初期研修医を対象に感染症ローテート研修を実施

佐賀大学医学部附属病院・感染制御部は、初期研修2年目の医師を対象に選択制の感染症ローテート研修を実施するなど、感染症教育に力を入れている。研修の「卒業生」が院内各診療科で中堅を担うようになり、病院全体の感染症診療レベルの底上げにつながっているとのことだ。抗菌薬適正使用の指数とされるカルバペネム系抗菌薬の使用率の低さでは、全国の国立大学附属病院の中でトップレベルを達成している。

佐賀大学医学部附属病院・感染制御部(佐賀県佐賀市)

佐賀大学医学部附属病院は2003年に佐賀大学と佐賀医科大学が統合し、佐賀医科大学附属病院から改称された。感染制御部の前身の感染対策室は2002年設立で、2007年に感染制御部となり現在に至る。病床604床、年間の患者延べ数約24万人。

 佐賀大学医学部附属病院・感染制御部の前身は、佐賀大学と統合する前の佐賀医科大学附属病院の検査部の一部門として2002年に設置された「感染対策室」だ。感染制御部部長の青木洋介氏が、病院長兼学長であった故・杉森甫氏に具申して立ち上げた。

 現在の人員は青木氏を含む専従医師4人、専従看護師1人、専従薬剤師1人の合計6人。抗菌薬の適正使用と耐性菌対策を主要な使命として掲げ、「全診療科を対象とした感染症コンサルテーション診療」を実施している。近年のコンサルテーション回数は年間700件に及ぶ。 

 同感染制御部のコンサルテーションの特徴は、2通りの道筋で実施している点だ。1つ目の道筋は各診療科主治医からの要請に応じて介入する一般的なコンサルテーションだが、もう1つの道筋は検査部から「血液培養検査・陽性」の情報を得て、感染制御部が主体的に介入するというものだ。検査部の一部門として設立された利点を生かして、設立の翌年からこの方法による介入を開始した。 

 「血液培養が『陽性』ということは、感染症の重症度が1歩進んだ段階です。主治医からの要請のタイミングは一律ではないので、より積極的な介入を実現するため、このような方法を採ることにしました。当時の院長であった杉森氏が各診療科に周知徹底してくれたこともあり、院内での受け入れはスムーズでした」と青木氏は振り返る。 

 佐賀大学には当初医学部がなく、佐賀医科大学の設立は1976年と、比較的新しい。新しい仕組みを取り入れることに積極的であったこともあり、大きな軋轢なく受け入れてもらえたという。 

「大事だと思うことを全力でやりたい」と感染対策室を立ち上げ

 

 青木氏が感染対策室を立ち上げたきっかけは、米国留学から帰国した1997年、新しい研究テーマを求めて予備的に実施した院内調査だった。血液培養陽性患者の診療状況と予後をさかのぼって調べたところ、検査時に敗血症性ショックを起こしていた患者が全体の3割以上で、同じく全体の3割程度の患者が28日以内に亡くなっていることが分かった。「検査実施のタイミングが遅く、検査に基づく治療が後手に回った結果、患者の予後に影響を及ぼしていると推測されました。横断的に感染症診療を支援する部門の必要性を、このとき強く感じたのです」(青木氏)。 

 青木氏は当時、呼吸器内科で講師を務めていたが、「大事だと思うことを全力でやりたい」との思いで、感染対策室設立に向けて動き出したという。青木氏はゼロから感染対策室を立ち上げ、感染症コンサルテーションの2つの道筋を確立した。また、感染制御部として検査部から独立させ、人員増強・機能拡大などを進めて、年々、コンサルテーションを充実させた。後述するように、感染症教育にも全力で取り組んだ。こうした青木氏の尽力で、適切なタイミングでの血液培養検査の実施、適切な抗菌薬の選択・投与が次第に院内に浸透していった。 

 約20年にわたる取り組みにより、2019年に改めて実施した調査では、血液培養検査の実施時に敗血症性ショックを起こしていた患者の割合は12%まで低下していた。感染対策室設立のきっかけとなった1997年の調査結果と比較すると、3分の1程度にまで改善したことになる。 

 また、佐賀大学医学部附属病院は2015年の時点で、抗菌薬適正使用の指標とされるカルバペネム系抗菌薬の使用率(100病床・日当たり)の低さが、全国の国立大学附属病院の中でトップレベルを達成している。「佐賀大学は感染症診療が強い」との認識が全国的に広まり、見学や短期研修に訪れる他の医療機関の医師・薬剤師も多くなってきた。 

