愛媛県立中央病院は四国唯一の造血幹細胞移植推進拠点病院だ。骨髄移植、末梢血幹細胞移植、臍帯血移植の3つの移植手法の全てを実施するほか、造血幹細胞移植に関わる人材育成や移植コーディネート支援、地域連携の推進、患者のQOL改善を目指した長期フォローアップや社会復帰支援まで行っている。四国の造血幹細胞移植医療のレベルアップを目指し、名和由一郎氏が率いる精鋭のチームが地域を牽引し続けている。
愛媛県立中央病院 血液内科
(愛媛県松山市)
愛媛県立中央病院は1948年に創立し、827床を有する地域の中核病院だ。
愛媛県立中央病院に血液内科が発足したのは1984年。5年後の1989年に愛媛県内初の骨髄移植を実施し、1993年には四国初の骨髄移植推進財団(現日本骨髄バンク)の認定施設として非血縁者間の骨髄移植を開始した。その後、血縁者間の末梢血幹細胞移植、臍帯血移植と、移植手法のバリエーションを増やしながら四国の移植医療をリードしてきた。そして2015年、四国で唯一の造血幹細胞移植推進拠点病院(以下、拠点病院)に認定された。
拠点病院の認定は、2013年に厚生労働省が開始した造血幹細胞移植医療体制整備事業(以下、整備事業)の一環だ。これは、造血幹細胞移植を必要とする患者が誰でも、どの地域にいても適切な時期に移植を受けられるようにすることを目標とするもので、移植後の長期フォローアップ体制の構築も目指している。2020年には整備事業の見直しが行われ、移植後の患者のQOLの向上や、社会復帰できる環境の整備も目標に追加された。本事業を遂行するため、厚生労働省は拠点病院として全国9ブロックから12施設を認定し、中国・四国ブロックからは愛媛県立中央病院と岡山大学病院が選ばれた。
愛媛県立中央病院ではこれまでに500例以上の造血幹細胞移植を実施し、四国では最多の症例数を誇る。2022年は自家末梢血幹細胞移植が7件、臍帯血移植が9件、移植後シクロホスファミドを用いたHLA半合致移植(ハプロ移植)が5件、非血縁者間骨髄移植および血縁者間末梢血幹細胞移植がそれぞれ1件であり、年間約20件の移植を行っている。
総勢50人ものメンバーからなるチームを確立
同病院では多職種からなるチームで造血幹細胞移植に当たっている。チームを率いるのは改善推進本部長兼がん治療センター長で、輸血部長も兼務する名和由一郎氏だ。「チームは現在、常勤の血液内科医7人、専攻医4人の他に、歯科医師、放射線科医師、看護師、薬剤師、理学療法士、管理栄養士、臨床検査技師、公認心理士、造血細胞移植コーディネーター(HCTC)など、およそ50人ものメンバーで構成されています」(名和氏)。
20年前は主に医師と看護師で造血幹細胞移植を行っていたが、人手が足りずスタッフが疲弊していた。質の高い移植医療を提供するためには多職種によるチーム医療が必要だと考えた名和氏は、2005年頃からチーム作りに着手した。チーム医療のポイントは、医師が前面に出過ぎず、他の職種が活躍しやすい環境を整えてそれぞれの専門性を引き出すことだという。
「移植の適応について以前は医師だけで決定していましたが、今では他の職種からも意見が出るようになり、多方面から評価できるようになりました。例えば、看護師やHCTCは患者の性格や家族背景、管理栄養士は栄養面、理学療法士は身体機能について意見を述べてくれます。医師だけでは見つけることができなかった問題点が洗い出され、みんなで話し合えるようになったのが大きな進歩です」と名和氏は話す。
様々な職種が患者に関わることで、メンタルケアも十分に行えるようになった。「医師には『大丈夫です』と言う患者さんでも、他のスタッフには『移植がちょっと怖い』と本音を打ち明けられるようです。そのため、看護師やHCTC、心理士が患者さんの精神的なサポートをしっかり行った上で、移植に臨めるようになりました」(名和氏)。
チームカンファレンスは月2回行っている。大勢のメンバーからなるチームだが、当事者意識を高めるために司会と議事録作成を各職種が持ち回りで担当する。カンファレンスでは、移植前の患者に関してはもちろん、移植直後と退院前の患者についても取り上げる。他施設のカンファレンスでは移植前の患者しか取り上げないことが多いそうだが、愛媛県立中央病院では多職種が関わる利点を最大限生かして充実したカンファレンスを実現している。
改善推進本部長、がん治療センター長、輸血部長を兼務する名和由一郎氏。
リハビリテーションで転倒防止と移植成績の向上を図る
愛媛県立中央病院の血液内科では、移植患者のリハビリテーションを積極的に行っていることも特徴の1つだ。名和氏がチーム作りを始めたとき、最初に入ってもらおうと考えたメンバーが理学療法士だったという。その理由を名和氏は次のように話す。
