院内迅速対応(RRS)先駆者として普及に取り組む

聖マリアンナ医科大学・救急医学主任教授の藤谷茂樹氏は米国留学中に「院内迅速対応システム(RRS)」に出会い、帰国後、聖マリアンナ医科大学病院で導入に取り組み始めた。早期の警戒が必要な「Early Warning Score;EWS」を活用してRRS起動を自動化したり、NP(診療看護師)を積極活用して救急医の人手不足を補ったりするなど様々な工夫を凝らし、日本の医療事情に合ったRRSの構築を目指してきた。

聖マリアンナ医科大学 救急医学
(川崎市宮前区)

955床を擁する聖マリアンナ医科大学病院は、2024年秋に外来棟のリニューアルを予定しており、2026年秋のグランドオープンを目指している。

「患者さんや家族は『病院に入院していれば、何かあっても医師や看護師がすぐに対応してくれるから安心だ』と考えます。しかし実際には、院内急変に十分に対応できず亡くなられる患者さんが、かなりの数いると考えられています」と、聖マリアンナ医科大学・救急医学主任教授の藤谷茂樹氏は話す。 

 2022年の診療報酬改定で「急性期充実体制加算」が新設されるなどしたこともあり、「院内心停止の防止」や「院内迅速対応(RRS)チームの設置」などに脚光が当たるようになったが、藤谷氏がこの問題に本格的に取り組み始めたのは、それよりも早い15年ほど前のことだ。現在は、入院患者のバイタルサインを継続して取得し、スコア化して解析し「急変の予兆」が出たら、まずRRS専任の診療看護師(NP)が介入し、救急医につなぐといった仕組みを本格稼働させている。聖マリアンナ医科大学の救急医学は、この分野における日本のトップランナーといえる。 

米国では「10万の命キャンペーン」を機にRRS導入が進展 

 藤谷氏は自治医科大学を1990年に卒業。義務年限終了後に米国に留学し、2000年からハワイ大学でレジデンシーを開始した。同大学での内科研修を経て、ピッツバーグ大学でクリニカルフェローとして集中治療を、カリフォルニア大学ロサンゼルス校では同じくクリニカルフェローとして感染症を学び、2007年に帰国した。藤谷氏は、この米国留学期間中にRRSに出会った。 

 「適切に介入すれば救えたはずの入院患者さんが毎年、最大で約10万人亡くなっていることが分かり、米国では2005年1月から2006年6月にかけて『10万の命を救おうキャンペーン(The 100,000 Lives Campaign)』が実施されました。このキャンペーンには米国の約5500の病院のうち、3000以上が参加して医療安全の実現に取り組みました。このとき全米で『RRS(Rapid Response System)』の導入が進み、その結果、予期せぬ院内死亡を減らすことにつながったのです」(藤谷氏)。 

 入院中に容態が急変した患者について遡って調査したところ、急変の数時間前にバイタルサインの異常を示している例が多いことが分かった。患者の容態急変を意味するコードブルーに至る前、バイタルサインに異常が出た段階で介入すれば、救命の確率は高まるはずだ。そこで、入院患者の血圧や呼吸数などを常時モニターし、急変の予兆が出たらいち早く院内迅速対応チームが介入する仕組み「RRS」が全米で導入されることになったのだという。 

帰国後にRRS導入に取り組むも一度は失敗 

 藤谷氏は帰国後、いち早く日本版RRSの導入に取り組み始めた。しかし聖マリアンナ医科大学病院での取り組みは、一筋縄ではいかなかったようだ。「帰国してすぐの2008年、いきなり病院全体での導入を試みましたが、このときは失敗しました」と藤谷氏は話す。 

 ハードルは「主治医制」の存在だった。主治医制には、首尾一貫した医療が提供されやすく、医師がやりがいを持って治療に取り組めるなどのメリットがある一方で、他の医師の介入を拒む傾向が強まりやすいといったデメリットもある。患者のバイタルサインに異常値が出てRRSが起動すると、NPや救急医が病棟に向かい患者を診ることになるが、いくつかの診療科では主治医の理解が得られず、うまく連携ができなかったという。 

 藤谷氏らは翌年から仕切り直し、取り組みに賛同してくれる診療科に対象を絞って、小規模な介入から始めることにした。耳鼻科や皮膚科など急性期対応に慣れていない診療科では、RRSによる救急医の介入は当初から歓迎されたという。こうして徐々に実績を積み上げ、藤谷氏らの活動は院内外で知られるようになっていった。 

 転機が訪れたのは2012年の6月だった。RRSを受け入れていなかった診療科の患者が、院内で急変して亡くなった。その患者の家族から、「この病院ではRRSが導入されているのにどうして私の家族のときには起動しなかったのでしょうか」と病院に問い合わせがあったのだ。事態を重く見た当時の病院長が、トップダウンで病院全体にRRSを導入することを決めたという。 