薬剤師が感染制御部に加入しコンサルテーションのクオリティが上昇

 

 佐賀大学医学部附属病院・感染制御部に、初の薬剤師として浦上宗治氏が加わったのは2013年4月のことだ。浦上氏と青木氏の出会いは以前、浦上氏が佐賀県立病院好生館の薬剤科に在籍していた頃にさかのぼる。青木氏が学外で開催した感染症の勉強会に浦上氏が参加したことがきっかけで、両者は知り合った。「医師に対しても提言すべきことをしっかり提言できる積極性が彼の良さです。また、提言の内容が常に的確なので、短い期間で医師の信頼を得ることができます。身内なので褒めにくいのですが(笑)、非常に優秀な薬剤師です」(青木氏)。 

 採用当時はまだ「AST(抗菌薬適正使用支援チーム)における薬剤師の役割」などは話題になる前で、薬剤師が感染制御部のスタッフとして絶対に必要だとは、青木氏は思っていなかったそうだ。しかし浦上氏が加わったことで、感染症コンサルテーションのクオリティを引き上げるために薬剤師が必須であることが理解できたと話す。 

 前述のように、佐賀大学医学部附属病院は抗菌薬適正使用の指標となるカルバペネム系抗菌薬の使用量は全国トップレベルだが、院内のどの診療科でどの抗菌薬がどれくらい使われているかといったデータの管理を一手に担ってきたのが浦上氏だ。「病院全体で抗菌薬の適正使用を推し進めることができた要因として、彼の功績は間違いなく大きいと思います」(青木氏)。 

 コンサルテーションでの浦上氏の基本的な姿勢は、礼を尽くしつつ、提言をするときには妥協をしないことだ。「診断は医師の仕事であり、薬剤師の仕事は薬物治療の適正化の診療支援です。その線引きは明確に意識した上で、医師の診断、治療方針の決定をサポートしています。医師は、以前投与してうまくいった経験のある薬剤を続けて投与したい気持ちにとらわれがちです。しかし、感染症では原因菌は毎回同じではないですから、以前うまくいった抗菌薬でも今回もうまくいくとは限りません。ですから薬剤師が微生物学的な根拠を示しつつ、『その薬剤では十分な効果が得られないかもしれません』『この薬剤で十分な効果が得られるはずですから、今回は抗菌スペクトルが広い薬剤は温存しましょう』といった提言を続けていくことが大事だと考えています」(浦上氏)。 

 優秀な専従薬剤師の存在に加えて、薬剤師と医師が存分に協働できる環境が築かれていることも、佐賀大学医学部附属病院・感染制御部の強みといえそうだ。 

ローテート研修をスタート、「卒業生」が院内の各診療科へ

 

 佐賀大学医学部附属病院・感染制御部は、卒後早期の医師の教育に早くから力を入れてきた。初期研修2年目の医師を対象とした「感染症診療ローテート研修」を開設したのは16年前のことだ。この取り組みにより2017年の第1回AMR対策普及啓発活動表彰で、厚生労働大臣賞を受賞している。 

 「どの診療科でも感染症への対応は必要です。しかし当時は感染症の専門医を目指す医師以外、感染症の診療を実地で学ぶ機会がほとんどありませんでした。感染症の研修を経験した医師が院内に増えれば、病院全体の底上げにつながると考えてローテート研修をスタートさせました」(青木氏)。 

 研修は選択制だが研修医の8~9割が感染症診療のローテート研修を履修しているため、感染制御部には1年間を通じて常時2人ほどの研修医が配属されている。1人の研修期間は1~2カ月間だ。 

 日々の研修は、感染制御部の全員参加する朝8時半からのカンファレンスで始まる。前日、コンサルテーションした症例について担当者が報告し、どのような対応をしたか、これから何に留意して、どんな場合にどう対応していくかなどの情報を全員で共有する。30分から1時間ほどの間に、どの臓器の感染症と考えられるか、どの抗菌薬を使うべきか、他にどんな処置・検査が必要かなどについてのディスカッションが行われる。

カンファレンスで研修医の指導に当たる青木氏(右端)。(青木氏提供)

 

 診察の内容をカルテにまとめる、血液培養検査や抗菌薬投与の手続き行う作業は、主に研修医に任せている。「感染症は急速に症状が悪化することが多く、検査の実施や治療の開始は時間勝負になることが少なくありません。コンサルテーションが重なると主治医と感染制御部のスタッフだけでは人手が足りなくなることもあります。研修医が検査の手続きなどをしてくれることで、私たちも助けられています」と青木氏。

