ロボット支援手術を病院の新たな柱に育て上げる

心臓血管領域の治療で著名な小倉記念病院は、病院の特徴を打ち出す第二の柱として、患者負担が小さく繊細な処置ができるロボット支援手術の提供体制を構築した。的確な止血が行えるロボット支援手術は、同病院に多い抗血栓療法を受けている患者との相性も良い。院長の腰地孝昭氏とロボット手術センター長を務める藤川貴久氏に、導入から4年という短期間で、地域の病院や患者にロボット手術の存在を浸透させた取り組みについて聞いた。

一般財団法人平成紫川会 小倉記念病院(福岡県北九州市)

北九州市小倉北区に位置する小倉記念病院は27診療科と656床を有する。

循環器領域以外に柱となる領域を模索

  一般財団法人平成紫川会小倉記念病院は、北九州市の高度・急性期医療を担う中核病院だ。病床数は656床で、心臓血管病センター、脳卒中センター、腎センターなどを擁し、約1500人のスタッフを抱える。 

 2023年4月に病院長に就任した腰地孝昭氏は、全国の大学医学部に教授を輩出している京都大学心臓血管外科教室の出身だ。「小倉記念病院は、私が1期生として弟子入りした伴敏彦先生が京都大学の教授就任以前に腕を振るってきた施設なので、いつか働いてみたいと思っていた憧れの病院でした。実際に着任してみると、循環器領域で強みを発揮し続けていましたので、伝統を守りながら病院を引っ張っていこうと思いを新たにしました」。こう語る腰地氏は「循環器領域に加え、他にも柱となり得る領域を育てていく必要を感じました」とも付け加える。 

 柱の候補はいくつもあった。日本トップクラスの件数である腹膜透析を行う腎臓領域、北九州エリアで大きなシェアを維持している血管内治療を行う脳神経領域、そして肝臓外科がロボット支援手術で実績を積み上げていた消化器外科領域だ。「ロボット支援手術といえば泌尿器科の前立腺がん治療が知られていますが、当院ではそれ以外の領域、特に外科領域での症例が多いのが特徴です。赴任当初、肝臓外科でもロボット支援手術を行っていると聞いて驚き、このユニークさを伸ばしていこうと決めました」と腰地氏は振り返る。 

 ただし、腰地氏はトップダウンで指示を出すことはしなかった。着任間もない自分が号令をかけるより、現場のスタッフが主体的に企画し、行動した方がうまくいくと判断したからだ。さりげない働きかけにより集団や個人の意思決定に影響を与える手法を「ナッジ理論」と言うが、腰地氏はこの理論を実践する形で現場スタッフの背中を押すことを試みた。それに呼応して「ロボット手術センター開設」プレゼンテーションのため、腰地氏の元を訪れたのが外科主任部長(当時)の藤川貴久氏だった。

                     病院長の腰地孝昭氏(左)と外科 主任部長・ロボットセンター長の藤川貴久氏(右)。

肝切除のロボット支援手術「ロボ肝」に取り組む 

 藤川氏は1992年に京都大学医学部を卒業し、天理よろづ相談所病院、フロリダ大学医学部留学などを経て、2006年に外科副部長として小倉記念病院に着任した。日本外科学会指導医・専門医に加え、消化器領域やがん領域の指導医・専門医資格を多数保持する一方、日本肝胆膵外科学会や日本内視鏡外科学会の認定も受けたロボット手術のスペシャリストである。 

 40代後半から、主に若手や中堅の医師が執刀する腹腔鏡手術で、指導的助手として手術室に入ってきた。その経験を通じて藤川氏は、難易度が高い腹腔鏡下肝切除術などでの適切な止血方法を模索してきたが、手術ロボットの導入が効果的であることに行き着いた。そして2020年の手術ロボット導入以来、ロボット支援手術を積極的に推進してきた。 

 小倉記念病院では手始めに外科が、胃がんと大腸がんの切除術でロボット支援手術を開始した。その後、泌尿器科が前立腺がんにロボット支援手術を導入し、呼吸器外科や心臓血管外科がそれに続いた。「ロボット支援手術が他科に広がっていく中で、外科のイニシアチブを維持するために、私自身が得意とする肝臓領域のロボット支援手術の症例数を増やしていこうと考えました」と藤川氏は言う。 

