県民公開講座で骨髄移植への理解を深めドナー登録推進

青森県立中央病院血液内科は、2005年1月を最初に行政等と連携して県民公開講座を開催、骨髄移植について情報発信し、骨髄バンクドナー登録の推進に取り組んできた。しかし新型コロナウイルス感染症のアウトブレークで開催の中断を余儀なくされていた。2023年12月に約4年ぶりに再開した「第28回県民公開講座 骨髄移植を知ろう」では、特に若い世代に骨髄移植に興味を持ってもらうことを開催の趣旨とし、骨髄移植の説明ボランティアをしている大学生の活動を紹介する企画なども盛り込んだ。

青森県立中央病院 血液内科
(青森県青森市)

青森県立中央病院は31診療科、695床で県内最大規模の病院。開院は1952年。

 青森県立中央病院(以下、県病)は、青森県で唯一の成人の骨髄バンクと臍帯血バンクの認定施設だ。年間の移植件数は20〜30件に上り、東北6県の中でも移植医療の主要施設の1つに数えられる。 

 血液内科部長の久保恒明氏(中央診療部門長、治験管理室長兼任)は、陣頭指揮を執って2000年に県病で移植医療を開始して以来、施設とスタッフのレベルアップに尽力してきた。それだけではなく、県民に骨髄移植についてPRし、骨髄バンクのドナー登録者を増やす取り組みにも力を注いできたという。その成果として青森県は、骨髄バンクに登録可能な人口(20〜54歳)における登録者の割合で近年、上位に位置し続けている(2023年12月末では登録可能人口1000人当たり21.98人で全国3位)。

全国最下位だった青森県の骨髄バンクドナー登録

 実は青森県は、骨髄移植を始めた2000年からの数年間、骨髄バンクドナー登録者の割合が47都道府県中ほぼ最下位だった。とはいえ、それが青森県での骨髄移植実施に直接、影響したわけではない。骨髄バンク登録者からの骨髄移植では、必ずしも同一都道府県内でドナーが見つかる必要はなく、東京都や沖縄県など遠方の都道府県からでも、ドナーが見つかれば骨髄提供してもらえるからだ。 

 「しかし──」と、久保氏は言う。「骨髄バンクは他の都道府県からも骨髄を提供してもらえる制度ではありますが、一方的な受益者ではいけないのではないか、それはフェアではないとの思いを、私を含めた血液内科のスタッフは持っていました」。 

 そういった背景の下、県病や弘前大学、患者会、行政、日本赤十字社、医療系学術団体、そして製薬メーカー等の関係者と連携してスタートしたのが、骨髄移植をPRする「県民公開講座 骨髄移植を知ろう」だった。2005年1月のスタート以来、毎年2回、継続して実施してきたことにより、骨髄移植への県民の理解が深まり、前述の高いドナー登録割合の達成にもつながった。 

 約20年にわたる開催を通じ、前述の多彩なメンバーで企画創案し、一般市民が広く参加できるようにその開催場所にも配慮してきたことで、県民公開講座は骨髄移植を盛り上げる取り組みとして青森県に定着した。新型コロナウイルス感染症のアウトブレークによって2020年以降、中断を余儀なくされたが、2023年12月に約4年ぶりの再開にこぎ着けた。 

 今回、運営スタッフとして主に関わったのは、県病血液内科の看護師10人ほどと、県内の血液内科医10人ほどの総勢約20人。2023年6月の最初の打ち合わせから、半年の準備期間を要した。「コロナ禍による中断の影響は大きく、以前のような開催は無理なのかもしれないとの思いが頭をよぎりましたが、県病スタッフのみならず、県内外の多くの方々の協力で再開することができました」と久保氏は笑顔で話す。 

ボランティアサークルで骨髄移植の説明員を務める大学生が登壇 

 久々となる2023年の県民公開講座は2部構成で実施することとした。パート1には、献血の呼びかけやサポートを行う大学のボランティアサークルのメンバーで、骨髄移植の説明やドナー登録の勧誘にも取り組んでいる3人の大学生にインタビュー形式で話を聞くセッションなどを盛り込んだ。久保氏は、「若い世代が骨髄移植の推進に、ピュアな気持ちで一生懸命関わっている様子が分かる、とても良い企画だったと思います」と満足そうだ。 

