「きんちゅう」の愛称で知られる近畿中央呼吸器センターは、肺がんから呼吸器感染症、COPDなどの慢性呼吸器疾患まで、全ての呼吸器疾患に対応する国内トップクラスの専門施設。中でも、結核と肺非結核性抗酸菌症(肺NTM症)の治療に強いのが特徴で、臨床研究センター感染症研究部長・内科系部長の露口一成氏が、その陣頭指揮を執っている。
独立行政法人国立病院機構
近畿中央呼吸器センター
(大阪府堺市)
2018年に新病棟をオープンした近畿中央呼吸器センター。1階は結核病棟、2~4階は呼吸器内科や呼吸器外科病棟、5・6階は肺がん病棟、7階は緩和ケア病棟。
近畿中央呼吸器センターは国立療養所近畿中央病院を前身とし、2018年9月に「近畿中央胸部疾患センター」から「近畿中央呼吸器センター」へ名称変更した。呼吸器疾患の専門施設であることを明確にする目的と、「きんちゅう」の愛称を残したいという思いから、この名称になったという。病床数は311床、そのうち40床が結核病棟だ。呼吸器内科には27人の医師が所属しており、そのうち14人が結核病棟での診療に携わっている。
日本で2施設しかない結核医療の高度専門施設
我が国では結核はほぼ制圧され、治療上問題となるのは主に多剤耐性結核である。西日本でその診療の中心を担っているのが近畿中央呼吸器センターだ。同センターは東京の複十字病院とともに国内で2施設のみの結核医療の高度専門施設に指定されており、大阪府以外からも兵庫県、和歌山県、広島県、岡山県などから広く患者を受け入れている。診療する結核患者は年間200例以上にも上り、多剤耐性結核など治療が困難な患者が多く紹介されてくる。
ここで結核などの呼吸器感染症診療をリードしているのが臨床研究センター感染症研究部長・内科系部長の露口一成氏だ。露口氏は、自身の地元である大阪府堺市の同病院で20年以上にわたり呼吸器感染症の診療と研究に従事してきた。日本結核・非結核性抗酸菌症学会の治療委員会委員長として結核の治療指針の策定に携わるスペシャリストでもある。
「これまで難治性とされてきた多剤耐性結核ですが、今ではほぼ治るようになりました」と露口氏は話す。ここ数年、近畿中央呼吸器センターの多剤耐性結核の患者は全員、検査で結核菌が陰性になっているという。「当院の力というよりは、新薬のおかげですね」と露口氏は謙遜するが、何十年にもわたって積み上げてきた結核診療の知見・スキルと、治療に携わる医療者たちの努力の成果でもあるだろう。
多剤耐性結核治療の肝は、通常の結核よりも多い4~6種の抗菌薬をいかに使い分けていくかにある。そのため近畿中央呼吸器センターでは、一般の病院で行う薬剤感受性検査に加え、研究的な薬剤感受性検査も行い、その結果を適切な多剤併用化学療法に結びつけている。症例によっては外科的手術を選択するなどの集学的治療を実施する。
また、全ての結核患者について、多職種が参加する合同カンファレンスで治療計画の検討を行っている。合同カンファレンスは2週ごとに開催し、医師、看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカー、地域の保健師が参加。患者一人ひとりの服薬アドヒアランスを評価し、治療期間や退院後の対応を話し合う。退院後は地域の保健師がDOTS(直接服薬確認療法)を担当するため、情報を共有し、服薬サポートをスムーズに引き継げるよう協力体制を取っているという。
さらに、露口氏が部長を務める臨床研究センター感染症研究部では、結核の基礎的・臨床的研究を行っている。治験段階から新薬の開発に携わることで、副作用マネジメントなどを含めたノウハウが蓄積し、新薬発売後もいち早く診療に生かすことが可能になっている。また、先に述べたように、一般の病院では実施していない研究的な薬剤耐性遺伝子検査・薬剤感受性検査を、治療困難な多剤耐性結核に対して実施できるのも臨床研究センターを持つ利点だ。同センターの取り組みが、専門施設ならではの質の高い診療を支えている。
近畿中央呼吸器センターの呼吸器感染症診療をリードする露口一成氏。
増加する外国人の結核患者にも多言語で対応
