来る患者を拒まず血液疾患診断数で3年連続全国1位に

愛知県西部、安城市の安城更生病院は、血液疾患の治療では日本屈指の病院だ。しかし、病院が郊外に新築移転した2000年初頭には、医師も患者も激減した危機の時代があった。それから約20年。澤正史氏のリーダーシップによって、同病院の血液・腫瘍内科は今や、大学病院に伍する実績を誇る存在へと姿を変えている。

安城更生病院 血液・腫瘍内科
(愛知県安城市)

病床数771床、医師236人を擁する安城更生病院。

2022年10月に福岡で開催された日本血液学会学術集会で、多くの参加者の目を引く口演セッションがあった。テーマは急性骨髄性白血病(AML)の新規薬剤を中心とした薬物療法。全12演題のうち4演題を出したのが、愛知県安城市に位置する安城更生病院だった。 

大学病院に伍する実績を誇る 

 「臨床現場に登場した新薬の評価には既存薬との比較が必要になりますが、そのためには当院のように、多くの症例を擁する『ハイボリュームセンター』が有利です」と語るのは、血液・腫瘍内科代表部長で血液科学療法・細胞療法センター長などを兼務する澤正史氏だ。安城更生病院の血液・腫瘍内科は、愛知県東部地域で中核的な役割を担っている。 

 澤部長が胸を張るハイボリュームセンターとしての実績は、診療患者データから一目瞭然だ。2020年に同院で新規に診断がついた血液疾患の患者数は、白血病、悪性リンパ腫、多発骨髄腫などを含め643人。これは日本血液学会に所属する839施設中で第1位であり、しかも3年連続の快挙だ。入退院患者数は毎月140〜160人に上る。造血幹細胞移植件数は2020年実績で90件。例年、80〜90件を手がけており、同移植を実施している全国300施設中4年連続でトップ10入りを果たしている。

                図 安城更生病院における血液疾患診断数の実績(2020年)

   
   安城更生病院の開設者は愛知県厚生農業協同組合連合会。大学病院ではない一公的病院が、これだけの実績を上げるのは極めて異例だ。同病院は病床数771床、医師236人を数える大病院ではあるが、血液・腫瘍内科として日本でNO.1の患者を診るようになるまでには、多くの苦労があった。話は、澤氏が母校の名古屋大学から安城更生病院に再赴任した2004年4月にさかのぼる。

 血液・腫瘍内科「壊滅状態」からの再出発 

 「なんだこれは」──。2004年、名古屋大学から3年ぶりに安城更生病院へと再赴任した澤氏は、わが目を疑ったという。3年前には10人いた血液内科医が3人へと激減しており、骨髄バンクの認定も外れ、同病院の血液・腫瘍内科は「壊滅状態」(澤氏)に陥っていたからだ。これには澤氏が不在の間に行われた病院の新築全面移転が影響していた。 

 安城更生病院の前身の更生病院が、当時の名古屋医科大学(現在の名古屋大学医学部)の全面的な支援の下に設立されたのは1935年のこと。場所は旧安城町役場の敷地内だった。戦後も病院は拡大し続け幾度もの増改築を経験したが、JR安城駅南口前という中心街に位置していたことから拡充は限界に近づいていた。そこで2002年4月、1.5kmほど南の農地に新病院を建設し全面移転した。その結果、病院は拡充されたものの、アクセスが良好だった土地からの移転で退職する医師が続出したという。 

 血液内科の再建のために澤氏が目指したのが、医師の離脱と規模の縮小に伴い失った骨髄バンクの認定を再取得することだった。「安城更生病院は血液内科の医療を頑張るんだとスタッフのモチベーションを高めるため、シンボルが必要でした。そのために骨髄バンクの認定を取り戻す必要があったのです」と澤氏は語る。 

 骨髄バンクの認定を得ることは、その医療機関が血液内科として一流の施設であることの証しでもある。しかし、当時の骨髄バンク認定は今よりも条件が厳しく、血縁者間移植を年間10例行う必要があった。血縁者間移植10例は当時も今も難題だ。澤氏は残っていた医療スタッフを巻き込んでこの難局をくぐり抜け、2005年4月に認定の再取得にこぎ着けた。 

隣接する市の紹介患者を全て引き受ける 

 しかし困難は続いた。2011年には、それまで血液・腫瘍内科部長を務めていた医師が突然、退職してしまったのだ。現場は混乱したが、この時に後任の部長に指名されたのが当時38歳の澤氏だった。そして澤氏の部長就任を契機に、血液疾患の新規症例が急増することになる。 

 「部長になって大変だったことは確かです。しかし組織の長になると、それまで自分の力ではできなかったことが、できるようにもなりました」。こう語る澤氏が最初に手を付けたのが、「近隣で行き場のない患者は全て引き受ける」という方針の採用だった。 

 安城市の周辺には豊田市、岡崎市、西尾市、刈谷市など多くの人口を抱える市が存在するが、当時、造血幹細胞移植が行える医療機関は安城更生病院しかなかった。それらの地域の患者も医療機関からの要請があれば、全て受け入れることにした。その結果、新規症例数が急増。体制の急拡大に伴って、医師数も2012年には10人へと回復した。移植件数も年間80〜90例と伸び、国立がん研究センター中央病院や大阪国際がんセンターと肩を並べる全国でも屈指の移植病院となった。