 藤川氏は、肝切除のロボット支援手術が保険適用になることが見込まれた2022年4月に間に合うよう、2021年後半から施設基準を満たすのに必要な症例数を積み重ねた。倫理委員会の審査をクリアし、保険診療との差額分の治療費を病院が負担する協力も得られ、保険診療に必要な条件を整えた。手術ロボットを導入した2020年のロボット支援手術の件数は17件だったが、その後は86件、173件、253件と毎年順調に増加していった。そのうち外科が担当した手術150件の内訳は、2023年において肝臓の手術が44件と3分の1を占めている。さらにロボット肝切除の総実施件数は2023年12月末時点で82件に達し、全国でもトップクラスの施設となっている。 

 「手術ロボットは、腹腔鏡のデバイスにない関節機能を備えており、手ぶれが防止できるなどのメリットがあります。一方でCUSA(超音波吸引装置)など、腹腔鏡で使えたデバイスが使えないというデメリットがありますが、そこは工夫次第でなんとかなることも分かってきました」(藤川氏)。 

 例えば肝臓の手術では、こんな工夫をしている。肝臓は切ると出血しやすく、焦げた血液が電気メスに付着すると止血が難しくなる。そこで出血箇所に生理食塩水を適量滴下すると、デバイスに焦げが付かず止血が続けられる。そのため腹腔鏡には生理食塩水を滴下するデバイスがあるが、手術ロボットにはない。そこで藤川氏は、助手側から生理食塩水を滴下することで、ロボット支援手術でも止血しながら肝臓を切り進められるようにした。 

順調な手術件数の増加を院長に示し2台目のロボットを導入 

 冒頭で紹介したように、藤川氏が院長の腰地氏に「ロボット手術センター開設」のプレゼンテーションを行ったのは、ちょうどこの頃のことだ。外科では腹腔鏡手術のロボット支援手術への移行が進み、他科でも件数が増加したのだが、手術ロボットの稼働枠が限界に近くなっていた。そこで、ロボット手術数のさらなる上積みが可能であると確信した藤川氏は、綿密なプレゼン資料を用意して、腰地氏に手術ロボットの追加導入を要請した。 

 藤川氏によるプレゼンの概要は次のようなものだった。「2022年のロボット支援手術の実績は病院全体で175件に達し、予約枠の上限に迫っています。2023年は外科だけで150件を目指していますし、心臓血管外科でも弁膜症治療にロボット支援手術を導入予定です。さらに呼吸器外科は、右肺だけでなく心臓に近い左肺にもロボット支援手術を適用する見込みです。この他、鼠径ヘルニアのロボット支援手術にも近い将来の保険収載が見込まれていて、年間120件ある症例のうち70件が対象になると予測されます。ですから、もう1台の手術ロボットが必要なのです」──。 

 とはいえ手術ロボットは高価だ。藤川氏は腰地氏の反応に一定の手応えを感じてはいたが、「2台目のロボット導入は、今年度は難しいだろう」と考えていた。だが、プレゼンからわずか1カ月後の5月に、事務長から「9月に2台目が入る」と聞かされ驚いたという。 

 小倉記念病院では、症例数が多い良性疾患の鼠径ヘルニア修復も、肝切除と同様に保険収載される前からロボット支援手術を行っていた。そこで腰地氏は「他の病院ではまだ手付かずなので、このまま進めば九州でトップを取れる。身近な疾患だけに、『ロボット手術の小倉記念病院』という新たなキャッチフレーズを地域に浸透させることにもつながる」と判断し、迅速に2台目を導入することにしたのだ。

                   肝臓のロボット支援手術に臨む藤川氏(右)。(小倉記念病院提供)

病院のブランド力を左右するロボット支援手術 

 例外があるものの多くの手術では、腹腔鏡手術とロボット支援手術の診療報酬は同額だ。一方、導入コストや運用コストは後者の方がおおむね大きい。しかも手術に必要なスタッフ数は、ほぼ同じだ。これらの数字だけを見れば、ロボット支援手術の件数を増やすメリットは見いだしにくい。しかし北九州エリアでは、前立腺手術の対象患者が手術ロボットを導入した病院に流れる傾向が確認されるなど、ロボット支援手術ができるかどうかが病院のブランド力に影響を与えることが示されている。 

 患者負担の面でも、ロボット支援手術にアドバンテージがあるようだ。疾患や治療法により違いがあるため一概には言えないが、ロボット支援手術の方が在院日数の短い疾患・治療法は多い。そうしてエビデンスが蓄積されれば、将来はロボット支援手術の方が診療報酬で優遇されるようになることも考えられる。 

