新潟県央地域で「断らない救急」体制の確立を目指す

2024年3月に開設されたばかりの社会福祉法人済生会新潟県央基幹病院の目標は、新潟県の県央地域における救急医療の拠点となることだ。救急科の初代主任診療科長に就任した新田正和氏のリーダーシップの下、地域外への救急搬送割合を低下させるなど、一定の役割を果たし始めている。当初計画より少ない人員でスタートした救急科だったが、多職種連携や医師の働き方改革などによりスタッフの増員を進め、「断らない救急」体制の確立に向けて日々奮闘している。

社会福祉法人済生会
新潟県央基幹病院 救急科
(新潟県三条市)

2024年3月に開設されたばかりの新潟県央基幹病院は31診療科400床を擁する。

 社会福祉法人済生会・新潟県央基幹病院は2024年3月にオープンした。新潟県の県央地域(三条市、燕市、加茂市、田上町、弥彦村)では、2004年の新医師臨床研修制度の開始以来、病院勤務医の高齢化や、医療機関の規模が小さいことに起因する医療資源の非効率な利用などにより、救急体制が脆弱化。25%以上の救急搬送患者が地域外へ搬送される状況となっていた。そこで救急医療の核となる病院として同病院の開院が計画され、同時に地域の他の医療機関との機能分担と連携強化を図る医療再編が進められた。 

県央地域内の他の医療機関で対応困難な全ての患者に対応 

 同病院の看板となるのがERと集中治療。これらに加えて総合診療と、外傷による機能面のハンディキャップをカバーする「外傷再建センター」も目玉である。県央地域内の他の医療機関で対応困難な患者を受け入れて初期対応を行った後、院内で治療を継続するか他の医療機関へ転送するかを判断するという「断らない救急」体制を目指している。 

 「救急搬送先の医療機関を探すための待機時間が生じるようなら、いったん当院で受け入れてファーストタッチを行いながら、対応可能な専門医がいる病院や、受け入れ体制が整った地域の医療機関に転送する段取りを組みます。こうして地域の方々に安心を提供できるよう努めています」。新潟県央基幹病院で初代の救急科診療科長を務める新田正和氏は、このように語る。 

 新田氏は地元の県立新潟高校を卒業後、千葉大学医学部に入学。卒業後は同大医学部附属病院などで集中治療や外科領域で研鑽を積んだ。そこで子どもが生まれ「地元に帰って親と一緒に子育てしよう」と考え、2012年に新潟大学医歯学総合病院第一外科に入職した。それ以降、同病院高次救命災害治療センター集中治療部など新潟県内での医療活動に従事してきたが、新潟県央基幹病院の立ち上げスタッフにと誘われて、設立準備から関わってきた。 

 新潟県の県央地域で「断らない救急」体制を構築するに当たって新田氏は、当初から年間6000件程度の救急搬送を受け入れる必要があると考えた。そこには20人の医師を配置することを想定していたが、現状で確保できた医師は8人にとどまる。今は他科の医師の協力を得ながら対応しているのが実情だ。ICUでは他科の医師も含めた多職種のチームが全身の管理と治療を担い、人工呼吸や血液浄化を行うための機器を駆使して重症患者の救命に取り組んでいる。 

 現在、同病院のERは毎月500件の救急搬送を受け入れている。だが、それでも「断らない救急」をまだ完全には実現できていない。開院前年に21%だった地域外への救急搬送割合は、開院後も15%にとどまっている。病院全体で当直ができる常勤医が40人程度しかいないため、受け入れには限界があるからだ。「救急患者を全て受け入れているわけではないため、当院に期待されていた一部の方からは『話が違う』というお叱りも受けています」と新田氏は率直に語る。だが、一方で「救急の受け入れ窓口として果たしている機能が、徐々に評価されつつあります」と手応えも感じている。

                                                                               救急車は救急科の処置室がある2階へスロープで上がる。救急科を2階に配置した理由の1つに水害対策がある。

新幹線代の補助やタスクシフトで医師不足をカバー 

 新潟県央基幹病院における喫緊の課題は、医師や看護師など救急科のスタッフを増員していくことだ。「救急科の人員が充実すれば、ICUの患者は24時間救急科医師が急変に対応でき、他科医師の負担を減らしていくことが可能です。今は多忙なスタッフが多いのが実情ですが、無理のない働き方ができる病院になれば、入職者が増え救急体制も充実するという好循環が期待できるようになると考えています」と新田氏は語る。 

 新潟県は、専門医はもとより人口当たりの医師そのものの数が、他の都道府県と比較して少ない。そのため新田氏は、広く県外にも医師を求めている。「県内で医師の取り合いをしていても仕方ありません。幸い、病院から歩いて5分の距離に新幹線が停車する燕三条駅があります。この地の利を生かして、例えば麻酔医には関東圏から通ってもらっています」。通勤にかかる新幹線代は病院持ちにして、県外の医師には「移動時間はゆったり座って来てください。そしてこの土地が気に入ったら、ぜひ移住の検討を」とアピールしている。 