 「この年を起点として、RRSは急速に院内に浸透していきました。当初はRRSに反対していた診療科の医師も、いったん経験するとそのメリットを理解し、積極的に連携してくれるようになりました。今ではRRSは、当院の文化の1つとして根付いており、RRSが起動して病棟に救急医が来ることについて、心理的な抵抗を持つ医師はもういないと思います」(藤谷氏)。 

「Early Warning Score」の活用でRRS起動を自動化 

 病院全体にRRSが導入された2012年以降も、RRSの改良は続けられた。藤谷氏の指揮の下、中心的に取り組んだのは救急医学の講師で医局長を務める津久田純平氏だ。「2015年当時は他の診療科の医師や看護師から電話連絡を受けて、救急医が病棟に駆け付ける仕組みでした。『呼吸数や血圧、意識レベルといったパラメーターのうち、どれか1つでも異常値が出たらすぐに救急医を呼んでください』『結果的に何事もなく済んでも構わないので、とにかく連絡をください』と各診療科に一生懸命呼び掛けました」。津久田氏はこう振り返る。 

 こうした呼び掛けが実を結び、次第にRRSの起動件数は増えていった。しかし院内急変の件数自体は、RRS導入前とあまり変わらなかったという。「その原因は、RRSの起動が遅いことでした。コードブルーに近い状態で救急医が呼ばれるケースが非常に多かったのです。特に、他の診療科の看護師にとって、救急の医師に電話をするのはハードルが高かったようです」(津久田氏)。 

 そこで2018年からは、海外での先行事例も参考にして、RRSの起動の仕組みを大きく転換した。新しい仕組みでは、患者のバイタルサインを自動的かつ継続的に取得してPCに取り込み、早期から警戒が必要な「Early Warning Score;EWS」を算出する。スコアが基準値を超えた患者については「ハイリスク症例」であることを示すアラートを表示する。院内の全入院患者(約1000人分)のスコアとアラートの一覧は、PCで閲覧できる。これによってRRS担当の救急医は、アラートが出ている患者を確認して、自身の判断で病棟に駆け付けられるようになった。 

 EWSについては、英国で先行例がありエビデンスも豊富な「National Early Warning Score ;NEWS」をベースに、一部修正して採用することにした。NEWSとの主な違いは、日本の医療現場ではリアルタイムでの状況が確認しにくい酸素投与の有無を、スコア算出のパラメーターから除いた点だ。それでもNEWSとの相関が保たれることは、臨床研究を通じて確認しているという。

RRSの改良で中心的な役割を果たした救急医学講師で医局長の津久田純平氏。2008年大阪大学卒。淀川キリスト教病院、武蔵野赤十字病院救命救急センターを経て、2012年東京ベイ・浦安市川医療センター内科・集中治療フェロー。2015年聖マリアンナ医科大学救急医学助教。2017〜2019年聖路加国際大学公衆衛生大学院修士課程。2019〜2022年米国トーマスジェファーソン大学留学。2022年より現職。

RRSの初期対応はNPに任せることに 

 このようにRRS起動の仕組みを大きく変えたことで、聖マリアンナ医科大学病院では早期に、救急医主導で急変の予兆に対応できるようになった。「その一方で新たな問題も出てきました。対応すべき症例が格段に多くなり、RRS当番の救急医だけでは対応しきれなくなったのです。そこで当時、聖マリアンナ医科大学病院に配属され始めていたNPを、RRSの初期対応で活用することにしたのです」(津久田氏)。 

 藤谷氏や津久田氏らがRRSの初期対応にNPを充てようと考え、決断したことは、自然な流れだったとも言える。米国では実際に、その役割をNPとクリニカルフェローが担っており、藤谷氏自身も留学中に体験していたからだ。 

 また、聖マリアンナ医科大学は2017年から、NPの大学院卒後研修プログラムを開始しており、2019年に第1期生が誕生していた。この研修プログラムを一から作り上げた統括責任者が藤谷氏であり、救急救命研修で教育担当を担っていたのが津久田氏だ。従って藤谷氏や津久田氏は、自ら教育に当たったNPの知識や技能レベルの高さを熟知するとともに、厚い信頼を寄せていた。 

 こうして聖マリアンナ医科大学病院のRRSの原型が完成したが、その後もシステムの改良は続いた。「2022年にはスコア解析のアルゴリズムをブラッシュアップして、患者が検査のために測定器を外して病室を留守にした場合などに、間違って『ハイリスク症例』の表示が出ないようにしました。また、NPは当初、通常業務と兼務でRRS当番を担っていましたが、2023年からは人員配置をやり繰りして専任で対応できるようにしています」(津久田氏)。

