地域連携ネットワークで院内感染対策の施設格差解消を目指す

徳島大学病院感染制御部は「徳島県感染地域ネットワーク」の本格運用を開始した。感染対策が手薄な施設と感染症専門の医師、看護師らからなる「アドバイザー」をITネットワークで結び付け、課題解決に導く取り組みである。この取り組みの狙いは、感染対策の施設間格差の解消である。既に耐性菌による院内集団感染への対策などにおいて、大きな成果が上がっている。

徳島大学病院 感染制御部(徳島県徳島市)

徳島大学病院は病床数692床。医科21診療科、歯科4診療科、中央診療施設61などからなる。感染制御部は2014年に発足。

徳島大学病院に感染制御部が発足したのは2014年のこと。それまで安全管理対策室の一部門として存在していたが、年々、感染対策の重要性が高まる中、感染制御部の仕事のみを受け持つ「専従」と、感染制御部の仕事が主で兼任可の「専任」のスタッフを増やして、独立した部に昇格した。

 2022年現在の人員構成は専従医師1人(東氏)のほか、専任医師1人、兼任医師1人、専任歯科医師1人、専従看護師2人、専従薬剤師1人、専任検査技師1人。感染制御部の主な業務は、院内感染のアウトブレイクを早期に探知するための日常的な臨床現場のラウンド、適正な抗菌薬使用の推進、地域の医療機関との合同カンファレンス開催、感染対策を担う人材育成のための教育プログラムの提供などである。2016年から渡航外来も開設している。

 部長を務める東桃代氏は富山医科薬科大学医学部を卒業後、感染症医療の名門・長崎大学付属病院熱帯医学研究所での勤務を経て、2003年に徳島大学病院 呼吸器・膠原病内科の医員となった。入局当初は臨床と肺線維症の研究に没頭したが、「医師になってやりたかったことの1つは感染症のワクチンを作ることでした」と話すほど、感染症への思い入れは強かった。

 その思いを見込まれ、病院内で感染症関連の事案が持ち上がるたびに「感染症のことは東先生に任せよう」と言われ、次第に職務において感染対策の比重が高まっていったという。感染制御部が独立した2014年に専従の副部長、2021年に部長に就任した。

 徳島大学病院感染制御部の特色の1つである「渡航外来」は、東氏が中心になって開設したものだ。当時、渡航外来を持つ国立大学病院はまだ少なかったが、「徳島県にはグローバルな製薬会社や化学会社もあり、海外との行き来は盛んです。病院の事務職員と協力して県内企業にアンケートを取ったところ、感染予防相談やワクチン接種の需要があることが分かり、外来開設に向けて動き出しました」(東氏)と言う。

 感染予防相談やワクチン接種は自由診療になるので、できるだけ利用者の利便や要望に応える方針を取っている。コレラや腸チフスなど日本でまだ承認されていない感染症のワクチンが接種できるほか、日本で承認されたワクチンがあるA型肝炎などについても、接種間隔の短い日本未承認の輸入ワクチンを選択することが可能だ。出国まで時間がないビジネスマンらに好評だという。病院に大きな利益をもたらす外来ではないが、地域貢献の取り組みとして高い評価を得ている。

 県から補助金を獲得、「徳島県感染地域ネットーク」構築に向けて始動

 東氏が数年前から力を入れて取り組んでいるのが、ICT(情報通信技術)を活用した院内感染対策の地域連携ネットワーク事業だ。「悩んだ末に生命のリスクが高い手術を受けた患者さんが、手術は成功したものの、院内感染で亡くなってしまうこともあります。当然、患者さん本人は無念だろうし家族もつらい。医療者もつらい。だから感染対策はどの医療機関、どの診療科にとっても大切なのです。従来から感染対策に取り組んでいる医療機関はきっちりと対策している一方で、できていない医療機関もあり、その差が激しいことが実情です。格差を埋めなければいけないのは分かっていましたが、十分な手が打てていませんでした」(東氏)。

 国と県がようやく、院内感染対策の手薄な医療機関をサポートする事業に予算を付け始めたのが2016年頃だったという。当時、日本国内では多剤耐性アシネトバクターやカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)による院内集団感染が相次ぎ、マスメディアなどで頻繁に取り上げられていた。東氏は徳島県から必要な予算を獲得し、ICTを活用した「徳島県感染地域ネットワーク」の実現に向けて動き出した。

南海トラフ地震を想定した、避難所での地域住民への感染対策の指導の予行演習。(東氏提供)

ICTの積極活用、参加医療機関の募集、システムの試運転などを経て「徳島県感染地域ネットワーク」が本格稼働し始めたのは2年後の2018年。ネットワークに参加したのは、主に徳島県内の病院やクリニック、老人保健施設、学校など約150施設に上る。参加施設が感染症に関するサポートが必要になったとき、ITネットワークを通じて、感染症の専門家である「アドバイザー」と連携して課題解決に導くのがこの事業の主な狙いである。

「徳島県感染地域ネットワーク」の講演会では、保健所と医療機関の連携強化が図られている。(東氏提供)