「患者さんは移植の影響で体力が低下します。加えて、クリーンルームの中で点滴につながれている状態では活動性が落ち、筋力が低下して廃用症候群に至ります。その結果、転倒してしまう患者さんが非常に多かったのです。当時、慶應義塾大学病院が移植患者さんに先進的にリハビリテーションを取り入れていたのを見て、当院でもリハビリテーションによって患者さんの体力を維持し、転倒を予防できないかと考えました」。
名和氏の声掛けで理学療法士がチームに参加したものの、造血幹細胞移植患者のリハビリテーションは全国的にもまだ珍しく、手探りでノウハウを積み重ねていくしかなかった。「一般的なリハビリテーションと異なり、感染症や血小板減少、貧血に注意しながらリハビリテーションを行わなければなりません。試行錯誤しながら、患者さんの臨床検査値を見て運動の種類や強度の調整を繰り返しました」と名和氏。そして今では、以前のように転倒する患者はいなくなった。
リハビリテーションは移植の成績にも好影響をもたらしている。体力が低下した患者では移植の成績が良くないことが臨床データで示されているが、リハビリテーションで体力や筋力を向上させることで移植成績の改善が期待できる。リハビリテーションは移植前から開始し、移植直後、退院後も継続して行うことが重要だという。
「白血病患者さんの大半は薬物治療の影響で体力が低下してしまい、その状態のまま移植を受けることになってしまうケースが多いのです。実際に、高知県の病院から紹介された患者さんは前医での薬物治療により顕著な体力低下を認めていました。そこで、当院でリハビリテーションを導入した上で移植を実施したところ、順調な経過をたどり短期間で高知県に戻ることができました」と名和氏はリハビリテーションが功を奏した事例を説明する。
感染防止に配慮したリハビリテーション環境を提供できるのも愛媛県立中央病院の強みだ。2013年に新病棟に移転した血液内科では、クリーンルームを10床から24床に増やし、廊下を含めた病棟全体をクリーンな空間にした。患者は病室を出て廊下を歩くことができるため、1日3000歩を目標にリハビリテーションに励んでいる。
退院後の長期フォローアップ(LTFU)外来でもリハビリテーションに注力している。患者の身体機能の測定を行い、それぞれに合わせた最適な運動療法を指導しているのだ。しかし、LTFU外来で算定できる「移植後患者指導管理料」は医師、看護師、薬剤師等による指導が対象に限られ、理学療法士によるリハビリテーションには診療報酬点数が付かない。
それでも患者にとってリハビリテーションが欠かせないと名和氏は考えているため、取り組みを続けている。「算定されないものは実施できないという施設が大半だと思いますが、移植におけるリハビリテーションの重要性は徐々に理解されてきており、LTFUで実施する施設が増えています」と名和氏は話す。
最初は手探りで始めた移植患者へのリハビリテーションだったが、今では国内屈指の実力を誇り、全国の拠点病院に対する指導・普及に努めている。名和氏らは全国の理学療法士と共同し、日本造血・免疫細胞療法学会の学会誌にリハビリテーションの意義と実際を盛り込んだガイドラインとなる論文を投稿した。「この論文を参考に、全国の移植施設でリハビリテーションを実施していただけたらと思います」(名和氏)。
都会の施設と比べ人手も医療者の意識も足りない
愛媛県立中央病院は四国で唯一の拠点病院として、造血幹細胞移植医療の質の向上や人材育成に取り組んでいる。拠点病院と協力して整備事業を進める「造血幹細胞移植推進地域拠点病院」(以下、地域拠点病院)は、拠点病院が指定することになっている。名和氏は四国全体のレベルアップのために、移植を行っている8施設全てを指定した。
「拠点病院としての当院の役割は、四国の移植施設のレベルアップを目指して当院がリーダーシップを取ることだと考えています」と名和氏が語る背景には、従来の造血幹細胞移植医療の質が必ずしも高くはないという問題があった。
拠点病院に認定された当時、名和氏は四国の各移植施設に対し、造血幹細胞移植医療の課題に関するアンケート調査を実施した。すると、大都市圏に比べて四国では、移植医療の体制や 人材育成が不十分であることが分かった。「ドナーと患者の主治医が同じであったり、ドナーに対して事前の詳細な説明をせずにヒト白血球抗原(HLA)型の検査を実施しているなどの現状が明らかになりました。都会の施設と比べ、四国は人手が足りないだけでなく、倫理的な側面でも意識が決して高くない状態でした」と名和氏は振り返る。
