臍帯血移植の利点生かし適切なタイミングでの移植を実現

虎の門病院血液内科では血液がんなどの治療で行う移植について、主に臍帯血移植を選択している。臍帯血移植は、他の造血幹細胞移植に比べ移植までの準備期間が短くて済むため、適切なタイミングを逃さず実施できるからだ。このメリットを活用し、同科では病勢が速く緊急移植が必要な患者に対応する一方、高齢患者など移植の合併症の危険が高い患者で病勢が穏やかな場合は移植の危険を先送りするなど適切なタイミングを探っている。臍帯血移植の利点を生かした診療を実践する虎の門病院血液内科の取り組みを追った。

虎の門病院 血液内科(東京都港区)

1958年設立の虎の門病院は、2019年に新病院に移転した。新病院は38診療科、819床。1日の平均外来患者数は約2500人。1971年に設立された血液内科の専用病床数は119床で、専用のクリーンルーム48床を備える。

 国家公務員共済組合連合会・虎の門病院の血液内科の設立は1971年。現在の専用病床数は119床で、外来患者数は年間約19,616人だ。2017年に部長に就任した内田直之氏が常勤専門医8人を率いて血液疾患の診療に当たっている。 

 同診療科は、造血器悪性疾患(白血病、リンパ腫、骨髄腫、骨髄異形成症候群)、自己免疫性の血小板減少症、溶血性貧血、再生不良貧血など様々な血液疾患の診療を担い、造血幹細胞移植の件数では国内トップレベルにある。特に同種臍帯血移植に関しては全国1位で、世界的にも主要な施設の1つに数えられている(日本造血細胞移植データセンター/日本造血・免疫細胞療法学会「日本における造血細胞移植.2022年度 全国調査報告書」による)。 

 虎の門病院血液内科の移植件数が大きく伸びたのは20年ほど前からだ。その経緯について内田氏は、「移植前の状態がどんなに悪くても、移植が成功すれば血液がんなどの疾患は根治します。私の前任の谷口修一先生(現・浜の町病院[福岡市]院長)が部長に就任した2003年以降、当院では、造血幹細胞移植で治るチャンスが少しでもある患者さんは移植の対象とする基本方針のもと移植を実施してきました。私もその方針を受け継いでいます」と話す。 

 どういった患者を造血幹細胞移植の対象にするかは、それぞれの医療施設が独自に決めている。例えば、年齢の上限は一般的に70歳くらいまでと設定している施設が多いようだが、虎の門病院血液内科がこれまでに移植をした最高齢の患者は82歳だ。寝たきり、認知症など移植後の管理が難しい患者はやむを得ず除外しているものの、年齢の上限は設けておらず、内蔵機能に多少の問題がある患者であっても移植の対象としている。「当院が他の医療施設で移植を断られた患者さんの受け皿になれればよいと思っています」(内田氏)。

臍帯血は各患者さんの適切なタイミングでの移植が可能

 虎の門病院血液内科では、造血幹細胞移植を実施する際、適切なタイミングを見極める姿勢を取っている。臍帯血移植は、他の造血幹細胞移植に比べ移植までの準備期間が短くて済む。また、HLA(ヒト白血球抗原)が一致していなくても使用可能で、ほぼ全ての患者で使用可能な臍帯血が見つかることから、適切な時期を逃さず移植が実施できる。すなわち白血病などで病勢が速く、緊急で移植が必要な場合も対応できる。また逆に、高齢者などでは移植の合併症の危険が高いため、病勢が比較的穏やかで日常生活に支障がない場合には、移植以外の治療を行いつつ少し先の適切なタイミングを探ることもできる。「移植をしてほしい」と前のめりで受診する患者に、こういった方針を説明し理解してもらうこともあるとのことだ。

 内田氏は適切な移植時期について次のように話す。「高齢者や臓器障害を持つ条件の悪い患者さんでも、造血幹細胞移植をすれば2〜3割の方が根治します。しかし裏を返せば、移植手術を受けた7〜8割の方はGVHD(移植片対宿主病)や感染症、再発などで亡くなっているということです。そのため私たちは、移植をしなかった場合と、した場合とで予測される経過を重ねて比較し、移植時期を考えます。移植が必要な病気の方でもある程度普通に生活できている間は、移植以外の治療を優先する場合も多いです」。

 最初の診察では、まず患者の話をしっかり聞いて、何を重視している人なのか、残りの人生で何がやりたいのかなどを理解するよう努めている。しっかり時間をかけられるように、できるだけ一般外来ではなくセカンドオピニオン外来を利用しているという。「患者さんと医師がまず互いに理解し合えないと、成功率2割未満の治療について話し合ったり、その治療を受けるかどうかを決めてもらったりすることはできません。ですから特に最初の診察では、じっくり時間をかけて話をします」と内田氏は言う。

