福島市における骨粗鬆症検診の充実に奔走してきた理事長の佐藤勝彦氏の下、30人以上の多様なスタッフからなるOLS委員会の活動によって、骨粗鬆症診療に大きな成果を上げているのが大原綜合病院だ。同病院では、市医師会と協力して地域の医療機関が採用している治療薬を網羅した「骨粗鬆症診療マップ」も作成、効果的な地域連携を実践している。
一般財団法人大原記念財団
大原綜合病院
(福島県福島市)
大原綜合病院は1892年開業の歴史ある病院だ。2018年に完成した新病院は28診療科353床を擁する。
骨粗鬆症財団が2022年に実施した調査によれば、わが国における骨粗鬆症検診の受診率はわずか5.5%。5割前後のがん検診やメタボ健診に大きく見劣りする。そんな状況の中、全国で唯一、15%を超える受診率を誇るのが福島県だ。この受診率の高さに貢献しているのが、福島市の大原綜合病院である。
「腰痛教室」が「骨粗鬆症教室」へと衣替え
大原綜合病院が骨粗鬆症の検診や診療に積極的に取り組むようになったのは、現理事長の佐藤氏が、院長として同病院に赴任してからのことだ。脊椎外科が専門の佐藤氏は、赴任して半年が過ぎた2009年に、地域の患者向けに「腰痛教室」をスタートさせた。「外来には慢性腰痛の患者さんが多かったのでロコモティブシンドローム予防のため、1回8人の定員制で、整形外科医のほか薬剤師、管理栄養士、理学療法士など多職種が関わるプログラムを提供することにしたのです」と、その狙いを語る。
理事長を務める佐藤勝彦氏。
だが、ほどなくして佐藤氏は、取り組むべき課題が腰痛以外にあることに気がついた。「腰痛教室に来るのは高齢女性ばかりで、中には腰の曲がった人も少なくありませんでした。そういう参加者を相手にしているうちに、高齢女性の腰痛の根本的な原因は骨粗鬆症にあるのではないかと考えるようになったのです」。そこでプログラムの内容を徐々に変えていき、2018年からは「骨粗鬆症教室」に衣替えした。
その後、大原綜合病院では数回の骨粗鬆症教室を開き、恒例の行事となりつつあったのだが、2020年にコロナ禍によって休止を余儀なくされることに。このため佐藤氏は、市民に対する啓発活動を継続するために、教室で教えていた内容を『あなたの骨は大丈夫ですか? すぐできる骨粗鬆症予防』(幻冬舎)という書籍にまとめることにした(写真)。「自宅で簡単に学べる『骨粗鬆症教室』」という副題の通り、病気についての説明や理想的な食事に加え、予防に効果的な運動法やストレッチも紹介するなど実践的な内容になっている。
なお、コロナの流行が一段落したことで、骨粗鬆症教室は再開に向けて動き始めている。手始めに市の協力を得て市民講座を開催したところ、多くの市民が参加したという。「既に何度か講演会を開いていますが、毎回100人くらいの方に集まってもらっています。ただ高齢の方が多いので、今後は40〜60歳代の若い人にも来てほしいですね。骨粗鬆症の予防には、若いうちから食事や生活習慣に気をつける必要がありますから」と佐藤氏は話す。
市に働きかけて骨粗鬆症検診のあり方を改善
腰痛教室から骨粗鬆症教室へと患者向けの活動を進化させる一方で、佐藤氏は検診のあり方をめぐり行政への働きかけも強めていった。「病院として骨粗鬆症に取り組むには、行政との連携が欠かせません。そこで医療機関の代表という形で市医師会の検診委員会の委員に就かせてもらい、骨粗鬆症検診を担当することにしました」。
検診委員会の委員として佐藤氏がまず取り組んだのが、問診票の改善だ。検診で用いる問診票に、世界保健機関(WHO)の研究グループが開発した骨折リスク評価ツールの「FRAX」を導入。骨粗鬆症の前段階であっても骨折リスクが高い人を、漏れなく拾い上げられるようにした。