 とはいえ、県外の医師に頼るだけでは医師の増員は思うように進まない。そこで新田氏が力を入れているのが、医師の業務を肩代わりできる人材の育成だ。NP(診療看護師)や特定行為看護師に加え、院内で働く救急救命士などを増やす方針を採っている。また、多くの救急患者を受け入れる病院では、一定の空き病床を確保するために患者をスムーズに転院・退院させることが欠かせない。新潟県央基幹病院では今、その業務を医師が中心になって行っているが、今後はソーシャルワーカーに任せるなど、この点でもタスクシフトを進めていく計画だ。 

 タスクシフトやタスクシェアを進めるに当たり重要なのは、患者情報を多職種で共有することだ。新潟県央基幹病院の救急科では、ICUの患者に関して毎朝多職種によるカンファレンスを続けている。参加するのは、救急科などの医師に加え、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、PT、OT、ST、そして栄養士など20人前後。それぞれのスタッフが担当する患者だけでなく、ICUの全ての患者の情報をカンファレンスの場で共有する。誰がどの患者に対応しても適切な対応がとれるようにするためだが、カンファレンスはスタッフ教育の面でも効果が大きいという。

                                                                                                    毎朝1時間かけて行われる多職種によるカンファレンス。(新田氏提供)

軽症から3次救急まで幅広い症例を経験できる研修施設 

 医師の増員に向けて新潟県央基幹病院では、研修医の受け入れにも注力している。初期臨床研修の研修施設でもある同病院は、2025年度には県外の大学からも含め約10人の研修医を受け入れる予定だ。必修の救急医療では、軽症から3次救急まで幅広い症例を経験できる点が特徴に挙げられる。コモンディジーズを含む広範で基礎的な診断手法や治療手技を身に付けられる新潟県央基幹病院は、研修医にとって理想的な環境にあると言える。系統立てて救急医療を学べるカリキュラムも用意して、来春の卒業予定者に積極的な応募を呼びかけている。 

 また、救急や集中治療に携わる専攻医のコースも開設済みだ。専門医取得後も同病院に勤務してもらえれば何よりだが、新田氏はそれにこだわってはいない。「県内でも、国内でも、海外でも、本人が望む場所で活躍してもらえれば十分です。ここには、厚生労働省の医系技官になる前に救急の専門医を取得しておきたいという医師もいますし、海外留学を計画中の医師もいます。研修後にどこで活躍するにしても、研修期間中にこの地域の患者さんに対応してもらい、この病院を支えてもらうことが重要なのです」。こう語る新田氏の「縛りのない医局」には、その自由さに惹かれて応募してくる医師も少なくないようだ。 

 新田氏は、研修医をはじめとする若手医師の働き方にも配慮を欠かさない。自身は若い頃、病院に年間200日も泊まった経験があるというが、そうした悪しき習慣は、すっぱりと断ち切る考えだ。無理をして神経をすり減らすと、新たな学びを始める余裕がなくなってしまうからだという。医師にとって、日々進化する医療に対して自己研鑽したり、後輩を指導したりする時間を確保することは不可欠であり、そのために働き方改革を強力に進めている。 

 新潟県央基幹病院には、家族の事情などからフルタイムで働けない場合の時短勤務や、院外での研修などの目的で取得できる長期休暇など、個々の医師が自身のキャリア形成やライフスタイルに合った働き方を実現できる制度が整備されている。「働きやすい環境を整えた結果、当院の医師が増えて救急科が当初の計画通りの機能を発揮できるようになれば、新潟県の県央地域の救急医療体制が安定します。我々が地域での役割を果たすことができれば、周りの医療機関もそれぞれの役割に集中することが可能となり、住民のみなさんも安心して日常生活を送れるようになるはずです」(新田氏)。

                                                                     救急科のスタッフたち。(新田氏提供)

将来的には新潟地区や長岡地区からの救急患者受け入れも 

 こうした好循環を現実のものとするために、新潟県央基幹病院の救急科では他科の協力も得ながら、新潟県県央地域の救急医療の状況を着実に改善しつつある。医師をはじめとするスタッフの充足を図ることで「断らない救急」体制をできるだけ早く確立し、さらに新潟地区や長岡地区からの要請にも応じて救急患者を受け入れられるようにすることが、当面の新田氏の目標だ。 

 それが達成された後の新田氏の次の構想を尋ねてみたら、こんな答えが返ってきた。「今はまだ子育て中なので家族に止められていますが、子どもの手が離れて家族の許しが出たら、『国境なき医師団』に参加して紛争地の患者さんの役に立ちたいですね」。新田氏が医学部入学以来の2度目の離郷を果たすまでには、今しばらく時間がかかりそうだ。
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新田 正和(にった・まさかず)氏

1998年千葉大学医学部卒業。千葉大学医学部附属病院、君津中央病院、川鉄千葉病院、新潟大学医歯学総合病院などを経て、2024年より現職。

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