血液・腫瘍内科のスタッフ。右から4人目が澤氏。2022年に開催された日本血液学会総会にて。(澤氏提供)

 診療行為の標準化で医師の負担を軽減 

 患者数や移植数が急増すれば、現場には大きな負担がのしかかる。医師が10人いても、600人を超える新規患者と90件の造血幹細胞移植をこなすのは容易ではないからだ。血液・腫瘍内科の診療体制を破綻させないためにも、「業務の効率化には真剣に取り組まざるを得ませんでした」と澤氏は振り返る。医師の増員と前後して澤氏は、業務の見直しを開始した。手始めに、2008年から内科全体が持ち回りで宿直を行うようにして、夜間や休日の当番外呼び出しを廃止した。 

 また、澤氏が重視したのは、特定の医師に仕事が集中するのをなくすことだった。そのために2011年からは、全ての診療行為を標準化することにより、どの医師でも必要に応じて別の医師の業務を代行可能にする方針を採用した。治療方針を血液・腫瘍内科で統一し、患者や家族への病状説明の手順や、トラブルを起こす患者への対応、外来通院条件などを共通化した。「安城更生病院では、医師は想像もつかないほど多くの業務をこなしていますが、原則として全ての業務を9時から17時の間に集中させています」と澤氏は語る。 

 診療行為を標準化する一方で、医師は医師にしかできない業務に集中できるよう、医師の役割も明確化した。例えば骨髄検査(マルク)については、医師が患者の元を訪れて3分以内に終えられるスキームを作った。以前は、医師がベッドサイドに行っても準備が終わっておらず待たされたり、患者がトイレから帰って来なかったりという時間の無駄があった。 

 一つひとつの無駄はわずかな時間だが、積み重なれば医師にも診療科にも無用の、そして大きな負担となる。マルクは3分、中心静脈栄養(IVH)は10分、幹細胞採取は3時間と、一つひとつの作業に目標時間を細かく設定し、それに向かって各職種がムラなく無駄なく行動することを徹底するようにした。 

外来負担を軽減して入院、治験、研究に比重 

 また、意外と時間の無駄遣いとなるのがカンファレンスだ。「だらだらとやるカンファレンスが一番よくありません。今は、事前に何を議論すべきか決めてから話し合うようにしています」と澤氏。そのためにカンファレンスの内容を細分化し、所要時間もあらかじめ決めておく。例えば、移植カンファ30分、マルクカンファ30分、入院カンファ1時間──という具合だ。 

 そして最も力を入れているのが「外来負担を極小化する」ための取り組みだ。地域医療支援病院であるため患者を抱え込むことはせず、周辺の4つの血液内科クリニックと連携し、治療後のフォローアップを委ねることを基本としている。その結果、血液疾患の逆紹介数は1年間に407例(2019年実績)に達した。その分、病院のマンパワーは、腫瘍内科の外来化学療法や入院診療、治験、臨床研究などに集中させている。 

 新薬が登場した際には臨床経験を重ね、周囲の医療機関に使用経験に関する情報を発信していくことも地域の中核医療機関としての役割の1つだ。冒頭に紹介した日本血液学会学術集会での発表も、そうした考えの延長線上にある。安城更生病院の血液・腫瘍内科が注力する業務効率化の取り組みが、そうした臨床研究を支えることにもなっている。 

過渡期にある造血器腫瘍の治療 

 近年、造血器腫瘍の分野は、様々な作用機序を持った分子標的治療薬の導入が相次いでいる。これら治療薬と支持療法薬との相互作用など、治験段階では解決せずに実臨床での見極めを求められるトピックスが増えている。 

 さらにCAR-T細胞(キメラ抗原受容体T細胞)療法など細胞療法も普及しつつあり、これまで造血幹細胞移植の適応だった症例の一部をCAR-T細胞療法で代替できるかどうかを検討する動きも出てきた。固形がんでは、保険適用となっている遺伝子パネル検査を、急性骨髄性白血病(AML)など一部の造血器腫瘍の診療に導入する動きもある。 

 こうした動向を踏まえ、澤氏は「造血器腫瘍の治療は過渡期にある」と語る。診療の様々なモダリティの導入が矢継ぎ早に進む中、安城更生病院のようなハイボリュームセンターが果たす役割は、今後ますます重みを増すことになりそうだ。
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澤 正史(さわ・まさし)氏

1996年3月名古屋大学医学部卒業。江南厚生病院研修医、医員を経て2000年安城更生病院血液・腫瘍内科。2001年からの名古屋大学医学部勤務を経て、2004年に安城更生病院に復帰し血液・腫瘍内科病棟医長。細胞移植部長を経て2011年血液・腫瘍内科代表部長、血液化学療法・細胞療法センター長。2017年から通院治療センター長も兼務。日本造血・免疫細胞療法学会と日本輸血・細胞治療学会の評議員を務める。



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