NTM症専門外来を通じて地域の呼吸器診療のレベルアップを目指す

2023年に創立100周年を迎えた倉敷中央病院は、病床数が1000を超える全国有数の民間病院だ。同病院の呼吸器内科は、地域の呼吸器疾患の診療を支えながら、長年にわたって肺炎の研究に力を入れてきた。2022年9月には、非結核性抗酸菌症(NTM症)の患者増に対応するために専門外来も開設。専門外来と地域の医療機関との患者の紹介・逆紹介を通じて標準治療の普及を図り、地域全体で診療の質をレベルアップさせることを目指している。

公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構
倉敷中央病院(岡山県倉敷市)

2023年に創立100周年を迎えた倉敷中央病院。

 倉敷中央病院は岡山県西部の高度急性期医療を担う、37の診療科と1172床の病床を有する大規模な民間病院である。地域の基幹病院として多くの患者を受け入れており、年間の救急患者は約4万8000人、受け入れる救急車は約9000台にも上る。 

30年にわたる肺炎研究で国内最大規模のデータベースを確立 

 2020年に同病院の副院長に就任し、呼吸器内科主任部長も兼務する石田直氏は、30年以上前に倉敷中央病院の呼吸器内科を1人で立ち上げた。当時は20~30人の患者を石田氏が受け持ち、昼も夜も患者対応に奔走した。今では呼吸器内科は21人の医師を抱えるまでになり、約100床の病床を稼働させている。 

 石田氏は呼吸器感染症を専門とするが、その中でも肺炎に関しては1994年から研究を続けてきた。倉敷中央病院には多数の救急患者が搬送されてくるが、呼吸器内科の疾患としては肺炎が非常に多い。そこで石田氏は、肺炎の起炎微生物や治療経過について調査するため、前向き研究を始めたという。「私たちの研究成果は、日本でも最大規模のデータベースになっていると思います。日本呼吸器学会の市中肺炎ガイドラインの基礎資料にもなりました。最初は1人で始めた研究ですが、今ではグループを作って行えるようになり、当院の臨床検査室のスタッフも熱心に協力してくれています」(石田氏)。 

 肺炎の研究は様々なテーマで行っている。例えば、日本感染症学会でインフルエンザ委員会の委員長も務める石田氏は、インフルエンザウイルス肺炎と新型コロナウイルス肺炎の臨床像や検査画像、予後を比較する研究を手がけている。他にも最近は、レジオネラ肺炎の研究に力を入れているという。石田氏は「この地域ではレジオネラ肺炎の患者さんが元々多いのですが、2018年の西日本豪雨の後にさらに患者数が増加しました。レジオネラ肺炎は水質の悪化に関連して発症しますので、豪雨で汚染された水に人々が曝露したことが原因かもしれません。現在は、複数のレジオネラ尿中抗原検出キットの性能を比較検討する研究に取り組んでいます」と話す。

                                       副院長兼呼吸器内科主任部長の石田直氏。

また、バイオマーカーのプロカルシトニンに関する多施設共同研究にも参加している。細菌感染症のバイオマーカーの1つにC反応性蛋白(CRP)があるが、これは感染症以外の因子によっても変動してしまう。そこで、より細菌感染症に特異的なプロカルシトニンが、抗菌薬の投与終了時期の判断材料になり得るかなどを検討している。同病院呼吸器内科部長の伊藤明広氏は「この研究の背景には、日本国内の実態として肺炎に対する抗菌薬の投与期間が、ガイドライン推奨の1週間よりも長くなってしまっていることが挙げられます。抗菌薬の適正使用が叫ばれる中、少しでも後押しになるデータが得られればと考えています」と説明する。

 標準治療が行われないNTM症診療の現状に問題意識 

 呼吸器感染症の中でも、近年増加の一途をたどるのがNTM症だ。国内の罹患率や死亡数は、同じく抗酸菌による疾患である結核を既に超えている。NTM症の大半を占める肺MAC症の標準治療では、抗菌薬を3~4剤併用する。治療効果を得るだけでなく、薬剤耐性化の回避のためにも多剤併用がポイントだ。ただし、診断が確定しても全ての患者で直ちに治療が開始されるわけではない。無症状例や肺に空洞を認めない病型では経過観察でよい場合もあるため、治療介入のタイミングの見極めは難しい。 