タイミング良い実施のため準備期間が短い臍帯血移植を選択

 移植のタイミングを慎重に見極める虎の門病院血液内科の方針は、臍帯血移植の実施件数が国内トップであることと強く関連している。臍帯血移植の大きな利点は、他の造血幹細胞移植と比較して、適合する造血幹細胞をほとんどの患者がすぐに見つけられることと、移植までの準備期間が短いことだからだ。

 臍帯血移植では、6つのHLAのうち2つまで型の不一致が許される。そのため日本人の90%以上は、公的バンクに保存されている約1万本の臍帯血のストックの中から適合するものが見つかるという。また、臍帯血は凍結保存されているので、移植日にドナーから造血幹細胞を採取するプロセスが不要だ。臍帯血バンクで臍帯血を解凍して活性を確認する時間などを考慮しても、取り寄せ手続き開始から移植が可能になるまでの期間は3週間ほどだという。

 従って病勢から短い期間で移植が必要な場合でも、臍帯血移植なら十分に間に合う。さらに当初予定していた移植日を変更することも、ドナーのコーディネートが不要な臍帯血移植であれば比較的容易だ。

 一方で、臍帯血移植には幾つかの弱点もある。1つは、1人の臍帯から採取できる臍帯血が40〜100mLと少なく、体格が大きい患者への移植では造血幹細胞の数が足りない場合がある点だ。世界で初めて臍帯血移植を行ったのはフランス人医師のエリアーン・グラックマン氏(Dr. Eliane Gluckman)だったが、現在、同国を含む欧米で臍帯血移植はあまり実施されていない。その主な理由は、この弱点のためだとも言われている。

 もう1つの弱点は、他の移植方法に比べて、移植した造血幹細胞が骨髄で白血球を作り始める「生着」までの期間が長いことだ。骨髄移植なら通常2〜3週間で生着するが、臍帯血移植では3〜4週間かかる。一般的に、白血球不在の期間が長くなるほど感染症のリスクが高まると考えられる。

 これらの弱点について内田氏は「確かに体格が大きい患者さんは、臍帯血の量が足りない懸念があります。しかし現実には、日本人患者さんは中肉中背の方が多く、臍帯血の量が不足することはほとんどありません。生着までの時間も、当院では多くの経験から得たマネジメントにより他ドナーソースと遜色ないレベルとなっています」と話す。さらに「臍帯血移植後は、他ドナーソースでは見られない特有の免疫反応が起こり、これが白血病を攻撃する可能性も確認しています。迅速かつ高い確率で準備可能なだけでなく、手強い血液疾患と戦う上で有力な武器となっています」と付け加える。

 虎の門病院では、現在、生着遅延・生着不全のリスクが高い骨髄線維症などについては造血幹細胞の数が多い骨髄移植を優先しているが、それ以外の血液疾患向けの移植では、臍帯血移植も他のドナーと同様に選択しているとのことだ。

臍帯血移植のメリット生かしたノウハウや実績を世界へ発信

 今後の抱負について内田氏は、「臍帯血移植の症例数が国内トップの施設の責任として、臍帯血移植のメリットを生かした移植のノウハウや実績を、世界に向けて情報発信していきたいと考えています。それが少しでも、造血幹細胞移植全体の成績向上につながればよいと思っています」と話す。

 世界的な造血幹細胞移植の趨勢を見ると、末梢血幹細胞移植が選択されることが多くなっている。しかし新型コロナウイルス感染症の世界的な流行などを経て、ドナーのコーディネートを必要としない臍帯血移植のメリットを改めて見直す意見も出てきているようだ。また、移植に踏み切るタイミングに関しても、できるだけ早い方がよいのか、慎重に実施時期を見極めた方がよいのかの議論が続いている。虎の門病院血液内科から今後発信される情報に注目が集まりそうだ。

 内田氏の長期的な夢は「移植なしで治ること」だという。「より多くの血液疾患の患者さんを救うには、移植に代わる新たな治療法の開発が必要です。でも、そう近い将来にそれが手に入るとも思えません。それまでの間は移植が最後の切り札であり、我々は常に移植技術を高める努力が必要なのです」(内田氏)。

 虎の門病院は独自に基礎研究を行うのではなく、多数の症例を持つ市中病院の役割として、検体を基礎研究施設に送ることに力を入れているという。「理化学研究所との共同研究も2011年からスタートしています。血液疾患で亡くなる人がいなくなる未来を願って、私たちなりの方法で基礎研究のサポートにも取り組んでいきます」と内田氏は話している。
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内田 直之(うちだ・なおゆき)氏

1993年九州大学医学部卒業。1995年九州大学医学部第一内科血液グループ配属。1998年浜の町病院(福岡市)血液病科、1999年カナダ・テリーフォックス研究所留学。2002年愛媛大学第一内科助手。2005年虎の門病院血液内科医員、2010年医長。2017年より血液内科部長。2022年からは虎の門病院院長補佐を兼務。

 

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