目標とする気管支鏡検査1000件/年を礎に世界へ飛躍

千葉県は房総半島の南端に位置する亀田総合病院。都心部から離れた立地にありながら、同病院には全国から研修医がやって来ることで知られる。中でも若い彼らから熱い視線を浴びているのが、中島啓氏が率いる呼吸器内科だ。国内屈指の気管支鏡検査件数を誇る同科は、豊富な診療実績を基に臨床研究論文の発表を行い、若手医師教育を目的に単行本や医学雑誌で情報発信をしてきた。中島氏が次に目指すのは、「アジアでも名が轟く呼吸器診療拠点」の実現だ。

亀田総合病院 呼吸器内科
(千葉県鴨川市)

東京からJR特急で約2時間、千葉県鴨川市に位置する亀田総合病院には、全国から研修医がやって来る。

 「2022年の気管支鏡検査の件数は750件ほどでしたが、2023年は1000件に到達する見込みです。年間1000件は日本の市中総合病院呼吸器内科の中ではトップクラスの件数になると思います」と語るのは亀田総合病院呼吸器内科部長の中島啓氏だ。 

 2006年に九州大学を卒業後、「大学医局には所属せず、市中病院で研鑽を積んできました」と中島氏。亀田総合病院には2009年から勤務し、2018年に38歳の若さで部長に就任した。「気管支鏡検査、年間1000件」の見通しについて中島氏は、「現在は13人の呼吸器内科医が検査を担当していますが、2023年には呼吸器内科医数が16人になり、気管支鏡の予定検査日が週3日から週4日に増加します。予定検査日に1日5件(週に計20件)の検査ができれば、年間の検査数は必然的に1000件を超えます」と見積もる。 

 中島氏が気管支鏡検査を重視するのは、何よりも呼吸器疾患の確定診断を重視しているからだ。「胸部X線や胸部CTの重要性は言うまでもありませんが、それらで得られる結果は推定診断にすぎない場合があります。多くの呼吸器疾患において、診断精度を向上させるには、気管支鏡検査を行うことが重要です」。 

 確定診断のその先には臨床研究がある。「確定診断ができることは、質の高い臨床研究にもつながります。現在、当院の呼吸器内科では年間14本の臨床研究論文を世に出していますが、その数を年間20本にまで増やしたいと考えています」と中島氏は意気込む。 

「臨床研究ができなければスタッフ医師に診療科に残ってもらうのが難しい」 

 実際、亀田総合病院呼吸器内科の臨床研究に対する評価は高い。2023年4月に開かれる第63回日本呼吸器学会学術講演会のミニシンポジウムには7演題を送り込んだ。ミニシンポジウムの演題採択率は約20%という狭き門だ。そこに単一の市中総合病院から7演題が採択されたことは快挙と言える。 

 日常診療に忙殺されがちな市中病院でありながら、積極的に臨床研究を行い情報発信に取り組む最も大きな理由は、医療の発展に貢献することに加えて、有能な医師をリクルートするためでもある。亀田総合病院の最寄り駅であるJR安房鴨川駅へは特急を利用しても東京から2時間を要する。「病院が都会から遠く離れた地域にあるので、優秀な医師をリクルートするためには、絶えず対外的に情報を発信し続ける必要があります。逆に言えば、亀田にやって来ても臨床研究ができず医師としてステップアップできる環境がなければ、優秀な医師らにとって亀田に残る意義が下がるわけです」と中島氏は指摘する。同氏が折に触れて口にする「市中総合病院呼吸器内科としてトップクラス」には、房総の地に埋もれかねない危機に抗う気持ちが強く反映しているのかもしれない。 

 中島氏の臨床研究へのこだわりは、研究テーマの選択にも現れている。端的に表現すると、それは日常診療から発生した疑問を解決するというものだ。例えば、23価肺炎球菌ワクチンの有効性が落ちているのでないかと感じていた際には、多施設共同研究でデータを集め、肺炎球菌ワクチンの肺炎に対する有効性が低下している実態を明らかにした(Vaccine. 2022 Nov 2;40(46):6589-6598)。また、ニューモシスチス肺炎(PCP)治療のキーとなるST合剤の標準量による治療が高齢患者にとって有害事象を起こしており、低用量治療も有効な可能性を感じれば、「PCPに対してはST合剤を低用量で治療しても同等の効果が得られるのでないか」とにらみ、臨床研究を行い、低用量治療でも標準治療と比較して有効性は劣らず、有害事象は少ないことを証明する(J Microbiol Immunol Infect. 2018 Dec;51(6):810-820)──といった具合だ。

呼吸器内科のスタッフたち。左から2人目が中島氏。(同氏提供)