結核を巡っては、多剤耐性結核以外にも課題がある。近年、若年の結核患者に占める外国人の割合が増加しているのだ。「当院でも若年の外国人患者が増えており、ベトナムやネパールから来日した患者が多くなっています」と露口氏。10~20歳代の結核患者の半数以上を外国人が占め、母国で感染して日本に持ってきたケースが多いと考えられている。
我が国の結核患者の隔離基準は国際的にも厳格だが、海外では結核であっても入院を必要としない国も多い。日本人と外国人では結核に対する意識の差が根底にあり「なぜ日本では入院しないといけないのか」と不満を漏らす外国人患者もいるという。
そこで近畿中央呼吸器センターでは、府の保健師が作成した多言語のリーフレットや翻訳機を用いて、円滑に意思疎通を図れるよう工夫している。リーフレットには症状や治療に関する内容が記載されており、治療への理解を促し、安心して療養してもらう上で役立っているという。「地域連携も含め、結核の診療体制は滞りなく運営できていると感じています。患者さんも治療の必要性を正しく理解し、きちんと服薬できています」と露口氏は話す。
難治性の肺NTM症にも集学的治療で挑む
一方で近年、患者が急増しているのが肺NTM症だ。国内での罹患率は結核を超えており、近畿中央呼吸器センターには年間200例以上の新規患者が受診する。露口氏の外来も患者の7~8割は肺NTM症だ。薬物療法を行っても改善しない患者や副作用マネジメントが困難な患者など、治療に難渋するケースが多く紹介されてくる。
結核と同様に肺NTM症も抗酸菌による感染症だが、治療方針や予後は結核と大きく異なる。治癒率は決して高くはなく、いまだ難治性の感染症であり、患者は疾患と何十年も付き合っていかなければならない。
「正直に言うと、他院で難治なら当院でも難治なんですよね」と露口氏は打ち明ける。呼吸器疾患の専門施設であっても、治療が難しいのが肺NTM症だ。それでも「もちろん、最大限の治療を行って、治癒に向かうよう努力しています」と話す。
肺NTM症の治療に当たっては、薬物療法だけでなく外科的手術や呼吸リハビリテーション、栄養状態の改善を目指した指導などに、多職種が連携して取り組んでいる。毎週水曜日には感染症のカンファレンスを開いて患者の治療方針について検討を重ね、木曜日にはリハビリテーション科とのカンファレンスも行っている。
痰の多い患者に限らず、一見、痰がないように見える患者でも呼吸リハビリテーションを行うと痰が喀出され、呼吸が楽になったりQOLが上がるという報告がある。露口氏も呼吸リハビリテーションの重要性を認識しており、「今後も積極的に実施していきたい」と話す。国内でも実施できる施設が多くはない呼吸リハビリテーションに取り組めるのは、近畿中央呼吸器センターの強みの1つと言える。
露口氏は肺NTM症患者のメンタルケアも重視しており、「肺NTM症の治療では、心の持ちようも大切です」と強調する。肺NTM症は結核と比べて進行は比較的緩やかであり、ヒトからヒトへ感染しないため、排菌していても症状が悪化しなければ通常の日常生活を送ることができる。
ところが、非専門施設などで肺NTM症への正しい理解が進んでいない場合もあり、「この病気は治らないし、このまま一生を終えるのを待つだけ」と他院で説明を受けてくる患者もいるという。露口氏は「患者さんに対しては『治らなくても悪くならなければいいのです。病気と仲良く付き合っていきましょう』と伝えて、気持ちを楽にさせてあげるよう心掛けています」と患者コミュニケーションのポイントを語る。
カンファレンスの様子。右から2人目が露口氏。(露口氏提供)
M. kansasii症は年間50例を経験、治癒後の肺アスペルギルス症にも万全に対応
肺NTM症の中でも治癒が見込めるのがM. kansasii症だ。肺NTM症に占める割合は1割未満だが、近畿中央呼吸器センターでは年間約50例を経験する。これを漏れなく鑑別し、治療できるのも専門施設ならではだ。
肺NTM症の8~9割を占める肺MAC(Mycobacterium avium complex)症は、薬物療法を行っても菌陰性化しない患者が少なくない。これに対し、M. kansasii症は抗菌薬が効きやすい。「M. kansasii症の患者数がこんなに多いのは当院くらいだと思います。M. kansasii症の当院での治療成績は良好なので『治る肺NTM症』というイメージがあります。肺NTM症は菌種によって治療薬が異なるので、まずは菌を同定することが非常に重要です」と露口氏は話す。