患者のEWS一覧を見ながら、RRS担当の医師とNPとで対応を協議している様子。全入院患者(約1000人分)のEWSとアラートの状況が閲覧できるPCが設置されている。写真左から救急医学講師の津久田氏、NPの渡部氏と小船氏。

RRS起動で出血性ショック患者の急変前の対応が可能に

 聖マリアンナ医科大学病院のRRSがうまく機能した象徴的な症例を1例、津久田氏に紹介してもらった。それは以下のようなものだった。 

 XX年X月の平日の昼間、RRSの担当だった救急のNPが、脳梗塞で入院中の患者のスコアが基準値を超え、「ハイリスク症例」を示す赤文字のアラートが出ていることに気付いた。異常値は主に意識レベルと血圧だった。 

 NPはすぐに脳神経内科の病棟に行き、病棟看護師と主治医に話を聞くとともに、自身でも患者の様子を確認した。主治医は、意識レベルの低下は脳梗塞に伴うものと考えて、確認のためCT検査を実施するつもりだとNPに伝えた。 

 スコアの異常が主科の病態に伴うものであれば、その後の対応は主治医に任せて救急のNPは引き揚げることになっている。しかしそのNPは、脳梗塞に関連しない別のイベントが起こっている可能性もあると考えて、RRS当番の救急医に院内電話で報告し、病棟に来てもらうよう要請したという。 

 このときNPが疑問を持ったのは、血圧の異常についてだった。通常、脳梗塞や脳出血など、脳に何かのイベントがあった場合には血圧が上がる。しかし患者の血圧は、下がっていたのだ。病棟に上がって来た救急医が、改めて主治医と協議。消化器から出血している可能性もあるとみて、頭部のCT検査の際に腹部も撮影することと、採血検査を依頼した。 

 「CT検査の結果、脳梗塞の悪化は見られませんでしたが、胃で出血が認められました。また採血検査の結果、ヘモグロビンの値が大きく下がっていました。患者の便を調べたところ、黒い便が出ていることも分かったので、胃潰瘍による出血性ショックが意識レベルの低下を招いたものと判断しました。すぐに患者をICUに移送して輸血を開始するとともに、消化器内科医に胃の出血を止める内視鏡処置をしてもらいました。早期に対応できたため重大な事態には至らず、この患者さんは短期間で一般病棟に戻ることができました」(津久田氏)。 

RRS導入に取り組む他の医療機関をサポートしたい

 今後の抱負について藤谷氏は、聖マリアンナ医科大学病院での経験を基に、RRS導入に取り組む全国の医療機関をサポートしたいと話す。藤谷氏はこれまで、研究会や学会での活動を通じてRRS導入の効果を検証し、エビデンスを示して国に診療報酬の改定を要望してきた。2022年の改定で診療報酬が算定できるようになり、その努力はある程度実を結んだが、まだ道半ばだと言う。 

 「全国の多くの医療機関が、診療報酬の点数が付いたことで、RRS導入に取り組みやすくなったのは好ましいことです。とはいえ、実際にはなかなかRRSの起動件数が増えなかったり、効果が現れなかったりといった悩みの声を耳にします。RRSを導入して軌道に乗せるには、RRSチームを設置するだけでなく、EWSを使ってRRSの起動を自動化することやNPの活用など、様々なノウハウが必要です。私たちが経験してきたことを題材に、具体的に『このように運用していけばうまくいくんですよ』という情報提供をしていきたいと考えています」(藤谷氏)。 

 もう1つ、長期の目標は、RRSを遠隔ICUにも導入していくことだという。急変の予兆を捉えて早期介入するRRSのコンセプトは、一般病床の患者対応にとどまらず、ICU内での敗血症、心筋梗塞、脳卒中などの対応にも通じるものだと藤谷氏は考えている。「まだ未開拓なテーマですが、今後、関心が高まっていくと考えています。NPの活躍の場をICUに広げることも含めて、今後はICUにRRSを導入していくことにも取り組んでいきたいと考えています」と藤谷氏は話している。

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藤谷 茂樹(ふじたに・しげき)氏

1990年自治医科大学医学部卒、島根県立中央病院外科研修医。1996年島根県立中央病院外科医長。1999年自治医科大学総合診療部病院助手。2000年米国ハワイ大学内科レジデント。2003年米国ピッツバーグ大学集中治療学フェロー。2005年米国UCLA-Veterans Affairs感染症フェロー。2007年聖マリアンナ医科大学救急医学講師。2011年同准教授。2012年東京ベイ・浦安市川医療センター長、聖マリアンナ医科大学救急医学臨床教授。2016年聖マリアンナ医科大学救急医学教授。2018年聖マリアンナ医科大学救急医学主任教授。

 

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