具体的には、参加施設に「施設内で集団感染が発生した。感染対策をサポートしてほしい」「院内感染対策のマニュアルを作成するので相談に応じてほしい」などの要望がある場合、ウェブサイトから「徳島県感染地域ネットワーク」にログインして、定型フォームへ要望を記入し送信する。その要望はアドバイザーの電子メールアドレス宛てに送信される仕組みとなっている。
アドバイザーは登録150施設に所属する医療者から選定されており、現在は48名である。アドバイザーの職種は様々で、感染症を専門とする医師、看護師のほか、徳島大学病院感染制御部が提供する教育プログラムを修了した薬剤師や臨床検査技師も含まれている。

要望を電子メールで受け取ったアドバイザーは、対応可能か否かを自身で判断して24時間以内に返信することになっている。「対応可能」のアドバイザーが複数人いた場合には、1人で対応可能な案件であれば東氏が調整し、対応してもらうアドバイザーに連絡する。

徳島大学病院における重症 COVID-19 患者の搬入風景(東氏提供)

  アドバイザーが感染防護具の着脱について問題点を指摘、集団感染は終息へ

 感染対策のサポート事例の1つは、次のような内容であった。
2018年、徳島県内のある病院でCREによる院内集団感染が発生した。感染拡大を食い止めるために感染対策が必要だったが、同病院には感染症の専門家が不足していたため、徳島県感染地域ネットワークを通じてサポートを要請した。
要請を受けアドバイザーとして感染症専門医と感染管理認定看護師の2名が現地を訪れた。主な活動は、感染対策の問題点の洗い出しである。同病院が組織した感染対策チームと一緒に、医療現場をラウンドするなどしたという。

アドバイザーが指摘した問題点の1つは感染防護具の着脱だった。ある患者のケアを終えた後、別の患者のケアに移る前に手袋やガウン、マスク、キャップなどを交換するが、手指衛生を正しくしないと、交換した新しい防護具に病原菌やウイルスを持ち越してしまう。「自分たちはできていると思っていても、外部の専門家の目で見直すと問題点が見えてくることがある」(東氏)。指摘を受けた病院は、感染防護具の着脱マニュアルを作り直してスタッフ教育を徹底するなど対応し、その後、院内感染は終息に向かったという。

 1日のサポートで感染対策が改善するとは限らず、アドバイザーは2度、3度と施設を訪問することもあるという。アドバイザー自身が所属する医療機関での仕事をこなしながらの対応となり、負担は決して小さくないが、サポートしてもらった医療機関からは絶大な感謝の声が寄せられているとのことだ。

 東氏は、このネットワークの副次的な効果として、アドバイザー全体のスキル向上が期待できることがあるという。サポート対応の記録はサーバーに全て保存されるので、アドバイザー本人だけでなく、現場に行かなかった別のアドバイザーも閲覧可能だ。「他のアドバイザーがどのように対応して課題を解決したかを知ることができるので、特にアドバイザーになって日が浅い人には貴重な教育ツールになるはずです」と東氏は言う。

 なお、県の補助事業期間が終了した後、活動を継続するための資金確保が悩みだったが、2022年の診療報酬改定で「感染対策向上加算」が新設され、資金面の基盤もできたと東氏は考えている。「感染対策向上加算」は、院内アウトブレイクの発生時など有事の対応について十分な体制を整備することが、感染対策に協力を要請した医療機関と協力した医療機関の双方に必要と定められている。「ネットワーク参加施設に対しては、加算要件を満たすよう働きかけているところだ」(東氏)という。

 今後の課題は「有事」のアドバイザー確保と適正・能力を考慮したマッチング

 2020年春以降、日本で広がった新型コロナウイルス感染症に対して、徳島県感染地域ネットワークはどう役立ったのか──。この点について質問すると、東氏は「残念ながらこれまでのところ、新型コロナ感染症の院内感染対策では、徳島県感染地域ネットワークはほとんど活用されていません」と、やや悔しそうに打ち明ける。

 ネットワークが機能しなかった理由としては、新型コロナウイルス感染症の急速な広がりで医療機関が一斉に手一杯となり、他の医療機関のサポートにアドバイザーを出す余裕がなくなったことが挙げられる。さらに対応可能なアドバイザーがいた場合でも、サポート要望側が求めるアドバイザーの職種やスキルとの間にミスマッチが生じることがあったようだ。

 浮かび上がった課題の改善に向けて東氏は、退職・休職中の感染症を専門とする医師、看護師らに、アドバイザーとしてネットワークに登録してもらう活動を進めている。また、サポート要請側とアドバイザーのマッチング方法についても見直している最中だ。こうした取り組みの結果、クラスター支援例は着実に増えており、2022年のクラスター支援は取材をした8月の段階で既に34件に達しているという。

「徳島県感染地域ネットワークの活動が耐性菌による院内感染対策で非常に有用であることは確認できましたが、改善を続けていきます。さらに今後は、ネットワーク参加施設に所属する医療者を対象とした、eラーニングと実地研修を組み合わせた感染対策の教育研修にも力を入れていく方針です」(東氏)。ネットワーク参加施設全体での、感染対策の底上げを図っていく考えだ。

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東 桃代(あずま ももよ)氏

1998年富山医科薬科大学医学部卒業。2000年長崎大学付属病院熱帯医学研究所内科医師。
2002年徳島健生病院医師。2003年徳島大学病院呼吸器・膠原病内科医員。2007年徳島大学薬学部臨床薬学支援室特任助教。
2010年徳島大学病院感染部門特任助教。2014年徳島大学病院感染制御部特任講師。
2021年徳島大学病院感染制御部特任准教授(感染制御部長)。


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