専攻医・スタッフの採用には人格を最重視

 研修医への教育を重視する亀田総合病院には「ベストティーチャー」という制度がある。これは研修医が医師から受ける教育内容を評価して投票する試みだ。中島氏は過去5年、連続して呼吸器内科のベストティーチャーに選ばれている。 

 教育者としての資質を教え子たちから評価されているわけだが、その方針は懇切丁寧に教育指導することに加えて、専攻医が自ら考えて打ち出した方針については「9割褒めて認め、1割だけ教える」というものだ。よほど軌道から外れていない限りは、専攻医が独自に考えて出した結論を尊重する。かといって放任しているわけではない。そうした方針にマッチする資質の有無を採用前に評価する。カギはその医師の人間性だ。「前向きで協調性があること」を採用の決め手にしている。 

研修医希望医師が施設見学に訪れた際には、その人柄を見極める。「コミュニケーションの妨げになる人材が入れば、組織の生産性を下げる要因になります。医師にとって人格は最大の能力です」と中島氏は語る。 

「肺真菌症の診断率を上げたい」 

 地域の基幹病院である亀田総合病院の呼吸器内科には肺がんを理由に受診する患者が多く、気管支鏡検査の対象の多くは肺がん疑いの患者だ。しかし、肺真菌症疑いの患者、原因不明の肺炎患者も多い。中島氏は、「肺真菌症の診断精度を今以上に上げたい」と考えている。 

 前述の通り、今は年間14本程度の臨床研究論文を20本に、すなわち「市中総合病院として日本トップクラス」のレベルに増やしたいというのが中島氏の目標だ。もちろん量だけでなく、質も重要だ。「可能な限り、一流誌への掲載を目標に論文を発表していきたいですね」と同氏。これら質と量を担保した臨床研究の水準を獲得、維持するために亀田総合病院には2つのインフラがある。1つは、院内の研究をサポートする「臨床研究支援室」の存在だ。 

 質の高い臨床研究には、質の高い研究デザインと統計解析が欠かせない。同病院は2013年に臨床研究支援室を設置し、東京大学などから医療統計の専門家を招請した。そしてプロペンシティ・スコア解析、多重代入法など高度な統計解析を援用する体制を整えた。 

 もう1つが高度な診断技術だ。同院の患者には血液疾患患者など免疫不全患者が多く、そのため院内からの気管支鏡検査の依頼も多くなる。特に多いのが、対応を誤れば予後に致命的な影響を与えかねない血液疾患に伴う肺真菌症疑い症例の検査依頼だ。「造血幹細胞移植の患者に真菌ムーコルなどが検出されれば、患者の生命を危険にさらすことになる」(中島氏)ため慎重な対応が求められる。 

 また、CT検査で肺アスペルギルス症などの肺真菌症が疑われれば、可能な限り気管支鏡検査を行って診断を詰める努力をする。こうした血液内科からの紹介事例が週に1、2回程度の頻度であるという。肺真菌症などの感染症の正確な診断は、移植医療を成功裏に進めるための重要なカギを握る。そのために呼吸器内科では、血液内科と定期的な情報交換を行っている。

スタッフの指導に当たる中島氏(左)。(同氏提供)

 欧米の一流病院を目標に掲げる 

 中島氏は現在、次の飛躍に向け、次世代戦略に思いを馳せる毎日を送っている。「市中総合病院におけるトップクラスの呼吸器内科」が視野に入ってきた今、目を向けるのは世界だ。海外には臨床も研究も一流という病院がある。例えば、循環器と呼吸器の専門病院として名高い英国の王立プロンプトン病院や、診療・教育・研究で名高い米国のメイヨー・クリニックなどがそれに当たる。 

 「亀田総合病院をアジアのメイヨー・クリニックとするには何が必要なのか」。こう考えた末の中島氏の結論は、まずは呼吸器内科の医師らを世界の一流病院に派遣し、そこで行われている医療を実際に見て体験してもらうことだった。近い将来、それらの病院に短期間、医師を派遣することを計画している。海外の一流病院で見聞を広めた医師らの経験が、亀田総合病院の呼吸器内科をどう変えていくのか。今後の行方から目が離せない。
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中島 啓(なかしま・けい)氏

2006年九州大学医学部卒業。聖マリア病院で初期研修、済生会福岡総合病院で内科研修後、2009年に亀田総合病院呼吸器科に着任。専門は呼吸器感染症で、免疫不全者の呼吸器感染症やワクチンの臨床研究に取り組む。2018年に呼吸器科部長に就任。主な著書に「胸部X線・CTの読み方やさしくやさしく教えます!」「レジデントのための呼吸器診療最適解」。臨床呼吸器教育研究会CREATEの世話人も務める。

 



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