 さらに、小倉記念病院特有の事情もある。心臓血管領域では日本有数の病院であり、脳神経領域でも多くの患者が頼りにしている病院である。「抗血栓療法を施行している患者さんが数多くいます。そのような患者さんが、がんなどで手術しなければならなくなったとき、通常は抗凝固薬の休薬を検討しますが、休薬すると周術期血栓症のリスクが高まります。きめ細かい止血を的確に行えるロボット支援手術なら休薬開始を遅らせ、早期に再開できるので、当院の多くの診療科から求められている方法と言えます」と藤川氏。 

 他の医療機関から小倉記念病院を見学に来た医師は、「こんなに心臓が悪い患者さんを手術して大丈夫なのか? 手術の前日まで抗血栓薬を飲んでいて大丈夫なのか?」と驚くことが多い。だが、同院の執刀医らは「前日まで抗血栓薬を飲んでいてもらわないと、むしろ術後に血栓ができないかと不安になり、管理どころではなくなる」と話すほどだという。 

ロボット支援手術のメリットを周辺の病院や患者に積極発信 

 2台目の手術ロボット導入を機に、小倉記念病院には「ロボット手術センター」が開設され、藤川氏が初代センター長に就任した。センターの役割は、ロボット支援手術用が多くの科で最大限活用される環境を作ることや病院内外からのロボット支援手術に関する問い合わせへの対応だ。また、これら受け身の対応だけでなく、積極的な情報発信も行っている。 

 その1つが、年に10回開催している市民公開講座だ。『ロボット手術のお話』『消化器がんのお話』などの名称で、ロボット支援手術の特徴などをテーマに、藤川氏ら小倉記念病院の医師が講演を行っている。「患者さんから開業されている主治医の先生に『小倉記念病院でロボット支援手術をしている』と伝えてもらえれば、と期待しています」(藤川氏)。セミナーの参加人数は、コロナ禍前は300人ほどだったが、現在は100人程度。新たにインターネットでも配信するハイブリッド形式にして、より多くの人々にロボット支援手術のメリットを伝えられるよう努力している。

 年10回ほど開催している市民公開講座の様子。(小倉記念病院提供)

 医療関係者に直接、情報発信する場も用意している。毎年「医療連携会」を開催し、紹介元の診療所医師や連携する病院の医師ら300人ほどを招いて、小倉記念病院の最新治療を紹介する。その後は懇親会を開いて、ざっくばらんな情報交換も行っている。参加医師が所属する医療機関は北九州市内にとどまらず、福岡県の筑豊や山口県の下関、大分県の中津など広範囲にわたる。「小倉記念病院は、心臓やがんの手術をするところで、ヘルニアの手術までするとは思わなかった」という声が聞かれるなど、この連携会は同院への理解を深めることに役立っている。 

 また、『小倉記念がん治療セミナー』という藤川氏が座長を務めるセミナーも年5〜6回開催している。外科に限らず様々ながん治療に関する情報発信を、主に医師向けに行う。小倉記念病院が現在どんな治療を行っているかを、地域の開業医が知ることができる機会となっている。 

 さらに今後は、ロボット支援手術のエビデンス構築にも取り組んでいく計画だ。「ロボット支援手術の導入前から、新しい術式について倫理委員会などを通して、安全性などを検討してきました。今後はこれに加えて、手術後の経過など患者さんにどのようなメリットを提供することができたかといった検証もしていかなければならないと考えています。ロボット支援手術の効果についてのエビデンスの蓄積は、手術件数が多い当院だからこそやらなければならないことですから」と藤川氏は言う。 

 一方、小倉記念病院の今後の展望について、院長の腰地氏は次のように語る。「おかげさまでこれまでは、マラソンに例えると第一集団の一角を担ってくることができました。今後も下位集団に飲み込まれることなく第一集団にとどまるためには、チャレンジングなことに取り組み、時にはスパートをかけることも必要です。これまでは心臓血管領域が看板でしたが、ロボット支援手術を核にしたがん領域にも注力し、がん拠点病院に認定されてもおかしくない体制を構築していきたいと思います」。

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腰地 孝昭(こしじ・たかあき)氏

1984年京都大学医学部を卒業後、心臓血管外科に入局。松江赤十字病院、熊本中央病院などを経て、2009年福井大学医学部第2外科教授、2016年同大学医学部附属病院院長を務める。2023年4月より小倉記念病院 院長

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藤川 貴久(ふじかわ・たかひさ)氏

1992年京都大学医学部卒業後、天理よろづ相談所病院、フロリダ大学医学部留学などを経て、2006年に外科副部長として小倉記念病院入職。2011年外科部長、2018年外科主任部長、2023年9月に小倉記念病院 ロボット手術センター長、2024年4月より副院長 兼 診療統括部長 兼 外科主任部長 兼 医療環境整備センター長 兼 安全管理部長


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