 この企画を主に担当したのは、県病血液内科・外来看護師の船橋亜矢氏。「ボランティアで献血の勧誘をしている大学サークルがあることは知っていましたが、骨髄移植の説明やドナー登録の勧誘もしていることを地元の新聞記事で知り、私自身、すごく驚きました。説明内容が難しく、一般の方に説明するのは私たちにとってもとても大変だからです。大学生のこのような取り組みを紹介すれば、特に若い世代の人たち、初めて参加する人たちにも、骨髄移植や骨髄バンクをもっと身近に感じて興味を持ってもらえるのではないかと考えました」。船橋氏は企画の狙いをそう説明する。 

 大学のボランティアサークルのメンバーによる講演は、県庁の保健衛生課、学生が所属する大学のほか、3人が献血ボランティアサークルのメンバーだったことから日本赤十字社とも緊密に連絡を重ねることで実現できた。実際に講演を聞いた参加者からは、「若い世代にもこのような活動があると知って、大変うれしく思う」、「若者たちの積極的な活動状況が分かり、すごいと思った」といった感想が聞かれた。 

 無事に企画を終えた船橋氏は、「3人の大学生は、緊張しながらも、骨髄移植の説明ボランティアとしての思いを精一杯語ってくれました。その思いは多くの聴衆にしっかり伝わったと思います。今回、登壇してくれたのはたまたま看護学部の学生だったのですが、これから看護師としてキャリアを歩み始める彼女たちにとっても、県民公開講座で登壇して話をした経験は絶対にプラスに働くと思います」と話す。 

 この企画に関して、久保氏はもう1つの思いを抱いていたと明かす。それは、3人の学生が献血ボランティアのメンバーであったことから、この骨髄移植の企画が献血を盛り上げることにもつながってほしいとの期待だった。実は、骨髄移植のドナー登録者の9割は献血の経験者だ。献血をした人たちが何かのきっかけで骨髄移植に興味を持ち、ドナー登録する流れが主流となっている。しかし、そもそも献血をしてくれる若者の人口は、近年の少子化の進行もあって減少してきており、その影響は骨髄移植ドナーの登録者数にもダイレクトに影響している。 

 「ボランティア活動は、社会的に評価されることによって持続性を持つ側面があります。地道な献血ボランティアの活動に光を当てることにもなったこの企画は、献血推進を後押しする意味でも、非常に良かったと思います」と久保氏は話す。

                                                                                                         青森県立中央病院血液内科・外来看護師の船橋亜矢氏。

                                                                       「第28回県民公開講座 骨髄移植を知ろう」で講演した青森中央学院大学の学生3人と顧問の先生、青森県骨髄ドナー登録推進会のメンバー、青森県赤十字血液センターの運営スタッフ。

県病で骨髄移植を受けた移植経験患者の講演も 

 パート2は、従来の県民公開講座のスタイルを踏襲し、骨髄移植を受けた患者やドナー経験者の話を聞くセッションとした。今回、講演した患者は、県病で移植を受けた2人だ。血液内科・外来看護師の齋藤千佳氏と移植コーディネーターの越後谷麻貴氏が、患者への講演依頼や当日のアテンドなどを主に担当した。 

 齋藤氏は前述の大学ボランティアサークルのメンバーを呼ぶ企画も船橋氏とともに手掛けたが、「患者さんが自分自身の言葉でお話をする以上に、その病気や治療について伝える力が強いものはないと私は思います。ただ、移植後の病状が安定していることが講演をお願いする一番の条件だったので、演者の選定は慎重に進めました」と話す。齋藤氏が担当した患者は、6年前に骨髄移植を受け、現在は仕事にも復帰している女性だ。 

 最初は「人前に出るのは苦手ですから……」と遠慮されましたが、県民公開講座の趣旨を理解してもらえるように説明したところ引き受けてもらえたという。この県民公開講座に初めて参加する一般市民のほとんどは、「造血幹細胞移植」が何か分からない。なので病気が発症したときの様子、どのような症状だったか、診断を受けた時の気持ち、移植を受けることになったときの思い、ドナーへの感謝の気持ち、今の身体の調子などを、順を追って話してもらえるよう講演前に打ち合わせた。 

 「講演を聞いて私は感動しました。移植を受けた患者さんが『6年経った今、いろいろな悩みもありますが、それも含めて生きているということです』と話されたのが、すごく印象に残っています。これからも患者さんのために頑張ろうと率直に思えました。また、自分たちがやっている医療の意義、必要性を再認識する機会にもなりました。移植はドナーさんがいなければできない医療です。毎日の仕事にあまりにも慣れてしまい、骨髄液をいただいて当然というふうになってはいけないなと思いました」と齋藤氏は話す。