 伊藤氏は15年前から倉敷中央病院で診療する中で、NTM症患者の増加を肌で感じていた。また、地域の医療機関から紹介されてくる患者の中には標準治療が適切に行われていないケースがあり、NTM症の標準治療が地域に十分浸透していないという問題意識も持ち始めていた。「NTM症の患者さんは非常に増えていますが、地域の全ての患者さんを当院で診られるわけではないため、地域全体で診療していく必要があります。しかし、地域の医療機関から紹介を受けた肺MAC症患者さんの中には、経過観察が長期に行われて治療介入が遅れたケースや、単剤で治療されたために薬剤耐性化を起こしたケースなどが少なくありませんでした。そのため、地域全体で標準治療を行えるようNTM症診療の質を向上させなければならないと感じるようになりました」と伊藤氏は語る。 

 そのような状況の中、伊藤氏は約5年前に他施設の医師からの誘いを受け、NPO法人非結核性抗酸菌症・気管支拡張症研究コンソーシアム(NTM-JRC)の活動に初めて参加した。「NTM-JRCでは私と同年代の医師たちが熱心にNTM症の研究を行っており、大変刺激を受けました。これをきっかけに自分もより一層、NTM症の診療に力を注いでいこうと決めました」(伊藤氏)。 

 そこで伊藤氏が計画したのがNTM症専門外来の開設だった。専門外来では、まず地域の医療機関から紹介された患者を対象に標準治療を行う。その後、病状が安定したら患者を地域の医療機関に逆紹介して診療を継続してもらう。この逆紹介の際に、専門外来で行ってきた治療内容やその後の診療方針をフィードバックすることにより、地域における呼吸器診療のレベルアップにつなげようという計画だった。

                                              NTM症専門外来を担当する呼吸器内科部長の伊藤明広氏。

各方面からの支援を受け5カ月かけて専門外来の開設へ 

 とはいえ伊藤氏は当初、本当に自分にできるのだろうかと不安になることもあったという。しかし、各方面からの支援を受けながら専門外来開設に向けて進んでいった。専門外来の運営方法については、国内で既に専門外来を開設していた複十字病院(東京都清瀬市)や東邦大学医療センター大森病院(東京都大田区)を参考にした。 

 上司である石田氏からもサポートを受けた。石田氏は「伊藤先生から専門外来開設の話を受けたとき、大変ありがたい、素晴らしい取り組みだと思いました。NTM症の患者数は増加しているものの、診断や治療については医師の間でもばらつきがあり、私としてもそれでいいのかと感じていました。このような現状から、地域の医療機関から紹介された患者さんを専門外来でしっかりと診断し、標準治療を確実に行っていくことは非常に重要だと考えています。そして、地域の先生方に患者さんをお返しし、そこで診療を続けられるようにすることも必要です」と話す。 

 倉敷中央病院の広報室や地域医療連携室のサポートも大きな助けになったという。地域から多くの患者を紹介してもらうためには、専門外来の開設を広く周知する必要があった。そこで伊藤氏は、広報室と協力して専門外来のウェブページを作成。医療者だけでなく患者にとっても見やすくなるようデザインや構成を工夫し、ウェブ検索で上位に表示されるようSEO対策も実施した。また、病院のSNSで情報発信をするなど積極的に広報活動を行った。地域医療連携室には、地域の医療機関に対し「どの程度の病状であれば自施設で診療が可能か」というアンケート調査を実施してもらった。その目的は、地域の診療レベルの現状把握や今後の役割分担を考えるための情報収集だ。 

 そして始動から約5カ月後の2022年9月、ついにNTM症専門外来の開設にこぎ着けた。専門外来の初診患者は全て伊藤氏が担当しており、これまで約150人の患者が受診した。現在は毎週火曜日の午後の4枠で、この枠で初診を行った後、次回以降は別の曜日に伊藤氏が診察を継続する体制になっている。
                
                                                                   NTM症専門外来で診察する伊藤氏。(同氏提供)

NTM症の副作用や合併症にも柔軟に対応 

 専門外来では、初診で十分に時間をかけて説明を行うことを重要視しており、患者1人につき約30分をかけている。NTM症という病気を知らない患者も多いためで、丁寧な診察が患者の満足度にも良い影響をもたらしている。伊藤氏が実施した専門外来に関する患者アンケート調査では、「満足」「とても満足」の割合が約9割に達した。「こんなにしっかりと説明を受けたのは初めてです」という患者からの感謝のコメントも得られたという。 

 薬物治療では学会が提示する標準治療を徹底しているが、複数の抗菌薬を併用するため、副作用により治療継続が困難になることがある。そのような場合、専門外の医師は「もう治療できない」と考えがちだが、やり方を工夫すれば治療再開は可能だと伊藤氏は言う。「副作用の種類にもよりますが、1剤ずつ再開してみたり、少ない量から再開してみたり、同系薬の中でも別の薬剤を試したりすれば、7~8割の患者さんは治療が再開できるものです。地域の先生方も少しずつ経験を重ねれば、治療再開率を上げられると思います」。 