また佐藤氏は、検診委員会の下に精度管理委員会を立ち上げて、自ら委員長に就任。行政の検診担当者と、実際に骨粗鬆症検診を担当する整形外科や内科、産婦人科の医師にも参加してもらい、検診の質向上の方策を検討していった。そして、検診に用いる判定基準について、それまで使っていた骨粗鬆症の診断基準に代えて、日本骨粗鬆症学会のガイドラインに定められた検診基準を採用することなどを実現した。
さらに精度管理委員会では、骨粗鬆症検診の受診率向上にも取り組んだ。受診率が低く、検診の必要性が高くない20〜30歳代を対象から外し、40歳代以上に対象を絞り込むことなどによって、市内の受診率を16%以上にまで引き上げた。「2023年には20%に達する勢いだったのですが、コロナ禍でそこまでは受診率が上がらなかったのは残念です」と佐藤氏。だが、この取り組みが福島県の「受診率全国1位」という実績を支えていることは間違いない。
30人以上の多職種からなる「OLS委員会」が発足
行政への働きかけと並行して、佐藤氏は大原綜合病院における骨粗鬆症患者のサポート体制も整備していった。2018年には院内に、骨粗鬆症リエゾンサービス(OLS)を実施するための「OLS委員会」が発足。メンバーには、整形外科や腎臓内科、産婦人科、歯科口腔外科の医師と歯科医師に加え、看護師や理学療法士、診療放射線技師、薬剤師、管理栄養士、医療ソーシャルワーカーなど様々な職種の30人以上が集まった。
発足の経緯について、佐藤氏は次のように語る。「委員会の中心メンバーである骨粗鬆症マネージャーの看護師に当院の患者を調べてもらったところ、骨折する前に骨粗鬆症の治療を受けていた人は3割にすぎないことが分かりました。7割の人は骨粗鬆症の治療を受けないまま骨折していたわけです。これは何とかしなければと皆で話していたところ、ちょうどOLSが話題になっていたので、関係すると考えられる全ての職種が参加する委員会を立ち上げることにしました」。
OLS委員会の中心的な業務になったのが、大腿骨近位部骨折で入院した骨粗鬆症患者の二次性骨折予防(FLS)を達成するための「骨粗鬆症FLSパス」を作成することだった。骨粗鬆症の評価と治療はもちろん、入院直後の口腔状態のチェックや、投与可能な薬剤の判断、管理栄養士による食事指導、理学療法士による運動指導などを盛り込んだクリニカルパスを作り、その運用を開始した。
ところが、パスを導入しても、骨折患者の骨粗鬆症治療開始率はなかなか上がらなかった。当時は骨粗鬆症FLSパスとは別に「大腿骨近位部骨折治療パス」があって、骨折の治療に当たった医師が、骨粗鬆症FLSパスへの入力を忘れてしまうなどの事例が多かったためだという。
そこでOLS委員会ではパスの改訂を重ね、最終的に2つのパスを統合することにした。その結果、パスの運用開始時に3割前後だった骨折患者の骨粗鬆症治療開始率は、今では7割を超えるまでになったという。佐藤氏は「入院した時点でやるべきことを全て決め、それらをパスに組み込むことで、骨折の手術から骨粗鬆症の評価、そして治療へという流れが一本化され、骨粗鬆症の治療開始率がグンと上がりました」と説明する。
大原綜合病院では以前からTQM活動を手がけており、各職種が問題点を出し合って医療の質改善につなげていく組織風土が根づいていた。そのため2つのパスの一本化にも、TQMの経験が役立ったという。なお、パスの一本化がもたらした成果は、委員会メンバーで骨粗鬆症マネージャーでもある看護師の長南かおり氏によって日本骨粗鬆症学会で発表され、優秀演題として学会誌に論文掲載された。
多職種からなるOLSチームのメンバーたち。(大原綜合病院提供)
事務職員も患者データの整備などで戦力に
もう1つ、大原綜合病院のOLS委員会の活動で注目されるのは、医師事務作業補助者のメディカルアシスタント(MA)や医事課職員、システム課職員が大きな役割を果たしていることだ。MAは診療補助を担う事務職員で、委員会では患者データの管理などを担っているが、そのデータベースが威力を発揮する場面は意外と多い。
