子カルテで「FLS」という検査項目をチェックすると、受診時に骨粗鬆症のマーカーや骨密度など必要な検査がワンクリックで漏れなくオーダーされる仕組みも導入した。「新たにFLSに対応するための業務は増えることになりますが、看護師や薬剤師は各職種の役割を明確にしているシステムの指示に従えばよくなったので、患者の元に何度も行き来することがなくなりました。システム化される前は患者ごとに個別対応することになっていたため、少なからず混乱することもありましたが、そうした混乱もなくなりました」と宮崎氏。「業務量の増加を危惧してFLSの導入に二の足を踏む医療機関があるかもしれませんが、業務フローのシステム化が図れれば心配は要りません」とも付け加える。こうして集められた検査結果などから検討した治療計画を、医師が術前会議で提案し、情報共有する仕組みも整えた。

 入院時のアンケートで患者の状態を把握

  このようなフローの構築で、FLSにかける時間や手間を最小限にするつもりでいた宮崎氏だったが、実際に運用してみると、1回の会議では骨粗鬆症の治療計画が決定しないケースが出てきたという。患者が自分で注射を打てるのか、どれくらいの頻度で来院できるのかといった情報が、治療方針決定までに入手できていなかったからだ。FLS会議の場で、これらの情報が初めて報告されるような場合、治療計画の決定は翌週のFLS会議まで持ち越しになってしまう。

  そこで宮崎氏は、検査データに加えて患者の周辺情報を把握するため、入院から間もない時期に簡単なアンケートを行って情報を収集することにした。アンケートは、以下の10項目で構成される。 

  1. これまでに骨折をしたことがあるか
  2. これまで骨粗鬆症治療を受けたことがあるか
  3. これまで骨密度検査をしたことがあるか
  4. 骨粗鬆症治療の希望はあるか
  5. 薬について(注射、内服薬の選択。注射であれば誰が打つかなど)
  6. 薬について心配なこと
  7. 退院後の通院状況について(通院先(当院か、かかりつけ医か)の希望、頻度など)
  8. 食事療法指導について(の希望)
  9. 歯の治療について(特に抜歯予定)
  10. 両親の大腿骨近位部骨折歴の有無

  「患者さんへのアンケートを採用したことで、治療計画に必要な情報を漏れなく集めることができるようになった上、スタッフがヒアリングにかける手間も削減されました。『注射を希望しない』や『来院が難しい』と回答されたケースでは、正直なところ、医師が提案したい最良の治療を選択できないこともあります。ですが、骨粗鬆症治療は継続が重要なので、患者さんが無理なく受け入れられる範囲でエビデンスのある適切な治療計画を提案するようにしています」と宮崎氏は話す。

  アンケートの項目にある「9.歯の治療について」は、薬剤師からの提案を受けて加えたものだ。骨粗鬆症の薬物療法に用いる骨吸収抑制剤には顎骨壊死のリスクがあるため、患者が歯の治療を予定する場合には注意が必要になるからだ。同様に「8.食事療法指導について」も、管理栄養士からの提案を採用した。さらに今後は、理学療法士や作業療法士からの提案をアンケート項目に加えることも検討している。「どの職種もFLSに一生懸命取り組んでくれており、大変ありがたいことだと感じています」と宮崎氏は言う。

  治療開始後も薬剤師は積極的にFLSに参加し、薬剤の説明、治療歴の確認、お薬手帳への記入、血液検査の結果は必ず確認。そして禁忌や相互作用の確認も必ずチェックしている。特に腎機能に関わる検査値を重視して、休薬の提案を行うこともある。FLSが開始された当初は推算糸球体濾過量(eGFR)だけを確認していたが、現在はクレアチニンクリアランス(Ccr)も算出して腎機能を評価する形に改めているという。