 合併症にも柔軟に対応している。NTM症の重要な合併症の1つに肺アスペルギルス症があるが、アスペルギルス属菌は空洞病変などの肺が壊れた部位に感染しやすいと言われており、治療に難渋することが多い。石田氏らは、患者背景や重症度を考慮しながら、抗真菌薬による治療や必要に応じた手術も検討している。肺アスペルギルス症ではしばしば喀血が問題となるが「当院OBで神奈川県立循環器呼吸器病センター呼吸器内科の丹羽崇先生が週1回、当院を訪れる際に、喀血に対するカテーテル治療を行っています」(石田氏)とのことで、呼吸器インターベンション治療のスペシャリストによる治療も実施されている。 

 NTM症に関しては、現時点では紹介された患者は全て受け入れ、フォローアップも含めて対応しているが、患者によっては地域の医療機関に早い段階で戻す取り組みも始めている。NTM症の治療では、病状によっては静注抗菌薬も使用するが、この点滴治療の段階から一部を地域で担ってもらっているのだ。 

 これまでは、患者に倉敷中央病院に1カ月入院してもらい、内服治療と並行して静注抗菌薬を連日点滴しながら薬物血中濃度モニタリング(TDM)を行い、その後、外来での週3回点滴に移行していた。これら全てを同病院で実施していたが、病床確保などの問題から今では、最初の2週間は同病院で点滴を行いTDMで安定した血中濃度を得た後、残りの2週間は地域の医療機関に点滴を担当してもらっている。内服薬の処方を含むNTM症全体のマネジメントは倉敷中央病院が担当しつつ、地域の医療機関と共に患者の診療に当たっているのだ。 

 「この取り組みの本当の狙いは、地域の先生方とのやり取りを通じて、みなさんに標準治療を知っていただくことです。こうして地域全体のレベルアップを図り、いずれは地域の医療機関にも点滴だけでなく治療全体を担っていただき、一方で当院ではNTM症の中でも難治性の患者さんを中心に診療するような役割分担が実現できればと考えています」と伊藤氏は今後のビジョンを語る。これは、倉敷中央病院が以前から取り組んでいる「医療のエコシステム」、すなわち地域の各医療機関がそれぞれ得意とする機能・役割を担うことで限りある医療資源を有効活用しようとする取り組みにも通じる。

呼吸器内科のスタッフたち。前列中央が石田氏、右隣が伊藤氏。(石田氏提供)

基幹病院として幅広い患者を診つつ専門性強化も 

 伊藤氏は、今後も勉強会や市民公開講座などを通じて、NTM症の疾患啓発や標準治療の普及のために精力的に活動していくという。「まずは、地域全体の呼吸器診療のレベルアップのために一歩一歩進まないといけません。最終的には、こうした動きを全国に広げ、日本の医療機関全てが一定の質を保ってNTM症の診療をできるようになるのが理想です」と、さらなる高みを目指している。 

 一方で、足固めにも余念がない。呼吸器内科の今後について、石田氏は「基幹病院として呼吸器疾患は基本的に何でも診ていかなければなりませんので、医師の数がもっと必要であり、若手医師のリクルートが課題です。当院は症例数も豊富ですので、様々な経験を積むことができます。特に呼吸器感染症の診療や研究をしたいという医師がいれば、ぜひ来ていただきたいですね」と話す。 

 その上で石田氏は、倉敷中央病院呼吸器内科の目標を次のように語る。「今後は専門的な診療に、より積極的に取り組んでいこうと考えています。NTM症専門外来だけでなく、2023年からは間質性肺炎の専門外来も始めました。呼吸器疾患全般を診療するというスタンスは維持しながらも、さらに専門性を高めていくことによって、地域に欠かせない存在になりたいと考えています」。
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 石田 直(いしだ・ただし)氏
1984年京都大学医学部卒業、京都大学胸部疾患研究所第1内科(現呼吸器内科)入局。1985年国立姫路病院内科勤務。1988年より倉敷中央病院内科勤務。1996年京都大学医学博士取得。2000年倉敷中央病院呼吸器内科主任部長。2004年より京都大学臨床教授。2020年より倉敷中央病院副院長兼呼吸器内科主任部長。 

伊藤 明広(いとう・あきひろ)氏
2004年三重大学医学部卒業、西神戸医療センター初期研修医。2006年西神戸医療センター呼吸器科専攻医。2009年より倉敷中央病院呼吸器内科勤務、2011年呼吸器内科副医長、2015年呼吸器内科医長、2020年より呼吸器内科部長。

 

 

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