肺NTM症の治療では、肺アスペルギルス症にも注意が必要だ。肺NTM症によって一部が壊れた肺は元に戻ることはなく、アスペルギルス属菌はそのような肺の壊れた部分に感染しやすい。露口氏によれば、M. kansasii症が治癒した後に肺アスペルギルス症を発症する患者は多いという。肺アスペルギルス症で問題となるのは喀血である。最悪の場合は命に関わるため、近畿中央呼吸器センターでは喀血を伴う患者への気管支動脈塞栓術を積極的に行っており、良好な止血成績を得ている。
臨床に還元するための研究でハイレベルな診療を実現
臨床研究センター感染症研究部では、結核だけでなく肺NTM症についても研究を行っている。「当院の臨床研究センターは、あくまでも臨床に還元するための研究がメインなんです」と露口氏。臨床研究センターの医師は全員が診療科の医師でもあり、日常的に患者を診ている。診療上の課題を臨床研究センターで研究し、研究の成果を診療に還元することにより、診療レベルの向上につなげているのだ。
その一例として、肺NTM症の中で最も難治と言われるM.abscessus complex症の治療に積極的に取り組んでいることが挙げられる。M. abscessus complexは3つの亜種に分けられ、それぞれ予後や抗菌薬への治療反応性が異なることが知られている。しかし以前は、一般の施設ではこの亜種同定を行うことができなかった。そこで臨床研究センターではM. abscessus complexのゲノムシーケンスによる亜種同定に取り組み、さらに薬剤感受性試験も実施することにした。これにより、適切な抗菌薬を事前に判断して入院による治療強化(静注抗菌薬の投与)を行うことができるようになり、良好な経過が得られるようになったという。
研究に取り組む感染症研究部のメンバー。(露口氏提供)
国立病院機構全体で次世代を担う医師の育成に励む
近畿中央呼吸器センターでは、多剤耐性ではない結核であれば退院後はかかりつけ医に逆紹介している。しかし、肺NTM症は多くのケースでかかりつけ医に「そちらで診てください」と言われることが多いという。「かかりつけの先生方も、肺NTM症に対してはまだ抵抗感があるのかもしれません」と露口氏は推察する。これからは、地域の医師への情報発信や勉強会の開催を積極的に行い、肺NTM症の正しい知識をもっと広めていかなければならないと考えているそうだ。
露口氏は次世代の呼吸器感染症診療を担う医師の育成にも力を入れている。米国では結核患者の減少に伴い結核を診療できる医師も減り、診療技術の維持・確保が課題となっている。日本も同様の状況に陥る可能性があるため、国立病院機構全体で危機感を持って対策を講じている。露口氏らベテラン医師が、国立病院機構の若手医師を対象に結核や肺NTM症、肺真菌症などに関する講習会を開き、育成に励んでいるのだ。特に、肺NTM症については多くの若手医師が興味を持ち、講習会に参加しているという。近畿中央呼吸器センターでも若手医師らが論文発表を次々と行うなど、取り組みの成果が表れている。
結核・肺NTM症診療の魅力について、露口氏は「結核は治療法が確立しています。適切に治療することで病気を治せる喜びを味わうことができ、医療者の存在意義を感じることができる疾患です。一方で、肺NTM症はどのような人が発症するのか、予後規定因子は何か、より良い治療法は何か──など未知の部分が多く、これから探究していく分野になるため、非常に興味深い疾患だと言えます」と語る。
「今後も診療と研究の両方に力を入れて、当院がますます呼吸器疾患診療の中心になれるように、そして東京に負けないように頑張っていきます」と意欲的だ。「きんちゅう」のさらなる飛躍に注目したい。
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露口 一成(つゆぐち・かずなり)氏
1990年京都大学卒。国立姫路病院、京都大学医学部附属病院などを経て、2002年国立療養所近畿中央病院(現 国立病院機構近畿中央呼吸器センター)臨床研究センター薬剤耐性治療研究室長。2010年より臨床研究センター感染症研究部長、2021年より内科系部長(併任)。