  琴の浦リハビリテーションセンター附属病院のFLSは、どの職種でも誰が担当しても運用できる仕組みになっていることも特徴だ。特定の担当者に判断すべき事柄や処理が集中してしまうと、そのスタッフが休んだり異動したりした際にフローが停止してしまう。同病院のFLSは、ほぼ自動で検査オーダーを出すシステムを導入し一定のフォーマットで患者アンケートを実施することで、そうした問題が生じないように工夫している。「仮に私自身がいなくなっても、当院のFLSは何事もなかったように機能していくでしょう」と宮崎氏は笑いながら話す。

 IOF銀賞受賞でスタッフの努力に報いる

  外来で骨粗鬆症治療を受ける患者は、3カ月に一度の頻度で来院してもらい、骨密度と血液検査を交互に実施する。「それぞれの検査結果が改善すれば、患者さんの治療継続に対するモチベーションが上がります」と宮崎氏。骨粗鬆症の治療は効果を実感しにくいが、検査結果で骨折のしにくさが可視化されることにより、患者本人だけでなく付き添いの家族もやりがいを感じるようになるという。

  院内のFLSの体制が整い、骨粗鬆症治療を受ける患者の受診習慣も定着を見せ始めた2020年12月、琴の浦リハビリテーションセンター附属病院は国際骨粗鬆症財団(IOF)の認定制度で、和歌山県で初めてとなる「銀賞」の認定を受けた。「書類作成にはなかなか手間がかかりました。でも認定を受けたことで、FLSに関わる全てのスタッフがとても喜んでくれました」(宮崎氏)。

  2022年度の診療報酬改定では「二次性骨折予防継続管理料」が新設され、琴の浦リハビリテーションセンター病院でもこの点数を算定することになった。だが、改定を機に体制を変更する予定はないという。「診療報酬が増えることは歓迎しますが、点数化されたからといって、当院の骨粗鬆症診療のスタイルを変えるようなことは考えていません」と宮崎氏は語る。あくまでも患者ニーズに沿って、医療上の必要性がある場合に限ってFLSに取り組んでいく方針だ。

 院内から院外へ、地域への面的な展開を構想

  FLSを開始して2年半が経過し、その効果を客観的に評価することを宮崎氏は考え始めている。「1年経ったところでデータを分析してみましたが、『骨折が減った』とはまだ言えませんでした。でも3年くらい過ぎれば、薬物治療を継続している方とそうでない方の違いが出てくるのではないかと予想しています」と言う。

  その半面、治療継続をドロップアウトした患者への対応も課題として残る。宮崎氏は「二次性骨折で来院されれば把握できますが、そうでなければ退院した患者さんが治療を継続しているかどうかは分かりません。高齢の患者さんは死亡だけでなく、認知症などで治療が中断されてしまうこともあります。骨粗鬆症治療は中断しても体調の悪化を自覚しにくいので、高齢者の治療をいかに継続していくかが課題となっています」と話す。

  この課題を解決するために宮崎氏は、FLSや骨粗鬆症治療を院内完結型から地域完結型へと発展させ、個々の患者をより的確にフォローアップする体制を構築することを検討している。例えば、高齢患者のかかりつけ医である内科医や歯科医も骨粗鬆症治療に注意を払い、必要に応じて整形外科専門医の受診につなげるような仕組み作りである。

  「当院の取り組みをFLSから骨粗鬆症リエゾンサービス(OLS)に移行させるより、二次性骨折予防の有効性が高いFLSを、地域へ面的に広げていく方が効果的だと思います。特に和歌山県は大腿骨近位部骨折の患者さんが多いので、地域の医師会と連携するなどして骨粗鬆症の治療継続率を向上させていければ、と考えています」と宮崎氏は話している。

  二次性骨折予防のため、院内のFLSを軌道に乗せた琴の浦リハビリテーションセンター附属病院。今後はFLSを院外に展開し、地域のかかりつけ医を巻き込みながら骨折を減らし、地域住民の生活の質(QOL)を向上させていくことが期待される。

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宮崎 展行 (みやざき のぶゆき)氏

1997年大阪市立大学(現・大阪公立大学)医学部卒業、和歌山県立医科大学、
済生会和歌山病院などを経て、2016年より現職。

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