 午後からは感染症や抗菌薬の基礎理論と実践についての講義を受ける。講師を務めるのは、感染制御部の指導医や感染制御専門薬剤師の資格を持つ浦上氏だ。座学の後は研修医それぞれが担当している患者の様子を病棟に確認に行ったり、感染管理認定看護師とともに院内環境ラウンドを行って感染防止対策を学んだりする。 

 研修を通じた教育方針について青木氏は、「院内感染症の初期対応を、問題なくこなせるようになってもらうことが一番の目標です。病院感染症は市中感染症ほど多様ではないので、遭遇する頻度が高い感染症を念頭に、発熱の評価、血液培養検査の実施、抗菌薬の適切な選択・投与などが確実にできる医師になってもらうための教育を心掛けています」と話す。 

 感染制御部でローテート研修を受けた医師は既に400人以上。佐賀大学医学部附属病院の各診療科には、中堅医師として活躍する「卒業生」が増えてきている。それとともに青木氏の当初の狙い通り、病院全体の感染症診療のレベルアップが進んできたという。 

 「『耐性菌を増やさずに感染症を治す』という感染症診療の目標が、コンサルテーション開始時から主治医と共有できるようになったと実感しています。例えば、『原因菌が判明したので抗菌薬を狭域スペクトルのものに変更しましょう』と提案した場合でも、当院では、主治医に驚かれることはまずありません。狭域抗菌薬での治療は当院の文化として根付いています」(浦上氏)。

青木氏(前列中央)と感染制御部のスタッフたち。前列左が浦上氏。(青木氏提供)

地域連携を視野に入れつつも研修医教育は地道に継続していく

 今後の抱負について浦上氏は、「佐賀大学医学部附属病院で感染制御部がやってきた活動を、施設の枠を超えて、地域の他施設の感染症診療の質の向上にも貢献したいと考えています」と語る。 

 2017年には、青木氏と感染制御部に所属する看護師の三原由起子氏が共同で代表世話人を務める「佐賀県感染防止対策地域連携協議会」が発足している。このネットワークを活用して感染症診療の教育活動を進めていくことも視野に入っているようだ。青木氏は「感染症の専門医療者集団が佐賀大学医学部附属病院1カ所に固定されているのは、もったいないと思います。抗菌薬の適正使用は何も大学病院だけの問題ではないので、地域連携について考えていく必要があると思っています」と言う。

 その一方で青木氏は、これまでの活動を続けていくことの重要性も強調する。「私たちの経験値がいくら上がっても、ローテート研修で感染制御部に回って来る研修医は常に感染症診療のビギナーです。ですから、基礎的な事柄から丁寧に教える地道な取り組みは続けていかなければいけません」(青木氏)。地域連携の新たな取り組みの可能性を探りつつ、今後も、院内での感染症コンサルテーションと研修医教育にしっかりと取り組んでいく考えだ。

--------------------------------------------------
青木 洋介 氏
佐賀大学医学部附属病院・感染制御部・部長
佐賀大学医学部医学科・教授

1984年福岡大学医学部卒、佐賀医科大学医学部附属病院・医員。1990年佐賀医科大学医学部・助手。1996年03月 - 1997年03月 米国スタンフォード大学医学部呼吸器・救急医学部門 リサーチアソシエイト(助手)。1998年佐賀医科大学医学部附属病院・講師。2003年佐賀医科大学医学部・助教授。2007年佐賀大学医学部附属病院感染制御部・部長。2011年佐賀大学医学部医学科国際医療学講座・教授。2019年佐賀大学医学部・副医学部長。

-------------------------------------------------
浦上 宗治 氏
佐賀大学医学部附属病院 感染制御部・病院助教

2003年明治薬科大学薬学部卒業。2003年津山中央病院薬剤部。2005年就実大学薬学部医療薬学科医療情報学教室・研究生。2007年04月ナチュラルライフらいふ薬局・保険薬剤師。2010年佐賀県立病院好生館薬剤科。2013年佐賀大学医学部附属病院感染制御部・病院助教。2019年佐賀大学大学院医学系研究科博士後期課程修了。

閲覧履歴
お問い合わせ(本社)

くすり相談窓口

受付時間:9:00〜17:45
(土日祝、休業日を除く)

当社は、日本製薬工業協会が提唱する
くすり相談窓口の役割・使命 に則り、
くすりの適正使用情報をご提供しています。