例えば、骨粗鬆症に関連する診療報酬に新規項目が追加された場合。2022年改定では「二次性骨折予防継続管理料」が新設されたが、大原綜合病院では算定に必要なデータを日頃からMAや医事課職員が整備していたため、特別な対応なしに算定することができたという。
また、大原綜合病院は2024年6月、国際骨粗鬆症財団(IOF)の二次性骨折予防の取り組みに対する認定制度における銀賞を受賞したが、これにも日ごろから整備してあったデータベースが貢献したという。「IOFの認定を得ている病院は、福島県では当院だけです。これに応募できたのは骨粗鬆症患者に関するデータがそろっていたからで、OLS委員会にMAや医事課職員などの事務スタッフが入っている意味は大きいですね」と佐藤氏は語る。
OLS委員会の会合の様子。(大原綜合病院提供)
専門外来のパンク懸念から地域への逆紹介を強化
院内の体制を整えることに力を入れる大原綜合病院は、地域の医療機関との連携にも尽力している。佐藤氏は、市の検診委員会の委員としての立場で2020年、福島市内で骨粗鬆症検診を行う医療機関110施設と、精密検査を担当する医療機関14施設とが連携することにより、高リスク患者の一次性骨折を予防する体制を構築した。
一方、精密検査を手がける大原綜合病院では同時期に、その受け皿として骨粗鬆症の専門外来をスタートさせた。骨粗鬆症外来は週1回、大学から同病院に派遣された日本骨粗鬆症学会認定医の資格を持つ整形外科医が担当しているが、開始から4年を経た現在、午前・午後とも診きれないほどの患者が訪れ、パンクしそうな状況にある。そのため大原綜合病院では、地域の医療機関への逆紹介に注力している。
とはいえ、紹介される側の医療機関の置かれた診療科や状況は様々で、必ずしも受け入れに積極的とは限らない。特に、注射剤による治療が必要な患者の受け入れに難色を示す診療所は少なくないという。そこで佐藤氏は市医師会を通じて、逆紹介先となる検診実施医療機関110施設を対象に、検診に用いる機器の種類、骨粗鬆症患者の受け入れ意向、受け入れに当たっての条件、採用している骨粗鬆症治療薬などを尋ねるアンケートを実施。その結果をまとめて、市医師会のホームページに「福島市骨粗鬆症診療マップ2024」として公開している(図)。
「アンケートには、ほぼ全ての施設から回答を頂きましたが、9割近くが受け入れの意向を示してくださり、専門外や多忙などを理由に受けられないとする回答は1割止まりでした。このマップを見れば、各施設の骨粗鬆症への取り組み度合いが分かるので、患者から逆紹介先の希望を聞く際にも、『あの先生なら大丈夫ですよ』と自信を持って答えることができます」と佐藤氏は話している。
骨粗鬆症患者をめぐり、専門的な治療を手がける病院と地域の診療所が連携体制を構築している例は少なくないが、検査機器や採用医薬品にまで踏み込んで情報を共有しているケースは珍しい。佐藤氏の強力なリーダーシップの下、大原綜合病院と連携先の市内の医療機関は、これからも骨粗鬆症患者の骨折予防に成果を上げ続けていくに違いない。
---------------------------------------------------------------
佐藤 勝彦(さとう・かつひこ)氏
1981年福島県立医科大学医学部卒業、福島県立医科大学整形外科入局。1992年スウェーデン・ヨテボリ大学留学、1999年福島県立医科大学整形外科助教授、2003年福島県立会津総合病院院長、2009年財団法人大原綜合病院院長、2019年一般財団法人大原記念財団大原綜合病院理事長兼院長、2022年一般財団法人大原記念財団理事長兼統括院長。