                                                                        移植を受けた患者の講演企画を主に担当した青森県立中央病院血液内科・外来看護師の齋藤千佳氏(左)と移植コーディネーターの越後谷麻貴氏(右)。

 もう1人の患者の講演を主に担当したのは越後谷氏だ。移植後の「長期フォローアップ外来(LTFU)」を担当している中で、外来を受診している元患者の1人に声をかけ、講師を引き受けてもらう交渉を担当した。 

 「この方も移植から6〜7年経つ方です。とてもお話が上手な方で、診断されたところから現状まで分かりやすく話していただきました。患者さんは『治るためには移植が必要だが、移植しても治らないかもしれない』と病院で告げられ、その恐怖の中で家族のことも、仕事のことも考えなければならなかったそうです。その葛藤や、どうやって乗り越えたかが、すごくよく伝わる内容の講演でした。現在闘病中の患者さんには絶対的な励みになったでしょうし、ドナー登録を迷っている人の背中を押すことにも繋がっていくのではないかと思いました」と話す。

 参加した市民に加え医療者にも好評だった移植経験患者の講演 

 移植を経験した患者に登壇して講演してもらうこの企画は、一般の聴衆にはもちろんのこと、医療者にも大変好評だった。特に病棟看護師は、退院した患者の顔を見る機会がほとんどないため、時折「あの患者さん、どうしているかなぁ」と看護師同士で話をすることがよくあるという。当日、会場に来ていた県病血液内科の病棟看護師の1人は、今回登壇した患者の担当だったため、「入院中、患者さんはとても大変でした。でも、今こうして元気にしていることが分かって本当によかった」と語っていた。 

 「私たち医療者は、患者さんが退院後も元気に生活されていることが分かると、すごく励みになります。一般の方に骨髄移植やドナー登録について知ってもらうことが県民公開講座の主な趣旨ではありますが、退院された患者さんの貴重な体験を聞けることは、医療者にとっても日々の仕事のモチベーションになっています」と越後谷氏は話す。 

 久保氏は「看護師は、通常の仕事の中ではどうしても医師を補助する立場になりがちです。今回、看護師たち自身が主体的にこの企画を担当し、移植を受けた患者さんらと1対1で関わったことで、毎日の仕事とはまた違った充実感や達成感が得られたのではないかと思います。その貴重な経験は、今後の仕事に大きく役立つと信じています」と語る。

                                                                      パート2で講演したドナー経験者2人(左)、移植を経験した患者2人(中)、移植コーディネーター(右)。

「1人の患者を救えた自分が誇らしい」とドナー経験者 

 ドナー経験者として今回、県民公開講座で講演したのは2人の整形外科医だった。県病・整形外科の小山一茂氏は、ドナーになった当時、まだ研修医だった。提供可能な自分の臓器は無駄なく全部使ってほしいとの信条の持ち主で、脳死時の臓器提供にも意思表示をしていたことから、骨髄バンクへの登録も自然な流れだったという。また、手術場で麻酔をかけられた経験がなかったので、手術をする側の医師として患者さんの気持ちを知りたかったこと、好きな作家の小説の題材に骨髄移植が取り上げられていたことなども、ドナーになる決断を後押ししたそうだ。 

 「手術ではある程度の侵襲もあり、ドナーになることには確かにデメリットもありますが、ドナーになって自分が得られたものは、はるかに大きかったです。骨髄提供で人を助けることは、医師の仕事で人を助けるのとはまた違う、かけがえのない経験でした」と小山氏は話す。 

 千葉県こども病院・整形外科の亀井敬太氏は、「整形外科では、生命に直結する病気の診療は多くないので、骨髄ドナーとしてダイレクトに患者さんの命を救えたことは、すごくうれしかったです。誰かは分からないけれど日本のどこかの患者さんが生きるために自分が役だったんだという誇らしさのようなものを感じました。医師がドナーになることの最大のネックは仕事の調整の難しさですが、まわりの理解が得られやすいという意味では一番恵まれた職種かもしれません。もし同僚から『自分も骨髄提供したいんだけれど……』と相談があれば全力でサポートしたいと思います」と笑顔で話す。 