地域拠点病院の医師らとは定期的にオンラインで連絡会議や症例検討会を行い、研鑚に努めている。この他PにもHCTCが集まる会議を開催し、ドナーのコーディネートや栄養管理、リハビリテーション、長期フォローアップなど幅広いテーマで話し合っている。会議だけでなく、随時オンラインチャットで相談ごとを持ちかけたり、それに応じたりもしているそうだ。互いの施設は距離的に遠く、なかなか直接集まることはできないが、オンラインでスタッフ間の親睦は深まっているという。
愛媛県立中央病院は、移植に関わる人材育成にも積極的に取り組んでいる。外部からの実地研修の受け入れや病院見学を開催し、多職種を対象にしたオンラインセミナーも運営。セミナーでは時には「災害と移植」という珍しいテーマも取り上げ、参加者から高評価を博している。造血細胞移植に関する看護師向けの基礎的な研修も行っており、2024年6月の研修会には四国だけでなく日本各地から110人が参加した。地方の施設が開催する研修としては非常に多い参加者数で、全国的にも愛媛県立中央病院が注目されていることを示している。
中国・四国ブロックの拠点病院として岡山大学病院と連携
愛媛県立中央病院は、中国・四国ブロックのもう1つの拠点病院である岡山大学病院と連携体制を取り、造血幹細胞移植医療の推進を図っている。骨髄バンクの連絡会議やHCTCのセミナー、小児の移植に関するセミナー、ドナー安全講習会などを共同開催している。また、愛媛県立中央病院の血液内科は以前から岡山大学病院より医局員の派遣を受けており、人的なつながりが深い。名和氏自身も岡山大学の医局に属しており、現第二内科教授の前田嘉信氏とは同期の間柄だ。医局員の人事などで連絡を取り合うこともあるという。この愛媛県立中央病院と岡山大学病院の強力なタッグが、地域の移植医療の向上に大きく寄与している。
もう30年近く前になるが、岡山大学で上級医の指導を受けながら研究に没頭する中、愛媛県立中央病院への異動が命ぜられた時のことを名和氏はこう振り返る。「本音を言うと、岡山大学でもっと研究を続けたかったというのが正直なところです。でも結果的には、愛媛に来てよかったと思っています。四国をリードする移植施設で勉強をしながらコツコツと臨床経験を増やし、拠点病院の認定まで取ることができたからです」と話す。この名和氏の存在を抜きにして、今の愛媛県立中央病院の造血幹細胞移植医療は語ることはできない。
研修医や学生に血液内科の面白さを伝えていく
名和氏は次世代の血液内科医の育成にも余念がなく、研修医や学生実習の生徒に血液内科の面白さをもっと伝えていかなければならないと考えている。愛媛県立中央病院血液内科では従来の主治医制に代えてチーム制を採用しており、チームの中で研修医や学生にも積極的に意見を述べてもらうようにしている。「チーム制によって若い皆さんが自ら勉強するようになり、血液内科について興味を持ってもらえるようになると考えています」(名和氏)。
血液内科は肉体的にも精神的にもハードであるため、ワーク・ライフ・バランスを重視する若い医師からは敬遠されがちだ。しかし、同病院はチーム制で土日祝日は当番制になっているため、働きやすい環境だと名和氏は自負する。海外留学制度もあり、制度を利用して海外で学会発表を行った専攻医もいるという。「これからも、チャレンジしたり成長できる環境をさらに整備していきます」と名和氏は話す。
愛媛県立中央病院の努力により、四国の造血幹細胞移植医療はその基盤を整えた。今後はHCTCによるコーディネート支援などをさらに充実させていく計画だ。「四国は少子高齢化が急速に進み、人口が減少しています。患者も減っていますが、医療者も少なくなっています。このような状況の中で、10年前に国の整備事業が始まったことは、造血幹細胞移植という非常に高度で集学的な医療を持続可能にしていくためにもプラスになっていると思います。整備事業の成果の1つであるHCTCの誕生は移植医療の円滑な遂行に大きく貢献し、コーディネート期間の短縮にもつながりました。ただ、HCTCの数はまだ足りないので、将来的には各施設に何人ものHCTCを置けるようになることを期待しています」と名和氏。将来の目標については「四国が他の地方の造血幹細胞移植医療のモデルになれるように、患者さんのQOLを日本一に向上させられるように、これからも全力で取り組んでいきます」と意欲を見せている。
---------------------------------------
名和 由一郎(なわ・ゆういちろう)氏
1992年島根医科大学医学部卒業。岡山大学第二内科研修医、同医員などを経て1997年より愛媛県立中央病院血液内科勤務。2007年同病院血液腫瘍科診療代表部長、2010年がん治療センター血液腫瘍内科主任部長、2012年臨床研修センター副センター長、輸血部長(兼任)、2013年がん治療センター血液内科主任部長。2021年臨床研修センター長、がん治療センター副センター長(兼任)。2023年より改善推進本部長、2024年よりがん治療センター長。