 ドナー経験を経た2人の医師がともに口にしていたのは、骨髄提供で1人の患者の命を救えた自分自身が誇らしく、その後の人生で自信になっているということだった。久保氏は、講演してくれた2人の医師に感謝しつつ、「現在の医学は細分化が進み、医師は自分の専門領域以外のことがあまり分からなくなっています。ですから他の診療科の医師が、自身がドナーとして骨髄移植という医療に直接に関わった経験をお話しいただいたことに、とても感銘を受けました。実体験を元にした素晴らしい講演でしたし、骨髄バンクドナーとして骨髄が提供できなかった私には、2人の若い先生方がとてもうらやましかったです」と話す。 

若い世代への働きかけに青森山田学園の吹奏楽部も出張コンサートで協力 

 パート1とパート2の講演後には、青森山田中学高等学校・吹奏楽部の生徒たち約35人による吹奏楽のコンサートが行われた。同吹奏楽部の演奏は2008年9月から続いており、県民公開講座の「定番」となっている。 

 骨髄バンクのドナー登録には20~54歳の年齢制限があるため、骨髄バンクのシステムを維持するためには、若い世代にドナー登録してもらうことが必須だ。そのため県民公開講座を若い人たちを引き付けるイベントにしたいと考えた久保氏が、青森山田学園を訪ねて出張コンサートを依頼。吹奏楽部顧問の髙橋太郎氏が快諾し、以来、晩秋の開催では定番となった。創部60年の歴史を持つ同吹奏楽部は全国大会入賞の常連で、そのレベルの高い演奏を目的に足を運ぶ参加者も少なくないという。 

 吹奏楽部顧問の髙橋氏は、「久保先生が訪ねて来られた前年に、私の祖父が血液のがんで亡くなっていて、これは何かの縁だなと感じました。若い人たちのドナー登録を増やしたいんだという久保先生のお話を聞き、県民公開講座に参加者を呼ぶための一助になればと、喜んで出演をお引き受けしました」と話す。 

 当初はその年のみの予定だったが、演奏が素晴らしく好評だったため、翌年からも継続することになった。今では、青森山田中学高等学校・吹奏楽部にとっても、ドナー登録推進に協力することは部活動の大切な一部になっているとのことだ。「県民公開講座が開催できなかった期間には、自前のコンサート活動の際に、ドナー登録のブースを設けるなど独自の活動も行っていました」(髙橋氏)。 

 久保氏は、「青森山田中学高等学校・吹奏楽部の皆さんが、毎回、素晴らしい演奏で、県民公開講座をより魅力的なイベントにしてくれています。その一方で、吹奏楽部の生徒たちにとっても、参加して移植を経験した患者さんやドナー経験者の声を生で聞くことは、貴重な経験になっているのではないかと思います」と話す。

「県民公開講座 骨髄移植を知ろう」で演奏を披露した青森山田中学高等学校・吹奏楽部と、顧問の髙橋太郎氏。

 骨髄移植は助け合いで成り立つ医療の典型例 

 今後の抱負について久保氏は、骨髄移植などの造血幹細胞移植が白血病などの重症な血液がんや血液難病の有力な治療法だということを、今後も広く発信していきたいと語る。また、一般に向けてだけでなく、医療者に対しても「この患者さんは移植が必要な方ではないか」といった気づきにつながる情報も提供していきたいとのことだ。この県民公開講座は、当初は青森市、弘前市、八戸市といった人口の多い地域での開催が多かったが、その後は十和田市、五所川原市、三沢市、むつ市、平川市など県内全域の様々な場所で、その地方の実情に則した工夫を加えることで盛況のうちに開催できている。 

 「重症の血液がんや血液難病の患者さんを、爽やかな風と暖かい光を感じることのできる、ありふれた日常に返していきたい。その手段の1つが骨髄移植などの造血幹細胞移植なのですが、実現のためにはドナーになってくれる人の存在が不可欠です。移植は、社会の助け合いの中で成り立つ医療の典型例ですが、医療者として直接携わることができることは幸せです。移植医療の発展のために『県民公開講座 骨髄移植を知ろう』を通じて、これからも多くの人たちに大切なお話を伝えていきたいのです」と久保氏は話している。

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久保 恒明(くぼ・こうめい)氏

1987年卒。日本内科学会認定医、日本血液学会認定血液専門医、日本エイズ学会認定医、日本再生医療学会、再生医療認定医、JALSG運営委員、骨髄移植推進財団施設責任医師、日本さい帯血バンク施設責任医師、日本造血細胞移植学会評議員。得意分野は血液内科。青森県立中央病院で骨髄移植などの造血幹細胞移植の普及と治療成績の向上に取り組む。


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